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ブレーメンの聖剣 第1章 胎動<上>  作者: マグネシウム・リン


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物語tips:ブレーメンの剣

ブレーメンの神剣、神より授けられし神剣(オリハルコン)とも呼ばれる。その形は様々であるが共通して青く輝く刀身が特徴。ヒトにとっては抱えるのがやっとなほど高重量の剣。超硬質・超高重量・超高密度な物質でできており大抵の物なら両断できる。ブレーメンがこれを手にすると、物質の密度がそのままで重量が軽くなる不思議な原理がある。

また、この剣を持つことでブレーメンとしての強さを発揮することができる。作るのに時間がかかるため両親は成人の儀(アウ・ヘゲナ)より前もって刀鍛冶に依頼を出す。両親どちらか(大抵は強い方)の剣技を受け継ぎ、その刀剣の種類も剣技によってかわる。

ニケの双剣は刃渡りのバランスなど父が細かい注文を出したため作るのに手間取っていた。

 日常。

 それでも微々たるものだが変化はある。リンは私物の拳銃を新品の革ホルスターに入れて携行し、仕事も一人前にこなせるようになったと毎日話している。

 毎朝のホノカの登校も、渋滞を考慮して出発できるようになり遅刻はほとんど無くなった。学校の窓からは生徒たちがニケに手を振るくらい、朝の馴染みの光景だった。

 アレンブルグの戦況も、膠着状態が続いているせいでテレビのニュースで聞く頻度が下がっていった。獣人(テウヘル)軍側は突破口に欠け、連邦(コモンウェルス)軍も前線を押し返すだけの戦力がない。ニケは一介の警務任務中の兵士だから実際の戦況を知らされる権限もない。平和なそれでいて鬱屈した日々だった。

 ホノカを送り届けた帰り道。ラッシュアワーが終わりかけている朝の幹線道路で信号待ちをしていると、パルの着信音が鳴った。

「『しきゅう れんらく』……大尉から?」

 ニケは普段は直進する交差点を右折してパーキングエリアに停車した。そして公衆電話を見つけるとコインを入れて記憶の中にある野生司大尉のオフィス直通の電話に掛けた。

「もしもし?」

「あ、野生司大尉の部下の方ですか」知らない女性の声だった。「電話が鳴ったら取るように言われてて。伝言を読み上げますね。軍務省第2ビルの受付でブレーメンが大声を上げ手がつけられない。すぐに来てくれ。とのことです。これで分かります?」

「分かるんですが、ブレーメンが? 剣を持っていますか?」

「ええ。今朝から軍務省に現れた若いブレーメンの剣士です。私は直接見たわけじゃないのですが、剣も持っています」

「でも剣を持っているブレーメンには流石に勝てないですよ」

 剣は武器や象徴以外にブレーメンの身体能力を引き出す触媒でもあった。触媒なしのニケでは赤子の手をひねるように、負けてしまう。

「いや、それがですね。そのブレーメン、とある人物に会わせろと頑として譲らなくて。で、その会いたい人物の名前を調べたら野生司大尉の部下だったので、大尉も現場に向かっています。あれ、もしかしてあなたがその人物ですよねそういえば。大尉の部下は2人しかいませんし」

「あ、ああ。わかりました。すぐに向かいます。30分ほどかかると大尉に伝えてください」

 ニケは受話器を持ったまま電話を切ると続けてノリコさんに電話をかけ、急用で帰宅できないことを告げた。

 1桁区の軍務省へ向かうため再び車を幹線道路へ向けた。ハンドルを握りながらニケは考えを巡らせていた。わずかに心がざわつくのを感じた。

 この5年間で他のブレーメンに会ったことはない。後方勤務か僻地の基地勤務というつまらない場所にブレーメンはまず来ない。知り合いがいるわけがないとすれば、ブレーメンの里にいたころの知り合いが来たということになる。ある(・・)可能性を排除したいために数人の古い友人や剣技を教わった大人たちの顔が順繰りに浮かんできたがどれも確信を欠いていた。 

