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戦士たち  作者: Maxspeed
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第九話「セレスへ」

帰投したグランドルークIIはドックに入り、綿密な検査を受けた。初めてこのタイプの戦艦が実戦を経験したのである。主砲を一回発射しただけでも色々な細かいダメージがどこに蓄積されるのかを確認する必要があった。ましてや今回は色々と無理をさせた経緯もある。ドック専任の艦船メンテナンスのプロ達は手ぐすね引いて待っていた。負荷を受けた箇所、破損した箇所、問題がなかった箇所を分類し、今後の艦船開発に役立てるのである。

ヒュウはスペースシドニーに帰投するまでの間に、マエジマに例のバロンフォースのパイロットの音声情報を聞かせていた。そしてマエジマからも同意を得たため、スペースシドニー帰還後にマエジマの権限で未帰還兵のデータベースにアクセスして声紋を照合したのである。その結果は予想通りであった。ヒュウがラインバードの拠点で戦ったのはアリス・ストラスバーグである確率が98%以上であると。予測していたとは言え、ヒュウには衝撃であった。ヒュウを始めて人として扱ってくれた女性、ヒュウの中で女神のような存在であるアリスが生きていて、しかも敵であるラインバードで指揮官としている。正直すぐに心が納得してくれない事態であった。今後もし再びあのバロンフォースに戦場であった時、自分はどうするのであろうか。ライフルを突きつけられても、もしかするとアリスかもしれないという思いがよぎり戦えないかもしれない。戦場は広く、宇宙はもっと広い。なぜ自分はこの広い世界で戦いたくない人と出会ってしまうのか、ヒュウはそう思わざるをえなかった。この思いに整理がつかないうちにはラインバードと交戦しないことを願うのみである。

一方その当事者であるアリスである。彼女は二年半前のアームストロングベースの攻撃時にラインバード側に救出されて一時数名の連合兵と共にラインバードの旗艦ゴルゴスに収容されていた。その時に味方であるはずの連合兵にレイプされかけるという事件があり、男女別の部屋に収容されたのである。その際にゴルゴスの責任者であるセリアム・ラインバードがアリスの下に謝罪に出向いたのである。アリスはヒュウがアリスを一目で受け入れたように、セリアムに一目ぼれした。セリアムの容姿は標準以上であったが、そんなことではない。その佇まいから溢れる覚悟、決意といった雰囲気がアリスをしてすべてをささげる対象として認めさせたのである。ある意味ギィ・グランのカリスマ性にも似たセリアムの独特な雰囲気がそうさせたといえる。結果アリスは不定期にある連合とアタラクシアの救助者交換に応じず、ラインバードに残りたいと訴えたのである。もともとラインバード自体軍隊ではなく、規律もゆるく、またこのような出来事は楽しむ風潮があった。アリスはラインバードの構成員の20%ほどが連合出身であることを知り驚いたが、それであれば自分も入団できるはずと説得した。実際には連合軍に軍籍がある人間の入団は少ないのであるが、少ないということは前例があるということである。団長のゴドウィンの鶴の一声で入団は決まった。だが命のやりとりをしている傭兵部隊である。入団はそのまま戦力として使われることも意味していた。また実績をつむまでは信用はされない。アリスは機動歩兵としてのスキルを磨くことに専念したのである。そして訓練と経験をつみ、二年半の間に急成長をとげ、主に拠点防衛で戦果を上げた。セリアムとも心を通わせる関係になり、次期団長のパートナーとして団員に認められる存在にまで上り詰めたのである。その結果がシルバーブルーのバロンフォースである。グランドルークが強襲してきた際に、ゴドウィンもセリアムも基地に不在であった。不在時の指揮官はゴドウィンの側近であるが、防衛のPS隊の指揮はアリスの責任であった。アリスはこの二年で鍛えた拠点防衛の布陣を敷き対応したのである。そして知らず知らずヒュウと対峙していた。今回連合の腕利き(ヒュウ)との対戦により墜とされかけたが、部下のフリードリヒ・リヒターが身を挺して守ってくれたおかげで生き延びることができた。強敵はフリードリヒの行動を是としてくれたのかは分からないが、止めをささずに去っていった。アリスはフリードリヒに感謝したものである。

