第八話「グランドルークII」
二年の歳月が流れた。
南極の戦いの後連合とアタラクシアは宇宙においていくどか大きな会戦を行ったが、軍事的な情勢におおきな変化はなかった。しかし連合側もアステロイドベルト圏の重要性に着目し始めていた。これまで距離がありすぎるためそこで開拓が行われていることを知りながら黙殺されてきた。開発の開始が地球連邦時代であったことも影響している。連合とアタラクシア、どちらの陣営に属するかが不明であった。そのアステロイドベルト圏とアタラクシアが同盟を締結したのである。もともと開発団を送ったのは、地球連邦時代の政治結社であるアタラクシアであったため、この流れは自然に感じられるが、アステロイドベルト圏の豊富な資源と30万人の宇宙開拓のベテランたちのマンパワーは連合にとってみても魅力的であり脅威でもある。またしてもアタラクシアに、いやギィ・グランに先手をとられたという事実は否めない。連合はこれからの宇宙での戦争において大きくアドバンテージを取られたといってよい。アステロイドベルトコミューン(ABC、もしくは居留地からセレスと呼称された)は本格的な戦闘には参加しないとしているが、ABCの一部の若者の間では、アタラクシアに移住してでも戦争に参加する気運が高まっているのも事実である。連合としてはABCとアタラクシアを切り離して自陣営に引き込みたいというのが本音であった。
アデレードのマザーコンピュータの情報では、現在の全人類の人口は約50億人。第二次重力戦争で大量死があり、その後の戦乱と世界の混沌があいまって最盛期の半分ほどになっている。連合が(親連合の国家分も入れて)35億、アタラクシアが11億、それ以外はどちらの陣営にも属さず、地球のアフリカや南北米大陸の大西洋側の高緯度帯に小国家を作り、小競り合いや合併・併合を繰り返していた。連合がそういった小競り合いに介入する場合もある。また宇宙においても独自のコミューンを形成している小勢力が人工衛星群や月に存在していた。そこにABCが現れたのである。
旧グランドルーク隊は、艦自体が南極にて沈んだため、一旦解体されていた。マエジマの部隊の生き残り、マエジマ、ヒュウ、センディア、モントの4名は宇宙に戻り、あの戦艦ダラスに配属された。しかし1年ほどの後、エルメスから声がかかったのである。現在スペースシドニーにて建造中の次世代型宇宙戦艦の指揮官を拝命したので、部隊を編成している。また一緒にやらないか、という話であった。もちろん新規部隊を編成するに当たって軍令部からある程度の自由裁量が認められているからこその連絡であった。マエジマやヒュウ達にしてみればダラスの部隊も悪くないし、実質グランドルークで戦った数ヶ月より長く所属している。それでもあの部隊の独特の空気感は忘れがたかったのは事実である。また次世代型戦艦というのにも興味があった。パワードスーツも装備も最新になるという。マエジマは決意した。またエルメスの元で戦うことを。
ダラスの艦長フォーケンはマエジマ隊の異動を慰留したが、マエジマの決意は固かった。最終的にはこころよく送り出してくれたフォーケンにマエジマは感謝した。なにせ、マエジマの部隊はダラスが参加した作戦や軌道パトロール任務についている間、一番戦果を上げてきた部隊なのであった。ヒュウの撃墜数はガンカメラにて正式に確認できたものだけでも100機を既に越えており、連合のトップであった。もちろんこのようなランクを本人は喜んでいるわけではない。
新造戦艦の名前は「グランドルークII」であった。しかしエルメスたちは「II」を読まず以前と同じグランドルークと呼んでいた。全長555メートル、150メートルを超える長大な戦橋と呼ばれる二本の細長い突出部の根元に艦橋があり、その後ろ350メートルがメインの艦体であった。メインの艦体の末尾にある左右のメインエンジンは惑星間航行を可能とする規模のものであった。そして二つのメインエンジンの間には、ブラックボックス化されている画期的なシステムが隠されていた。
