表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
戦士たち  作者: Maxspeed
1/19

序「前史」

21世紀後半、増えすぎた人口と環境破壊による異常気象の影響で世界的な食糧危機が発生した。各国は少ない食料と収穫可能な土地を求めて、あるときは狡猾に、あるときはなりふり構わず他国に攻め入り略奪まがいの行為を行った。そんな状態が続く中、世界の、地球上の社会を表からも裏からも動かしてきた大きな組織、某超大国とそれに反目するイデオロギーを異にする某大国、宗教組織、経済組織、メディア組織、そして犯罪組織の首脳陣が表の歴史には決して載らないが、歴史的大合意に達した。すなわち「世界を一つにしてコントロールしないと、遠からず人類は滅びる」と。それは強者の理屈であり、認識であったが、彼らにはそれを実行する能力とためらいのない強い欲望があった。

こうして激烈な局地戦や、まやかしの同盟の結成と決裂の繰り返しの末「地球連邦」が誕生した。旧各国を州政府とし、地球温暖化により永久凍土の溶けた新天地グリーンランドのゴッドサムに連邦首都が建造された。

地球連邦政府の最初の仕事は「口減らし」であった。統一戦争とそれ以前の飢餓期間により多少の人口減少はあったものの、また地球上には80億を超える人々がいる。

当時過剰な人口のはけ口を公の場では「ニューフロンティア」に求める機運が高まっていた。長年の人類社会の疲弊によりすっかり忘れ去られていた宇宙開発である。まるでこのタイミングを計っていたかのように、未完成ながら十分に使える重力制御技術が開発され、これまでとはくらべものにならないくらい安価に宇宙へとあがることができるようになった。このニューフロンティア政策により、本格的な月開発が計画された。これまで宇宙にいけるのは一部の学者や空軍パイロットたちエリートであったが、状況は逆転した。エリートは地球に残り、いわゆる社会的な弱者の立場の者たちが、最低限の訓練だけで使い捨ての道具として宇宙に送り出されていったのである。

今後一世紀で人類の半分を地球外で生活できるようにするのが連邦の計画であった。多くの発展途上国や戦争中に反連邦体制を取っていた国々の人々が十分な安全対策もとられていない内に、闇雲に宇宙まで強制的に連れ出されたのである。過酷な労働環境、劣悪な住環境、ずさんな計画に基づき、使い捨ての道具として使役させられた人々は、それでもニューフロンティアへの期待と、それを建造する誇りに支えられて懸命に働き続け、30年後には重力均衡点に大規模人工衛星都市群が3つと、月に大小12の都市を建築していた。宇宙人口は10億を超え、インフラの整備が進むと共に、加速度的に増えていく筈であった。

しかしここまでに到達するのにどれほどの犠牲が必要であったかを連邦政府は数字で知っていても、宇宙移民に蓄積されていく不満の量までは理解できなかったらしい。実に累積で10億を超える人々が宇宙開発の犠牲になっており、その大半は慎重な計画や、十分な予算があれば死なずに済んだのである。連邦は宇宙開発のタイムスケジュールを遅らせるくらいなら、また予算をオーバーするくらいなら死ね、と宇宙移民に言っているようなものだったのである。この時代、宇宙移民の命は自分の体重と同じ水よりより安かったといえる。当然宇宙移民の間には、漏れ伝えられる地球のエリートの暮らしぶりを知るたびに深い増悪が刻まれていくことになる。

地球の暮らしを支えているのは宇宙からの資源によるところが大きかった。特に新設される小惑星帯資源採掘基地はスペクトル分析でも資源の宝庫であることが判明している。連邦のエリートたちには自分たちの消費文化を維持させるには絶好の資源だと思われた。

