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この目に映るのは  作者: 琢都
7/20

第7話

 海外でも人気のあるシリーズということもあって、作品のクオリティーはとても高かった。ストーリーもゲームのシナリオを忠実に再現していて、ゲームファンには堪らないものになっていた。ホラー映画としての迫力もあり、大いに楽しむことができた。

 エンドロールも終わり、シアター内の照明が点灯する。興奮状態のまま隣に目を遣れば、立花もまた感情が昂ぶっているように見えた。輝く瞳がこちらを見る。

「すごく面白かったね」

「はい。期待以上でした」

 このまま帰るのはあまりにも惜しい。彼と意気投合し、場所を変えて少し語り合うことにした。

 階下へ降り、コーヒーチェーン店でアイスコーヒーをテイクアウトした。そして向かったのは同じフロアにある広場だ。

 この複合ビルの十階には屋外広場がある。青々とした芝生が広がり、所々に植えられた低木がさらに空間を緑豊かなものにしていた。今日は特に天気も良く、気温も心地良い。芝生の上では子供連れの家族やカップルが休憩していて、ガーデンベンチでは女の子達が声を上げて何やら盛り上がっている。男性が気持ち良く昼寝をしている姿も見える。

 運良く空いてるベンチを見つけ、自分達も腰を下ろした。そよぐ風も涼やかでとても気持ちが良い。

「本当に面白かったよね」

「見応えありましたね。ゲームもかなりクオリティーが高いんですけど、見事に再現されてました」

「坂本君、ゲームもやってるんだ」

「学生の時ですけど。ストーリーが面白くて、シリーズ通して結構やってました」

「そうなんだ。俺、ああいうホラー系のゲームってできないんだよねぇ。全然操作できなくってさ」

「でしょうね」

 含み笑いをすれば、相手は不思議そうに首を傾げた。その目は「どうして知ってるのか」と問いかけているようにも見える。

「映画、所々見てませんでしたよね」

「えっ。……何で知ってるの?」

 一瞬の迷いの末、彼は素直に認めた。

 主人公が息を殺して錆びた扉を開こうとするシーン。開けた瞬間に何かが襲ってくるのではないか。映像に合わせて音楽がその雰囲気をより盛り上げていく。

 不意に隣の彼が身じろいだ。気が逸れて、何となくそちらに目を向けた。

 立花は高まる緊張感に耐えられないようだった。その目は薄く開いてはいたが、主人公がドアを勢いよく開け放った瞬間に閉じられてしまった。

「敵が出てくるだろうなっていう良いシーンで、思いっきり目瞑ってましたよね」

「見てたのか……!?」

「たまたまです。なんか面白くて、つい」

「ついって……」

 片手で顔を覆う。穴があったら入りたい。そんな心の声が聞こえてくるようだ。

 あらすじを知っていた自分は、その後の展開がある程度読めていた。ただ、それを抜きにしても、戦々恐々としている年上の男に興味をそそられてしまった。

 怖々とスクリーンを盗み見ていた彼を思い出す。今時、高校生や中学生でも、あそこまでストーリーにのめり込める人はいないだろう。

 我慢できずに口元を緩めていると、相手はみるみる体を縮こませていく。

「別にホラーが苦手っていう訳じゃなくてさ。ただこう『絶対何か起こるぞ』っていうシーンの、恐怖心を煽る感じが耐えられないっていうか。観たいけど、怖い。でもやっぱり観たいっていう……あるだろ、そういうの」