 1桁区と2桁区を隔てる環状鉄道の高架が見えてきた。軍務省の入り口はその高架の根本にあった。軍人証を見せ検問を通過すると電話で教えられた第2ビルの駐車場に車を停めた。

 正面の入口は遠巻きに人だかりができていた。ビルに入ろうにも入れない人たち、興味本位で覗きに来た近くの事務員たち、仕事の足取りだが一瞬だけ止まって様子を確かめている軍人。

 一般兵の警備兵が柱の陰に隠れて様子をうかがっている。手には旧式化した三一式自動小銃を抱えていた。

「何をしているんです?」

 ニケは試しに声をかけてみたが、一般兵は緊張した面持ちだった。

「何って、お前。あいつがもし暴れたら制圧しなきゃいけないだろ」

「ブレーメンの剣ならその柱ごと切断されて終わりますよ」

「鉄筋コンクリートだぞ」

「ええ。あとこの距離でも、1秒もあれば接近できます」

 まだ新兵のような一般兵は唇を噛んでいる。しかしブレーメンは獣じゃない。知性もあるし斬っていいもとの斬ってはいけないものの区別くらいわかる。たいていは。

「いつまで私を待たせる気?」

 イラついた声──記憶を呼び覚ます懐かしい声が待合ホールに響く。兵士と訪問客は誰もいない。受付の向こう側で野生司大尉がおべっかを言いながら対応していた。

 すらりとした長身が履いているブーツのおかげでさらに高く伸びている。頭頂部から伸びている鋭角なツインテールは彼女が文句を言うたびにぶんぶんと揺れている。ブレーメンの伝統的な外套を羽織り、なぜかその下はサイズの合わない学校の制服だった。

 何よりも目を引く──身の丈よりも長大な大太刀を背負い、周囲に威圧感を振りまいていた。一旦その刀身を抜けばこの待合ホールすべてを一振りで両断できそうな長さだった。

 ニケは考えを巡らせていたが、結局、正しい言葉なんて思いつかず、

「シィナ。何してんだ、こんなところで」

 記憶の中の10才そこそこの子どもの姿と似ても似つかない姿だった。身長はニケより高く、出るとこがはっきり出た体型に、全身に掘ったタトゥーと背負った長大な大太刀は大人のブレーメンを意味していた。

 振り返った彼女の顔も、記憶と違って大人びていた。

「ニケ、やっと見つけた」

 シィナもまた、ニケと剣を抜けるような間合いで対峙した。

「どうして?」

「絶対に見つけに行くって約束したでしょ。もしかして忘れたの? 見つけてあげたんだから感謝しなさいよ」

 忘れるはずのないこだま(エコー)だった。記憶の中のシィナと同じ、恩を押し売りする人情家のいらえ。

 しかし過去の自分と今の自分と決して同じではない。別人格の記憶だと割り切っている。

「いやはや、来てくれて助かったよ、ニケ君」

 野生司大尉も涼しい顔をしながらニケの背後に回った。

「彼女はシィナ。本名はシィナ・晴・イトー。俺の幼なじみです」

「ふむ、なるほど、シイナ、が名前だね。ブレーメンの名前は発音しづらい」

「もう少し呼気を強めれば正しい発音になります」

「君がこの少尉と知り合いとは、世界は狭いものだ」

「少尉?」

「ああ、少尉だ。ブレーメンは入隊すると自動的に少尉に任官される。そういう規則なのは知っているだろう」

 するとシィナは今まで以上に不遜(ふそん)な態度をとった。

「そーよ、そこのヒトが言う通り、軍に入ってやったの。どう? すごいでしょ。おかげでニケを見つけることができた」

「そんなことのために入隊したのか」

「んーそうね。狭い里で剣技の意地の張り合いだけじゃつまんないじゃない? 犬っころから切り落とした首の数比べでもしようかと思ったの。でも──嘘よ。本当の理由はこっち」

