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戦士たち  作者: Maxspeed
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第二話「降下作戦」

このアームストロングベースへの奇襲攻撃直後にアタラクシア政府首席兼軍最高司令官であるギィ・グラン総帥は連合に対して先の和平条約の不公平性を理由に破棄を宣言、全面戦争を布告したのである。

グランがこの宣言を行った理由はいくつかある。一つには宇宙において最強の武装集団であるラインバード傭兵団との専属契約が締結できたこと、地球の拠点を引き払い、宇宙で全国民を養える体制ができあがったこと、火星の向こうの小惑星帯で活動する資源採掘団がこれまで地球でしかとれなかったレアメタル他の資源を確保できたことなどである。しかしこれらの体制作りに対し連合の首脳陣はタカをくくっていた。所詮人類が地球を離れて長期間暮らすことなど不可能であると考えていたのである(これは連合初期の政治理念と相反する考え方である)。そのためかは不明だが、この機会に連合は地球上に残存するアタラクシア軍事勢力を根こそぎにする計画を立案した。月を実質上奪われたのだから、地球で取り返そうという腹づもりである。この作戦に第三次和平調停をもって引退していたロジャー・メイスコット退役元帥はわざわざ連合の参謀本部まで赴いて反対したが、聞き入れられなかった。この作戦に関しては、連合軍首脳部にはアタラクシアに対する意趣返ししか頭になかったようである。

アタラクシアの地球上における軍事拠点には大規模なものが3つ存在する。サンクトペテルブルグの近郊にあるノヴィレンベース、赤道直下で主に打ち上げ基地として機能していた赤道アフリカベース、そして南極にあり、資源採掘基地として機能していたディーラーンベースである。赤道アフリカとディーラーンベースは現在その存在価値自体が希薄となり縮小がすすんでいる。唯一ノヴィレンベースは最後の牙城として機能していた。ヨーロッパからロシア、中央アジアはアタラクシアの地上における版図であり、親アタラクシアの勢力が強く残っている。その真ん中に楔を打ち込もうというのである。連合軍の首脳陣はアタラクシアお得意の宇宙からの攻撃で、この地上最大のベースをたたこうと立案したのである。後に軍事的冒険の愚かさの代名詞とまで言われるこの作戦は、連合宇宙軍大将ソレンスンの失地回復のための作戦とも言われた。彼は和平時にフリーであったラインバードとの裏交渉に失敗し、最強の軍団をアタラクシアに走らせてしまった。その失敗を雪ごうというのである。


連合軍では史上初の機動歩兵による降下作戦が決行される運びとなった。対宙砲火による損失を最低限にするため、強襲揚陸艦を使用せず、機動歩兵一体一体が耐熱シールドを装着して降下するのである。ダイビングディッシュと呼ばれるその耐熱装甲は巨大な皿に5枚のパネルが取り付けられた形をしていた。皿は耐熱カーボン装甲でできており、5枚のパネルは強力な電磁場を発生させることにより圧縮されプラズマ化した大気の流れをコントロールする。地上近くまで来るとディッシュと本体は分離し、その後ディッシュは破裂、分解してレーダーに対してのチャフの役割と共に、光学照準をも攪乱させる。基本的なアイディアはすでに1960年代のSF小説に現れているが、単純な故に効果的な手段であった。ただ強襲揚陸艇に比べれば遙かに薄い装甲で、当時の歩兵の言をとれば「下着姿で」大気圏に突入するのは、歩兵達にとって恐怖であった。しかも実戦では初の事なのである。

この作戦にマエジマの部隊も参加しており、当然ヒュウの姿もあった。戦艦ダラスで地球上空まで移動するなか、ヒュウの姿は仲間達の好奇の的となった。大人びているとはいえ、そして年を偽っているとはいえまだ15に成り立てである。その厳しい表情と幼さが一種迫力のある雰囲気を作り出していた。ここでヒュウは後にクルーメイトとなるレイモンド・ニーニルヒとフランクリン・ジッターに出会っている。戦艦ダラスを含め、降下作戦に参加する艦艇は降下ポイントまで複数の経路で進軍し合流する予定となっていた。ダラスのコースは通称「シュバルツバルト(黒い森)」と呼ばれる地球と月の中間点にある地球、月、太陽の重力中和地点、ラグランジュポイントを経由するものであった。ここにはこれまでの宇宙開発や戦乱によって発生した宇宙のゴミ(スペースデブリ)が集まってきていて、一種の暗礁宙域となっていた。本来ここには人工衛星群があったのであるが、第一次重力戦争で失われていた。地球圏の空間は度重なる宇宙戦争と地上から重力兵器で打ち上げられた土砂によるデブリで汚れきっている。応力フィールドが頼みの綱であった。