グランドルークIIがドッグに入った頃、ディラレスパーには特別な客が訪れていた。スペースシドニーは純軍事施設であるが、ディラレスパーには宇宙での政府施設が集中している。その客、すなわちABCの代表の一人、エルヴィン・ハートマンははるばるセレスからお忍びでディラレスパーを訪れていた。しかし彼が乗ってきた宇宙船は明らかにこれまで地球圏にはない形をしており、いまどき珍しい核融合炉型のため、その動向はアタラクシア側に筒抜けであった。エルヴィンの目的は急速にアタラクシア派が増加しタカ派が増えつつあるABCの内情を憂いて、連合との接触により均衡を保つことであった。連合側の政府使節団をセレスに招き、アタラクシア派、というよりはギィ・グラン派を掣肘することが狙いであった。これは非常に危険な行為であることを本人も悟っていた。一歩間違えばABCをこの戦争に全面的に巻き込むことになる。だがこのまま若い世代が地球圏へのあこがれとアタラクシアへの参戦を混同したまま、無駄に命を散らすことだけは避けなければならなかった。そのためであれば、危険な橋を渡る必要があると考えたのである。問題は今の連合にギィ・グランほどのカリスマ性を備えた人物がいないことである。もちろん民主制の国家でそのような人物はむしろ毒になることが多いため、いないほうがいいのであるが。ジョン・ハートマンは第三次重力戦争時に亡くなっている。頼りはロジャー・メイスコットであるが、アステロイドベルトまでの長旅を高齢の彼に強いることはできない。結局連合は大統領補佐官のカレーブ・ランサーを中心とした使節団をABCに派遣することに決めた。使節団はハートマンの宇宙船でABCに向かうのであるが、その護衛としてグランドルークIIが選抜されたのである。あくまで平和外交使節団であるため、複数の艦船からなる部隊をつけることは避けなければならない。その点グランドルークは単艦で高い戦闘力を持ち、かつ惑星間航行可能なスペックを持っている。おあつらえ向きの部隊であった。

そんな状況が進行していることもしらず、ヒュウはグランドルークIIのドッグ入りの時間を利用して、スペースシドニーの民間区画に出かけていた。ここには一応ホログラフによる空と地上のような町並みが整っており、寄航している軍人達も含めてスペースシドニーに勤務する人々の憩いの場となっていた。ヒュウはここの裏路地にある書店によく寄っていた。いまどき紙の本がおいているめずらしい店で、人気がなく客もまばらである。この雰囲気をヒュウは気に入っていた。紙の本のにおいも落ち着くのである。「異星人の郷」という変わったタイトルの本を購入して書店をでたところで、ヒュウは一人の女性が細い道を塞ぐようにとまっている車の中に引きずり込まれそうになっている場面に遭遇した。三人の男が女性を取り囲み車に押し込もうとしている。女性は大声を上げて抵抗していた。明らかに拉致の現場であった。裏通りの更に奥の道のため他に人はいなかった。ヒュウは買ったばかりの本を放り出し、一人の男の膝の裏側に後ろからつま先で蹴りを叩き込んだ。PSパイロットは関節部への攻撃を優先する。その癖が出た攻撃であった。男はうめき声を上げて倒れこみ、足を押さえてうずくまった。激痛で声をあげることもできないようであった。流れるような動作で、もう一人の男には下から鼻の頭に対して頭突きを食わせた。鼻から盛大な血を出しながら、この男も倒れこむ。もう一人の男に向き直った時には男は既に臨戦態勢にあった。しかしいきなりはげしく痙攣し倒れこんだのである。拉致されかけた女性が、左腕にしていたごつい外見の腕時計を男に押し付けたのである。それは護身用のスタンガンをかねていた。腕時計は警察直通の通報機能も持っており、女性は既に緊急ボタンを押していたため、数分で警察が駆けつけた。ヒュウが倒した男二人は、書店で借りたビニールの紐で右手と左足を背中側で固定し転がしていた。スタンガンの男はまだ気を失ったままである。

