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戦士たち  作者: Maxspeed
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第五話「グレイスという男」

グランドルークはサブシステムにもダメージを受けており、高度が維持できず、地上100メートルほどの高さで数キロ進んだ地点にある高台に再度着陸した(この高台もゲーザー攻撃により隆起した地形と考えられた)。重力制御のメインシステムを構成するレアメタルによるパーツが破損し、交換部品がない限り今後の航行は高度がとれず、さらに数キロことにオーバーヒートを避けるため着地して機関を冷やす必要があった。台湾にある連合基地に連絡をとり、交換パーツを補給してもらう段取りはついたものの、部品の到着と修理のため数日はここで滞在する必要があった。連合東南アジア管区政府からは周辺住民が危険にさらされるため、早々に移動を求められる始末であった。それぞれの管区自治軍は連合中央からの派遣部隊に非協力的であることが多い。ましてやグランドルークは中央アジア管区のゲリラ活動が活発なため、先のノヴィレン攻略戦と連動してそれを鎮圧するため派遣された部隊であった。東南アジア管区には関係のない部隊である。冷遇はいたしかたなかった。

それにしても解せないのは今回の攻撃の意図であった。作戦を終了して帰還中の部隊を狙った攻撃、それも正規軍ではなくゲリラ的な反連合勢力による攻撃である。戦略的に何の意味もない攻撃で、敵側も少なくないダメージを負ったはずであった。考えられる理由としては純軍事的な作戦ではないという可能性である。

ヒュウは珍しく悩んでいた。帰還後エドガーに部隊の皆の前で鉄拳制裁を加えられたが、それは関係ない。エドガーの怒りはもっともであった。ヒュウは1秒程度とはいえ、戦闘のさなかに完全に止まってしまったのである。パワードスーツはパイロットの挙動をインターフェーススーツを介して反映するため、見るものが動作を見れば判断はつく。これはチームの他の機体も危険にさらす結果になるかもしれない失態である。エドガーがそれを見逃すはずもなかった。エドガーの拳には部下の命を失いたくない上官としての愛情がこもっていることが感じられたのである。その上で何故敵と相対している状況で動きを止めたのかを聞かれ、ヒュウはグレイスとの会話のことを話すことができなかった。無言のヒュウに対してエドガーは自分自身と仲間の命を無駄に危険にさらしたと諭したのである。今回マエジマは出番がなかったが、ヒュウの様子を見ていつもと違うことを感じ取っていた。しかしヒュウから話にくるまで待っていることにしたのである。ヒュウは態度にはださないがグレイスを気に入っていた。それこそアリスやマエジマの次にである。彼をこれまで食い物にしてきた大人とは違う、一本筋が通った生き方をしていると感じられた。その男が攻めてきたのである。ヒュウの乏しい人生経験では混乱するのが当たり前であった。結局ヒュウは罰当番の歩哨としてグランドルークの周辺警備に回された。本来であれば、戦闘に参加しなかった部隊の役目である。地上警備に当たり、真夜中を少し過ぎたあたりであった。グレインの外部装甲に何かが当たる音がした。ここは地球で、亜熱帯地方であるため大型の虫の可能性もあったが、念のためPSのAIに装甲チェックを命じた。その結果左肩に何かが磁石で張り付いているので小型爆弾か、と払い落とそうとした時、グレイスの声が聞こえたのである。どうやら高台の縁まで生身で登ってきて、空気圧で射出するワイヤード通信装置をヒュウのグレインに打ち込んだようであった。航空機による急降下爆撃、その後のPS戦、反連合組織の指揮ぶりに加えて身一つでのストーキング技術と射撃の腕も一流のようであった。これほどの人物が辺境の小さな村にいること自体が不思議であった。

