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第一話 断頭台の魔女

悪役令嬢もの初挑戦です。とりあえず週1〜2回更新くらいのペースで書いてみます。

 死ぬには良い日だ、と思った。


 帝国歴四三八年三月八日。

帝都シャルツブルクは春の陽気に包まれ、空には雲一つなかった。

 シャルツブルク北部にある「女神の広場」には、顔に喜色を(にじ)ませた民衆たちが詰め寄せていた。

 人々の目当ては、この私——アルトナー公爵家の令嬢、ディートリンデである。


 ……いや、正確に言おう。

 彼らが心待ちにしているのは、私の死である、と。

 かつては美しかった長い銀髪を短く刈られ、みすぼらしい罪人の服に身を包んだ私が惨めに死んでいく姿こそ、彼らが望むものであった。


「ああ……」


 広場に組まれた木の処刑台の上で、私は短くため息を()く。

 私の左右を固める屈強な刑吏(けいり)たちが、神経質な視線をこちらに向けた。

 眼下では熱狂に包まれた群衆が、私に向かって口々に呪詛の言葉を吐き出していた。


 ——性悪の女狐。

 ——血塗られし魔女。

 ——大逆の毒婦。

 ——天に(あだ)なす叛徒(はんと)


 いずれも私にふさわしい呼び名だ。


「静粛に」


 厳かにそう告げたのは、私の斜め前に立つ異様な風体の男だった。

 頭の上から全身をすっぽりと黒い布で覆い、片手に大剣を提げた処刑人は、名をリヒャルト・ヒルデブラントという。


 この白銀の帝国が誇る最上の名医にして、最強の剣士——人呼んで“首斬りリヒャルト”。

 毒虫の巣のような皇宮の中で、いかなる派閥にも属さず孤高を保ち、帝国の法のみを主人とするこの青年に対し、私はねじれた好意を抱いていた。薄汚れた生き方しか出来なかった私にとって、彼は羨望(せんぼう)嫉妬しっとの対象だったのだ。


 リヒャルトが広場をひと(にらみ)みすると、群衆の狂騒は波が引くように収まっていった。


「何か、言い残すことはございますか?」


歩み寄ってきたリヒャルトが、落ち着いた声で言った。

 私は困惑する。まさか末期(まつご)の言葉を残す機会を与えられるとは思っていなかったからだ。


 言い残したいことなどない、と言えば嘘になる。

 恨み言なら山ほど口を突いて出そうだ。

 私をこの場に追いやった連中への悪罵なら、三日三晩でも叫び続けられるだろう。


 特にあの男——私を利用して政敵を排除し、最後には秘密を知る私にすべての罪をなすりつけた皇太子。

 そして王太子と共謀し、私を陥れた我が異母妹(いもうと)

 あの二人への怨嗟(えんさ)は、たとえ七度生まれ変わっても尽きないだろう。


 彼らの仕掛けた罠は狡猾であったし、私が罪を犯し、その罪が許されざるものなのは厳然たる事実だ。

 それは私自身がよく知っている。

 いまさら騒いだところで、私の(うんめい)は揺るがないのだ。


「……何も」


 しばしの沈黙のあとにそう呟くと、リヒャルトは「ご立派です」と言った。

 何が立派なものかと思ったが、曲がりなりにも公爵家の令嬢であた私に対する、最低限の礼儀のつもりなのだろう。


「これより、反逆者ディートリンデの処刑を執り行う」


 リヒャルトの厳かな声が、広場の空気を打った。


「反逆者ディートリンデ。(なんじ)は私利私欲を満たさんがため、反逆者エトガルと共謀し、皇太子ヘルムート殿下を弑さんとした。また、その計画が露見するを恐れ、自らの妹たるユリアーナ嬢の殺害を目論んだ」