事件が起こったのは小惑星帯開拓移民計画が発表された直後だった。移民計画の表の理由、美辞麗句を並べ立てた空疎な計画書とは別に、今後長期に渡って如何にエリートたちが快適に地球で暮らすために必要な資源採取と運搬、加工がどの程度の犠牲で達成されるのかを、想定死者数でドライに割り出した裏計画書が、謎のハッカーにより連邦のサイバーサイトから盗み出され、あらゆるネットワークにばらまかれたのである。当時最下層の宇宙難民というべき人々をのぞけば、何らかのネットワークの情報をチェックするのは人々の生活習慣といえた。そのネットワークにアクセスした途端に、画面の片隅に悪魔の姿にカリカチュアされた連邦主席の姿の3Dアイコンが火を噴きながら表示されれば、誰でもアクセスしたくなるだろう。そしてその先に自分たちを生け贄にした悪魔の計画書があったら、人々はどう反応するだろう。当然の帰結として各地で大暴動が発生した。この暴動は同時多発的に発生し当時の人類社会の構成員たる人々の半数以上がその渦に巻き込まれている。各地で造反や破壊活動が発生し、ついに地球への電力供給まで滞る事態に至ったとき、権力者たちは武力に頼らざるを得なくなった。

連邦宇宙軍月軌道艦隊は地球外で唯一の機動戦力である。艦隊司令は月軌道の重力均衡点にある大規模衛星「ディラレスパー」に対して海兵隊と工兵隊を派遣した。この巨大人工衛星は艦船のドッキングベイを含む無重力設備と、重力工学を応用して作られた人工重力設備とに分かれている。暴動はブルーカラーが多く働く無重力設備で起こり、重力区画のインフラ運営に影響を与えていた。ここで海兵隊はメイン制御室を強襲占拠し、工兵隊により労働者達の宇宙服を集中管理しているシステムをハッキングして、エア供給機能を停止させ宇宙服を無効化した。その後、施設全体に供給している空気圧を下げさせたのである。あっという間に無重力設備の人々は行動不能に陥り、何パーセントかは減圧症でショック死した。それでも長年宇宙で過酷な労働をこなしてきた彼らにとって減圧症は職業病であり、その強い意思をくじく決定的手段にはなりえなかった。この強固な抵抗運動に海兵隊指揮官と艦隊司令は逆上し暴走した。こともあろうに、無重力設備区画に猛毒の塩素ガスを注入するという暴挙にでたのである。もがき苦しむ労働者たちの様を見て艦隊司令は溜飲を下げたのであろうか。しかし彼らの勝利の喜びは長く続かなかった。労働者たちの生き残りは恐慌状態に陥り、ディラレスパーの重力区画との隔壁を開いたのである。当然ながら海兵隊員たちは二つの区画の境界である隔壁をガードしていたが、ディラレスパーを知り尽くしている労働者たちが使用した隔壁開閉の裏コードまでは知り得なかった。海兵隊員たちの目の前で、まず気圧が下げられた無重力区画に空気が大量に吸い込まれた。その後が地獄である。空気の流入により発生した対流により、ものすごい勢いで猛毒ガスが今度は重力区画に流れ出ていく。もし港湾区画の気圧があらかじめ下げられていなければ、ガスの流出には時間がかかったであろう。労働者たちのほとんどは月からの出稼ぎであったため彼らの家族はいない。そこにいるのは宇宙移民者の中でも相対的にエリートと言われるホワイトカラーたちと、艦隊勤務の者たちの家族や、運悪く居合わせた、地球からの旅行者、すなわち本物のエリートとその家族たちであった。今度は海兵隊が恐慌状態に陥る番であった。あまりのパニック状態のために、ガス注入を止めるのに隔壁解放から5分もかかった位である。

毒ガスとその流入という事態が招いたパニックによる死者は30万人、重傷者2万人、軽傷者5万人、実にその70%が重力区画の人々であった。艦隊司令の家族も助からなかった。このあまりにも衝撃的な事件により各地の暴動は下火になり、また連邦側も艦隊司令の判断の非を認め、事態の沈静化を試みた。煮えたぎった坩堝と化していた社会は頭から冷水がかけられた状態になったのである。

その頃、月面都市ツィオルコフスキーの移民社会ではディラレスパーの様に移民間で貧富の差が出てき始めていた。連邦もようやく頭から押さえつける統治ではなく、歴史上の先例にならい植民地に相対的優越者を生み出し統治させるやり方で、真の支配者への不満をそらすことを覚えたのである。だがこの場合、策士策に溺れるの典型のような結果を生み出してしまう事になる。