グレイスはヒュウにここまでの経緯を説明しにきたのである。彼らの目的はグランドルークそのものであった。ヒュウ達が出発した後、グレイスがパイプを持っているアタラクシア軍の駐屯地の指揮官ザイザ・ルドマック大佐から、グレイスは呼び出しを受けたのである。連合側の駐屯地と同じく、辺境の小さな基地であり、兵力もそれほどではないが、それでも周辺で対抗できるものはいない。グレイスは否応もなく呼び出しに応じた。そこでグレイスはアタラクシア軍の予備役として正規軍への復帰とグランドルーク討伐隊の指揮をとることを要求されたのである。グレイスがかつて軍事顧問をしていた小国は親アタラクシアの方針であったから、グレイスは一応アタラクシア軍の予備役として登録はされていた。しかしその国自体がなくなり、グレイスの社会的立場も一度リセットされた以上、予備役登録は無効であると考えていた。しかしザイザは生え抜きの国粋派であり、第一次重力戦争で地球に下りてきた当時からこの中央アジアの平定がアタラクシアの地球における軍事行動の要となると信じていた。というか当時ギィ・グランと軍事の最高司令官であるハーマン・クレストがそういう戦略をもっていたのである。時代が変わり状況が変わり人も変わったが、この司令官は第一次重力戦争のころの戦略思想を捨てきれていなかった。また、グランドルークの裏切り行為を許せるものではなかった。そこに怨敵グランドルークが彼の手の届く範囲に現れたのである。しかし気づくのが遅かった。グランドルーク隊は既に所定の任務を完了し帰還する段階であった。グランドルークの所在が確認できたのはマエジマの部隊の収容のためにアタラクシア軍の近くに現れたためである。無人定点観測所の一つからの望遠映像で確認が取れた時、ザイザはグラン総統の導きであると感じた。この機会に裏切りの船を落とせと。しかしグランドルークはすでに彼の管区を離れつつある。そこで予てからその能力を高く評価していたグレイスを登用することを思いついたのである。しかも調査するとグレイスの村に一時的に連合軍が身を寄せていたことが判明した。例の略奪者たちがグレイスの村を襲ってヒュウに撃退された後、アタラクシア軍に捕縛されていたのである。ザイザはグレイスにこの事実を突きつけ、現役復帰してグランドルーク討伐の指揮をとらない場合、村の人間を人さらい政策の対象にすると脅してきたのであった。グレイスは止む無く命令を受け入れ、情報を収集した結果、反連合勢力を短時間に纏め上げての急襲となったのである。むろん現地の反連合勢力にはアタラクシア軍からの補給が受けられることを餌にしたのである。グランドルークの重力機関に致命傷を与えて動けなくすれば、どのようにも料理できる。親連合の勢力圏だが連合中央を担う環太平洋地域とはことなり、自国の安全のために消極的に連合に参加している地域である。戦闘となってもグランドルークに増援が来るとは思えなかった。今回の作戦の目的はグランドルークを完全に破壊するか取り戻すか(アタラクシア側からするとこういう表現になる)である。乗組員の処遇についての指示はない。そのため、極端な話、グランドルークを譲って乗組員が退艦すれば、それで終了なのである。だが、それを受け入れる軍隊は古今東西ありえない。だから、マエジマの部隊だけでもうまく逃げてくれ、というのがグレイスの言い分であった。ヒュウの返事はグレイスがいると思われる場所への機銃掃射であった。同時に敵の接近警報を発したのである。ヒュウは怒っていた。今は戦時下でありそれぞれの立場で皆命がけで戦っている。グレイスの「逃げてくれ」は自分自身の罪悪感から逃れるための方便としか感じられなかった。しかもグレイスは自分の勝利を前提に話を押し付けてきたのである。

ヒュウはグレイスがいたと思われる地点を捜索したが、そこには打ち捨てられたエアライフルがあるのみであった。周囲を熱源探知しても特定できなかった。グレイスは高台を駆け上る上昇気流を利用して無音で熱源のないハンググライダーで離脱していたのである。もちろん隠密工作用の熱源遮断素材のソフトスーツを身に着けていた。ヒュウの警報を受けて哨戒部隊が集結してきたが結局敵襲はなかった。ここにいたってヒュウはグレイスとの経緯をエドガーに説明したのである。ヒュウは雄弁ではなかったが要所要所はマエジマが補足した。エドガーは黙って聞いていたが、一言「独房三日」と告げただけで去っていった。ヒュウは他の隊員に促されて、独房に収監されたのである。更に何故自分が独房に入れられたのかを自分で分析し文書として提出することと、食事は一日一回最低限、横になることは許されなかった(というか独房にはそのスペースがなかった)。マエジマは今後のことを考えてヒュウを戦力から外さないことを提言したが、エドガーから拒否された。グランドルーク隊ではマエジマ達は新参者であり、またヒュウの行為は部隊の和を崩すものである。またヒュウにはその能力を過信した独善的な動きをする傾向が見られる。いかにヒュウが活躍しようと、部隊の和を乱す行為は認められなかった。これはマエジマがヒュウを甘やかした結果であると断じた。それはヒュウをいずれ早死に追いやる結果となるかもしれない。マエジマはエドガーの言い分を認めざるを得なかった。ここは一人の天才が活躍する場ではなく、多数の兵士が一つの生物のように意思を統一して動くことが求められる軍隊なのである。それでもグランドルークはまだ規律が甘い方といえる。

