第二話 十四歳への回帰
はじめはコンスタントに投稿した方が良さそうなので、短いですが第二話を投稿してみます。
私が目を覚ましてから、数時間が経った。
まだ時折意識がはっきりせず、身体もほとんど動かなかったが、枕元で聞くタチアナの話しぶりから判断するに、信じられないことが起きているようだ。
帝国歴四三八年三月八日に斬首刑に処せられた私、ディートリンデ・アルトナー。
死んだはずの私の魂が赴いた先は、女神の住まう天界でも悪鬼の庭たる地獄でもなく、十四歳の私自身の身体であった。
「夢じゃ……ないのよね……?」
「ええ、勿論ですとも!」
何気ない呟きに、タチアナの力強い言葉が返ってくる。彼女は私が目を覚ましてからずっと、ベッドの側で甲斐甲斐しく世話を焼いてくれていた。
身体を動かそうとすると、手足の筋肉が痛んだ。高熱が出ているらしい。痛みがあるということは、本当に夢ではないのだろう。
もしかすると、私が現実だと思っていた出来事——稀代の悪女として処刑される未来——こそが夢だったのではと思ったが、夢にしては記憶が生々しく、鮮明だ。あれが夢であるはずがない。
いまだに現実感が薄いが、ひとまずはこの状況を受け入れるしかない。
ならば、まずは状況を把握しなければ。
私が十四歳だというのは、タチアナの話からなんとなく理解した。となれば、いまは五年前——帝国歴四三三年ということになる。
だが、いまは何月何日だ? そしてなぜ私はここに寝ている?
「ねえ、タチアナ」
「なんでございましょう?」
「私、こうなる前の記憶がないの」
「ああ、おいたわしや……! ずいぶん熱をお出しになっていましたからね。いまはじっとなさっていて!」
いや、そうじゃなくて!
私の求める答えは返ってこなかったが、大げさに心配するタチアナの声を聞き、私は自然と頬が緩むのを感じた。
そうだ。彼女はいつだって優しく、私を自分の子のように気にかけてくれていた。
……あの痛ましい家事で命を落とすまで。
思えば、私の転落は、タチアナの死がきっかけだったと思う。
屋敷で起きた火事でタチアナが亡くなり、私は塞ぎ込むようになった。そのとき、あの悪魔が近付いてきたのだ。
——第一皇子、ヘルムート。
黄金の髪と絹のような肌、怜悧な美貌の奥底に、人並み外れた権勢欲と猜疑心、そして狡智を秘めたあの男が。
ヘルムートは私を言葉巧みに誑かし、聡明な第二皇子エトガルに近付くように命じた。そして私を利用し、エトガルが皇室に謀叛を企んでいるという証拠を捏造させ、エトガルと彼の後ろ盾である有力貴族たちを排除していったのだ。
そして最後に、真実を知る私にすべての罪を着せ、断頭台へと送った……。
「お嬢様、顔色が」
タチアナの気遣わしげな声が私の回想を遮った。
「平気よ、ちょっとクラッとしただけ」
「ですが」
「ありがとう、タチアナ。でも少し休めば大丈夫」
タチアナはまだ何か言おうとしたが、今度は私のお腹が「ぐぅ」と間の抜けた音を立て、彼女の言葉を遮る。
「あら、あたしとしたことが!」
タチアナが口に手を当てて立ち上がった。
「いますぐお食事をお持ちします。建国節のパーティの後で倒れられて、そのあと丸一日、何も召し上がっていませんでしたもんね。少々お待ちくださいませ!」
慌ただしく早口でまくし立てると、タチアナは足早に部屋を出て行った。
扉が閉まる音を聞きながら、私は自分の腹の虫に感謝した。
おかげで状況が分かった。いまは建国節の翌日——帝国歴四三三年の四月十六日。
タチアナの命を奪ったあの火事が起きるのは、来月の五月だったはずだ。
まずは彼女の命を救うのだ。
そして、近々暗躍を始めるであろうヘルムートの野望を打ち砕く。
たかが十四歳の小娘にどこまで出来るかは分からない。
だが、女神の気まぐれとしか思えないこの奇跡を生かさず、無為に身を任せるつもりはなかった。
さあ、宿命を変えよう。
自分の意志で未来を切り開くのだ!
次回は運命を変えるための第一歩。
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