状況を最大限に活用したのは22世紀における最大の歴史上の偉人と言われるギィ・グランである。ツィオルコフスキーの現地支配者であるアレィ・グランの子であり、天才の名を欲しいままにした男である。学問、スポーツ、宇宙活動、色事、何事にもカリスマ的な才能を発揮し、特に人心掌握術には恐るべきものがあった。17歳のこの時点で「彼のためなら命を差し出してもかまわない」という人物にことかかないのである。彼は密かに政治結社「アタラクシア」を設立した。メンバーはいずれも後世の歴史書にその名が刻まれている栄光の15名である。ロジャー・メイスコット、ジョン&ジェイク・ハートマン兄弟、中森和紗、セオドア・アーメンガード、エリオット・ルーク、ハーマン・クレスト、メナ・イシキス・・・・。彼らは政治的、軍事的、経済的、科学的、精神的、社会的にグランをサポートした逸材たちである。これほどのメンバーが揃うこと自体奇跡と言っていいのだが、時代はまだまだグランに媚びを売っているかのように、新しい力を彼に与える。

その一つがエリオット・ルークが中心となって開発したMBジェネレータである。宇宙における動力源としては従来は核融合炉とソーラー発電が二本柱だったが、MBジェネレータはそれに変わる画期的な動力源であった。

二つ目の力は、組織だった。当時宇宙開拓移民の中に、巧妙な世渡り術によって連邦政府から独立法人の許可を取り付け、危険を伴う作業を代行する「何でも屋」的組織が地球外社会にいくつか存在していたのだが、その中でも最大手と言える「ラインバード」の会長、アッサム・ラインバードとその息子のゴドウィンがグランの才気に惚れ込み協力を申し出てきたのである。才能があり優秀な人材がそろい、資金力もあるグランであったが、実行部隊の機動力とだけは縁がなかった。

この二つの力と、アタラクシアの人材のちからでグランの勢力は飛躍的に伸びていった。彼がもっとも意を砕いたのは「連邦の気を引かない」という一点であった。政治結社アタラクシアはあくまでも宇宙移民間のパワーゲームのための存在であり、連邦の脅威となるような力を持つ存在に成長する可能性は低い、と思わせておくのである。そうして水面下では着々と打倒連邦の準備を進めていったのである。

まず連邦に大型艦船の建造許可を求めた。これは巧妙に一度白紙となった小惑星帯開拓移民団のためとして許可をとりつけた。連邦側としては、先の経緯のため小惑星帯開拓の再開を持ち出しにくい状況を利用し、宇宙移民者側から小惑星帯開拓団の結成を持ちかけたのである。案の定、連邦はこの提案に飛びついた。ツィオルコフスキーには多少甘い蜜を吸わせておいて、自分たちの消費文化に必要な資源は確保するつもりであった。査察の役人には鼻薬とメナ・イシキスの特殊な才能で対応した。メナはアタラクシアの中でも異色の経歴の持ち主であり、グランとジョン・ハートマン以外のメンバーからは疎まれていたようである。彼女は元超高級コールガールであり、地球からの要人の相手を専門としていた。連邦政界では「月のメナ」というだけで名が通る、グランの父親よりも有名人なのであった。

次に建造する大型艦にMBジェネレータを搭載し、従来の艦船の数倍の出力と機動性を持たせることに成功。この新造艦を軍事的才能があるロジャー・メイスコットとハーマン・クレストにラインバードの協力を加えて実戦部隊として編成した。

一方、正規の小惑星隊開拓団も編成されていた。この開拓団は従来の艦船を使用するのだが、それまでの劣悪な開拓民とは環境は一変していた。ディラレスパー事件の後でもあり、連邦の多少の迎合とアタラクシアの働きもあり、ようやくまともな環境での宇宙開拓が始まろうとしていた。後々、この小惑星帯開拓団が歴史に大きく関わってくることになるのであるが、この時点ではまだそれを予見している人物はいなかった。

グランが17歳で15人の仲間と共に立ち上げたアタラクシアは、打倒連邦に向けて最終準備段階にさしかかろうとしていた。この時点でアタラクシアの立ち上げメンバーの内、3人はすでに亡くなっていた。過労死、事故死、暗殺など理由は様々である。残った12名は後の世に12(トウェルブ)セイバーズと呼ばれるようになる。