パワードスーツは左右の戦橋に50機ずつ配備でき、合計100機もの大部隊を運用できる。戦闘機部隊も50機は配備可能であった。戦橋の中心には大型荷電粒子ビーム砲のための初期加速機関が配置されており、その射程は従来の戦艦の二倍強であるという。機動兵器の格納庫はこの大砲の周りを囲んで配置されていた。またこの戦橋は切り離し可能であり、短距離であればそれぞれ独立して重力制御で航行することも可能であった。これからの連合宇宙軍の中核を担う戦艦の二番艦であった(一番艦は宇宙軍のトップの座上艦となる)。
マエジマ隊以外にもアバロン・ヒル、メディック・ヘロン、エル・ポトマッシュといった旧グランドルーク隊の面子が集まってきた。艦長兼指揮官のエルメス・フレイ、副長のエリカ・フランシス、ブリッジ要員の面々もそれぞれ宇宙での経験を積んで参加していた。軍医は南極の会戦時に地上に降りていたため戦死していた。新しい軍医は女性でシノ・ナトリという日本人が中心なって20名のスタッフが配置されている。全乗員は千名を越える大部隊となる。そのためエルメスは中佐に、エリカは大尉に昇進していた。パワードスーツ隊の責任者はマエジマで大尉となり、アバロン、メディック、エルの中隊指揮官三名はそれぞれ少尉、そして同じく中隊指揮官として、レイモンド・ニーニルヒとフランクリン・ジッターがそれぞれ少尉として着任していた。二名は以前ダラスでヒュウたちと一緒になり、ノヴィレン降下作戦に参加後、宇宙に戻っていた。ヒュウも曹長となり、マエジマの中隊に属する小隊の指揮をまかされた。戦闘機隊の責任者はオルフィス・ポールであった。エドガーを失った後、除隊申請を取り消して何かに取り付かれたように軍務に取り組んでいたが、時間が心の痛みを和らげ、再びグランドルークの名を冠する船に乗り込む決意ができたのである。彼女とエドガーの再会劇は第四次大戦終結後となる。
グランドルークIIの最初の任務は慣熟航行となる。パワードスーツも戦闘機も最新のものが配備されているため、慣れが必要であった。ヒュウに割り当てられたのはレグナスIIと呼ばれるミドルフレームの機体であった。かつて地球連邦首都であるグリーンランドのゴッドサムに艦隊にて降下し実戦運用された最初のパワードスーツ「レグナス」の名を冠する機体である。当時のPSは今のものと違い本当に手足をスーツの中に通して動くことで操縦していた。連合もアタラクシアもPSパイロットの養成において最初に着るのはレグナスであり、操作のイロハを叩き込まれるのである。現在のPSは胴体部分がコクピットであり、インターフェーススーツを着込み手足操作用のアームと接続する。コクピット内の少しの動きが何倍かに拡大されて機体の手足に伝わるのである。もちろん歩く、走る、殴るけるといった基本動作はオートの場合が多い。宇宙空間における姿勢制御もオートであるが、パイロットの意思で制御したい場合、空間機動に関しては両足首で操作する。X軸を右足、Y軸を左足、両足同時でZ軸制御であった。足首を失っているパイロットの場合、両手に握っているスティックに空間機動用の三次元レバーを装備することになるが、足首での操作になじまない一部のパイロットは好んで両手で操作することを選択している場合もある。スーツに搭載された AI はパイロットの癖を学習し、オートの動作にも反映させるのである。ヒュウは自分の癖をたっぷり学習しているAIをレグナスIIに移植した。これで慣熟訓練はかなり短縮できるはずである。パイロットの中にはAIを女性の音声にして名前をつけているものもいるが、ヒュウはデフォルト設定の中性的な音声のままで、名前はつけていない。グランドルークにはラージフレームのPSとしてサントスの後継機であるサントスIIが、そしてスモールフレームのPSとして、スティンガーの後継であるクレイトスが配備されていた。艦の直衛や、バックパックを取り替えて特殊な任務につく機体である。サントスII、レグナスII、クレイトスの共通の特徴としては、両手両足以外に、バックパックの下、人でいえば尻の辺りから尻尾のように見える可動アームが一本伸びていた。これには姿勢制御用のバーニアが先端についており、より効率的に空間機動を行うために用意されていた。また尻尾の先には出力は大きくないがビーム発射口が装備されており、ビームを拡散モードで発射できるため、後方からの攻撃に対応できる機能も備えていた。