015.「なんだあいつは」
「……なんだ、あいつは?」
いつも牛島と密会している、早朝の校内ベンチ。
俺はさっそく、問題に切り込んだ。
「わかりません。今はなんとも……」
「勇者の仲間の可能性は?」
「うーん……身体能力の高さだけでいうなら、グラディエーターのティベリウスとかでしょうか……?」
「どうした、叡智のときより歯切れが悪いな」
「うぅ、直感的なものでして……論理的に説明できず申し訳ございません。なんかこう、雰囲気的なところであまりヤツの面影はしないというか……」
「……しかしだ。我々が勇者の仲間のことをそれほど深く知っているというわけでもあるまい。意外と頭脳派という可能性もあるのではないか? だからキサマのように地に伏せて時を待ち、我に対して単独で挑んでくることもなかった――が。その後勇者もいることに気づいたのだとしたら」
今のところ、升田が勇者と接触している様子はない。いや行動を逐一監視などしていないから、見えないところで会っているのかもしれないが。
「仮にそうだとしたら、狙いはなんだ。なぜこれみよがしに能力を誇示する?」
「……我々に対するけん制、でしょうか……」
「勇者は我々の勢力は2人だけではないと考えている可能性が高い。そのように動いてきたつもりだ――にもかかわらず、むざむざ最も頼るべきファイターを標的にさせるようなマネをするか? 下手をすれば、すぐさま各個撃破だぞ」
「えぇ、それはもう。ゆえに私も困惑しております」
ダメか……現状では答えが出そうにない。
「……ともかく、ヤツから目を離すな」
「ハッ」
牛島に監視を命じ――
「あっ!?」
「ど、どうされました、魔王様!?」
――ヤバい。
これはヤバい。牛島は現状、常に俺に目が届くところにいるはずだ。俺は今、その目を外して升田に向けるよう命じようとしている。
それが勇者の目的か……? 各個撃破をされるのは、俺たちのほうだというのか……?
しかし覆水盆に返らず。すでに一度発してしまった命令を撤回するには十分な理由がなかった。やっぱり俺が襲われるかもしれないから俺を守れ――は、ダサい。
どうしよう……だれか……誰か頼れる人は……
脳裏に叡智さんと山田さんの顔が思い浮かぶ。先日の会合にて、勇者の脳裏に疑いという楔を打った。彼女たちと一緒にいれば、勇者は単騎で斬りこんでくることはできない、か――いや。
いや、いや。ちょっと待て。いいのか、それで? 木を隠すなら森の中――そういう意味で、さまざまな人を誰が魔王軍の者かわからない状態にしておくのはよい。
しかし、あまりにも関係を深く見せすぎると彼女たちを危険にさらすのではないか?
危険を冒して3人相手に突撃してくる可能性はないとはいえないのではないか――?
そう考えると、当座をしのげそうなのは――
「漫研か――」
「……はい?」
――一方、勇者は。
登校し、教室に入ってすぐ目にしたのは、升田が魔王に声をかける姿だった。
(……やはり……)
オークか、ゴブリンか。いや、そのような低級モンスターがあのように魔王に気安く声をかけられるものではあるまい。
(グレンデル……あるいはギガンテス……まさか、ポルピュリオーン――か……!?)
筋書は、こうだ。
あの日、自ら名乗りを上げた魔王。真っ先にひれ伏したのは地獄の宰相の一人グガランナ。他の者はその時点ではまだ様子見をしていた――が。
やがてエレシュキガルが傘下に加わると、一気に風向きが変わる。
彼女が魔の経典をクラスに広めると、あちらこちらからも蜂起が発生し――
今、こうして怪力の巨人までもが立ち上がった――!!
(炎が……立ち昇ろうとしている……今、この学校から……。いいのか? 指をくわえてみているだけで……俺は、勇者だぞ……?)
雀次郎が思っているより、勇者にとって叡智に対する認識は深刻なものだった。
そして――
このことが、後に惨劇を引き起こす引き金となる――!!