グレイナウ・グレイスという人物の来歴が連合本部に照会された結果、彼の軍歴が確認された。元々は連合軍で第二次重力戦争のころ従軍し、地獄のような重力戦争を生き延びている。その後除隊し第三次大戦のころは中央アジアの小国で軍事顧問となったが、連合とアタラクシアの戦争が激化するなかで国そのものが消滅し、その後行方不明となったのである。この軍事顧問時代にはパワードスーツを含めあらゆる兵器を運用して国を守り「カザフの灰色狼」と仇名されていた。艦長のエルメスも当時何度か戦場で会ったことがあるという。それどころかグランドルークに乗り共同作戦を展開したこともあるという。今回反連合組織が糾合したのはグレイスへの信頼によるところが大きいと考えられた。逆に言えばグレイスを倒すだけで敵は瓦解するとも言える。

意外なことに台湾基地からの補給は滞りなく届いた。グレイスが補給部隊を襲う可能性は十分にあったため、グランドルーク隊から護衛の戦闘機隊とPSが派遣されていたのである。その隙にグランドルーク本体を襲う可能性もあったが、何も起こらず三日が過ぎようとしていた。明日にも修理が完了し飛び立てるはずであった。グランドルークの周りには地元住民が好奇心から見物するために粗末なテントが多数はられ、人だかりができている有様であった。地球温暖化により、熱帯はもとより亜熱帯地方も人が住むには過酷な気象条件になって久しいが、それでも人は故郷から離れようとしない。この辺りにもそれなりの人口が生活しているようであった。何度も戦闘になる可能性があるからと説明しても、一向に人波が引かない。露店まで出ている状況であった。彼らにとってグランドルークやパワードスーツは一生に一度見ることができるか分からない珍しい動物のようであった。マエジマはこの人が集まった状態は却って安全なのではないかと考えていた。グレイスの人となりからして、民間人を巻き込む戦いは避けると考えられたのである。しかしそれは甘かった。人波にまぎれて反連合のゲリラが生身で接近していたのである。一瞬であった。群集のなかからワイヤーアンカーが次々と射出され、グランドルークの上部甲板に達した。次の瞬間数十名のゲリラがワイヤーと圧縮空気で、飛び上がり、グランドルークの上部甲板に取り付いたのである。夜鳴き鴉と同じ仕組みであった。しかし強化倍力装置を身にまとわない状態でそのような動きをすればGの影響で体がもたない。体を支えている部分の骨が外れるか折れるかするほどの加速で駆け上がったのである。ゲリラたちは金属探知機に引っかからないように動物の皮で作った身体補助具を身にまとっていた。それでも相当な衝撃であったことはかたくない。訓練された者のみができる行為であった。上部甲板に取り付いたゲリラはハッチのロックを小型の成形炸薬弾を改造した、モンロー効果を利用した指向性爆弾で破壊し内部に突入した。上部甲板を警備しているPSはすぐさま排除しようとしたが、生身の人間をPSの機銃やビームライフルの的にすることに躊躇してしまった。その隙に侵入に成功したのである。