第十話「外宇宙の会戦」
グランドルークとセレナクイーンはセレスに向けて進発した。現在の位置関係では火星の脇を通り過ぎて到着する予定である。重力制御で加速をかけ、三日後に初期加速が終了した時点でスペースシドニーから暗号連絡があった。グランドルークIIとセレナクイーンの軌道を追尾している複数の艦艇を光学観測で確認したので注意されたし、というのである。グランドルークからの全天観測ではキャッチできなかったことから、光学的透過処理を施していると考えられた。光学透過処理は被監視対象方向からの観測にはほぼ100パーセント効果を発揮するが、観測の角度次第では効果が薄い。そのためスペースシドニーからの観測にキャッチされたものと考えられた。つまりグランドルークを欺いて密かに追尾している艦艇がいるということになる。これはアタラクシア軍の艦艇であり、いずれ攻撃してくることを想定する必要があった。つまりセレナクイーンのお忍び行は、アタラクシア側にばれていた、ということになる。毎度のことながら、連合とアタラクシアの戦力差を埋めているのは情報部の質の違いであると、エルメスは嘆息するしかなかった。アタラクシアの諜報機関を統括している、元12セイバーズのセオドア・アーメンガードの能力が大きいと言えた。
史上初の惑星間航行中の戦闘となる可能性があった。長距離航海中は軌道を大きく変更することはできない。より効果的な戦闘方法を先に運用した方にアドバンテージがあることは明らかである。エルメスは戦術士官達と対応を協議した。おそらく敵の方がこの事態を先に理解して準備しているはずである。早急に戦術を検討する必要があった。
グランドルークを追尾しているのはラインバードとアタラクシア軍の混成艦隊であった。ラインバードの新たな旗艦であるゴルゴス(旧ゴルゴスは廃艦)とアタラクシアの特務艦ミハイロフとミハイロヴナであった(ラインバードの隊員たちからは「ミハイロフのだんなと奥さん」と呼ばれていた)。いずれも新世代艦であり惑星間航行を前提に開発されており、ミハイロフとミハイロヴナに至っては、ある特別な機関を持った艦であった。目的はセレナクイーンに乗っている連合のABC訪問使節団の排除にある。セレナクイーンを落とすことはできないが、護衛艦を排除して連合の使節団を亡き者することが任務であった。通り一遍の戦闘では解決できない状況のため、ラインバードからはセリアムとアリス率いる精鋭と旗艦ゴルゴスが参加しているが、セリアムはこの任務に乗り気ではなかった。連合の使節団がABCに行くなら行かせればいい。その上でABCにアタラクシアか連合かあるいは中立なのかを選ばせるのが筋であると考えていた。ギィ・グランらしくないせこい任務であると思えたのである。実際この任務はグランの意思によるものではない。グランの影武者であるセオドア・アーメンガードがグランを装ってラインバードに命令したのである。彼はアタラクシアの情報部も取り仕切っていたため、いち早くセレナクイーンの連合来訪の情報を掴んでいた。グランはそれを知っていて黙認していた。小人の行いが歴史の流れを作る場合もあるか、とでも考えていたのであろうか。
セリアムは惑星間航行における艦隊戦について検討を重ねた結果、艦対艦の攻防では双方とも所定の軌道を逸脱することが難しいため、移動は最小限にとどめる必要があると判断した。そのため戦闘の鍵を握るのは機動兵器となる。機動兵器同士の戦闘においてもっとも考慮する必要があるのは彼我の相対速度となる。敵味方があ・うんの呼吸で相対速度を合わせて戦闘しないとあっというまに飛び越えてしまい、戦闘にならない。また等速度運動や等加速度運動は狙撃の的になってしまう。狙撃されない距離がある内に加速し、その後会敵までにランダムなコースをとりながら減速して相対速度を合わせる必要があった。加速減速も人間が耐えられるGの範疇で制御する必要がある。敵艦に取り付くために敵の機動部隊を高速で飛び越えても敵艦との間合い次第では減速が間に合わない。減速抜きで短時間の攻撃を加えることもできるが、その場合、原隊との距離がひらき、帰還が難しくなる。また敵がどのような動きをするのかが分からない以上、様々なケースを想定する必要があった。敵もお互い距離がある戦場で、加速減速のタイミングで苦慮しているはずであった。こればかりはセオリーがないため、やってみないとわからない。
新造戦艦であるゴルゴスは艦そのものが大砲と言える構造であり、大砲の周りに各設備がまとわり付いているような構造である。ラインバード独自の細身で流麗なフォルムをしているが、中身の半分は大砲といえた。敵艦は光学観測によると先日ラインバードの基地を襲った艦と同形とみられ、その場合主砲の射程は五分の可能性もあった。これもまた初めての敵に対する際の一つのリスクといえた。
