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戦士たち  作者: Maxspeed
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第一話「アームストロング強襲」

ヒュウ・メイスコットの環太平洋連合宇宙軍における最終階級は少佐である。30歳で戦死した時のもので、その際彼は多くの民間人の命を救っている。しかしそれ故に歴史に名を残したわけではない。それ以前に彼は軍事としては輝かしく、人としては呪われるべき業績を残しているのである。


彼はどこで、いつ生まれたのか記録がない。この高度に発達した情報社会でそんなことがありえるのかと言いたいだろうが、当時の混沌とした世情の中では珍しい事ではなかった。彼のもっとも古い公式記録は軍隊に入った時のものである。ヒュウ・メイスコット、18歳、身長164cm、体重42kg、体脂肪6%、ライトブラウンの頭髪に、ダークブラウンの瞳、出身地は月の鉱山都市ゴダード、人種不明(コーカソイド75%、モンゴロイド25%と遺伝子では判断された)。やや痩身なるも心身共に健康な状態、とある。もちろんこれは偽造文書である。後にヒュウ自身がインタビュー形式の自伝で語っていることであるが、彼が育ったのは当時宇宙で最下層であると言われた月のオーベルトシティの地下スラムであった。度重なる環太平洋連合とアタラクシアの戦乱によりあふれた難民と、難民を食い物にする犯罪者が流れ着く終着地であり、人が生み出した地獄とも言えた。おそらくヒュウは難民の中で親とはぐれたか、犯罪者によって誘拐されたあげくにお荷物となって捨てられたのであろう。一番古い記憶は4歳ぐらいの時にオーベルトの路地裏で飢えと寒さで震えている事だった。

最低限の熱と空気と重力はボランティアがなんとか確保してくれている環境で当時4歳程度と推測されるヒュウが生きて行くには大人の言うなりになるしかなかった。ボランティアは子供の救済を優先するため、わずかな配給の食事を子供に取ってこさせ、その上前をはねるという大人が絶えなかった。ある時地下スラムの入り口と搬入口を間違えて(もしくは騙されて)冷凍の合成肉を満載したトラックがスラムの中に入ってきた。すぐに異常に気づいて脱出しようとしたが、一瞬で大勢の飢えた難民に取り囲まれ、運転手とその助手は、トラックに立てこもるしかなかった。脱出のためトラックの荷物である冷凍肉を放出し、何人かを轢きながら発車したが、結局窓ガラスを割られ、引きずり出されて身包みはがされた上に乱暴されたのである。パニックはここで終わらなかった。放出された冷凍肉をめぐって命がけの奪い合いが始まったのである。暴動に発展し何十人もの死傷者が出るにいたってようやく地上の治安維持隊が投入され、事態は半日以上たってから沈静化された。運転手と助手も重傷を負っていたが助かった。ヒュウはその時6歳ぐらいだったが、飢えを満たすことよりも巻き込まれて怪我することを回避するだけの知恵はついていた。しかし仲良くしていた子が巻き込まれて死亡した。その子は小さな手のひらに隠せる程度の肉のかけらを大事そうに持ったまま雑巾のように打ち捨てられていた。駆け寄ったヒュウに、まだ冷たいままの肉を差し出して息絶えたのである。これが現代の地獄と呼ばれる環境であった。

それでも最低限の栄養を確保しつつヒュウは成長し、なんとか鉱山での労働に耐えられる年齢になった。ぼろぼろのろくにメンテされていない宇宙服と、劣悪な労働条件の中で、一日20時間労働をこなし、与えられるのはわずかな食料と賃金のみ。それでも金を少しずつためる事は出来た。もしヒュウがこの時期に必要な栄養を得られていたら、身長は後10cmはのびただろう。

