外伝1 メナ・イシキス
本編から一旦離れて外伝となりなす。
メナ・イシキスとは何者か。その正体を歴史から紐解くことは難しい。公式にメナの存在が確認できる記録は、月面都市ツィオルコフスキーにて政治結社アタラクシアが結成された時にさかのぼる。それ以前にもメナは地球の政治家や高級官僚相手のコールガールとして地球の政界では名をはせていたが、都市伝説的な存在であった。またアタラクシアの他のメンバー達の日記や回顧録においても、いつからメナが仲間になったのかについては明確な情報は存在しない。
先にも言及したが、メナは高級コールガールとして世に出たが、それ以前の経歴は一切謎である。ギィ・グランやジョン・ハートマン、エリオット・ルークなどの複数のアタラクシアのメンバーとも浮名を流していた形跡があり、ギィとジョンの間の軋轢の感情面では確実に影響を与えている。彼女がいつから存在し、そして今何をしているのかはまったく不明なのである。これからの話は大胆な推測を含んでいる、いわば SF のようなフィクションであると思って欲しい。
宇宙空間を人工物が漂っていた。ただし"それ"はデブリなどではなく、それどころか人の手によるものでもなかった。"それ"は小さく、しかし高度な技術でできており、内部にスペースリープすら可能にする機能を内包していた。そして"それ"は遥か彼方の惑星に知的生命体がいることを確認する。微弱であり、また情報量も非常に少ないが、明らかに知性を持った生命体が発した電磁波をキャッチしたのである。"それ"は与えられた使命に従って、その知的生命体との接触を試みた。
"それ"は電磁波の発信源の惑星に文明を築いた知的生命体による暦で、1908年8月に、惑星の大気圏に突入した。着陸地点は現地知的生命体からツングースカと呼ばれていた。そうそこは地球であった。
後に「ツングースカの大爆発」と呼ばれることになる"それ"の落着は、大気圏内で重力制御による急制動を実行したことによる慣性エネルギーの変換処理により発生した衝撃波によるものであった。
"それ"は大爆発の調査に来たロシア軍人の一人に接触した。といっても"それ"は人間に比べて非常に小さかったため、その存在を認識されることはなかった。"それ"はその人の内部に自身が内包しているナノマシンを注入し、その目的を達成し、長い旅路を終え機能を停止したのである。実に"それ"が無数の仲間と共に宇宙に送り出されて数億年の歳月が経過していた。
"それ"にナノマシンを注入された人は、その事に一切気づかずそのまま人生を過ごしていった。彼はナノマシンの存在に気付くこともなくその後の人生を過ごし、結婚して子を成した。その子は数百年後にはメナ・イシキスと名乗ることになる。父親の遺伝子に織り込まれた地球外知的生命体のナノマシンの情報を受け継ぎ、"それ"の情報と使命を引き継いだ存在であり、成人となった後に成長を止めることができた。
メナの目的は地球人類の次のステップへの進化である。"それ"を送り出した地球外知的生命体は遥か彼方の宇宙にその勢力を広げており、同胞を求めていた。種として対等に話し合える存在を求めて多くの"それ"を宇宙に放ったのである。メナは現在の地球人類では主と対等な存在ではないどころか、主と出会えるまで版図を広げることすらできないと考え、人類の成長を促すことにした。
主に近づくためには、まず科学技術の発展が不可欠であった。重力制御と跳躍航法の実現に向けて人類を導かなくてはならない。メナ自身が表舞台で一足飛びの科学レベルを公開することは避けねばならない。メナ自身はほぼ不老であったが不死ではない。重要人物となることで災禍を招くことは避けねばならない。また飛び抜けた科学技術を理解させるには、まず基礎科学の発達を進める必要がある。メナには時間があった。社会に溶け込み、人類の科学が進歩するきっかけを与えながら慎重に事を進めていった。メナには共感能力があり、心理的に親しくなった、また素養がある人物に対しては、ひらめき、という形で科学的、数学的、物理的発見を促すことができたのである。
そしてインターネットが普及し、情報の共有化が容易になった世界で、メナは共感に素養のある科学の天才を探し当てた。それは後に、第二のアインシュタイン、と呼ばれることになる人物、エリオット・スラバであった。メナはエリオットの妻となり、彼に様々なインスピレーションを与えていった。またエリオットの親友であり同姓の数学者、デイル・スラバも共感能力があったため、彼にもひらめきを与えた。二人の共同研究による論文は後に重力制御の基礎理論となったのである。しかしメナが共感によりひらめきを与えるには男女の関係になる必要があったため、エリオットとデイルは晩年にお互いを憎しみ合うようになり、デイルがエリオットを射殺後に自殺するという結末にいたった。