しかしこの段階に至って、アタラクシアの一枚岩のように見られた団結に大きな亀裂が走ることになる。

それは打倒連邦が現実味を帯びてきた時期、連邦打倒後の体制をいかにするかを話し始めた頃のことであった。連邦議会を解散させ、為政者たちを政権の座から引きずりおろした後の政治をどうするのかで意見が分かれたのである。グランは政権を握り、人類全員を宇宙に移民させ、地球の自然環境がその自浄作用により回復するのを見守る、地球に降りるのはその手助けをする専門家だけでいい、宇宙移民者はその生涯に何度か地球を訪れる権利を有するが、決して永住は出来ない、と主張した。

この一足飛びの過激なポリシーについてきたのは、ジェイク・ハートマン、アーメンガード、クレスト、ルーク達であったが、ジョン・ハートマン、メイスコット、中森らは連邦と同じく、人類全体の宇宙移民計画を今後100年の計とし、まずは地球上に連邦に変わる、公正で、宇宙移民者との不均衡を緩和する政体を地球に確立すべきと提案した。両者の意見にはそれぞれの長所、短所があり、生半可な議論では決着がつかなかった。打倒した連邦のエリート達を宇宙移民者への生け贄の羊として差し出す案まででたが、より高邁な精神の元公正な政府を作ろうと志すアタラクシアにそれはできなかった。少なくともこの時点では考えられなかった。連邦の支配者階級には裁判でその責任を追及するようになるだろう。偏った富を手中にしている者達には、特例法により財産の没収が命じられるだろう。だが流す血は一滴でも少ない方が良かった。だが後にして思えば、この甘い考えこそが、その後の血塗られた歴史を生み出したのかもしれなかった。

意見のまとまらぬまま、それでもグランの卓越したリーダーシップによりアタラクシアは一つにまとまり活動を続けた。なによりこの時期には打倒連邦という全員一致の強い目標があったからである。

そして好機は到来した。新型の重力制御機構を採用した軌道エレベータが完成し(もちろんその建造にも宇宙移民者の犠牲が発生した)支配者階級の主立った者が、グリーンランドのゴッドサムから赤道近くのベネズエラ・カラカスまで出向いてくるのである。グラン家の当主であるアレィにも宇宙側ポートでの式典参加依頼が来ていた。この式典では、連邦主席を含む政治家、高級官僚達が、エレベータに乗って宇宙側ポートまで来ることになっている。グラン家の随員として、ラインバードの人員を配置し、一方空に近い状態のゴッドサムと、地上側ポートであるカラカスに新型艦艇による降下作戦を決行し、連邦の要人を確保する。ゴッドサムの制圧によりマザーコンピュータを奪取し、連邦の中枢を乗っ取る。最大の脅威である月軌道艦隊はディラレスパーの事件以降、マザーコンピュータから発信される軍令がなければ機能しないようにシステムが変更されていた。機能を停止させた月軌道艦隊さえ押さえればあとはどうにでもなる。以上が作戦の大まかな流れである。

結果的には作戦は半分成功し、半分失敗に終わった。宇宙と地球の同時連携作戦は有機的に機能せず、降下部隊によるゴッドサムとカラカスの制圧は成功したものの、要人確保には失敗し、軌道エレベータの宇宙側ポートもろとも要人達は吹き飛んでしまった。ギィの父親である、アレィもこの時犠牲になっている。

確保されたマザーコンピュータからの軍令により、月軌道艦隊はエンジンに火を入れることもできず、ラインバードの兵に占領された。軍人達はそれまでの威勢が信じられないぐらい弱腰になり、従順に占領部隊に従った。むしろ一部の宇宙出身の下級兵士達の方が抵抗したが、簡単に鎮圧されている。連邦の後ろ盾に頼り、圧倒的優位な状況でのみ戦ってきた軍隊の末路であった。

あまりにもあっけなく政権は転覆した。民間人を含む、非戦闘員に犠牲が出て、無血革命というわけにはいかなかったが、悪名高き地球連邦の中核は人的に半減し、地理的には新勢力に占拠された。残りの要人たちもこの事態に果敢に対処しようという人物はおらず、いずれも自己保身に走る始末であった。中には生き残った要人たち同士でアタラクシアへの密告合戦を始める者たちもいたのである。