ゴルゴスはグランドルークIIと並走する軌道に到達し、慣性航行に移り機動部隊を発進させた。次に光学的透過処置を解除して主砲での砲撃を開始したのである。ただしこれは威嚇程度の意味合いとなる。セレナクイーンに当てるわけにはいかないのである。グランドルークは律儀にセレナクイーンを守る位置についており、ゴルゴスから見て両艦は重なって見えた。グランドルークもまた機動部隊を発進させた。ここで戦術の違いが見えた。ゴルゴス側はPSのみの部隊で、ブースターを背負い初期加速後に半分切り離し、その後残ったブースターで減速して相対速度を合わせるつもりであった。グランドルークはまず戦闘機部隊を発進させ、黄道に対して上下から回り込んでゴルゴスに向かわせた。PSより戦闘機の方が直線的な加速減速の性能は優れている。航続距離も長く武装もより威力のある大型ミサイルを搭載できた。ついでPS部隊がブースターを装着して発進した。このブースターはアタラクシア側のような従来のものを流用したものではなく、惑星間戦闘を想定してPS用に開発されたものであった。PS のランドセルと両足にアームで接続する小型の船のような形をしており、本体の二本のアームには小型のミサイルが鈴なりにマウントされていた。豪勢な仕様である。このブースターで初期加速を行い、その速度のまま小型ミサイルを一斉掃射するのである。これまでの地球圏での戦闘とは次元の違う速度でミサイルが飛来するのである。ただし敵機とミサイルの相対速度が大きすぎて近接信管が作動しない場合があるという弊害が発生した。これからの課題である。ミサイルを撃ちつくすとブースターの逆噴射により減速する。その後ブースターは切り離すが、速度やコースはそのままで、敵に突っ込ませるのである。あたらずとも一定の距離を飛ぶと爆発するようになっており、敵に対する威嚇や目くらましになり、また味方の光学観測の補助の意味合いもあった。相対速度をあわせた双方のPS部隊は、これは地球圏と変わらない格闘戦を展開することになる。艦対艦の砲撃戦のあおりを食らわないように注意しながら戦うのである。そしてエルメスの戦術がセリアムを上回った。上下から襲い来る戦闘機部隊は大きな相対速度を維持したままミサイルを発射し、敵艦の対空砲火の間をすり抜けて離脱した。二回目の攻撃はない。そのまままた大きな弧を描いて帰還するのである。ただ軌道が単調で予測が容易であったため、数機対空砲火で撃墜されてしまった。ミサイルは大きな慣性エネルギーを持っていたがために応力フィールドの影響を強く受けた。そのため着弾の前に信管が作動し爆発してしまったが、近距離での大型ミサイルの爆発によりゴルゴスは大きく揺動し主砲の軸線が外れてしまった。ゴルゴスよりも後方にいたミハイロフは装甲の一部を破損した。これも今後の課題といえる。応力フィールドの影響を考慮した攻撃やミサイルのカスタマイズが必要であった。
グランドルークとゴルゴスの間の空間で展開しているPS戦は基本的に地球圏で行われているものと大差なかったが、心理的には大きな差異があった。地球圏ではここまで原隊と距離がある状態での戦闘はなかった。原隊とはぐれた場合ここでは誰も助けに来てくれない。地球圏を遥か離れた空間で朽ち果てるしかないのである。このストレスはパイロット達を無意識に萎縮させ、自己保全に向かわせる傾向があった。総じて戦いが消極的になり、距離をおいて撃ちあう場面が多かった。ラインバードの猛者たちをしてもこれである。ヒュウにしてみれば地球圏ほど汚れきっていない空間での戦闘では、デブリや過去の戦闘時に放出されたミサイルや機銃弾の不意打ちを食いにくい環境はクリーンで戦いやすかった。ただしヒュウの場合、ブルーとシルバーのバロンフォースを探していたため、いつものパフォーマンスは出せなかった。周囲をよく観察したため、敵味方ともに消極的な戦いをしていることを認識したが、今回は仕方ないと割り切った。今後、必ず回収される体制を確立しパイロット達に理解してもらう必要があった。マエジマもまたパイロット達の恐怖を理解していた。マエジマは機動兵器としてはレガシーとなりつつある戦闘機の新たな存在意義を見出していた。惑星間航行の戦闘時においては、回収艇と合わせて戦闘機もPS回収の役割を持つことで、チームとしての重要な役割を持つことになる。またアンビリカルビーコンと呼ばれる回収のための通信波は妨害しない国際法の遵守も重要であった。
