第十七話 凶行
ある日ヒュウはメディックとその部下たちに誘われて森林地区に出向いた。この場所を苦手といっても、他に自然を感じられる場所はなく、ヒュウ自身も時々マリアと出向いて、本を読んだり瞑想をしたりと平和な時間を過ごしていた。メディックは戦争が終わったら宇宙で植木屋という職業に就きたいと考えていて、そのため人工環境での植物育成の見本のような森林地区によく足を運んでいた。メディックが植木屋になったら、一緒に働きたいという部下たちも一緒であった。たまたまヒュウを見かけて誘ったのである。しかし、待っていたのは悲劇であった。ヒュウはベンチでマリアと出会った時に買った「異星人の郷」という本を読み返していた。ヒュウはこの本を気に入っており、これで読み返すのは三度目であった。奴隷制後が残る異星人達が、漂着した中世の地球で新たなメンタリティと出会い、変わっていく様に共感できる部分があった。
どこかで植物の状態を研究していたメディックがヒュウの元にきて話しかけようとした瞬間である。ヒュウは自分の左肩に殴られたような衝撃を感じた。同時に目の前に来ていたメディックが崩れ落ちた。メディックの胸元に赤い花が広がっていた。いやそれは花などではなく、出血であった。明らかに銃撃を受けている。ヒュウは肩をかばいつつ地面に伏せ、狙撃ポイントを確認しようとした。メディックに声をかけても反応がない。ヒュウは腕時計型の短距離コムの緊急事態連絡スイッチを押した。これで数分で援軍が到着するはずである。しかし、ヒュウ自身も肩から出血しており、十分に動ける状況ではなかった。そこに手慣れた動きで能面のように表情がない数名の男たちが姿を現し、メディックの死亡を確認した上で、ヒュウにスタンガンを押し付けた。一瞬で気を失ったヒュウは、援軍が到着するまでに連れ去られてしまったのである。もちろん彼らは、アタラクシアの情報部員であり、サプレッサー付きの狙撃銃で、ヒュウを狙ったのである。もし戦場であれば、また相手がヒュウを殺す気であればヒュウは殺気を感知できたであろう。メディックは彼らから見て突然木陰から姿を現したため、とっさの判断で射殺したのであった。彼らの目的はヒュウの拉致である。ギアレイという最高機密を投入した結果、大した成果もあげられず、しかも破損して帰還した状況で、更に上司の情報将校がセリアムにより拘束されたことから、彼らはあせっていた。ここでポイントを上げておかないとセオドアからどのような処分が下るか分からないと考えたのである。結果、グランドルーク隊のエースであるヒュウがギアレイに手傷を負わせたことをギアレイのガンカメラで確認し(ヒュウのレグナスはプロパガンダのため、特別なカラーリングであった)、ヒュウを拉致してどのような手段でギアレイを撃退したのかを聞き出そうとしたのであった。ギアレイの戦闘記録からは解明できない弱点があるのであれば、それを明確にすることは大きな功績となるはずであった。
ヒュウからの緊急通信を受けて、グランドルークの陸戦隊(多少だがいる)は、セレス当局と連携をとりつつ、森林公園に向かった。メディックの部下達からも次々と緊急通信が入っていた。通報から5分後には現場に到着したが、そこで見たのは物言わぬメディックを取り囲み号泣する彼の部下たちであった。中にはアタラクシアの仕業に違いないと考えて、身一つで殴りこもうとしている隊員もいたが、副隊長のエルがなんとか引き留めた。事の状況が本隊に伝わり、大きな衝撃が走った。エルメスは黙って自室の壁にお気に入りのティーカップをたたきつけた。安全であるはずのセレスで起こった事件。戦場で死ぬのであれば覚悟はできているはずだが、半舷上陸の状況での殺人となると話は違ってくる。セレス当局とも密に連携する必要があった。エルメスは直ちに外出している隊員全員に緊急招集をかけた。パニックからアタラクシアと抗争状態になることは避けなくてはならなかった。アバロンが直談判に来たが、エルメスはまず全員で情報共有することを優先した。まだ事件にアタラクシアが関係しているかは不明なのだ。しかしエルメスはおそらくアタラクシアの情報部が絡んでいると考えていた。セリアムの性格からして、正規軍やラインバードがやる事ではない。セレスでは、銃は厳密に管理されていて一般人が銃を持つことはあり得ない。消去法から、アタラクシア軍内部で独自の命令系統を持つ情報部が関係していると思い至るまでにそう時間はかからなかった。エリカも同意見である。そして現場から緊急通信を発したヒュウが行方不明であることもそれを裏付ける情報であった。情報部はヒュウを捕獲するために、凶行に及んだ可能性があると。