これも艦体の構造を敵に知られている弱みといえた。上部甲板に駆け上ったゲリラもいれば、艦体側面からの侵入を図ったものもいる。警備のPSや機銃座からの攻撃で排除されたものもいた。逆に機銃座を手持ちの爆弾で破壊されて突入されたケースもある。十数名のゲリラが艦内に侵入した。彼らの目的はブリッジ、MBジェネレータ、そして重力制御機構である。独房にいたヒュウは艦内が騒がしくなり銃をもって「こっちにいるぞ!」といいながら駆けていく兵を見て、状況を悟ったのである。銃声と悲鳴、人が倒れる音が聞こえ、ドアの向こうで荒い息が聞こえてきた。ヒュウは見た。独房のドアにある狭い隙間、本来外から中を確認するための隙間からドアにもたれかかった灰色の髪の男を。グレイスに間違いなかった。指揮官が最前線で白兵戦をしているのである。ヒュウには大声で叫ぶしかなかった。ここに敵兵がいるぞ、と。独房内に誰かいることに気づいたグレイスは一瞬独房内に目を向けた。ヒュウとグレイスの視線が絡み、グレイスの口が開いた瞬間、遠くからの銃声が聞こえてきた。グレイスの周囲に着弾があり、その姿は消えた。独房の前はコーナーになっており、そこををあわただしく銃を持った兵士たちが通り抜ける。最後の一人は艦内警護担当であったらしくヒュウを独房から出し、銃を手に押し付けてきた。お前も船を守れと一言残し走りさる兵士の後を追いかけようとした瞬間、ヒュウの目の前にグレイスが降り立った。彼は奥に移動したのではなく、廊下の角を利用して追跡者から見えない場所で廊下の上にあるむき出しの配管に飛びついて上に潜んでいたのである。とっさに銃を向けたヒュウであったが、グレイスは持っていたマシンガンの銃把でヒュウの銃を弾き飛ばし、マシンガンの銃身をヒュウの喉元にあてて壁に押し付けたのである。頚動脈を圧迫され、身動きがとれない状況で、グレイスはヒュウを哀れむような目でみた。こんな子供が殺し合いの最中にいる、かわいそうに、そういう目だった。ヒュウにはそんな目で見られる筋合いはなかった。彼は自分の意思の選択でここにいる。そうグレイスに言ってやりたかった。だが体格と体術と経験に優るグレイスに敵うはずもなかった。一瞬首への押し付けが緩んだ隙に殴りかかろうとしたが、そればグレイスの誘導であった。足を引っ掛けられたヒュウは無様に独房の中に倒れこんだのである。そのままドアを閉められ自動ロックされてしまった。グレイスは、もう俺の前に現れるな、お前を殺したくない、といい去っていった。結局この突入隊は目的を達することはできず、艦内を多少破壊したのち撤退していった。捕虜にされたものはおらず、数名を射殺したが、半分以上は無傷で撤退した。白兵になれたものの攻撃であった。しかしマエジマにとっては衝撃があった。旧マエジマ隊に属していたメンバーが、自室から飛び出したところで敵と鉢合わせになり射殺されたのである。グランドルーク隊にも他に数名犠牲者が出ていた。仲間を殺され、自身は哀まれたヒュウはグレイスへの殺意を募らせていったのである。