警察での事情聴取はヒュウが連合のトップエースであることもあり簡単にすんだ。例の女性はヒュウに礼を言いたいといってきたが、それを断り警察署を出ようとした時に女性が追いついてきた。女性は20代半ばといった感じで、知的な雰囲気と肉感的な魅力を兼ね備えていた。名前はマリア・フランシス。報道記者として大手ニュースサイトと契約している。ある案件でどこにでもある裏社会の組織に恨みを買ってしまい、今回の事件になったという。あの腕時計は勤務しているニュース会社の支給品であった。人通りのない道にいったのは情報提供者と接触するためだったが、それ自体がフェイクであったようだ。ヒュウが書店から出てきたタイミングが少し遅ければ、あのまま拉致されていたかもしれない。幸運といえた。礼をしたいというマリアの申し出を固辞してヒュウは部隊に戻った。ヒュウにしてみればチンピラ程度の男達をいなすのは造作もなかった。反射神経と身体能力、格闘戦の能力がPSパイロットは常人とは桁違いなのである。PSの操縦はそれだけで全身運動であり、高度なエクササイズをしているのと同等であった。PSパイロットは両手の操縦桿をほぼ薬指と小指だけで握り、残った指で操縦桿についているボタンやスティックを操作する。そのため平均握力は80Kgを超える。ヒュウの身長はその後もあまり伸びず170cmほどであったが、着やせしている服の奥には強靭な肉体が隠れていた。ヒュウはあのオーベルトのスラムを脱した日、メイスコットの名を名乗りだした日をプロフィールでは18歳の自分の誕生日にしていたが、実際の生年月日はわからない。おそらくはいま16歳ぐらいのはずなので、身長はもう少し伸びるのではと考えていた。あまり大きくなるとPS内で窮屈になる。今のままでいいと思っていた。

数日後、エルメスは宇宙軍本部にて正式にABCへの政府訪問団の護衛任務を拝命した。使節団が搭乗するエルヴィンの船「セレナクイーン」の護衛任務である。使節団がどの程度ABCに逗留するかは現状で未定であるが、帰りには使節団を乗せて帰ってくる必要がある。長旅になりそうであった。使節団の派遣は極秘であるため、基本的に戦闘は発生しないはずであった。グランドルークIIの長期運用試験も兼ねているという面もあった。また長期間惑星間航海を経験する乗組員達の健康面、心理面への影響についても対処するだけでなく、今後のために研究する必要があった。そのために軍医のシノはメンタルケアの資格ももっていたし、スタッフに臨床心理学者のスズキが新たに加わった。

セレスまでの航海では旧時代のように他の天体を利用してのスイングバイなどする必要はない。加速しすぎるとセレスとランデブーする時の減速が難しくなるのである。地球圏から重力制御による加速を開始し、道半ばから減速に入るのである。推進剤による加速・減速は緊急事態、すなわち戦闘時のみであった。旧時代に比べると航路も比較的自由に策定できた。セレナクイーンはセレスから地球圏まで三ヶ月で到着している。それが目安といえた。

セレスへの進発直前に、グランドルーク隊の下士官以上の乗組員は集合をかけられ、使節団との顔あわせが行われた。使節団はセレナクイーンとグランドルークIIを行き来する場合があるためである。その席で使節団の末席にヒュウは見覚えのある顔を見出した。例のマリア・フランシスである。PS隊の面々もマリアに注視していた。もちろんそれはマリアが若く、非常に魅力的な容姿をしているためであった。副官のエリカがマリアを紹介する時に何かバツの悪そうな顔で使節団に随行するニュース会社の特派員であることを説明し、最後に一言、少し小さい声で実の妹であることを告げた。軽いどよめきが乗組員の間に流れた。エリカはどちらかというと知的美人だが、マリアは知的な面と妖艶な魅力を兼ね備えていた。はっきりいうとグラマラスであった。スレンダーなエリカと比べるとあまり似ていない姉妹といえた。管理職であるエルメスには長い航海にマリアのような容姿の人物がどのような影響を与えるかが心配であった。常時グランドルークIIにいるわけではないことがせめてもの救いであった。

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