一方ヒュウはセレス第一都市内に、アタラクシア情報部が極秘に確保した建物に連れ込まれていた。最低限の止血はされていたが、弾丸は体内に残ったままの状態で痛みから意識を取り戻したが、既に体は拘束されていた。情報部のメンバーはヒュウにギアレイと遭遇時の状況を詳しく聞き出そうとしたが、ヒュウはマニュアル通り、氏名と所属、軍籍番号を繰り返すだけで情報を与えるつもりはなかった。また多少の暴力など、幼少時に過酷な生活を送ってきたヒュウにとってなにほどでもなかった。拷問では相手の心を折る手段が講じられるが、ヒュウには通じなかった。また薬品もヒュウには効かなかった。もともと薬品に対する耐性が高い体質であったことと、ヒュウの脳内に充填された例の高分子化合物の副産物とでもいう効果で自白剤などの成分が脳に影響するのを妨げていた。
アタラクシア情報部の暴走組には、もう一つヒュウに価値を見出していた。それはギアレイ用の戦闘脳としての再利用である。ギアレイに組み込まれている脳は洗脳されたもので、自我は抑えられている。連合のパイロットであろうと十分利用できるはずであった。ましてや連合のエースであるヒュウの脳である。最適といえる。その人を人とも思わぬ考えが後に暴露された際に、アタラクシア情報部は大きな痛手をこうむることになるのである。
ここでエルメスは思い切った行動に出た。セレスのハートマンと、ランサーに状況を説明し、直接ラインバードのセリアムに直談判を申し込んだのである。ハートマンが用意した回線にてエルメスはセリアムと対峙し、一切の予測を排したエルメスが知りえる情報をセリアムに伝えたのである。それだけでよかった。セリアムは何をどう対処するなどの確約はしなかったが、了解した、とだけ告げ回線を切った。しかしエルメスはセリアムの手が怒りに震えているのを見逃さなかった。もちろんセレスの官憲と共にヒュウの身柄を探すことも怠っていなかったが、エルメスはセリアムに期待したのである。
ヒュウが身柄拘束されてまる24時間が経過しようとしていた時である。アタラクシア情報部の面々はそろそろ尋問に見切りをつけ、ヒュウをミハイロフに運び込む準備を始めた。そこでヒュウは冷凍保存され、本国帰還後にギアレイに組み込まれる処置がとられることになる。
その時である。隠れ家の外のドアが専用のデジタルキーで開錠され、内側のドアが暗号通りの回数でノックされた。ヒュウを見張っていた一人がドアを開けた瞬間に諜報員は激しくのけぞりその場に倒れたのである。スタングレネードの一撃であった。室内にはヒュウを除き後三名いたが、いずれもドアから暴風のように飛び込んできた男たちからスタングレネードの一撃を受けて昏倒した。凄まじい手際といってよかった。ヒュウは薄れつつあった視界に数名の、いかにも剽悍そうな男たちの姿を認めた。男たちは作業着のようなものを着用していたが、暴力になれた手練れであることは明白であった。その時、開け放たれたドアから、セリアムが入ってきた。男たちはラインバードでも対テロ作戦の経験が豊富な猛者たちで、こういった突入作戦では一騎当千であった。セリアムはヒュウの戒めを解き、医療班と思しき人々を招き入れた。ヒュウの戒めを解く際にセリアムの口は、すまない、と告げているようであった。ヒュウはただセリアムを見つめているだけであった。謝るのであればまずメディックに対してであるべきだ、という気持ちが強かったが、セリアムが男たちの行為を恥じていることはその表情から明白に感じ取ることができた。今は傷の痛みもあり、セリアムに罵声を浴びせる気分にはなれなかった。
ヒュウは建物の外でグランドルーク隊のメディカルに身柄を引き渡された。エルメスもそこにいた。エルメスはここで初めてセリアムと直接対面し、協力に感謝するとだけ伝えた。それに対しセリアムは「このことはうやむやにしない。必ず公にして償う」と明言した。エルメスはその言葉を聞いて、若いし実直だ、と思ったのである。おそらくセリアムの希望はかなえられない。アタラクシア軍内ではそれほどまでに情報部の力は強いのである。それだけに援護射撃ではないが、連合側から、またセレス側からの突き上げは盛大に実施する必要があった。一方セリアムは初めて直接あいまみえたエルメスをみて強い既視感を感じていた。誰かに似ている。そう感じたのだが、誰かを特定することはその時はできなかった。セリアムが軽い衝撃と共に脳裏にその答えが閃いたのは、数日後であった。ギィ・グランであると。そうエルメスは雰囲気も含めてギィに似ていたのである。だが、セリアムには二人が親子であるなどと推測すらできなかった。