応力フィールドはフィールド内に飛び込んできた物質の慣性エネルギーに反応しはじき返す一種の力場で、この時代の電力機関としてもっとも普及しているMBジェネレータのために開発された技術を応用したものであった。ただし隠密作戦においては応力フィールドではじき返したデブリを観測されただけで居場所が分かってしまう場合があり、また慣性エネルギーをフィールドで受け止めると、そのエネルギーの一部を光に変換してしまう特性があるため、極力デブリを避けるのは鉄則であった。この時代、広域レーダーは条件次第では信用性が低くなりがちであった。電波吸収散乱装甲、ECM、ダミー電波反射体、デブリなど、いくらでも欺く手段があったからである。多少なりとも使えたのは重力波センサーで、これは質量そのものを検知するパッシブセンサーであるから、ダミーであっても質量の違いで見分けられる。だが重力を検知するセンサーである以上、対象物の質量は検知できても形状などは確認しようがなかった。存在を感知するだけであれば有効な手段と言えた。しかしそれもシュバルツバルトのような暗礁宙域では相当大きなデブリも存在するため確実性が低くなるのである。

ダラスの索敵班がそのデブリを発見したのは、ダラスがシュバルツバルトの中間地点にさしかかったときであった。あきらかに周囲のデブリの流れとは異なる動きをするデブリを複数確認できたのである。シミュレーションの結果、前方左方向に艦艇が隠れている可能性が高いという結果が出た。ダラスの艦長アルフマン・フォーケンは副長のメイリー・アウフレットに指示して機動歩兵部隊に準戦闘待機を発令した。そう、歩兵という名称であるが、機動歩兵は宇宙空間における戦闘においても使用される。その高い機動性と汎用性から従来の宇宙戦闘機は徐々に使われない傾向にあった。特にこの暗礁宙域のようなところでは機動歩兵は有効であった。

果たしてダラスの前方には2隻艦艇の姿があった。連合の艦艇は実用性最優先のゴツゴツした無粋なデザインであるが、この艦艇は2隻とも流麗なラインをした美しいデザインをしていた。当時としてはそれは名乗りを上げているも同様のデザインである。2隻はラインバード傭兵団所属であった。旧連邦の体制下で、宇宙空間における危険で特殊なノウハウを必要とする作業を専門に請け負う企業として始まり、いつしかその職人的ノウハウをもって旧連邦体制下にあっても月に特別自治区を持つにいたり、数々の戦乱をくぐり抜ける中で、傭兵部隊としての地位を確固とした組織である。ラインバードは当時としては最高の戦術立案実行、艦艇運用、機動兵器運用、造船のノウハウを持ち、連合からもアタラクシアからも独立している宇宙最大の組織である(少なくともこの時点ではそう思われていた)。2隻の内1隻はアームストロングへの攻撃で先鋒を勤めた艦、ラインバードの旗艦ゴルゴスであった。もう1隻の方が不注意にも大型デブリを応力フィールドではじき返した。この船はラインバードの設計でアタラクシアの旗艦としてデザインされた戦艦コンフィデンスであり、ゴルゴスの2倍近い巨体を誇っていた。新型ビーム砲のテストを兼ねて完熟航法を行っていたところに、偶然ダラスと鉢合わせしてしまったのである。宇宙空間が広いとはいえ、ピンポイントとも言えるシュバルツバルトの中では遭遇戦の確率は跳ね上がる。この時、ゴルゴスの指揮を執っていたのはラインバードの次期団長として指名されている実力者セリアム・ラインバードである。ラインバードでは団長はすべて団と同じ名前にするのが慣わしであり、セリアムも現団長であるゴドウィンに指名された時からラインバード姓を名乗っていた。このセリアムこそヒュウがアームストロング奇襲の際に恐怖を覚えた相手であった。指揮官でありながら機動歩兵においても無類の強さを持つ恐るべき人物である。一方コンフィデンスにはアタラクシア宇宙軍の精鋭が乗り込んでいた。しかしこれまでにない巨艦の運用にとまどいミスを犯したのである。そしてアタラクシアの指揮官である提督はダラスの存在を確認するや否や撃滅することにした。2対1であるしコンフィデンスには新兵器もある。連合の戦艦1隻に遅れをとる筈は無かった。この判断にセリアムは反対した。航海の目的はコンフィデンスの性能評価であり戦闘ではない。相手にとっても遭遇は意図したものではなく消耗戦は避けるべきであると。それでもセリアムは敵をやり過ごした後、送りオオカミとして追跡艇を付けるつもりではあった。シュバルツバルトを隠密航行する艦艇はほとんどが機密作戦に従事していると言えるからである。