 リヒャルトが朗々たる声で私の罪を読み上げる。


「その罪、命をもって購うにほかはなし。よって、ここに汝を斬首刑に処し、その魂を女神の御許へと送らん」


 左右の刑吏が私をその場に(ひざまず)かせ、私の首に木の枷を掛ける。

 枷を固定する錠前が固い金属音を奏でた。


「皇帝陛下万歳!」


 誰かが叫んだ。

 無様な恰好を晒す私を前に、群衆たちが再び熱狂に包まれる。


「帝国に背く反逆者に死を!」

「女神の名を汚す者に死を!」

「死を!」

「死を!」

「死を!」


 自分の死を願う大合掌を聞きながら、私は顔を上げ群衆を(にら)み付けた。 

 彼らが私の死を望むなら、私は最期まで彼らが望む悪女の姿を演じてみせよう。

 そう覚悟を決めた瞬間——。


「え……?」


 思いもよらぬ人物を群衆の中に発見し、私は思わず息を飲んだ。


「なぜあなたが……」


 第三皇子、シモン。

 はじめは見間違いかと思った。

 フードで顔を隠してはいたが、その奥に光る深紅の瞳を見誤ることはない。

 普段は深い藍色でありながら、興奮状態に陥ると紅く輝く不思議な瞳をもった人物。それに該当するのは、東方の古き民の血を引くあの皇子以外にありえないのだ。

 シモン皇子——皇帝が異国の踊り子との間にもうけた鬼子であり、高貴な身分でありながら宮廷でもっとも疎まれる存在。人々は彼を博物学狂いの白痴と呼び、廷臣たちの中には、人目を(はばか)らず彼をあざける者もいた。

 その彼が、なぜか群衆に交じって私の処刑を眺めていた。


 さらに私を困惑させたのは、彼がたたえていた悲痛な表情だった。

 いつだって卑屈な笑顔を浮かべていたシモン皇子。仲が良かった第二皇子のエトガルが死んだときだって、あなたはそんな顔をしなかったでしょう?

 どうして死にゆく私を見て、そんな顔をしているの?

 今生(こんじょう)に未練はないと思っていたが、俄然興味が湧いてきた。


「偉大なる女神の(すえ)、アルトナーの姫よ」


 だが、私の思考をリヒャルトの無情な声が遮る。


「あなたの魂が安らかでありますように」


 短い祈りの言葉とともに、風を斬る音がした。


「……っ!」


 首に何かが触れる微かな感触。痛みはまったくなかった。

 私の意識は、眠るように闇の奥へと落ちていく。


 やがて訪れた完璧な闇の中で、私は奇妙な声を聞いた。


「やっとこの時が来た……女神よ、()く、ここに在れ」


☆ ☆ ☆


「ああ……! お嬢様!」


 私の(かたわ)らで、誰かが叫んだ。

 教会が発行している書物によれば、地獄には苛烈(かれつ)獄卒(ごくそつ)が住むという。彼らは地上で悪事を働いた者の身を引き裂き、永遠の業火にくべるそうだが、いま私の耳元で叫んでいるのは そんな残虐さに似つかわしくない、上品な中年女の声だった。

 地上の悪人が増えすぎて、地獄も人手不足なのだろうか?

 そんなバカげたことを考えた瞬間に、冷たくて柔らかい何かが、私の頬に触れた。

 

「目を……目をおさましください!」


 懇願するような声に促され、無意識に目を開けると、ぼんやりとした視界にふくよかで人が良さそうな中年女の顔が飛び込んできた。


「お嬢様!」


 女が声を裏返らせて叫ぶ。声にどこか聞き覚えがあった。


「ここは……?」

「ご安心ください。お屋敷の寝室ですよ」

「屋敷……?」


 何を言っているのだろう、私にはもう帰る家などないというのに。


「あら、こうしちゃいられない! 早く公爵様にお伝えして! お嬢様が目を覚まされたと!」


 周囲が騒がしくなった。この女以外にも、人がいるらしい。


「ああ、お嬢様……どこか痛いところはありませんか?」

「お前は……」


 霞がかった視界が、やっと像を結ぶ。

 私の前で騒いでいるこの女は……。


「タチアナ?」

「そうでございます、お嬢様!」


 四年前——私がまだ十四歳のときに命を落としたはずの、乳母だった。


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