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物語tips:ニケのこれまでの経緯
10歳で里を出る→11歳で年齢制限の例外として士官学校に入隊(ブレーメンは10歳で、ヒトの16歳までの義務教育が終わっているから)
→中部方面のオーゼンゼ士官学校に2年在籍、13歳で卒業(通常4年かかるところを繰り上げ卒業。しかし年齢制限があり軍曹で任官)
→14歳で憲兵団の都市防衛隊(軍警察の下部組織)に配属。
→16歳のとき分離主義者の襲撃が発生→ヒトを殺めることに責任を感じ異動申請
→一五八〇高地へ異動、第2師団歩兵大隊で僻地の前線勤務。立場上、階級をひとつ繰り上げて曹長として分隊を指揮することになる。基礎教養と戦術理論や戦略理論は一通り理解している。
休日の帰路は、路線バスが出発し家の最寄りのバス停を目指すだけになった。ニケとリンが座席に着きバスが発車したと同時にリンはすーすー、と寝息を立てて居眠りを始めた。ときおり息苦しそうに唸るが、隣りに座っているニケの肩に頭を乗せたまま静かだった。密着した肌からリンの高い体温が伝わってくる。
「いろいろあったからな、今日は。気苦労も多かっただろうし」
パルの着信音が鳴った。リンを起こさないようゴソゴソとポケットからパルを取り出した。小さな液晶画面に数列が並んでいる。定型文の数列ではない。
ニケは記憶の中にある数列の符号表と合致させた。「ホテルにでも泊まればいいのに」と野生司大尉の音声で脳内で再生された。
バスのダイヤの最後に近いとは言えまだ帰ることができる時間だ──そういえばヒトにとって“ホテル”とは単に宿泊するという意味以外に繁殖行為を行うという意味合いもあると、軍警察の女癖の悪い先輩が教えてくれた。繁殖能力がネズミ並なヒトならではの隠語である。
バスの外の夜の闇は、それでも2桁区に帰ってきたから街灯や自動車のライトに照らされ煌々としている。スラム街のような闇金融の張り紙や下品な落書きは存在を許さない瀟洒な街並み。自らを3桁区と切り離し1桁区のように振る舞わんとする虚栄の町。
同心円状に切り取られたオーランドで善人と悪人、貧者と富者は決して交わらない。
しかし──となりに寝ているリンにはそんな区別は存在しない。ヒトはすべて守るべき愛しい存在だ。純粋な兵士の彼女は、純朴な正義と純心な優しさばかりだった。ヒトでもない強化兵でもないリンとしての個性を勝ち取りつつある。
強化兵として生産され戦場ですり潰されるはずだったリン。彼女の能力と運の強さでここまで生きてこれた。
こだま──自身の血の海で溺れる先輩──最期の言葉「たす……けて」。救えなかった命。
こだま──砂塵の中でも笑顔の強化兵──「うんうん、気に入った。リン。はじめまして!」
それなのに自分は──流されたままだ。個性がない。その場で一番いい方策でのらりくらりと切り抜けてきた。両親の不審な滑落死の後、偶然 里にいたヒトの商隊に街へ連れて行ってくれるようにと頼み、ヒトの社会で生きていく食い扶持を確保するため軍に入ったのは偶然だった。
士官学校の試験も徴兵事務所の所長の勧めがあったからだし、ヒトの半分の期間で卒業できたのも努力ではなく平均的なブレーメンの身体能力と思考能力のおかげだった。運良く戦場で生き残り、オーランドに来たのは、これも偶然。自分の意志なんて関係ない。
「俺は、リンがうらやましいよ」
ニケはリンの細い髪を撫でてやった。左右非対称の赤い髪がバスの細かい振動に合わせてぱたぱた揺れている。夢心地だが少しだけリンの表情が和らいだ気がする。
おまけ 初任給で買った服