答えはコンフィデンスの主砲の砲火であった。しかもそれはアタラクシアの新兵器「曲射ビーム砲」によるものであった。曲射砲は従来ほぼ直線でしか攻撃できなかったビーム砲の攻撃を、遮蔽物ごしに曲がった弾道で行えるというものであった。しかしこの攻撃方法にはいくつか弱点があった。一つは威力である。相対論的スピードで進む荷電粒子を、それ自身の磁場に偏りを発生させて曲げるのであるが、その場合物理法則により曲がる地点でエネルギーのロスが発生する。相対論的スピードで曲がる場合、ベクトルの総和で光速を超えることができないため、急激にスピードが落ち、それまで保持していたエネルギーを維持できず放出するのである。ラディエーション(放射)とよばれるこの物理現象により、威力は3分の1以下になる。またそのラディエーションにより曲がるポイントで強力な光を放つ。そして致命的なのは射撃精度であった。磁場による曲弾道のコンピュータシミュレーションがまだ正確ではないため、周辺空域の状況により大きくそれる場合もある。兵器としてはまだまだテスト段階と言えた。

果たして、遺棄された巨大な宇宙ステーションの残骸の陰からの攻撃はダラスのメインエンジンをかすめ、さらに応力フィールドによってはじかれたためまったくダメージを与えることはできなかった。これなら残骸越しに主砲の通常砲撃によって攻撃した方がましといえた。ダラス艦長フォーケンの判断は的確であった。障害物に紛れて接近されたのであるなら、離れるよりむしろ近づいた方がよい。お互いに必殺の距離までつめれば下手に攻撃すると巻き添えをくう可能性が高くなる。状況を千日手にした方が、数で劣るダラス側に有利だった。その上で機動歩兵による攻撃を行い敵艦の機能を停止させるか、退くタイミングを計るべきであった。

セリアムは舌打ちしたい気分であったろう。敵艦が逃げるどころかコンフィデンスに特攻してくるのである。一瞬の判断でセリアムも機動歩兵による戦闘を決断した。コンフィデンスはテスト航海なので機動兵器を搭載していない。ゴルゴスの部隊で守ってやる必要があった。そして最新鋭艦がその姿を敵にさらし情報を収集される時間を1秒でも減らす必要があった。こうして戦艦同志は小火器で戦い、メインの戦闘は機動歩兵に任される状況ができあがった。

出撃したヒュウ達は二手に分かれた。ダラスに対して防衛ラインをはる部隊と敵艦への攻撃を行う部隊である。マエジマの小隊は攻撃部隊へ回された。本来のダラス直衛部隊でないためである。機動歩兵にも応力フィールドは装備されている。応力フィールドは外からの攻撃を防ぐバリアーであると同時に、パイロットにかかる G を軽減する性質も持つ。またこの時代、地球圏で活動する宇宙機は応力フィールドが必須であった。それほどまでに宇宙は戦乱で汚れきっていたのである。応力フィールドを展開している機体に長距離攻撃は無意味である。またミサイルも多くの場合、パワードスーツに数カ所装備されているレーザーをAIでコントロールして自動狙撃するので、結局は昔ながらの接近戦が主力となる。応力フィールドを打ち抜くには接近して高出力で打つか、反発エネルギーが発生しにくい慣性エネルギー値が低い攻撃、すなわち格闘戦が必要であった。

