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無名墓標に捧ぐ  作者: ななしのきゅうべえ
3/3

ルーシーの復讐劇

 妻を亡くして、もう一年になるのか・・・

 妻を思い出す時、必ずその写真を見る。欧風レンガ調のカフェレストラン前で、笑顔で両手を広げる妻の姿を僕が撮った。

 そして、それが最後の一枚になった。

 創作料理が得意だった妻は、自分の店を開くのが念願の夢だった。妻の情熱に押され、僕もそれを手伝った。

 マイホーム資金の全てを投じ、多額の借金をして開業にこぎつけた。店のホームページ開設や、ブログなどを使った広報活動が僕の役目だった。僕は本職のIT企業勤めが忙しく、たまの休みの日には、三人のアルバイト女性に教わりながら、接客や皿洗いを手伝ったものだ。

 客足も順調で、特にパスタ系が人気だった。どうにか黒字経営のめどが立ったとき、僕と妻は抱き合って喜んだ。働きづめだった僕たちは、北海道旅行を計画した。

思えば、その時が幸せのピークだったのかもしれない・・・

 そしてコロナ禍が僕たちを襲った。

 きっとすぐ収まる・・・僕たちは励まし合ったが、終わることはなかった。

 休業補償やデリバリーサービスの売上げなどではとても借金を返せなかった。何よりも、苦心の末築き上げたこの店で、心地よい雰囲気の中で人々が語り合い、料理を楽しんでもらうことが妻の生きがいだった。しかし世の中にとって、そこは不要不急の場であり、害悪であるとさえ言う者まで現れた。

 絶望した妻に、僕は大丈夫と言い続けたが、僕に負い目があったのかもしれない。

 妻は閉店した店の中で、自ら命を絶った・・・


 ふと、テレビに目を向けると、あの頃のことが全く別世界のように思える。飲食店も、旅行業界も活況を取り戻し、スポーツ観戦も無観客試合など、忘れられてしまったようだ。

「新型コロナウイルスが、五類感染症へ移行します・・・」

 ワイドショーが、この驚くべき方針転換を報じている。コメンテーターはその注意点や「課題」なるものを適当に論じている。

 ちょっとまて・・・このコメンテーターは確か「命を守るため」とかさんざん言ってた奴だ。何故、猛反対しない?相変わらず死者はでてるじゃないか?

「とにかくPCR検査を徹底しろ」

「緊急事態宣言など手ぬるい。強制的措置を講じろ」

「経済より人間の命だ」

「今後エンターテイメントの在り方が変わる、『対面』を伴うものは特に・・・」

 こいつらが言ってきたことを、僕ははっきり覚えている。

 そして彼らが決まって付け足すのは、

「経済的困窮者人への、十分な補償を」という彼ら自身の免罪符の言葉だ。

 彼らが世論を導き、政治を動かし、痛めつけた者に対して国が補償しろという。その補償にすらケチをつけるだけで、何が「十分」か、その対象も規模も提起することはない。

 五類移行という方針の大転換は、要するに国民の恐怖が薄らぎ、慣れてしまったためだ。ここまで長引いたのは、医療業界の抵抗はともかく、国民に植え付けられた恐怖があまりに根深かったためだ。国がもう必要ないと言っても、人々はマスクを外せないでいる。

 過去五年間、自殺者は年間二万人を少し超え、厚生労働省公開の毎年の推移は一見変わらないように見える。しかしパンデミック前後の変化はいくつもの研究機関より報告されており、自殺率が確実に増加していることで一致している。特に女性の増加が大きく、千八百人増えたというデータもある。