後にこれらのPSはアタラクシア側から「尻尾つき」という仇名をつけられることになる。それ以外にPS用ブースターパックやソリッド弾頭のロングレンジライフル、大型ビームランチャー、試作品の外骨格アーマーも用意されていた。これはPSが着るPSのようなシステムで、着装すると肩の高さで15メートルものサイズになる、いっぱしの巨大ロボットのような外見になるアーマーだが、現状ではPSは装甲により覆われておらず、アーマーの腹の辺りにむき出しでアタッチされている状態になる。どういう思想で開発されたシステムなのかがまるで理解できないものであった。
エルメスは部隊をスパルタ方式で鍛える方針のようであった。慣熟訓練の後半には、月の裏側にあるラインバード傭兵団の本部があるクレーターへの強行偵察も含まれていた。ラインバードは昨今傭兵団というよりギィ・グランの私兵集団のような様相を呈しており、団長のゴドウィンはギィのいいなりであった。ラインバードの本拠地も昨年月の表側から移転し、ツィオルコフスキーへの進攻ラインの一つを防御している状況である。遠距離からの光学観測だけでは詳細な状況が把握できないため、強行偵察が必要であった。そこで新生グランドルーク隊の初仕事となったのである。軍本部からはグランドルークIIの性能を見せ付けるような作戦が望ましいとの付帯条件が命令書についていた。艦の運行、機動兵器の展開、ダメージコントロール、艦内要員の戦闘時の展開、といった訓練を繰り返しつつ、長楕円軌道で月の裏側に回りこみ、グランドルークごと一気に突っ込んで一戦交えることで戦備と、機動部隊の展開の速さを確認する作戦をエルメスは立案した。グランドルークIIに乗り込んでいる軍本部から派遣されている作戦参謀達もこれを了承したのである。通常なら新鋭艦の性能を敵にさらすことにメリットはないが、これも連合軍全体の戦略の一環であると考えられた。
慣熟航行前半の訓練を着々とこなしていきながら、ヒュウは軽い興奮を感じていた。もしあの男、セリアム・ラインバードがいるのであれば、アームストロングベース以来二年半ぶりに対決できるかもしれないのである。ヒュウはラインバードの情報を読み込み、あの強敵がセリアムであることを確信していた。ラインバードの次期団長に指名されている若きPSエースパイロット。単機での実力もさることながら、戦場での指揮振りにも定評がある。政治的な立場はむしろ反グランのような発言も見られるが、それでも現団長のゴドウィンに尽くしている。戦災孤児から身一つで現在の地位を掴んでいる点など、ヒュウと重なる点もあった。
エルメスはグランドルークの新型主砲を有効活用した。月の裏側の防衛網の外側から超超レンジの狙撃を行ったのである。砲手のシジム・サムジンは、綿密な光学観測の結果から主砲を運用し、みごと敵の検知範囲外から二隻の巡洋艦を左右の二本の主砲ビームで落としてみせた。主砲ビームは二倍の射程でありながら、敵艦の応力フィールドを突き破ったのである。その爆発で敵の防空網にあいた穴にグランドルークごと突込み、艦体を月の地表に激突する直前で引き上げ、そのまま超低空でツィオルコフスキー方面からラインバードの本拠地に突入したのである。およそ巨大艦が行う動きではなかった。しかしエルメスと艦の運航をつかさどる部隊の長である、つまりグランドルークのパイロットといえるハリアー大尉は、月の低重力下であればこの動きが可能であると判断していた。また空挺空母時代から地上すれすれに飛ぶことにはなれていた。防衛の目が向いていないツィオルコフスキー方面からの突入を敢行したのである。突入しながら戦闘機隊を発信させ、先行してラインバード基地に爆撃を敢行した。
グランドルークIIに配備されている戦闘機は当然ながら宇宙での運用を前提に開発されたものであり、そのためそのデザインには空力など一切配慮されていない。機体強度と運用面での利便性を優先して設計されており、全体的には薄っぺらいカード型であった。この方が格納時に便利なのである。コクピットは機体中央にあり、パイロットはPS同様モニター越しに視認して操縦し、いわゆるキャノピーは存在しない。武装は内臓もあるが、基本ウエポンラックごとマウントして装備する。すべてが効率優先であり、格好がよいとは言えない。