実はこのときアタラクシアはエリオット・ルーク考案のMBジェネレータ応用の新兵器を使用してゴッドサム守備の軍隊を早急に降伏させたという噂が後々まで残った。これは事実でMBジェネレータ、すなわちマイクロ・ブラックホールを利用した発電機関を応用して、エリオットは重力波を増幅してビーム状にして発射するシステムを開発していた。この重力波メーザー(後に短縮してゲーザーと呼ばれる)の効果は凄まじく、ゴッドサム守備軍は目の前で大陸の一部がはぎ取られて宇宙に放り出される様子を見せられ、無条件降伏に応じたという。ただあまりの威力の凄まじさに第二の核兵器となる可能性を危惧したグランは、この兵器を公にすることはなかった。

ここからがグランの凄まじいところである。彼は連邦各国に恭順を呼びかけたりはしなかった。そんなことをすれば足下をみられ、恭順したかに見せかけて懐に入られて、内側から食い尽くされるだけである。地球の政治家、官僚に染みついた腐敗精神を、彼は甘く見ていなかった。ここからの彼の行動を、偉業と見るか、蛮行と見るかは後世の歴史家の判断となるだろう。まず彼はゴッドサムのメインITシステムのデータベースの機密部分から、世界中の政治家、官僚、財界人と呼ばれるエリート達の機密情報を一切削除した。過去の汚職行為の罪は問わないとしたのである。これは遠く過去の中国・漢の時代の中興の祖と言われる光武帝の故事にならったものである。追いつめられた旧体制のエリート達を窮鼠としない一手だった。この措置に安心した旧エリート達は自分たちの財産と地位が守られるものと信じて、新体制への移行を受け入れ始めたのである。この処置により未然に大きな混乱が食い止められた効果は非常に大きい。しかし歴史の事実が示しているように、グランは汚職で彼らを糾弾したかったのではない。多くの宇宙移民者を劣悪な環境に追いやり死に至らしめた責任を追求するために一旦取り込んだのである。

粛正は始まった。まず旧連邦各州の代表と官僚のトップがジェイク・ハートマンを裁判長とする宇宙移民犠牲者裁判の牙にかかった。十数億を超す大量殺人の責任を問われたのである。もちろん主犯である旧連邦主席たちはすでにない。だが従犯であっても、十分以上に極刑にふさわしい罪であった。最終的にこの裁判で死刑を宣告され、実施された人数は3万人を超す。その他宇宙での強制労働刑に処せられた人数はその十倍に上る。この切れ味鋭すぎる断罪に、当時でも旧連邦内にあって良識派と呼ばれていた人々から非難の声が上がった。だがグランはその声を完全に無視して合計で30万人を超える粛正を行ったのである。ちょうどディラレスパー事件の犠牲者の数と同じくらいである。

その後の歴史の流れは連邦瓦解と同じく急速であった。ジョン・ハートマンが宇宙移民者犠牲者裁判の判決を公式の場で「きわめて野蛮な粛正行為である」と糾弾したことから、12セイバーズ内の対立構造は深刻な事態になった。またあくまで宇宙に連邦首都を移そうとするグランの政策にも不満が上がっていた。このままでは内部抗争のあげく、まだまだ息を潜めて復活を狙っている旧体制派の勢力につけ込まれてしまう可能性があった。

後の世に「ゴッドサム終焉の夜」と呼ばれることになる、グラン派とジョン・ハートマン派の最終会合がもたれたのは地球連邦が崩壊してからたった3年後のことだった。この会合ではまず行政と軍事の全てを取り仕切っているマザーコンピュータとその従属ネットワークをどこに移動させるのかが話し合われた。例の重力兵器による攻撃の結果、ゴッドサムの地盤は深刻な影響を受けており、近い将来崩壊する可能性が高いことが報告されていたのである。この件ではグランも譲歩し、マザーコンピュータはオーストラリアのアデレードに移されることとなった。グランとしてはマザーの場所などどうでもよく、保有しているデータの複製がとれればそれで良かった。また軍隊をマザーコンピュータが集中管理するシステムにも改変が加えられることとなった。