極限の環境で生活すること10年、ヒュウは遂にある程度まとまった金を貯めることが出来た。ヒュウはオーベルトのスラムと市街を結ぶ連絡路に向かった。そこにはスラムを脱出する唯一の出口である、身分偽造屋がいたのである。当時もっとも安い値段で作ってくれる偽造書類は軍隊の入隊志願書であった。第4次重力戦争は始まることが決まっているかのようなものであった当時に、最下層の機動歩兵に志願することがもっとも手っ取り早いスラム脱出の方法だったのである。偽造屋はヒュウが名字も生年月日も知らない事に難色を示したが、文字が読み書きできることを確認して、適当な身分をでっちあげた。それが先ほど述べたプロフィールである。出身地のゴダードはこの時期連合にもアタラクシアにも与しておらず、独自のコミューンとして成り立っていた。鉱山都市であるため人の出入りが激しく、住民管理にトラブルが多い都市である。何かデータ上の不備が発覚してもごまかしやすいところであった。名字のメイスコットはヒュウがうろ覚えでMから始まる名字であったと話したことから、環太平洋連合宇宙軍の退役元帥にして12セイバーズであるロジャー・メイスコットの名前を借用したにすぎない。ヒュウにしてみれば環太平洋連合であろうが、アタラクシアであろうがどちらでも良かったのである。たまたまこの時期連合側の募集には、ある理由で抜け穴があったというだけである。

こうしてヒュウは10年間辛酸をなめ尽くしてきたオーベルトのスラムを脱出したのである。ほとんど所持品などなかったが、ポケットの中にはアクリルの小瓶に入れた小さな干肉があった。推定14歳の時の事であるが、書類上は18歳となっていた。いささか無理があるかもしれないが、日々死と直面しながら月面での採掘夫としての生活を、軌道上で新規ステーションの建設を続けてきたヒュウの風貌は小柄ながら二十歳でも通用したかもしれない。

入隊事務手続きを済ませたヒュウは、まず入隊予備訓練と称して同じオーベルトシティ内にある施設に連れて行かれた。そこでヒュウはある特別な措置をうけるのであるが、その内容が本人に知らされるのはずっと後のことである。ヒュウにしてみれば安全なねぐらがあり、暖かい食事が3度きちんと出されていればどこでも天国であった。この施設では日常的な常識なども仕込まれたと見られる。おそらく施設の責任者はヒュウが身分をごまかして入隊した、いわゆる「サバ」であることを知っていた上で、モルモットとして利用したのである。その証拠にこの施設では暖かい食事は出ても心の交流は一切なかった。

研究施設で半年間滞在した後、同じ月面のアームストロングベースに連れて行かれた。環太平洋連合の月における最後の牙城である。第三次大戦では月を含む宇宙での戦いで連合は敗退に次ぐ敗退を重ねており、地球に閉じこめられる寸前であった。いくら国力があっても、地球に閉じこめられていては何もできない。アームストロングと月軌道上の巨大軍事衛星ディラレスパー、そしてスペース・シドニーの3つの拠点だけは維持する必要があったのである。

アームストロングにおいてヒュウは2つの出会いを果たす。一人は生涯の友であり、ヒュウの早すぎる死に大きく関わることになる人物、ユウ・マエジマとの出会いである。彼は士官学校を出たてのエリートであり、新兵訓練の補佐官としてアームストロングに初赴任してきたのである。もう一人はヒュウにとって女神のような存在と言える人物である。アリス・ストラスバーグはアームストロング勤務の機動歩兵要員であり、ヒュウ達新兵の訓練を行う教官の一人であった。もっとも伍長の彼女は軍曹の使いっ走り的存在であり、その美貌から新兵達に絶大な人気があった存在である。ヒュウにしてみれば初めて見る身近で、清潔で、餓えたような目を光らせていない優しい女性であった。アリスはヒュウにとって神聖な存在としてとらえられたようである。マエジマとアリスの二人の理解者に早々に出会えた事がヒュウのその後の人格形成に大きな影響を及ぼしたと言える。