手慣れた動きでデブリの間を縫ってくる敵にヒュウは既視感を覚えた。コンピュータの光学測定をもとにした解析により敵の機種がラインバードのパワードスーツ、パルミュラと知ってヒュウ以外のパイロット達は青くなった。ラインバードは独自の機動歩兵を開発しており、アタラクシアと技術提携はしているものの、外見は異なっていた。ヒュウはアリスの敵討ちのつもりは無かったが、強敵とまみえる興奮を味わっていた。幼い頃から生死にかかわる環境で暮らしていた彼は、このような状況でないと情熱を感じられないのである。さすがにラインバードは手強かった。宇宙空間という彼らがもっとも得意とするフィールドでの戦いは月でのものとも異なっていた。しかしヒュウは長年の宇宙暮らしにより磨いた勘をたよりにコンピュータシミュレーションにはない奇抜な機動を行い、敵の攻撃をかわして接近し、撃破していった。入隊1年の新兵の動きとは思えなかった。一方マエジマはラインバード相手に恐怖を覚えながらもヒュウ以外の部下達を訓練で磨いたフォーメーションで冷静に動かし、ラインバードの猛者達に足止めを食わしていた。ヒュウは自由にさせておくのが一番である。だれも彼のまねなど出来ないのだから。

フォーケンは賢明な艦長であった。またセリアムも遭遇戦による消耗の愚を熟知していた。間に挟まれたコンフィデンスの指揮官だけが、新鋭艦の能力にあかせてポイントを稼ごうと躍起になっている状態であった。ここでセリアムはゴルゴスをコンフィデンスとダラスの間に割り込ませた。その上で機動部隊を後退させたのである。この意思表示をフォーケンは正確に理解し、自部隊も後退させ敵艦からの距離をとった。もちろん大型デブリを盾にしつつである。こうして典型的な遭遇戦は敵味方の「あ・うん」の呼吸で消耗が拡大しないうちに収束に向かった。コンフィデンス指揮官はなお追撃を主張したが、セリアムはコンフィデンスの損害の責任を追及する形でこれをかわした。慣熟飛行中のコンフィデンスはまだラインバード管理下にあり、戦火にさらせないのである。しかしセリアムは愕然とすることになる。短い戦闘の間にベテランの機動歩兵パイロットが3名も落とされていた。そのうち2名はヒュウが屠り、1名はマエジマ隊のコンビネーションから必死に脱出して体勢が崩れているところを、ニーニルヒが狙撃した。ラインバードにとって痛恨の40分といえた。

一方ダラスは送りオオカミに警戒しつつ当初の航路にもどろうとしていた。遭遇した敵がラインバードであることから、作戦への参加に支障はないと判断したのである。ラインバードはアタラクシアと同義ではない。ただの雇われ兵団である。それほどアタラクシアに対して義理立てしないのがこれまでの態度であった。しかしフォーケンは知らなかった。最近のラインバードは団長のゴドウィンのグランへの傾倒が顕著であり、ほとんどアタラクシアの一部隊と化し始めていたのである。これをセリアムなどは苦々しく思っているが、それでも団長の方針には従う必要があった。送りオオカミは専門職の最優秀なステルス艇が張り付き、ダラスの後を易々とつけていった。結果大気圏突入作戦のまる3日前に連合軍の行動は筒抜けになっていたのである。もっともアタラクシア情報部もこの作戦の事はつかんでおり、アタラクシアは罠を張っていた。ラインバードからの情報は情報部の情報を裏付けるものであった。後に「ノヴィレンの落とし穴」と呼ばれるようになるこの罠は、機動部隊による空からの突入作戦を迎え撃った作戦として歴史に名を刻むことになる。

一方ヒュウはパイロット仲間達から一目置かれるようになっていた。新兵とは思えない戦闘力を見せつけたのだから当たり前とも言えるが。マエジマもまた、その指揮能力の高さから高く評価されたようである。これからこれまで誰も行ったことのない作戦を決行するときに頼もしい味方がいることは士気をたかめた。

地球軌道上の集結ポイントには12隻の戦艦、空母が集結した。艦隊は地球の自転により稜線に顔をのぞかせ始めたノヴィレンベースへの弾道ミサイル攻撃を開始した。もっともこれは敵の対空砲火の精度と数を確認する程度にしかならない。ビーム兵器はミサイル殺しであった。この時点でアタラクシア軍の軌道パトロール艦隊は離れた軌道にいた。連合側はアタラクシアに情報戦で勝利して、パトロールの隙をついたつもりでいたが、これも罠の一環であった。続いて各機動部隊が発進する。部隊の直衛を担う機体にはダイビングディッシュがついていない。降下部隊は降下ポイントまではキャリアービークルで10機づつ運ばれるのである。ヒュウはこのキャリアが嫌いだった。自分の裁量で動けず守りを他人の手にゆだねるのが嫌いなのである。対してマエジマは悠然としていた。彼は他人に任せる時は任せられる人物であった。妨害らしい攻撃もなく各機動歩兵部隊はノヴィレンに向けて降下を開始した。わずか直径5mのダイビングディッシュの外側はプラズマ化した灼熱の大気がものすごい勢いで流れていき、どのような強度の機体でも一瞬でバラバラにしてしまう衝撃波をまき散らしている。仲間と近づきすぎるのも危険であった。本来であれば重力制御でゆっくりと降下できるのであるが、敵地への降下のため、ほとんど自由落下に近い状態であった。