翌日修理が完了したグランドルークは飛び立った。完了したといっても完全回復ではなく高度は1000メートル程度でスピードもでないし、一日に一回は着陸して重力機関を冷却する必要があった。完全修理にはドッグ入りが必要であった。1000メートルでは高い山を越えるわけにはいかないため、主に海沿いを航行して台湾基地でドッグに入る計画である。しかしこれでグレイスの追撃はかわせるはずであった。東南アジアの反連合組織には大掛かりな航空兵力がない。待ち伏せて攻撃したのはそのためである。

しかしグレイスには彼の故郷を守るという使命があり、そのためにはあらゆるコネを使って追撃する覚悟であった。またヒュウもグレイスが追撃を諦めたとは考えられなかった。グレイスはザイザに連絡して段取りをつけてもらい、現在も定期的に宇宙へ人とその財産、資源などを打ち上げている赤道アフリカベースに移動して宇宙に上がったのである。宇宙にて軌道艦隊に収容されたグレイスは、ザイザの要請として一個中隊と大気圏運用可能な突入艇の提供を依頼した。軌道艦隊の司令官は地上基地からの無茶な要請に応じるつもりはなかったが、相手が古参の大佐であることと、グレイスの説得により結局兵力を提供することになる。何よりグレイスのような使える男を自分の部下に招き入れたいという欲もあった。既にグランドルークが出発して四日が経過している。ギリギリ台湾基地に入る寸前で攻撃ができる最後のチャンスであった。問題は攻撃隊に借り出されるパイロットたちのモチベーションである。本来の上官ではない、どこの馬の骨とも知れない男の指揮で、戦ったことがない地上での戦闘に参加することになる。そんな作戦に参加したがる部隊はなかった。しかしグレイスは運がよかった。軌道艦隊の交代のタイミングで別任務にあたっていたラインバードの一部隊を収容している艦とランデブーしたのである。現地判断で、このラインバードの部隊をグレイスの指揮で運用する許可が下りたのである。次期団長であるセリアム・ラインバードが参加している作戦であったため、セリアムの許可があれば問題はなかった。軌道艦隊の司令にしても傭兵であるラインバードの戦力であれば、自部隊の損耗はないのでほっと胸をなでおろしたものである。その代わりグレイスからは特殊な装備の提供要求があったが、装備だけであれば問題はなかった。セリアム自身は別作戦の指揮のために宇宙に残るが、他のラインバードの面々は本来の作戦では出番がなく、すごすごと引き上げる段階であったため意気盛んであった。また地上での戦闘経験が豊富なものも何名かいた。さらに作戦終了後は地球上に展開しているラインバードの潜水艦艦隊が収容できるという、願ったり敵ったりの状況であった。欲を言えばラインバードの潜水艦艦隊にも攻撃に加わってほしかったが、これは地球に勢力がないと考えられているラインバードの虎の子艦隊であるため、正体をさらすようなことはできなかった。

グレイスは突入艇にて降下し、グランドルークとのランデブーに備えた。目的を達成し、またあのうらびれた村での倹しい生活に戻るためには何でもする覚悟であった。これがグレイナウ・グレイスという傑出した能力をもった男の生き方であった。グランドルークは台湾基地への最後の航行に飛び立ったところであった。赤道方面の高高度からの飛翔体を捉え、予測コースから敵襲と判断し、台湾基地への増援依頼を発すると同時に部隊を展開した。まさかという思いがあった。あの男が今度は上から攻めてくるのかと。しかし予想は的中した。グレイスは大気圏突入時の電波障害が解消した時点でグランドルークに向けて最後通牒を発したのである。船を捨てて投降するのであれば乗員は解放する、と。エルメスの返事は「あほか」であった。同時に通信管制に入り、無線は通じなくなった。突入艇はその役割上たいした武装を持っていないため、PSにて出撃して攻撃を加えるのである。突入艇はグランドルークの上空を旋回しながらPSの補給やグランドルークの頭を抑える役割を担うのである。ここでグレイスは一つ判断ミスをした。簡単にけりをつけるのであれば、ギリギリまで接近した段階でPSで脱出し、無人にした突入艇をそのままグランドルークに体当たりさせればよかったのである。エルメスはエリカに命じて、その気配がないか突入艇の軌道と速度を入念にチェックした。しかし借り物である突入艇を使い捨てにできない事情もありグレイスは最大のチャンスを活かせなかった。グランドルークとラインバードのPS部隊の戦闘は熾烈を極めた。ラインバードのパイロットたちはいわずと知れた手錬ぞろいである。しかし半数以上が地球上での戦闘は始めてであり、宇宙での戦闘ほどのパフォーマンスはだせていなかった。人工重力がある以上、宇宙暮らしであっても1G下戦闘の訓練は受けているが、地球上の戦闘はまたそれとは違った。空気抵抗や大気中の湿度の影響による視界の悪さ、周囲の風景の違い、巨大な球(地球)の圧迫感、どれもが五感を狂わせる。上下がある世界であるからこそ、上下感覚が狂う余地がある。

