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まさかのお相手

 王太子殿下、今はまだ王太子ですからそう呼びますけれど、殿下の隣に歩み出て来たのは、わたくしの義弟(おとうと)だったのです。


 公爵家唯一の子であるわたくしが王太子殿下に嫁いでしまえば、公爵家を継ぐ者がいなくなります。わたくしと王太子殿下、つまり次代の国王陛下とのお子を、長男は王太子とするとして次男以降ですけれど、公爵家の養子に入れて継がせることにしてもいいのですが、それだとおよそ20年ほど公爵家には後継者のない状態が続きますし、そもそもわたくしが男児を2人以上産めるかも定かではありません。

 ですので現公爵、つまり父は縁戚の侯爵家から養子を取ることにしたのです。


 それが、今殿下の隣に恥ずかしげに立つ、ひとつ歳下の彼なのです。


 彼はわたくしが殿下の婚約者に正式決定した5年前、それから程なくして我が公爵家に後継候補として参りました。当初は能力を見極めるために教育を施すという名目で公爵家に居候させているだけでしたけれども、およそ1年で申し分ない能力と知性を示して、晴れて我が公爵家の跡取りとして養子に入りました。

 それからの彼は王立学院に通いながら公爵家の後継教育を受けて結果を残し、卒業後には家を継ぐまでの期間限定という条件付きながら騎士団への入隊も決まっています。その縁で王太子殿下の側近にも抜擢されましたし、見目も大変に整っているためご令嬢がたの憧れの的でした。

 おまけに性格も大変優しくて、女性のエスコートもお上手で、義姉(あね)ながらわたくしも何度もドキドキさせられたものでした。こんな素晴らしい男性が義弟であることが誇らしく、と同時に王太子の婚約者であるわたくしには彼の隣に立つ資格など最初から与えられません。そのことに少しだけ心が傷んだこともございます。


 ああ、この残念王太子の婚約者でさえなければ。

 何度そう思ったか知れません。もちろん誰にも話していませんし、顔にも出しませんけれど。


 あっでも、今わたくし婚約破棄されましたわ。

 ならば、わたくしにもチャンスが………?



 と思って思わず顔を上げたわたくしの目に飛び込んできたのは、手と手を取り合って見つめ合う殿下と我が義弟。

 ふたりの目には、確かに恋の色味を帯びた熱が宿っていて。


「ええええええええええ!!??」


 うっかりまた叫び声を上げてしまいましたわ。



  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



「でっでっでででで殿下!?」

「うん?どうした落ち着け」

「これが落ち着いていられますか!なぜ、なぜそこに義弟がいるのです!?」


 狼狽しまくって声を上げるわたくしに、殿下は今日イチのキラキラしい笑顔で(のたま)ったのです。

 その頬を、サッと朱に染めて。


彼が(・・)私の(・・)真実の愛(・・・・)だから(・・・)だ!」


『うっそおおおおおぉぉぉぉ!!??』


 あっわたくしだけでなく、会場全体が綺麗にハモりましたわ。こんな大勢で一斉にハモるなんて、ちょっとこれものすごい奇跡が起こったんじゃありません?


 い、いえ、とりあえずそれは置いといてですわ。


「何が嘘なものか!」


 混乱するわたくしをよそに、殿下が声を張り上げます。


「真実の愛が異性との間にのみ生まれると、一体誰が決めたのだ!?」


 会場中から『……………………は?』という空気が濃密に湧き出ます。わたくしも同じ思いです。


「我々人間には知性があり、理性があり、感情がある!心の赴くままにそれらに従ってみるがいい!そうすればわざわざ性別で(・・・)限定(・・)しなくとも構わないということに気付くはずだ!」


 いや本当に何を言い出してるのこの方は。


「恋愛とは!何も男性と女性の間にのみ起こる感情ではない!人間同士の、心の交流であるのだから、男性と男性、女性と女性の間にも恋愛があって然るべきだろう!」


 いつの間にか、会場中がシーンと静まり返っています。


「私はようやく、そのことに気付いたのだ!今まで誰もが考えないようにしていた、そのことに真摯に向き合ったのだ!」


 ひとり、殿下の声だけが大広間に響きます。


「そして、忌憚無く我が心に問うたのだ!そこに浮かび上がってきたのはやはり(・・・)彼だった!」

「殿下………!」


 ついに言ってやったぞとばかりに満足げな殿下。

 それを義弟が、うっとりした目で見つめています。


「そして先日、意を決して彼に告白した!するとどうだ!彼もまた私を慕っていると打ち明けてくれたではないか!」


『キャアアアァァァ!』


 会場のあちこちから黄色い悲鳴が沸き起こります。それはそうでしょうね、殿下も義弟も我が国でも指折りの美丈夫(イケメン)で、ご令嬢がたの人気が凄まじいものがありましたから。

 もちろんわたくしも、あまりのことに倒れる寸前です。まさか、乱心していたのが殿下だけでなかったとは。


「だから私は!これからは彼との愛に生きる!!」


 胸を張ってそう宣言なさった殿下は、何やら憑き物が落ちたように晴れやかなお顔をなさっておいででした。


 ですが、殿下は大事なことをお忘れのご様子ですわね。


「し、しかし殿下」

「うん、なんだ?」


「そ、その……………男性同士では子はなせませんよ?」


 そう。子を産み育てるのは男性と女性の夫婦にのみ可能なこと。片方の性だけではどうにもならないのです。

 そして我々は国を統治し導くべき王侯貴族。子孫を残し、血を繋ぎ、家と領地と国家を繁栄させることが何より大事な使命なのです。


「確かに、それはその通りだ」


 あっ良かった、殿下にもご理解頂けましたわ。


「だがそれは、大多数の異性愛者に任せよう!」

「……………は?」

「自然の摂理として、人は異性に惹かれるものなのだろう。だからこそ人類は異性を愛し血を繋ぎ、子孫の枝葉を伸ばして今日(こんにち)まで繁栄してきた!だがその陰で、我らのような同性愛者は今まで陽の目を見ることがなかった!」


「……………はあ」

「だが!これからは違う!我ら少数の同性愛者にも堂々と恋愛する権利が与えられるべきなのだ!」


「え、えっと」

「だからこそ私は一歩を(・・・)踏み出した(・・・・・)!同性愛者は異常ではない!理性と感情が高度に発達した人間同士だからこその、究極の(・・・)真実の愛(・・・・)なのだと、世間にあまねく知らしめてくれようではないか!」


 うん、ダメですわ。わたくしには理解できません。


 いえ、仰りたいことは分かるのです。そしてそれがとても崇高な理念であることも。

 ですがそれでも、わたくしには理解できません。


 ああ、なるほど、これはきっとわたくしが異性愛者だから、ということなのでしょうね。







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