戦闘機隊はそのまま月の表側まで脱出し、後で回収するのである。グランドルーク本体もそのまま一気にラインバード本拠地の上空を精密な光学観測をしながら通り抜け、十キロ先で反転、機動兵器の展開を行いながら今度は基地の淵にそって旋回しながら主砲以外のビーム砲や機銃、ミサイルでの攻撃を加えた。主砲はグランドルークの進行方法に固定されているため距離をおかないと使えない。ラインバード基地からの反撃が始まっていたが、今のところ散発的で統率が取れていない。ゴドウィンもセリアムもいないのかもしれなかった。さすがにグランドルーク一艦の火力では大きなダメージを与えることは難しい。
機動部隊は出撃してきた敵PSとの交戦に入っていた。ラインバードのPSといえば出会いたくない敵ナンバーワンであるが、今回は最初から相対することが分かっている状況のため心の準備はできていた。マエジマは機動兵器の展開に隙がなく拠点防衛のお手本のような布陣に舌をまいた。新居のため不慣れな対空砲座の運用とは違う。ヒュウもその布陣からセリアムがいるかもしれないと感じていた。敵も戦艦による強行偵察という前代未聞の出来事に対応が遅れたようであったが、既に立ち直っている。現宙域にとどまっての交戦可能な時間は十分もないとヒュウは考えていた。その時である、ラインバードの指揮官機、バロンフォースが目に留まった。しかもカスタムカラーのシルバーと青のツートーンカラーでありセリアムが自機に施しているカラーリングである。二年半前にヒュウを恐怖の淵に突き落とした、あの機体と同じに見えた。ヒュウは自分の小隊の副長に無理せず戦線の維持だけを命じて、バロンフォースに突入していった。あの時アームストロングで背中から冷水を浴びせられたような恐怖の対象、その後強敵といく度か渡り合ってきたが、あの時のような感覚はついぞ味わっていない。それほどまでセリアムという存在は脅威であった。あの日の恐怖を克服するには対決するしかないのである。ヒュウのレグナスに気づいたバロンフォースはその攻撃を見事なインメルマンターンを決めて回避し、ライフルの射線にレグナスを捉えた。流れるような動作であった。しかしレグナスも射線に捉われる一瞬前にそらし逆にバロンフォースにライフルで攻撃を加えた。しかし狙いが早すぎたためビームはそれ、そうこうしているうちに二機の相対距離が縮まった。ヒュウには違和感があった。確かに目の前のバロンフォースは凄腕といえる。しかしあのセリアムと対峙した時の圧倒的なプレッシャーがないのである。お互いビームライフルが必殺の距離まで近づいたことからライフルの射線を回避しあい、千日手の状態を打開するためレグナスの胸部にあるパルスレーザーを目くらましとして発射しつつ敵に体当たりを食らわせた。レグナスは両肩に可動式のバインダが装備されているが、そのバインダが折れ曲がるほどの勢いであった。ヒュウはこれまでどのような衝撃を受けても脳震盪を起こしたことがなく、敵に体当たりすることで敵パイロットの脳を揺さぶる攻撃がこれまでも功を奏したことが多々あったのである。しかしレグナスでは始めて実行したため、レグナスのバインダの積層衝撃吸収装甲の性能を頭にいれてなかった。レグナスのバインダの衝撃吸収性能が高いため、体当たりしてもこれまでのような衝撃を敵パイロットに与えられなかったのである。それでも効果はあったようで、接触したことから敵パイロットの悲鳴のようなうめき声と罵り声が伝わってきた。そしてヒュウは驚愕した。それは女性の声だったのである。もちろんPSパイロットに女性が皆無というわけではない。ヒュウも一人知っている。ヒュウが驚いたのはその知っている人物の声に思えたことである。特徴的な声であり聴き間違えする可能性は低かった。敵のバロンフォースがレグナスから離れ、無防備な状態で降下していく。仕留めるチャンスであった。無意識にライフルをバロンフォースに向けたその時、バロンフォースとレグナスの間に一機のパルミュラが割り込んできた。まるでレグナスのビームを自分が受け止めようとするかのように。次の瞬間、レグナスのAIが警告を発してきた。味方のPSとの距離がありすぎ包囲される可能性があると。ヒュウは一瞬で判断し、そのまま上昇して味方との合流を優先した。今起こったことを整理しなければならない。また俺は戦闘中に間違いを犯すところであったと。