また宇宙戦闘用に用意されたPSを地上運用するにあたり、スラスタやバーニアの推力配分を地上用に変更したが、かえってこれが災いした面もある。まるで始めて操縦する機体のような心もとなさがあった。それでも卓越した操縦技術と場慣れしたパイロットたちの度胸でグランドルークのPSと互角以上の戦闘を繰り広げていく。光学観測の結果、相手のPSがラインバードのものと判明すると、エドガーは戦術を変えた。迎え撃つのではなく攻めるのである。グレイスを倒せば、この戦闘には意味がなくなり敵は撤退するはずであった。その結果、グレイスの村の人々が強制的に宇宙移民させられることになるかなど、目の前の生死には関係なかった。増援が来るのであれば、それまで耐えるのがセオリーであるが、それでは被害が拡大し、また増援到着まで持ちこたえられない可能性がある。ラインバードが敵である以上、積極策を展開する必要があった。上空での戦闘では推力に優るサントスの部隊が活躍した。宇宙仕様のPSは地上戦よりも推進剤を消費するため、推進剤のタンクが増槽として取り付けられている。このタンクを狙って攻撃したのである。この攻撃により数機落とすことに成功したが、そのことに気づいたラインバードのパイロットたちは、タンクを切り離し、それを逆に焼夷弾として使用する戦法をとった。柔軟な対応であり、アバロンは舌をまいたものである。ただしそのため推進剤の残量が少なくなり、戦闘が長引くと空中での姿勢制御を重力制御と空力のみで行うことになる。双方、短期決戦の構えとなったのである。ヒュウはエドガーの戦術のもとチームプレイに徹していたが、敵がラインバードであり数が多いことから、フォーメーションの維持が難しい状況であった。マエジマはグランドルーク甲板上でベテラン達から学んだフォーメーションを応用して直衛の役目をこなしていた。ラインバードのパイロットたちもグランドルークに取り付けずにいたのである。そこにエドガーの戦術転換指令があり、一旦フォーメーションを解除して再編するため、各個対応が求められたのである。そこでヒュウはグレイスを探した。彼がラインバードのPSパルミュラに搭乗していても動きで看破できるはずであった。しかしそれらしい動きのものがいない。グレンフォースやラインバードの指揮官機バロンフォースもいない。そこでヒュウは気づいた。現在の戦闘は主にグランドルークの上空で行われている。当たり前だ。空挺空母は下部より上部のほうが守りが薄いためだ。また飛んでいる対象にたいしてプレッシャーを与える意味からも、物理的にミサイルや機銃弾の効果を高めるためにも上からの攻撃はセオリーといえた。しかしグレイスはここまで常識破りの戦法でグランドルークを苦しめてきた。グレイスは今、グランドルークの下部にいる、そうひらめいたヒュウは、一瞬勝手な行動をとることに躊躇した。彼が勝手に動くことで失われる命もあると教えられてきたのである。そのヒュウの動きを読んだエドガーは、PSの身振りで自由行動の許可を与えたのである。わが意を得たヒュウはそれでもチームの二人と連携してグランドルークの下部に向かった。もちろん下部にもまったく敵がいないわけではない。しかし分厚い下部装甲は接近してのビーム攻撃においても抜くことは難しいため、上部ほど激しい戦闘が行われているわけではなかった。ヒュウの動きをエドガーはブリッジに伝え、エルメスも監視カメラで下部装甲のチェックを指示した。そして驚くべきことに、グランドルークの構造上、もっとも下部装甲が薄い部分に人が張り付いていたのである。正面からの突入艇とPS部隊の攻撃を陽動につかい、高高度からのスカイスーツによる接近とグランドルーク下部への取り付き。こんなことができるのはグレイスしかいなかった。しかしスカイスーツによる移動で運べる機材の量はたかがしれている。上部甲板ならばまだしも、下部装甲に張り付いている理由がとっさに判断つかなかった。その時ヒュウのチームの一機が突然バランスを崩して落下した。同時にヒュウの機体のアビオニクスにも障害が発生し、さらにモニタがブラックアウトしたのである。とっさにヒュウはワイヤーアンカーを発射し、機体をグランドルーク下部に固定した。もう一機の僚機は落下した機体の救助のために降下していた。グレイスが何かしたとしか思えなかった。ヒュウはスーツのハッチを開こうとしたが電子機器がいかれていて開かない。緊急脱出プロトコルで爆発ボルトにてグレインのハッチを吹き飛ばしたのである。上空数百メートルの強い風を浴び一瞬ひるんだヒュウであったが、PSパイロット用のインターフェーススーツの上半身の接合ノードも外して身を乗り出した。グレイスまで30メートルというところか。グレイスは下部装甲の隙間に何かを埋め込もうとしていた。その腰には小型のバズーカ砲のようなものがマウントされていた。その時である。グレイスやヒュウが取り付いているグランドルークの下部装甲の一部が、先ほどのグレインのハッチと同じように爆発ボルトにて排除され、落下を開始した。もともとグランドルークが宇宙船であったころにはなかった装甲である。後付けする際に切り離しが可能なように設計されていたのだ。下部装甲と一緒に落下しながらグレイスは何を思ったのであろうか。ヒュウはグレインからの残りの緊急脱出プロトコルを実施して、コクピットからはじきだされた。後はパラシュート降下するのみである。グレイスもまたそれを見たのか下部装甲から離れ、ヒュウの元に滑るように飛んできたのである。彼もパラシュートを装備しており、それを開くとヒュウと並ぶようにして降下していった。グレイスはスカイスーツの一部であるフルフェイスヘルメットのようなものをかぶっていたが、それを脱ぎ、ヒュウに向かって何か叫んでいるようであった。どうやら海に着水する際にとる姿勢について注意しているようであったが、ヒュウにはどうでもよかった。パラシュート降下など始めてで訓練すらしていない。緊急脱出訓練で基本姿勢をビデオでレクチャーされただけである。二人はほぼ同じ速度で降下を続けていた。おそらくグレイスが速度を調整していたのであろう。不思議な時間であった。グレイスへの感情、着水とその後の不安、改めて見渡した美しい地球の光景、色々な感情が入り混じりヒュウはいつのまにか泣いていた。何に対する誰のための涙かは自身も分からなかった。