この大気圏突入により降下した113機の機動歩兵中4機がダイビングディッシュの故障や、パイロットの過失により失われた。機動部隊は予定通り湖畔に立つノヴィレンベースの東側の丘陵地帯に展開した。マエジマの部隊を含む突入隊は直接上空からベース内への着地を試みる。対空砲火は先に基地外に陣取った部隊が出来る限り破壊してくれてはいるがもちろん皆無とは言えない。また一番危険なのは大気圏突入の速度を殺すために化学燃料による逆噴射を行い、その後パラシュート降下と重力制御を組み合わせた制動をかけているときであった。この瞬間は人間の手動射撃ですら補足可能なほどの速度に減速するのである。その間約10数秒は応力フィールド全開で耐えるしかなかった。実にこのタイミングで20数機が撃破されたのである。今後の降下作戦の課題点が浮き彫りになった。

基地内に降下したマエジマの部隊の任務は動力炉の制圧であった。ビーム兵器は大量の電力を必要とする。最新式のMBジェネレータはそれ以前の核融合炉にくらべてコンパクトではあったが、それでもこれだけの基地の動力源としてそれなりの規模であった。現在これまでの戦争で数十個のMBジェネレータ破壊によるマイクロブラックホールの流出が確認されており、それらは地球か月、もしくは太陽に向かって降下している。地球の中心近くには10を超えるマイクロブラックホールが存在しているが、それらはいずれも重力子工学者に言わせると不完全な構造をしているため、放っておいても自然とエネルギーを放出して蒸発してしまうのだそうだ。恐ろしいことだとは思うが、現在の主流は無公害でコンパクトなMBジェネレータに移行している。第三次重力戦争以降のMBジェネレータは破壊された直後に内部のマイクロブラックホールが蒸発するタイプに改良されているらしいが、その代わり蒸発時に衝撃波と電磁波をまき散らしてしまう。

マエジマは心の中で十字を切りながら、いくつかある動力炉の破壊に向かった。当然ながらアタラクシア側の必死の抵抗があるものと覚悟していた。確かに適度に反撃があり一見激烈な戦闘が行われているように見える。しかしマエジマは敵の攻撃に乱れを感じることが出来なかった。どんな人間でも一糸乱れぬ、とは行かない。何かしらのほころびが見えるものだが、それが感じられない。またヒュウも敵の機動歩兵の戦い方に疑問を持ち始めていた。あまりにも脆いのである。パターン化された攻撃はまるで出来の悪い人工知能を相手にしているようであった。そこまで無意識に認識してヒュウは気がついた。敵の攻撃はまるで訓練の時に相手をした無人機のそれのようであると。同じ頃マエジマも気がついていた。このノヴィレン防衛隊に人の感覚は備わっていない、すなわち相手をしているのは基地の防衛コンピュータであり、機動歩兵はすべて無人機であろうと。

