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ブレーメンの聖剣 第1章 胎動<上>  作者: マグネシウム・リン
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物語tips:将校と下士官について

将校は士官学校を経る。16歳で入学し一般教養(2年間)と軍事教練を学ぶ。4年後に卒業し少尉として配属となる。(高校卒業後編入し20歳で卒業する場合もある)労働(ローワー)中間(ローミドル)階層の庶民にとって一番手の届く高等教育機関。ただし佐官まで昇進できるかどうかは本人のコネと努力次第。

いっぽうの下士官は16歳~29歳で入隊し二等兵、1年の基礎教育過程卒業で一等兵に任官されその後すぐ上等兵になれる。配属後は現場経験を積みつつ試験を受け班長や小隊長として強化兵を指揮する。5年以上の現場勤務が義務。たいていは上級曹長で昇進が止まり退職するか後進の指導にあたる。一兵卒ながら大尉まで進んだ野生司マサシは異例。

強化兵の育成は、誕生後の運動機能回復(半年)、基礎教育と軍事訓練に1年半を経た後一等兵として配属される。あくまで軍所有の兵器扱いであり市民権は無い。賃金も支払われない。

 勝利、とは結局のところ戦いのずっと後に数を数えるのが仕事の連中が決めることだ。こちらの死傷者、戦場に残っているテウヘルの()の数、使用した弾薬とか。そういう数ばかりを気にしている。数日後には連邦(コモンウェルス)のすべての州にニュースとして流れる。そういう日常。

 あるいは現場にのこのこやって来る情報部員は、撃破した多脚戦車(ルガー)から革新的な技術が回収できないかと焼け野原を散歩している。動力の半可塑性ケイ素のせいで鋼鉄まで焼けて溶けているというのに。

 そういえば──通りの真ん中で焼け焦げた 多脚戦車(ルガー)を見て──ケイ素というのは授業で習った。ヒトの教師が里に来てわざわざ教鞭を取っていたときに。確か燃えるような物質じゃないはずなのだが。

 この3日間、だだっぴろい戦場で何が起きたか、なんて分かるはずもなく。似たような顔つきのテウヘルの死に顔と似たような個性の強化兵たちの死に様が焚き火を囲みながら順繰りと浮かんでは消えた。

 ニケは白くなりつつある東の地平線を眺めた。まだあちこちで黒煙がたなびいているのが見える。上空では遅れてやってきた早期警戒(ピケット)艦が上空から荒野を監視している。 

 市街地で散発的だった戦闘が終わり、あらかたヒトの死体は回収できたが黒い毛むくじゃらなテウヘルの死体は放置されたままだった。一般兵たちはその腐敗臭に顔を歪めているが、嗅覚の鋭いブレーメンのニケにとってみれば鼻腔にこびりつくその臭いに辟易としていた。ポケットから嗅ぎ薬を取り出してハーブの香りを吸い込む。もともとヒトの体臭に耐えられないときに使うものだ。気休めにしかならないが気分転換にはなる。

 隣ではリンが配給された戦闘糧食を食べ終わり、ニケの分まで手を付けている。やや空腹を感じるが、やると言った手前、腹をすかしているリンの食事を横取りするのは気が引けた。

「……35、36、37、38」

 リンは咀嚼の合間に、思い出したかのように数字を読み上げている。

「あまり急いで食べるな。ほら、水だ」

 炊事班が持ってきたペットボトル入りの水──たぶんどこかの商店から拝借した商品をリンに分けてやった。リンは一気に飲み干してしまった。なかなかにいい食いっぷりだ。一回り体の大きい一般兵よりもよく食べる。

「やあやあやあ、無事だったんだね、君たち。ああ敬礼はいい。そのまま食事を続けたまえ、リン君。敬意よりも兵士の休息と食事は何倍も大切だからね。ところでリン君は何を数えているんだ」

 野生司(のうす)大尉が暗がりから現れた。シャワーを浴び小綺麗な戦闘服に着替えていた。

「ご無事でしたか、大尉。リンは今日 撃ち倒したテウヘルの数を忘れないように(そら)んじているんです。あとで銃床にその数を刻むらしいです。」

 しかし野生司大尉は怪訝な顔をしたが、すぐにニコリと表情を変えた。

殊勝(しゅしょう)で何よりだ。古き良き兵士の習慣だ。ワシが入隊した頃には銃の半自動化が進んでただ弾をやたら滅多に飛ばしあうだけになっってしまった。ふむ、そんなことよりふたりが五体満足でホッとしたよ」

「しかし、すみません。兵士を守りきれませんでした」

「ふむ、これは戦争だ。それは悲しむべきことだが、今は達成できたことに目を向けるとしよう。仕事の方は?」

「テウヘルの残党狩りはあらかた終了しました。その間にこちらに目立った被害はありません。日が暮れてからは死体の回収です。まあ、自分もリンもあまり眠れずにこうして砂漠の向こうの地平線を眺めています」