突然グレイスがヒュウに近づいてきた。とっさにパラシュートを操作してかわした瞬間である。上空から落下してきたおそらくどちらかのPSの破片がグレイスのパラシュートを直撃した。グレイス自身にもあたったのか、赤い雲のような鮮血の幕が広がった。そのまま速度を上げてグレイスは落下していった。あっけない最後であった。彼はヒュウをかばったのであろうか。ヒュウは叫んだ。意味のない声を発し、何の感情かもわからないまま叫び、涙を流した。アリスをなくしたと感じた時以来の感情の爆発であった。ヘルメット内に警報が鳴り響き着水が近いことを告げた。ヒュウは歯を食いしばり、あごを引き、本能的にレクチャーどおりの着水姿勢をとった。激しい勢いで着水したが、直前でバランスを崩し自分の膝が激しく胸を打った。胸の激しい痛みで意識を失った。


これは意識を回復した後にマエジマから聞いたことだが、グレイスの作戦が失敗に終わった後も、ラインバードのパイロットたちはグランドルークへの攻撃の手を緩めなかった。それは単純に彼らもグレイスの作戦を知らなかったのか、単に目の前の獲物を逃したくなかったのか、それ以外の理由があるのかは分からなかった。台湾からの航空部隊の増援が到着した際に、汐が引くように撤退していった。突入艇もいずこかへ消えた。台湾からの増援も深追いすることはなかったのである。落下したグランドルーク下部装甲は偶然小さな島の浅瀬に落ちていたが、小さいが十分人一人通れるほどの穴が開いていた。おそらく高熱を発するテルミット弾のようなものがグレイスにより仕掛けられ落下中に発火したと考えられた。グランドルーク、PSの複数のカメラには落下中の下部装甲に鋭い光が確認できている。ヒュウともう一機を攻撃したグレイスの武器は不明だった。グレイスの死体も回収できなかったのである。おそらくマイクロブラックホールの爆縮によるX線放射に指向性を持たせた武器と考えられるが、グレイスの死体同様回収できなかった。過去に何例かアタラクシア軍による使用が確認されているが、射程が短いこと、電子機器に影響を与える程度の威力であること、X線に指向性を持たせるための構造に問題があり、発射した方にも影響があることから武器として定着はしなかった。グレイスは宇宙でこの武器を入手したのかもしれない。そしてテルミット弾で装甲に穴をあけてそこから自分の命をかけてX線照射でグランドルークの電子機器を焼ききろうとしたのかもしれなかった。ヒュウは波間に漂っているところを回収された。着水と同時に浮き具の展開とビーコンが発せられていたため、回収は容易であった。ヒュウの肋骨は何本か折れていたが命に別状はなかった。グランドルークはようやく台湾基地に到着し、そこでドッグ入りとなった。修理にはまる一ヶ月かかるという。その間乗員は骨休めできるはずである。グレイスとの戦いはこれでようやく終焉を見たのであった。それはおよそ軍事作戦とは思えない異様な戦いの連続であった。


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