そこまで考えてマエジマは罠の存在をさとった。マエジマにしてもヒュウにしても実戦経験で言うと半年にもみたない。しかしその感性はまさにベテランの指揮官、兵士のそれであった。戦争の才能とはかくも天性のものであることがわかる。マエジマは部隊に戦線の維持を命じて、降下部隊全体を指揮する指揮官に連絡をとった。一刻も早くノヴィレンを離脱する必要があると進言したのである。しかし罠の証拠がなく、相手が自動機械であってもここがアタラクシアの拠点の一つであることには変わりはない。指揮官は作戦の続行を指示した。もちろんこれは自殺行為であった。ノヴィレン基地の奥では、大型のMBジェネレータを使って、これまで地球に吸い込まれたマイクロブラックホールを吸い上げ、一気に爆縮させようとしていた。この操作によりノヴィレン基地を含む半径数十キロの範囲に置いて硬X線の強烈な放射現象を発生させることにより、生き物も、機械もすべて焼き切ろうという作戦であった。狭い範囲で限定的なX線放射を行い、環境への影響を最低限にし、さらに地球内部のブラックホールまで一掃する。3挙両得の作戦であった。マエジマはヒュウに期待した。ヒュウは機械相手のパターン攻撃を既に見切っており、一直線にMBジェネレータに向かっている。あまり突出すると周囲からの援護が受けられなくなるのだが、今回の場合敵のプログラムは中に敵を誘い込むようにできており、食い込まれた場合の対処は甘いようであった。マエジマはリミットを全軍の半分以上が戦闘に参加してきた場合、もしくは突入後6時間程度と見ていた。それ以上になると、道連れ的な罠では見破られる可能性が高くなる。果たしてヒュウがMBジェネレータにたどり着いた時には、マイクロブラックホールの集積による局地的な重力異常が始まっていた。各戦線から重力制御の具合がおかしいという報告も入り始めていた。基地の外に陣取っている本隊には、大部隊を運用する際に配備される情報分析用パワードスーツがいた。AI にてシミュレーションがなされた結果、アタラクシアの罠の実態が判明した。硬X線放射の影響から逃れるには基地中心から12キロプラスマイナス3キロ必要と算定されたのである。

さすがにヒュウ一人ではMBジェネレータの守りを突破することは出来ず、また端末から進入して解除するような電脳的技術も持ち合わせていない。マエジマは再度指揮官を説得した。功に焦った指揮官はマエジマの進言を無視しようとしたが、情報分析用パワードスーツを着装している副官から分析結果が提示されたため、撤退を決意するに至る。しかし最深部にいるヒュウを初めとして、奥深く誘い込まれた部隊が脱出しようとすると今度は激しい抵抗にあった。このことからも罠の存在は証明されたが、それで事態が改善する訳ではない。マエジマは一計を案じた。要は爆発の瞬間に爆心から十分に離れられればいいのである。その方向が横移動であろうと、縦移動であろうと。マエジマは他の退却が難しい部隊もまとめ上げ、MBジェネレータへの攻撃も後退もやめ、ノヴィレンベースの打ち上げ施設に向かった。ヒュウもまた向かう。そこには低軌道打ち上げ型の旧式ロケットが何基か駐機してあった。最新型の重力制御タイプは基地を自動化するにあたり引き払ったのだろう。一機も駐機していなければ上空からの偵察で不審に思われるから、ある程度は残しておく必要がある。マエジマは残っている機体が正常に動くことを祈った。祈りが通じたのか、3機の機体が利用可能状態だった。固体燃料ロケットであったため、いざという時の爆弾がわりなのかもしれなかった。重力制御により静かに宇宙に飛び立つシャトルが実現する前、管理が難しくコストが嵩む液体燃料に代わって、燃焼を細かく制御できる新型の固体燃料の時代が短いが一時期あったのである。無人戦闘ポッド群から機体を守りつつ各部隊を収容していく。幸いにも、無人攻撃ポッド群は想定外の事態に動きが鈍くなっていた。殿のヒュウが獅子奮迅の働きで防御している間に最後の固体燃料式の旧型ロケットが発射される。間一髪で、ヒュウは開け放してあったハッチに飛び込み、後は運を天に任せるしかなかった。ヒュウがもっとも嫌いな状況である。

無限とも思える数十秒間を乗り越え機体は高々度に達した。旧式ならではの発射時の大量の煙が煙幕になってくれたらしい。眼下ではマイクロブラックホールを利用した硬X線爆弾が作動した。目に見えない強烈な電磁波、すべての電子部品のみならず有機生命体の体組織を破壊する殺人光線が、強烈にしかし限定された空間に放たれた。X線バーストの影響は軽微なものまで入れるとほぼ全世界にわたって発生した。レーザー通信以外の無線通信に数分間にわたってノイズが発生した他、各地でオーロラが観測された。ノヴィレンベースから発進した3機のロケットの内2機は低軌道に待機していた連合の艦隊に拾われた。残りの一機はヒュウ回収のため最後まで低速での発進を余儀なくされたため、第二宇宙速度に達することができず、また発射角度の問題で、ノヴィレンベースから南東方向へ遥かに離れた場所に落下していった。地上に到達する前に各機動歩兵達は機体を破壊して脱出したが、そこは仲間の部隊もいない緑の少ない山間であった。ノヴィレン近郊に降着していれば回収挺によ宇宙に戻れただろう。しかし、この位置では回収に間に合う筈も無かった。マエジマの部隊の生き残り、7機は取り残されたのである。

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