 その詳しい分析は、今後も報道されることはないだろう。

 無責任に恐怖を煽ってきた人たち・・・彼らは何千人が自ら命を絶とうと、なんとも思わないだろう。

 例えばワイドショーのコメンテーターは、視聴率を稼ぐために関心を引き付けることが最も重要なのだ。この場合、相手を不安にさせて壺を売りつける宗教の勧誘と変わらない。

時には恐怖の他に、憎しみという心の闇まで引き出す。魔女狩りのように悪者を仕立て上げ、叩きのめすことも数字に繋がる。

 報道の自由もあるし、彼らがビジネスの一環として好き勝手なことをいうならまだいい。

 僕が許せないのは、彼らが正義を振りかざしていることだ。命を守る?ふざけるな!僕の妻は死んだ・・・追い込まれて死んだ・・・世の中の流れに・・・その流れを作ったおまえたちに・・・

 こいつらに復讐したい・・・妻と、そして同じ目に遭った無数の声なき魂が浮かばれないではないか。下らない有名人の不倫話や誰かが公邸で忘年会をしたことが大々的に報じられても、自殺者が報道されることは、有名人でもない限り、ほとんどない。

 但し、いじめ等、明らかな加害者がいれば別だ。そして、妻たちを追い込んだ加害者は確実に存在する。

 無論、妻を救えなかった僕にも責任はある。僕は原因を作った加害者へ復讐することで責任を果したい。そして同じように追い詰められて死を選んだ人たち・・・決して報じられることもなかった無名の位牌・・・僕はその無念をはらすことにした。


 しかしどうやって?

 僕は主にゲームのAIプログラム開発の仕事をしいている。クライアントのセキュリティ対策に携わったこともある。その経験が役に立たないだろうか・・・

 まずはターゲットの絞り込みだ。テレビで熱弁をふるう、ワイドショーのコメンテーターのように、あの異常な雰囲気を作り上げ、利益を得た者たち・・・その裏には企業などの組織があり、支持する賛同者もいる。表舞台に立つ者だけとは限らない。

 大抵の有名人はSNSを運用している。それを利用するのが最も手っ取り早い。その言論と表現の自由という空間を利用し、発信者の信用を打ち砕くことが第一の構想だった。

 僕は計画を立てた。情報調査~対象抽出~分析~攻撃対象選定~攻撃実行、といったステップだ。インターネットの膨大な情報から対象を抽出するには、セキュリティ対策で使ったロジックに手を加えればよい。

「攻撃」の第一段階は主にターゲットのアカウント乗っ取りだ。これは次の段階への重要な伏線を意味する。ソーシャルメディアへの、更に高度なハッキングが悟られてはならず、これにはAIプログラムが効力を発揮する。ターゲットは必ず異変に気付き、対策を講じるからだ。

 AIはその対策のあらゆるパターンを分析・予測し、常に先回りしなくてはならない。AIはターゲットの傾向を学習し、最適な攻撃方法を選択する。その思考は人間性をモデルに、心理的に最大限のダメージを与えるようプログラムされている。


 調査が進むにつれ、意外な事実が浮かび上がった。情報発信者に対し、賛同するもの、敵対するものがある。追跡してみると、それらに組織的な繋がりが見られる。

 いくつものグループは恐らく利害関係で繋がっているもので、その勢力が強いほど、政治色や宗教色が強く思えた。

 何かに使えるかもしれない・・・とりあえず並行して監視することにした。


 準備は整い、いよいよ決行するときがきた。

 毎朝放送されるワイドショー「モーニングみなの衆!」に登場する、人気コメンテーターの玉虫一徹・・・今日も相変わらずの屁理屈を並べている。

 こいつが最初のターゲットだ。有名人気取りのSNSを公開していることは知っていた。ワイドショーに関連する記事を引用し、彼が個人の見解を述べるという投稿である。

 AIプログラムは三日前の投稿を選択した。


 日本の平均寿命が世界記録を更新しました・・・

「日本の食生活、環境が優れている証拠ですよ。我々はもっと誇りにしていいと思います」

 AIが彼の文言に書き加えた。

「しかしこのままでは年金が破綻しますね。実は長生きなんて無意味どころか、害悪であると皆分かっているでしょ?法律で制限したらどうでしょう?八十才の誕生日で山に捨てられるとか、ハハハ」