「ところで、軍曹。いいニュースと悪いニュースとあるのだが、どちらから聞きたいかね?」

「それは。それは自分が聞く意味があるのでしょうか。つまり、自分は下士官(かしかん)ですし、あとで上官から指示があると思うのですが」

「ワシは兵士の主体性を信じておる。それこそがテウヘルのような野獣との違いだからな。して、どちらから聞きたい?」

 まるで映画俳優のような言い回し。野生司大尉はそれ自体を楽しんでいるかのようだった。

「ではいいニュースから」

「市民と兵士合わせて1万人は、避難時の混乱によるけが人を除けば、全員が列車で避難することができた。そして増援が到着し、重傷者は無事、巡空艦(じゅんくうかん)で後送できた。ちょうどさっき見送ってきたところだ」

「では悪いニュースは?」

「アレンブルグが攻撃を受けている。その顔、予想できたという感じかな、軍曹?」

「推測の域を出ていませんでしたが。テウヘルが本格的な攻撃をする割には、2波、3波の増援がなく空中要塞もすぐに姿を消してしまいました。そして巡空艦がゆっくりと着陸しているところを見ると、別のところで空中要塞が発見された、ということになります」

「ふむ、良い推察力だ。ここだけじゃなく他の駐屯地も攻撃を受けている。どこも奇襲でラーヤタイよりもひどい状況とのことだ。が、悪いニュースはもうひとつある。軍務省と第2師団は、ラーヤタイからの撤退を決定した。街を放棄するとのことだ。オーランドから来た尉官に引き継ぎをしたところだ。事務的な男でいけ好かない輩だった」

「しかし、みな命がけで戦ったのに!」

「まあ、落ち着くんだ、軍曹。君自身も民間人を救助したじゃないか。生還した兵士も大勢いる。それだけで勲章モノだ。戦術的には痛手を受けたが戦略的には成功、といえなくもない」

「救えたはずの命だってあったはずです」

「それはふむ、そうだな。しかしだ。なにも心を冷たくせねばならない、という意味ではない。悲しむ心があってもよい。がより大局的な目線を持つことが必要、ということだ。士官学校で習ったんじゃ無いのかね」

 たしかにそうではあるが──野生司大尉はそのことを知っているはずがないのだが。

「はい、大尉。心に留めておきます」

「よしてくれ。敬意を払われるとこちらとしても調子が狂ってしまう。ブレーメンらしくもっと高飛車(たかびしゃ)でかまわんよ。ところで、提案なのだが軍曹。そしてリン君も──」

 ニケのすぐとなりで、リンはバネじかけのように飛び上がりながら、口に詰め込んだ戦闘糧食を飲み込んだ。

「──君たちの大隊が壊滅した今、部隊の再編成が行われる。君たちも新たな指揮官と人員と合流し新たな任地に(おもむ)くだろう」

「では自分たちもアレンブルグへ?」

「いやいやいや、それはまずないだろう。あそこは第1師団の管轄だ。防衛もまた第1師団が担当している。私達第2師団の人員が関与すれば越権行為として政治的に干されてしまう」

「くだらない軍閥主義ですか」

 少し言葉が過ぎたかと思ったが、かえって大尉は上機嫌だった。

「そう、その反骨精神があってこそのブレーメンだ! 君たちは部隊再編成中でいわば“無所属”なのだが、どうだい? ワシの部隊に入らないかい?」

「はい、大尉閣下の指示の下獅子奮迅の活躍を成し遂げてみせます」

 すぐ横でリンが敬礼したまま答えた。どこかで借りてきたような浮いたセリフだった。

「しかし、大尉。自分たちは兵士です。命令されればその通りに行動します。どうしてまた提案を」

「ワシは首都(オーランド)の軍務省勤めで、先進技術認証委員会の一員だ」

「初めて聞く部署ですが」

「確かに前線ほど活気ある部署ではないが、少なくとも砲弾は飛んでこない。どうかな?」

「いえ、大尉。どのみち自分たちに選ぶ権限はないのでは?」

 ニコリ、と野生司大尉は笑った。

「グハハハハ、ブレーメンに冗談は通じないようだ。君の言う通りすでに君たちの仮の人事異動願はオーランドに電報(でんぽう)を打ってある。テウヘルの電撃戦で軍務省も上へ下への大騒ぎだが、ワシのツテを使ってなんとか受理させた。すなわち君たちはすでにワシの部下でこれからオーランドへ向かう巡空艦に乗り込むことになる」