 シィナは足元のダッフルバッグから麻布(あさぬの)(つつみ)をニケに差し出した。

 わずかに重みを感じるそれを受け取った。麻布を解くと二振りの短刀が現れた。ほとんど湾曲していない直刀で、(つか)から(さや)の先までが、肘から手と同じ長さの1尺強ほど。柄はシンプルな鹿の革が巻かれ(つば)の装飾も最低限だった。そして何よりも指先が柄に触れた途端、全身を包み込むような暖かさを覚えた。

「ね? 感じた(・・・)でしょ?」

 いつの間にかシィナの顔が真横にあった。


挿絵(By みてみん)


「これは、義式の二刀だ。まさか父親(おやじ)の?」

「まさか。刀は棺と一緒にあなたのお父さんと埋葬したでしょ。それは、お父さんが事前にトーヤのおじさんに頼んでた剣よ」

「刀鍛冶の?」

「あなたが村を出る時、もう刀身の原型は出来上がってたの。トーヤのおじさんはあなたのことを不憫に思ってこの剣をこっそり完成させてたのよ」

「だが成人の儀(アウ・ヘゲナ)無しじゃ」

「別に気にしないわよ。少なくとも私は。村の(ジー)(バー)は文句を言うかもだけど、そんな儀式がなくったってブレーメンの剣技は扱えるんだから……ってなによその顔。不満でもあるの?」

 2振りの短刀にはまだ半分ほど麻布が巻かれたままだった。ニケはそれ以上 自分に与えられた剣の姿を見る勇気がなかった。過去と決別しブレーメンとしての生き方を捨てたのに。未練がやっと無くなった今になって過去が鮮明に(よみがえ)ってしまった。

「もう少し考えさせてくれ」

「ったく、ホント昔っから優柔不断で実力があるくせに自信はこれっぽっちもなくて」

「お前は実力がないくせに自信はいっちょまえ(・・・・・・)だった」

「私が剣技比(けんぎくら)べじゃ勝ってたじゃない!」

「勝たせてたんだ。でないとお前、ずっと不機嫌なままだっただろ」

 シィナは昔のままだ。粗暴で短気で荒事が大好きな自信家。

 野生司大尉は斬られぬよう物腰低くニケの前に立った。

「さて、イトー少尉。もちろん君たちブレーメンに名字(みょうじ)が無いのはわかってるがあえてヒト式の名前で呼ばせてくれたまえ」

「何、あんた」

「野生司マサシ。大尉だ。階級は一応ワシのほうが上だが、まあブレーメンはそういう仔細は気にしないと重々に分かっている。少尉、ブレーメンは軍務の任地を君自身で決めらるが、もう決めたのかね」

「ニケと同じ部隊にしてちょうだい」シィナは怪訝な表情のニケを睨みながら、「斬り捨てた犬っころの首の数で勝負よ」

「なんと! これは素晴らしい天啓、いやめぐり合わせというものだ。ワシがニケ君の上官だ。つまりシィナ君(・・・・)はワシの部隊に入りたいということだね」

「よくわかんないけど、それでいいわ」

「よしよしよし。ではこっちへ、少尉。いくつか書類を書いてもらうことになる。なにそんなに時間はかからないよ。サインをするだけだ」

 野生司大尉はビルの待合室に案内した。シィナは長大な大太刀を器用に動かして狭い通路を通り抜けた。ニケは一瞬だけ、野生司大尉の右頬だけがつり上がった笑みを見逃さなかった。これも大尉の言う“野心”の一翼を担うことになるのだろうか。

 騒ぎが収まり集まった群衆も三々五々 本来の職場に戻っていった。

「迷惑をかけてすまなかったな」

 リンの赤い左右非対称(アシメ)が人混みの中から姿を表した。両手には書類の入った茶封筒を抱えている。

「びっくりしたけどさ、でも大尉はつまらない予算会議をすっぽかすことができて喜んでたよ。あの会議、すごくつまんないから。あたしもつまんないと思ってた」

「そいつはよかったな」

「あのブレーメン、ニケの彼女とか? 大尉がそう言ってた」

「どうしてそうなるんだ。恋心は大人が抱くものだ。俺もあいつもそういう歳じゃない」

「大人にならないと好きにならないの?」

「ヒトと違ってすぐ成長してすぐ繁殖できるというわけじゃない」

「ふうん。あしは強化兵だから(・・・)そういうのはよくわかんないけど」リンは息を吸うと、「仲間になるのかな、あの子?」

「大尉もその気だから、たぶん。だが部隊に2人もブレーメンが所属していたら他の部隊から嫉妬されるだろうに。特に第1師団は防衛戦の真っ最中だ。ブレーメンの戦力は喉から手が出るほど欲しいに決まっている」