しかしそのようなことはメナには何も関係ない。必要な基礎理論を二人が確立した後の出来事だったからである。また不老のメナとしては、長年同じ人間関係を続けるわけにはいかない。むしろ好都合な出来事であった。
メナは事件後行方をくらまし、十数年後に別人としてあるシンクタンクの運営者である富豪の妻に収まっていた。メナは夫を操り重力制御を実現するために動いた。その頃地球連邦が誕生し、世界はその支配力の顎に飲み込まれていった。その社会情勢そのものにはメナは関わっていなかったが、彼女にとっては統一政府の誕生は望ましかった。
やがて統一戦争は終わりを告げ、そして待望の重力制御技術も完成したのである。それはメナの知る技術に比べれば稚拙な出来栄えであったが、それでも人類にとっては飛躍的な技術と言えた。やがて宇宙進出が本格化し、メナはまた行方をくらまし、数十年後には、月のツィオルコフスキーに現れたのである。
ツィオルコフスキーの実力者アレイ・グランに近づき、その美貌をもって愛人となり、子を成した。それがギィ・グランである。その後メナは一旦グランの元を去り、地球連邦の情勢を知るために高級コールガールとなって連邦の要人と接触して情報を得ていた。結果連邦を一旦滅ぼすことが人類の進化に必要と判断し、既に十五歳となっていたわが子ギィに、自分の本名を捨て、コールガールとして名乗っていたメナ・イシキスとして近づいたのである。ギィ自身はメナが母親であると知らなかった。またギィにはメナのように遺伝子レベルでの命令は伝わっておらず、普通の人間のようであった。しかしそのカリスマ性は突出していた。そしてギィはメナを愛し心酔した。またメナからの有形無形の心理操作により、打倒地球連邦の思想をはぐくんでいった。メナの意図通り政治結社アタラクシアを作り、打倒連邦の組織作りに邁進したのである。またメナは天才科学者として名声を得ていたエリオット・ルークにも接近し、マイクロブラックホールからエネルギーを取り出す技術体系についてその脳に刷り込んだのである。もちろんこれは誰にでも効果がある方法ではなく、刷り込んだ情報を理解し、リバーステクノロジーとして落としこめる能力を持ったエリオットでなくては意味がなかった。エリオットはメナが待望していた跳躍航法すら基礎理論を確立したのである。
メナが行ってきたことで人類が進化するのか、それはメナ自身にも分からない。ただメナは主が刻み込んだ命令に従い、後に偉人と呼ばれる人たちを直接・間接に生み出していった。その後の地球連邦の崩壊や、重力戦争に関してメナは何も干渉していない。彼女の持つ能力は使い果たされていた。後はただ長命なだけの観察者としての存在である。その長命は一部ギィにも引き継がれていた。ギィは二十五歳頃の容姿のまま年をとらなくなったのである。それ自体はこの時代のアンチエイジング技術を駆使すれば可能であったため、特に疑われることは無かった。メナ自身はその情報網をもってアタラクシアに貢献し、12セイバーズの一人に数えられるようになった(研究者の間ではメナをセイバーズに数えるかで議論になっている。12セイバーズには諜報活動で貢献したセオドア・アーメンガードもいたからである)。その後の歴史は地球人類達のエゴ戦争が多発し、果たしてこれを種の進化といえるのかと疑問があるが、少なくともマイクロブラックホール技術からスペースリープ技術が生まれ、ギィは人類を宇宙種族にするための戦いを継続している。第四次重力戦争がギィが戦死したことにより和平にて終了したと思われていたが、戦死したのは影武者であるいとこのセオドアであった。ギィ自身はセオドアの息子のサイラスとして、アステロイドベルトのセレスにて再度挙兵している。しかしサイラス・アーメンガード本人は連合にてエルメス・フレイと名を変えて軍人として生きていた。
メナはアタラクシアと連合にセイバーズが分かれた際に姿を消した。それ以後の消息は確認されていない。
以上の推測にいたった理由についてはいくつか根拠がある。メナ自身の遺伝子に謎の因子が多数確認できたこと。エリオット・ルークは詳細な日記をつけており、それを電子の海に投下していた。それをサルベージした結果、マイクロブラックホールに関する理論や技術的知見、スペースリープに関する発想は、メナと同衾した時に、夢の中で得たようであるとの記述がある。そしてメナ自身が上記の話を複数の電脳空間に投稿していたという情報もある。もちろん記録者は偽装されているが、追跡するとツィオルコフスキーからの発信であることは掴めている。
果たして人類の現在の状況に大きく関係しているこのメナの情報の真偽やいかに。