次に話し合われたのが、今後の体制についてであった。ここでついに両派閥の深刻な溝が修復不可能と確認され、グランはジョン・ハートマン派と袂を分かつ決意をした。内情はともかく人類初の統一国家であった地球連邦が倒れたのち、すでに群小の独立宣言をしている地域勢力にはことかかない。ここで12セイバーズが無理に一つにまとまるよりは、各々の国家運営方針に従って分かれた方が得策と考えたのである。ジョン・ハートマンは最後まで妥協点を模索したが、グランの意見は曲がらなかった。一説ではグランとジョン・ハートマンの間でメナ・イシキスを巡る感情的な対立もあったとされている。この時点でより深刻な対立とならなかったのは、話し合いの現場にメナがいなかったことと、もう一人の女性、中森和紗の存在のためであった。彼女は12セイバーズの精神面を補佐する臨床心理学者でありグランも最後まで彼女がジョン・ハートマン派に居ることを残念に思っていた人物である。ジョン・ハートマンはまた双子の弟であるジェイクとも別れたのである。

結局、グランは宇宙に戻りそこでアタラクシアの名を冠した新しい国家を建設することを選択した。アタラクシアは地球上の橋頭堡として旧ロシア州とヨーロッパ州を確保していた。異常気象による温暖化の影響で、高緯度地域に人口が集中していたのである。ジョン・ハートマン派は地球上のアデレードに新たに首都を建設し、そこを拠点とした国家を建設することとなった。主に環太平洋地域を支配下に置く国家である。

それまでの間、行政機関はマザーコンピュータと、裁判を免れた比較的清廉な、または小物の官僚により営まれる。最高責任者はジョンとジェイクのハートマン兄弟がつとめることとなった。このような迂遠な方法を採ることは対外勢力の助長につながる。事実2つの新しい国家が機能し出すのに5年はかかり、その間に新たに独立した国家は100を超える。しかしそうした国家の内7割は運営が立ちゆかず、どちらかの勢力に吸収される運命にあった。

二大勢力の時代になったが、問題は山積みであった。ジョン・ハートマン派が築いた新国家は暫定的に環太平洋連合と呼称されることになったが、この国家とて宇宙からの物資がないと立ちゆかない。地球環境は依然厳しいままなのだ。また月のツィオルコフスキーに建国されたアタラクシアも一部地球からのレアメタルがないと重要な電子機器の生産がおぼつかない。また人的資源が少ないのも問題であり、地球からの移民を奨励する必要があった。つまり両国家とも「地球」と「宇宙」という棲み分けができる訳ではなかったのである。

ここでアタラクシアは強引な施策を行った。地球上の自国領土内に居住する住民をなかば強制的に宇宙移民させる政策を打ち出したのである。もちろん旧連邦政府のように劣悪な環境下での労働力として移民させるのではない。アタラクシア国民として十分に厚遇しての移民である。それでも半強制的であることは変わらず多くの住民から反発されたが施策が変わることはなかった。この行為は「人さらい政策」と呼ばれ環太平洋連合から非難を浴びたが、国力充実が当面の課題であるアタラクシアにはやむ終えない面もあった。

このようにアタラクシアは地球上の人口を求め、環太平洋連合は宇宙での生産施設を求め、旧連邦時代のインフラや人的資源を奪い合う事態が発生した。結果、後の世に第一次重力戦争と呼ばれるようになる戦いが勃発したのである。アタラクシアは旧ロシア州の橋頭堡に軍隊を降下させアフリカ大陸や東アジアを中心に小国家を武力で併呑していき、環太平洋連合はこれらの国家からの救援要請によりアタラクシア軍と対峙することとなった。また緊迫した事態に陥ったのは地上だけではなかった。人的資源が少ないアタラクシアは二正面作戦に耐えられるほどの軍事体制を維持不能と判断した連合側は、同時に宇宙の施設を奪取する作成を発動させたのである。この作戦は有効に機能し、ディラレスパーを含む人口衛星群のいくつかと、月の表側の都市のいくつかを制圧できたのである。もちろんそれらの拠点に住む住人達がアタラクシアよりも連合よりの自治組織により運営されていたという経緯もある。