PS戦と比べて激しいのが艦対艦の戦いであった。グランドルークも慣性航行の状態でゴルゴスに向き直り、主砲による砲撃を加えていた。ゴルゴスの予想進路は数十分後にはグランドルークのそれと交差するとシミュレーションされていた。そのため両艦は徐々に間を詰めており、お互いの主砲が必殺の距離になるまで、後10分もなかった。現状、なんとか応力フィールドでビームをしのいでいるが、距離が近づくと防ぎきれない。そういう意味では、それぞれ弱みがあった。鍵はセレナクイーンである。現在グランドルークの後方 30 キロに退避しているが、ゴルゴスの目標が定かではない限り、グランドルークとしてはセレナクイーンを守る位置にいる必要がある。ゴルゴスとしてはセレナクイーンに直撃を加えるわけにはいかないため、グランドルークだけを落とすのであれば、主砲をセレナクイーンを軸線上に捕らえないように角度を取る必要がある。もしくは機動兵器でおとす必要があるが、PS戦は決定打にならず、ゴルゴスには戦闘機があまり配備されていない。これはセリアムの失策であった。そのためセリアムはゴルゴスをグランドルークに対して先行する形で加速させて、改めて角度をとって向き直ることでセレナクイーンを軸線上から外そうとした。早めにこの対応を実施しておかないと、グランドルークに対してゴルゴスの横腹を見せることになり、危険であった。ところが驚いたことにセレナクイーンはわざわざゴルゴスの射線に入る位置に移動したのである。しかも小刻みな移動を繰り返しゴルゴスを牽制しているようであった。エルメスはセレナクイーンに対し危険な行動をやめるように連絡したが、セレナクイーンからは、敵の狙いはセレナクイーンではなく連合の使節団にあると考えられる。そのため当方が敵主砲の軸線に乗れば敵の砲撃を抑止できるはずだ、との連絡があった。これはハートマンとランサーが話し合った結果の行動であった。護衛艦が護衛対象の船に守られるというおかしな状況であった。エルメスはあせった。もしハートマンとランサーの読みが外れていたら、それでなくとも敵の指揮官に自制心が足りず、セレナクイーンの存在を無視したら、そうでなくとも流れ弾というものもある。戦場ではセオリーどおりにいかないことの方が多いのである。ランサーは軍人上がりの政治家であったが、政治家同士が話し合って決めた行動で軍事作戦に介入されるのは真っ平ごめんであった。改めてセレナクイーンにグランドルークの影に完全に入るように指示した。セレナクイーンには護衛としてメディックの部隊が張り付いている。メディックに命令して艦内に入り、エルメスの意向を強く伝えたのである。その間もゴルゴスは近づいているが、グランドルークが軌道変更する気配はない。セリアムは内心舌を巻いた。敵指揮官は艦隊戦をよく分かっているし、肝が据わっているようであった。セリアムはこんな辺境で相打ちのようなリスクを侵すつもりはなかった。初戦は負けを素直に認め引くべきと判断した。ゴルゴスを転進し、大きく回りこんでPS部隊を回収するコースに乗ったのである。この動きを察知しグランドルーク隊も引いた。今回は回収艇を使い、PS隊を回収したのである。PS隊の被害はたった三機であった。それも完全に落とされたのは二機でもう一機はPSは手足を失ったもののパイロットは無事であった。ラインバード側にいたっては損失ゼロである。これをどう評価するのかはそれぞれの指揮官の考え方次第といえた。惑星間航行中の戦闘ではPSより戦闘機の方が有用であると考えられたのである。
セリアムは始めてラインバードのPS部隊に失望した。長年宇宙で戦い続け、生きたまま漂流して朽ち果てるリスクと背中合わせに戦ってきた猛者たちの集まりのはずであった。しかし惑星間航行中の、これまでと違い母艦と大きく離れて戦う状況、一つ間違うと惑星間で漂流する状況に「びびった」鳥達(ラインバードのPS隊は鳥に模される)など、猛禽であるはずもなくブロイラーの鶏も同然であった。セリアムは精鋭部隊をブリーフィングルームに集め、一喝するつもりであった。しかしそれをアリスが止めた。アリスは今回ゴルゴスの直衛であったが、それでも肌で惑星間の宇宙の広さを実感していた。地球はまだまだ肉眼で確認できるが、見慣れた大きさではなく以前と比べてはるかに小さい。見えるからこそ距離感を感じる状況である。今後どんどんその存在感はなくなっていくため、どのようなストレスがかかるのか未知の領域であった。ラインバードといえど、いやベテランが多いラインバードだからこそよけいストレスは強いはずと予想された。セリアムがなすべきは今後そのストレスをいかに軽減させるか、その方策をパイロット達に示すことであると、そう諭したのである。セリアムはこの諫言を受け、パイロット達にねぎらいの言葉をかけた上で、次回の作戦時にはバックアップ体制を確立しておくことを明言したのである。「ケツは持つ!一人も取りこぼさねぇ。次は大いに暴れまくれ!」とアジったのである。そして気が付いた。この惑星間の寂寥に耐えること数十年の人々がいることを。
グランドルークにおいても概ね同じような状況であった。敵がラインバードであるだけでも大きなプレッシャーであるのに、それに加えて未知の領域での戦いとなる。これまでの重力戦争では毎回新たな環境での戦いがあった。第一次は始めて本格的な宇宙戦争となった。第二次は言わずもがなであるが、ゲーザー攻撃による大規模破壊行為があった。第三次では宇宙戦争で始めてPSとビーム兵器、応力フィールドが本格運用され、今につながる機動兵器による格闘戦の雛形となった。そして今度は惑星間航行中の戦闘である。新たな戦術と、そのストレスに耐える訓練が必要であった。