 アレンブルグの戦いは廃墟の中で繰り広げられている。崩れかかったビルがあり足場が悪く見通しも効かない。そうなれば足の速さで勝るブレーメンにとって好都合な狩り場だ。

 ニケはもう一度、麻布を解いて2振りの短刀を眺めた。汎用ともいえる漆塗りの新品の鞘が輝いている。刀はすっかり手に馴染み重さを感じない。ただ指先が触れるだけで白刃の先にまで神経が広がっていく錯覚があった。

「大きいナイフだ」

「義式の主刀(しゅとう)隠し刀(かくしがたな)だ。ここに刻印があるだろう。この主刀で戦ってとどめを刺す時に隠し刀を抜くんだ」

 父との修練に勤しんでいた過去が思い浮かび、その因縁を振り払った。

「へーかっこいい。ね、ね、あたしも持ってみていい?」

「ああ、いいが。でも鯉口(こいぐち)を切るなよ」

「コイ?」

「鞘から出すな、という意味だ。ブレーメンの剣は何でも、鋼鉄でも岩でも簡単に切れる。指先も簡単単に切れる」ニケは1振りだけをリンに渡しながら、「あと重いから力を入れろ」

 リンは短刀を受け取ったが、すぐに手からこぼれて落下してしまった。床に落ちる寸前でニケが軽々と掴み麻布の中に戻した。リンは呆然と立ったままだった。

「え、え? まって、すごく。重いんだけど。ライフルより重かった。でも、え? そんなに軽々と持ってるけどブレーメンとあたし、そんなに力が違う?」

「ブレーメンが持つと剣が軽くなるんだ。それでいてブレーメンの力を引き出す触媒になる。より速く高く動けるし思考も加速する」

「ふえ、どんな理屈? 科学?」

「昔からそういうものだ。空は青く剣は蒼く輝く」

 ニケは鯉口を切って刀身をリンに見せてやった。青く輝く刀身は、光を反射するだけでなくそれ自体が宝石のように内側から輝きが漏れている。

「わぁ。きれい。じゃあニケはもっと強くなるの?」

「ヒトから見たらそうなるだろう。ブレーメンからすればそれが普通だ」

 だからこそブレーメンの剣士は1人で1000匹狩る(千人隊長)と呼ばれている。

「すごい、すごい! テウヘルにも勝てるよね」

 ニケは質問には答えられなかった。そもそも戦地に赴く任務が回ってくることも定かではなかった。ニケはカチンと刀を鞘にしまった。

「俺が引き継いだ義式剣術は間合いを計り足の速さと手数で相手を圧倒する。逆にシィナのは晴式剣術。あの大太刀を振るいながら面で敵を圧倒する。俺からしてみればあの長さの剣は使いにくくてしょうがない。抜くのにも時間がかかるし。ま、ブレーメンと言ってもいろいろいるってことだ」

 リンは興味深そうに聞いていたが、ニケは気分が乗ってきてすらすらとブレーメンのことを話していることに気が付き、はっと口を閉じた。

 剣を握ったせいか、1日として忘れることのなかった幼なじみにあったせいか。過去に置いてきたはずの未練が今になってこみ上げてきた。

 “顔”──野生司大尉の言葉だった。誰しもさまざまな“顔”を持っている。成長するにしたがって“顔”が増えていく。それはごく自然な現象であり拒否する必要はない。ブレーメンとしての“顔”。どんな顔をすればいいのやら。

「なぁ、リン。俺、いまどんな顔をしてる?」

「ん? んーとね。目付きが悪い。でも笑ってる。初めて見た顔かも。ニケも笑えるんだね」

 余計なお世話だ。

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