親アタラクシア派は月の裏側に逃れていった。興味深いのはこの時点で「月の表側住人」と「月の裏側住人」という一種の生活環境の違いによるメンタリティの違う人々が生まれていたことである。「月の表側住人」はフロントルナリアン(FL)と呼ばれ、地球に対して憧憬の念を強く抱く人々であった。「月の裏側住人」はバックルナリアン(BL)と呼ばれ、地球を切り捨てて宇宙のみで生きることに誇りを抱く傾向にあった。地球が肉眼で見える位置にいるかどうかがこれほどの違いを生み出すとは文化人類学者にも意外な結果であった。もっともバックルナリアンの思想にはギィ・グランによる啓蒙活動が大きく影響していた。

第一次重力戦争は名前に反して大規模重力兵器は使用されていない。この戦争の指揮は、ロジャー・メイスコットやハーマン・クレストといった12セイバーズ出身のものが前線を督戦できる地位におり、重力兵器の恐ろしさを身を以て知っていた。そのため使用に対して抑制があった。この戦争でその後の勢力図の8割が固まり、連合が宇宙での橋頭堡を多く得たのに対し、アタラクシアも地球上での勢力圏を得た。しかしグランに言わせればそれは一時的な保塁であり、宇宙での生活が安定すればいずれ保護区とする場所であった。

問題は第一次戦争が和平交渉により終結してから25年後に発生した第二次重力戦争であった。両国の国力は充実したが、12セイバーズの多くは年をとり最前線での活躍は久しくなり、次世代への権限委譲が進んでいる時であった。一人グランのみアタラクシア国家主席と軍総帥を兼ねた独裁体制を敷き、その意向を国の隅々まで行き渡らせていた。またグランの外見も少壮の時のままであり、年を取ったようには見えなかった。これはおそらく為政者としての頼もしい外見を維持するため、高度なアンチエイジングを受けているためと理解されていた。

第二次重力戦争こそ「重力戦争」の名に相応しい大戦であったと言える。両国でより効率的でコンパクトな重力機関が開発された結果、重力兵器のタブー感が薄い若い世代の軍上層部により、重力波兵器の乱用が行われたのである。一度使用されると報復が報復を呼び、結論として地球上の大都市、軍事基地のいくつかが宇宙に吹き飛ぶか地下深く埋没したのである。ニューヨーク、ワシントンDC、東京、シドニー、オタワ、ロンドン、ダカール、イスタンブールなど直径10数キロの土塊がはじけ飛ぶように宇宙に放り出されたり、いきなり地の底に引き摺り込まれる様は、この世の地獄絵図だっただろう。放り出された都市に居た人々は大多数が射出時のGにより死亡し、残りの人々も宇宙の真空の中で朽ちた。連合首都のアデレードは重力兵器の収束されたゲーザービームを打ち消すゲーザービームにより守られ無事であった。飛び出した都市の内2つは月に落ち、4つは地球圏の重力均衡点にのり、残りは地球圏の外に流されていった。遠い未来にどこかの恒星か惑星に落ちる運命かもしれない。

この暴挙により全人口の5分の一に当たる人々が死に絶え、要人や軍中枢の人々も居なくなり、両組織とも中枢がずたずたになってしまった。かろうじて双方生き残るために和平条約を締結し、大規模重力兵器の使用禁止をとりまとめたのである。一歩間違えば人類が絶滅するところであった。この時の破片や土塊が地球圏には数多く漂っており、重力兵器を応用して開発された応力フィールドという一種のバリアの発明がなければ人類は宇宙を旅することが出来なくなったであろう。

第三次大戦は第二次の10年後に開始された。国力を回復した両国が再びその存在を誇示し出したのである。この戦争は現在の宇宙戦争の源ともいうべき粒子ビーム兵器とパワードスーツという機動兵器が宇宙で花形になった最初の戦争であった。戦いの主戦場は宇宙にうつったのである。地球は聖地のように扱われ、これ以上の大地の疲弊は両陣営にとってタブーのように思われていた。そして第3次大戦終結から4年、新たな戦いのうねりがおきようとしていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