限界であった。グランドルークはこれ以上現宙域にとどまっているわけにはいかない。上空の防衛ラインの艦隊も降下してきている。上空からの攻撃がないのは、下にラインバードの基地があるからだ。展開している機動兵器はグランドルークの艦体のそこら中にある格納ハッチにもぐりこみ加速に備えた。グランドルークの艦体、特に戦橋は二重構造になっており、ハッチから内部に入り、機体を磁力で固定することで暫時の収容が可能なのである。メンテナンスのための格納庫には安全な場所に移動してから収容すればよい。まずグランドルークの艦体に取り付くことが優先とされた構造であった。これまでの機動兵器収容時間の3分の1の時間で収容し、グランドルークは一気に加速した。惑星間航行すら可能なエンジン出力を見せ付けて、一気に降下中の敵艦をすり抜けて脱出したのである。エルメス曰く「とんずら」であった。新生グランドルークIIの性能だよりの荒い作戦であったが、おそらく訓練でこの経験値を得ることはできない。敵艦はやっきになって追いかけてきたが、グランドルークIIに追いつけるものではなかった。しかしこのような作戦は二度とできるものではない。敵も馬鹿ではないのだ。また最大加速で脱出したため、月に戻るのに時間がかかり戦闘機隊の収容が遅れたことも今後の検討課題であった。グランドルークIIの性能と機動兵器の運用がまだ噛み合っていないといえた。無茶な運用の結果、グランドルークIIの艦体にどのような影響が出ているかを確認するのも重要であった。一旦スペースシドニーのドッグにもどり、艦体の精密チェックを実施することとなった。
スペースシドニーは、月の反対側の重力均衡点にある連合の宇宙基地である。ディラレスパーと月のアームストロングの三つの拠点が連合の宇宙戦力であるが、その中でも最大のものといえる。名前が示すとおり、このスペースシドニーはかつて地球上のオーストラリアのシドニーであった。第二次重力戦争時にアデレードを狙ったアタラクシアのゲーザービームを反位相のゲーザービームを当てて無効化しようとしたが、シミュレーションが正確ではなかったため、収束された重力波は増幅された状態でアデレードをそれてシドニーを襲った。ゲーザービームが地殻に与える影響は複雑で予測が難しい。地球内部に引きずりこまれる場合もあれば、はじき飛ばされて宇宙に飛び出す場合もあった。最悪なのは一旦上空高く飛び上がったあと、再び地表に落ちてくるケースであった。ダカールなどはこの例で、落着のショックでアフリカ大陸北西海岸は崩壊し、大陸の地形が変わった。地球の公転軌道にすら影響を与えているほどの衝撃であり、地球の裏側でもその衝撃が検知された。大西洋プレートとアフリカプレートの境目であったため、プレートの状態も安定せず広い範囲で溶岩が噴出し、常に群小の地震が発生する地域となってしまった。もちろん人は住めない。シドニーは宇宙にはじき出されたケースで、当時百万人はいたとされるシドニーの人口のほぼすべてが、射出時のGにより失われた。もし偶然生き残っていたとしても待っているのは宇宙空間である。生き残ったのは「奇跡の子」と呼ばれる赤ん坊一人だけで、偶然が重なりシドニー射出後の宇宙空間でも生き延びて救助されている。当時の遺体回収はいまだ続いている状況である。宇宙空間に飛び出したシドニーは一旦月軌道に乗ったが放置しておくと月に落着する危険性があったため、連合とアタラクシアが協力して現在の位置に固定させた。月に落ちた例は他にもあったが、シドニーほどの質量と相対速度を持っての落着は月世界の崩壊を意味していたのである。こればかりは戦時中であっても両国で協力する必要があった。その後第三次重力戦争にて連合が接収し(というよりアタラクシアは権利を主張しなかった)宇宙の拠点として開発されたのである。百万人の墓標ですら拠点とする連合のやり方は当時かなり内外から非難を受けたが、連合はそれを無視し現在まで使い続けている。当然幽霊話にことかかない場所である。