本格的な訓練が始まって程なく、ヒュウの機動歩兵としての有能さは際だっていることが確認された。機動歩兵とは元々硬質宇宙服に軽い武装をさせたところから始まっている。宇宙開発初期のソフトスーツは宇宙空間との気圧差により宇宙服がふくれあがらないように0.25気圧に減圧された状態で使用する必要があった。しかしそれでは作業員が10時間以上かけて一々減圧処理を受け作業する必要があった。これが初期の宇宙における作業に大きなロスを生んだ。また減圧処理を頻繁に行うことで、減圧症もまた職業病としてやっかいな問題となった。他にも太陽からの加害線を防ぐという意味からも、硬質な宇宙服の出現は時代の流れといえた。鎧のような硬質宇宙服・ハードスーツは動きに制限がありコストもメンテナンス性も問題はあるものの、何より減圧と加害線の2大宇宙病の危険を大きく低減してくれたのである。硬質宇宙服はさらに進化をとげ、軽く使いやすく故障のしにくいものになっていったばかりでなく、筋力の倍力装置や機動モーターまで備え付けるようになった。一方ソフトスーツも素材革命が起こり、減圧抜きで装備可能なものが出現するなど発達していったが、ハードスーツは次の次元に移りかけていた。軍事利用である。トラックやショベルカーが武器に成り得るように、ハードスーツもまた装甲戦闘服としての運用が検討された。最初に使用されたのは、有名なゴッドサム降下作戦でである。ハードスーツは天才科学者エリオット・ルークの手により倍力装置と機動バックパック、さらに重武装を施されてパワードスーツとして生まれ変わっていた。ゴッドサムの旧連邦防衛基地内部に突入した機動歩兵部隊は、重力下にもかかわらず都市戦での小回りの良さを発揮して、制圧作戦に大きな効果を示したのである。これが基地や市街区の破壊を問わない作戦ならば機動歩兵は必要なかったかもしれない。その後機動歩兵の様相は様変わりし、現在では「スーツ」というよりは着ぐるみといった方がいいかもしれない。使用範囲もひろがり、もはや宇宙空間では完全に機動兵器の花形である。大気中と違い空力を気にしないでいい宇宙空間の方が初期の運用形態であった都市戦より用途が広がったのは不思議な話である。しかし手足があることの有効性は意外な効果をいくつか生み出している。武器を持ち替えられること、接近戦においては最終的に格闘戦すら可能であること、姿勢制御用のバーニアなしに、手足を振り回す事による慣性機動などである。

幼い頃からハードスーツでの宇宙作業で命がけの作業をこなしてきたヒュウにとって、機動歩兵は天職と言っても良かった。たとえそれが軍隊であっても、整備された高性能なスーツ、栄養たっぷりの定期的な食事、暖かい寝首をかかれる心配のない寝床が得られるのだからヒュウにとっては天国といえた。

半年間の訓練期間を通して、ヒュウ、マエジマ、アリスの絆は強まっていった。マエジマもアリスもヒュウの出自を知らされても特に気にする事は無かった。マエジマは地球の名家の出であったが、飾らない性格と、自然と人望が集まる不思議なカリスマ性を持った人物で、マエジマという触媒によりヒュウとアリスは強く結ばれていたといっていい。といっても二人に男女の関係があったわけではない。お互いの人間性で結びついていたというべき存在であった。

訓練期間も終わりに近づき、3人にとって次の配属先がもっとも気になる時期であったがそんな心配など吹き飛ぶ出来事が起こった。当時連合とアタラクシアは第3次休戦調停により直接戦端を開いてはいなかったが、アタラクシアが新たに月の鉱山都市を3つ、次々と併合宣言したことにより緊張は高まっていた。そもそも連合とアタラクシアの為政者達は過去に一丸となって、歴史に最大級の悪名を残す旧地球連邦を打倒した英雄12セイバーズであった。歴史の流れに乗ってあまりにもあっさりと打倒連邦が成し遂げられたため、当時若かった彼らは自分たち自身の正義をコントロールすることに失敗して暴走の果てに分裂した。その後イデオロギーの違いと過去の経緯がぶつかり合い、これまで40年以上にわたって3度大きな戦いを繰り返してきたのである。その四度めの戦いが起ころうとしていた。