「今、ですか? 戦いの後処理がずいぶん残っています」

「すでに増援部隊と指揮官が配置されている。そう気をもむことはない。そうだな、しいて言えば出発までにシャワーを浴びて荷物をまとめることだ」

 荷物、といってもあの砲撃で基地が跡形もなく吹き飛んでしまって何も残っていない。そもそも私物は官品(かんぴん)以外でいえば休日に街へ出かけるための服が1着あっただけだ。ブレーメンの里を出てこの方、どこも仮住まいだったせいで荷物が増えることはなかった。

 持っていくべきもの──腰の古い拳銃が1丁あるだけ。里を出るときに大切な人から贈られた武器というより骨董品だ。しかしこのおかげで命が救われた。触れるたびに彼女の別れ際の顔がよぎる。

「では行動開始だ。市民競技場に着陸している8593号機でオーランドへ向かう。出発は〇八〇〇。競技場でシャワーを浴び、着替えを受け取ること。食事は、おすすめしない。なにせ季節風に乗って西へ行くんだ。ひどく揺れるからね。明日の朝には到着するだろう。では、ワシは書類をまとめねばならいん。8593号機出会おう。8593号機、間違えないように」

 野生司大尉は言うだけ言うと踵を返して去ってしまった。

「つまり、どゆこと」

 リンは再び糧食のトレーを持ち栄養補給を再開しようとしてる。

「身だしなみを整えてオーランドへ向かう。新しい上司は野生司大尉だ」

 ニケはライフルと背嚢を担ぐとスタスタと焚き火を後にした。市民競技場は市役所の隣にあったはずだ。思い出といえば部隊対抗で球技大会が開かれていた。しかしながらブレーメン出身なのでそういった体力比べは自重していた。ヒトとはあまりに不公平でひんしゅくを買うことになる。

 ニケの後ろを、リンが糧食を食べながらついてくる。

「ん―喜ぶべきこと?」

「人によって違うだろうな。テウヘルの侵攻が始まったのに一番安全なオーランドへ行くんだ。死から遠ざかるのは良いことかもしれないが」

「だったら、あたしは戦いたいな。だってそれがあたしの役目だし他の生き方なんて知らない」

「だったら知ればいい。リンは賢いんだ。すぐに慣れるさ」

 緩やかな丘を登って市民競技場を目指した。道路の排水溝は赤と緑の血が流れた痕がありその上に大小様々な薬莢(やっきょう)が転がっていた。

 崩れ落ちた家屋のソファで兵士が寝息を立てていた。強化兵に特有の色素の薄い髪の下で黄色い認識タグが揺れている。

 ふと後ろを振り返った。リンは律儀にも道路脇にあるゴミ箱に食べ終えた糧食の空きトレーを投げ込んだ。耳の認識番号一二一三が目に入る。

「えへへ、なになに? あたしに話でもあるの?」

「いや別に」

「もう、隠すこと無いじゃん。話そうよ」

 忘れていた──リンは優秀な狙撃兵だがおしゃべりな変わり者だった。

「じゃあ話を聞くだけだ。俺からは特に言いたいことはない」

「んーじゃあ、えーと。あの大尉もあたしたち(・・)も変わり者だよね」

「俺たちについては否定しない。大尉についてはどうしてそう思うんだ?」

「たとえば、強化兵を使い捨てにしようとしない。同じ仲間として扱ってる感じ? 戦うときだけじゃなくてさ。なんだか大切にされてる気がする。ニケはどう思うの?」

「優秀な指揮官だ」

「えーそれだけ?」

 首都勤務の役人とは思えない肝の座り方だった。砲弾と銃弾が降ってくる中でも鷹揚に構え部隊を率いて走り回ってる。現場を知っている叩き上げの軍人、というのは見て取れるがそんな人物が首都の軍務省勤めというのが矛盾している。大抵の一般兵は給金をもらうととっとと退官してしまう。それ以上にそこまで昇進しているのは、単純に優秀さというわけではなさそうだった。

「嘘、とは言わないが大尉の本心が見えない。本心が2つ3つありそうなそういう人物だ」

「ん、よくわなんない。いい人ってこと?」

「それは立場によって変わるだろうな」

「だーから、どっちよ」

「たぶん──」

 まだわからない。単純な剣技力量差で決まるブレーメンとは違いヒトの腹積もりは予見できない。

 競技場の外周は真っ暗だがその内側は煌々と明かりが灯っていた。巨大な楕円形の気嚢(きのう)がフェンスの外から見て取れた。鋼鉄で覆われた巨大な気球を備えた巡空艦が2隻 着陸し負傷者や荷物の積み込みをしている。朝日が差し込み、その巨大な白い船体がひときわ輝いていた。

 シャワー室は競技場に備え付けのもので夜通し働いていた兵士が汗を流していた。

「ところで、リン、女性用はあっちだ」

「でもいつもはみんな一緒──」

「皆が見ているから、ほらここで服を脱ぐんじゃない」

 ニケは小柄なリンの肩を押して隣のシャワールームまで送り届けた。

挿絵(By みてみん)

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