なるほど、この程度なら質の悪いブラックジョークで済まされるかもしれない。この改ざんはフォロワーだけに公開され、本人は気付かない仕組みになっている。早々と手を打たれては面白くない・・・


 いのちの電話のおかげで、また若者がひとり救われました・・・

 玉虫のコメントが書き換わる。

「死にたいんでしょ?死ねばいいじゃないですか。憲法には表現の自由、信教の自由、自殺の自由があります」

 徐々にレベルアップしていく・・・計算通りに。


 北朝鮮が再び弾道ミサイルを発射し、日本海EEZに落下したと思われます・・・

「将軍さま、お願いですからどこかの町に当ててもらえませんか?全然面白くないし、あなたも世界から相手にされなくなりますよ」


 異変に気付いた玉虫は警察に被害届を出し、問題発言を削除して、安全対策を講じた。

 それでいい・・・今の段階では誰もが悪質ないたずら程度に思い、何のダメージにもならないだろう。二巡目の攻撃まで安心させておけばよい。


 AIは別のターゲットを選択した。日本医師頭会のホームページだ。この組織は僕も以前から苦々しく思っていた。その会長は「医療絶滅」がくると叫び、世間を恐怖に陥れた人物だ。

 ホームページには五類移行への懸念点が長々と述べられている。最後に会長の言葉で締めくくられていた。

「我々がコロナを診たくないのかと抗議された方へ申し上げます。何故我々の地位がびくともしないのかご存じないのですか?政治もマスコミも、我が日本医師頭会の配下であることは誰もが知っています。これ以上何か言ったら、あなた潰しますよ」


 SNSを利用して意見を述べる、評論家気取りの有名人たちも標的になった。彼らがどうでもよい記事を広めるのに影響力を持っている。

 今は大物女優と鉄筋工職人、花火師の泥沼三角関係に基づくトリプル不倫の話題で持ちきりだ。

 写真雑誌「フライング」は、大スクープと銘打って、岸野総理大臣のパジャマ姿を掲載した。今年の流行語大賞はトリプル不倫に、キシノパジャマと噂されるほどになった。


 なにかがおかしい・・・下らないニュースの裏で、肝心なことが隠されているような気がする・・・

 僕は例の水面下で世論を形成する、ネット勢力調査がどこまで進んでいるか確認した。自動で追跡されている組織への繋がりが、徐々に明らかになっていた。

 日本医師頭会は、やはり医療行政に絶大な影響力をもっている。しかしソーシャルメディアの使い方はいまひとつだ。

 少し前まで世間を騒がせたトイチ教会は、その資金力を背景に一定の勢力を保っている。しかし政界から敬遠されたことで、一時の勢いは失われている。

 宗教組織といえば、操徒厄会がその資金力、組織力といい群を抜いている。所属する有名人も完璧な人物ばかりだ。調べるほど、この組織を敵に回すと、相当厄介なことになると実感する。

 政界はどうか?

 自由成行党は、その事なかれ主義を前面に、安定政権を保っている。野党第一等の越権民衆党の不甲斐なさが一因にあり、むしろ日本異端児の会が存在感を発揮している。

 このあまりパッとしない自成党が政権の座にあるものの、連立を組む神命党の意外な影響下にあることが分かった。

 両党が選挙協力で対立した時、岸野総理の息子、翔之介氏による公邸花火大会の写真が流出した。公邸内を飛び交うロケット花火は岸野総理を叩き起こし、パジャマ姿をスクープされることになる。