舞台はまさにヒュウ達が訓練を終えようとしていたアームストロングベースである。その日、訓練の最終仕上げとして実弾装備の模擬戦を行うべくヒュウ達は基地上空にあがっていた。降下作戦の後、模擬戦展開する筈だったのであるが、まさにその時月の南極側から敵の奇襲攻撃が開始されたのである。

敵は地上すれすれをジャマー展開しながらミラー迷彩まで施して隠密に接近し、いきなり基地の至近距離から攻撃を仕掛けてきていた。北側の守りに比べて薄い南側を突かれたのである。艦砲射撃による大型砲台とミサイル発射口を破壊後、意気揚々と機動歩兵部隊が突入してきた。機動歩兵を投入するということは基地の制圧が目的であるということになる。降下直後に実戦に巻き込まれた新兵達は混乱の極みにあった。指揮官である訓練の最高責任者の中尉ですらパニックの末着陸に失敗して指揮能力を失ってしまった中で、指揮官補佐であるマエジマは冷静に対処し、新兵達のパニック状態を沈めることに腐心した。基地からの反撃がようやく組織だってきた頃、新兵達も体制を整えつつあった。降下に失敗した者、流れ弾に当たった者などの救助から始めていたが、否応もなく実戦に巻き込まれていった。後で判明したことだが、この時敵の陣頭に立っていたのは、生え抜きの傭兵部隊であるラインバード傭兵団であった。新兵達は初戦で最大の難敵に遭遇したことになる。それでもマエジマの指揮で損害を最小限にしつつ後退していくことができた。ヒュウは今回アリスと仮想の敵味方に分かれていたため降下地点に距離があった。またアリス側の指揮官は例の中尉であったためより混乱が激しかったのである。戦場でラインバードの猛者達となんとか渡り合いながら、アリスを捜したヒュウであったが、遂にその姿を発見することができなかった。敵は組織だった抵抗が強固なものになった瞬間に撤退をしていた。初期の目的を達成できないと判断したら戦果にこだわらず退いたのである。攻撃の指揮官は冷静な判断力の持ち主と言える。今回はアームストロングの対地上、宇宙攻撃設備を破壊しただけで満足したようであった。

この戦場でヒュウは生まれて初めて、背中に冷水を浴びせられたような恐怖を感じていた。一つはアリスを失ったかもしれないという事態に、もう一つは敵の中に恐ろしい強者がいたからである。これまで実戦の方がスラムの生活よりましであると思ってきたヒュウであったが、絶対的な力の差の前にさらされる事への恐怖はまた別のものであった。幸いにもその強敵とヒュウの間に流れ弾のミサイルが落ちた。低重力下でレゴリスと爆炎が舞い散り、その間にヒュウは強敵から逃げおおせたのである。向こうもヒュウの活躍ぶりを意識していたようであったから、これは幸いといえた。

ヒュウとマエジマはアリスを失い、連合軍は月の橋頭堡であるベースの実質的な機能の半分を失った。後で判明することだが、この時アリスは降下に失敗してスーツの作動不良を起こし救助されていた。ただしラインバードの方にである。宇宙では生きたまま遭難することは地獄の拷問に近い事であるから、敵味方関係なしに身近にいたものが救助することが宇宙に生きるものの鉄則である。休戦協定時に締結されている遭難者保護の条文もある。この時アリス以外にも数名ラインバードに救助されて、数ヶ月後には正規の救助者交換ルートにて帰還している。だがアリスは帰還しなかった。彼女は彼女でそれなりの理由があったのである。

失意のヒュウであったが、彼にもアリスやマエジマ以外の心の支えは生まれていた。パワードスーツである。戦場で圧倒的な力の差を見せつけられたとはいえ、それは一人だけである。強いと言われるラインバードの傭兵達相手に一歩もひけを取らなかった自分の技量へのプライドと、パワードスーツという機械そのものへの強い愛着が混じり合いヒュウの心を支えた。新たにマエジマが編成する部隊に引き抜かれたことも支えになっていた。

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