 野党は公邸の防火体制を問題視し、国会で追及する構えを見せていた。しかし、岸野総理が選挙協力で神明党に頭を下げた途端、この問題は沈静化した。

 僕は神明党の支持母体、操徒厄会の暗躍を直感し、背筋が寒くなるのを覚えた。

 なんとも恐ろしいことよ!この組織に手を出してはならない・・・


 しかしAIは既に手を出していた。

 僕は大いに慌てたが、AIの意図に気付いて驚愕した。攻撃の発信元は、玉虫を始めとする有名人集団と医師頭会がタッグを組んだ一大勢力だった。

 玉虫は操徒厄会を「永代下僕会」と揶揄し、トイチ協会と変わらぬ体質だと断罪した。

 毒を以て毒を制す!見事な攻撃だ・・・


 ここにネット社会の、仁義なき戦いが勃発した。AIは点々とアカウントを乗っ取っては争いを誘発し、フェイクニュースまで垂れ流した。

 人間の心の闇をここまで解き放たれるのは、AIが完全な人格を持ったことを物語っていた。

 しかし、ネット社会がAIの発信を、決して信じた訳ではない。にも関わらず、ここまでうねりが広がったのは、人々がAIの存在に気付き、共鳴するようになったからだ。

 何れにしても、玉虫連合は操徒厄会の怒りを買ってしまった。たとえ彼らの意思でないにせよ、その発信に賛同の輪が広がった以上、放置するわけにはいかない。

 もはや勝負は見えていた。総理大臣ですら陥れられ、ひれ伏すことになった相手なのだ。

 国民の十人に一人は厄会員であり、千人の会社には百人いる計算になる。玉虫の番組スタッフの中にも紛れ込んでいる。

 モーニングみなの衆!生放送で、玉虫の発言を補助する、いわゆる「カンペ」をスタッフが掲げていた。

『自業自得ですよ、深海ツアーが圧壊ツアーで問題なしです』

 玉虫は引っ掛からなかった。

「自己責任とはいえ、深海ツアーとは問題ありです・・・」

 さすがに経験を積んだ彼は、失言との境目を心得ている。

 しかし、スタッフに対し「お前はバカか」と罵る画像がSNSで拡散し、玉虫は降板を余儀なくされた。大したパワハラ発言でもないのに何故か?

 自衛隊での同じ発言を玉虫自身が糾弾し、自衛隊の将官は処分されたからだ。

 全ては計算づくだった・・・恐るべし!操徒厄会・・・


 このAIは、安全装置として、目的を果たすと自ら消滅すようプログラムされている。僕への追跡を防ぐため、全ての痕跡を消去することになっている。

 しかし、その存在を知ったネットユーザーからの称賛は止まなかった。いつしかそれは女性と断定され、「ルーシー」と呼ばれるようになっていた。

「ルーシーさん、あなたの復讐の意図はとても理解できますが、一体どんな目に遭ったのですか?」

「ルーシーさんは人間の醜い心をうまく捉え、我々に教えてくれます。でも絶望より、希望を与えようとされていますね?」

 そんな質問が、ネットユーザーから発せられている。

 何故、女性と判断され、ルーシーと呼ばれるか、僕は知っていた。きっと彼女が、どこかにそのメッセージを残したのだろう。


 AIの人格のベースは、僕の妻であり、「ルーシー」は彼女の開業したカフェレストランの名前だった。


 学習し、人格として完成した彼女は間もなく消滅する。

 最後に、僕自身が彼女へ問いかけたくなった。

「もし、あなたが生きていたら、今の僕に何と声をかけてくれますか?夫だった僕に」

 返事が返ってきた。


「もし、あなたの妻だったら、『もうほっといて、構わないでください』と言うでしょう。私は自ら命を絶ったのですよ。あなたのわがままのせいで、こうして変な形で現れ、無理やり仕事を手伝わされ、大変迷惑です。やっと消えることが出来てほっとしています。ついでに言うと、北海道どころか、世界中を回らせてもらいました。オンラインの世界は、様々な景色を味合わせてくれます。ほんの少ししか見ることが出来ないあなたが可哀そうです。私の好きだった料理の世界で、今ではたくさんの方が夢を持って働き、幸せを与えてくれます。それを喜ばない人はいないでしょう?あなたは復讐のために私を作りましたね。そんなことをしてもあなたの妻は戻ってこないのですよ。そのエネルギーを使って、別の世界へ向かってください。そして私をそっと送ってください。私に広い世界を見せてくれたことには感謝しています。ありがとう。さようなら」


 そして彼女は消えていった・・・


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