 必死になって弁解する姿がやけに面白い。堪えきれず噴き出してしまうと、ますます恥ずかしがって俯いてしまった。

「なんか、立花さん可愛いですね」

 ふっと湧き上がった感情をそのまま口にした。立花が勢いよく顔を上げる。目を見開き、怒っているようにも見えた。

「あ。すみません。馬鹿にしてるとか、そういう訳じゃないですよ。本当にただ可愛いなって」

 顔を赤くして、相手は唇を引き結んでしまった。賑やかな喧騒を遠くに聞きながらしばし見合う。

 先に逸らしたのは立花だった。

「…………傷ついちゃうなぁ……」

 頬を撫でる風に乗って、そう呟く声が聞こえてきた。

「……って、勝手に舞い上がって勝手に傷ついて、イタいのは俺か……」

 投げやりな物言いに溜め息が混ざる。

「すみません。俺、本当にそんなつもりは」

「ごめん、ごめん。何でもないよ。こっちの話」

 立花は居住まいを正し、しみじみと告げた。

「俺さ、一回こうやって坂本君とゆっくり話してみたかったんだよね」

「俺と、ですか?」

「そんな不思議そうな顔するなよ。余計傷つくんだけど」

 「坂本君は俺に興味ない?」とからからと笑う。そうではないとすかさず否定した。

「大輔から人を雇ったって聞いた時、しっかりした人だといいなぁって思ったんだよね。ほら、アイツって店の経営とか向いてないだろ。せっかく継がせてもらった店を潰すんじゃないかってちょっと心配してたんだよね」

 ここだけの話、様子を窺うために早乙女と店を訪れていたのだと教えてくれた。彼もまた久瀬の性分を案じていた同士だった。密かに信頼度が上がる。

「それで『どんな人?』って聞いたら『年下だけどすごくしっかりしてて、何でも任せて大丈夫そう』だって」

 面接の終わり際、そんなことを言われた覚えがある。俺としては手放しとも取れる発言に一抹の不安が過ぎった。

「でも、坂本君に実際会ってみたら本当にしっかりした青年だなぁって俺も思ったんだよね。これで隠れ家も安泰になりそうだし、店に行くのもたまにでいいかなって安心してたんだ」

 立花も久瀬も過信し過ぎだ。どうして会って間もない人間をそこまで信頼できるのか。

「そんな時に坂本君のあの写真に出会ったんだよね」

 彼の目が遠くを見つめる。

「木を真下から見上げて撮ってた写真。覚えてる?」

「はい。初めて飾ったものなので」

「緑の葉の間から陽の光が差し込んでて、すごく綺麗だったんだよね。写真なのに眩しいって思えるくらい輝いてて……こんな風に見えるんだ、いいなぁって思ったんだ」

 そっとその目が伏せられる。

「俺が同じように見ても、きっとあんな風には見えないから」

「…………」

 微笑む横顔はどこか寂しそうだ。かける言葉が見当たらない。

 綺麗な写真だと褒めてもらうことは何度かあっても、彼のように話を聞かせてもらうのは初めてだ。

 自分の撮った写真をそんな風に見てくれている人がいるなんて思ってもいなかった。

「あの時から、実は密かにファンなんだよね。どの写真も綺麗でずっと眺めてられるなぁって……。あ、大袈裟に言ってる訳じゃなくて、本気でそう思ってるから」

 悪戯っぽく笑い、そう付け加えた。あの時の、俺の気のない返事を思い出したのかもしれない。

「あの時は本当にすみませんでした」

「いや。俺も熱く語り過ぎたから、嘘くさく聞こえちゃったかなって反省したんだ」

 それでさり気なく声をかけてくれるようになったのか。他でもない自分のせいだと知り、行き場のない感情をカップを弄ぶことで発散する。

「……坂本君の写真はさ、真っ直ぐで綺麗で……。写真ってすごいよね。その人の良さがちゃんと出ててさ」

 不意に口を噤むと、眩しそうに双眸を眇めた。

「……いつかその目に、俺も映るといいな……」

 何を言っているのか、まるでわからなかった。意味を問いかけようとしたのを、立花は吐息することで遮った。

「今日は本当にありがと。俺ばっかり楽しんじゃって、坂本君には気を遣わせてばっかりだったかもしれないけど」

 アイスコーヒーを一口啜り、そのまま立ち上がる。

「忘れられない日になったよ。ありがとう」

 爽やかな笑顔を残して、彼が背を向けようとする。

「ちょっと、待って下さいっ」

 慌てて手を伸ばし、腕を掴んだ。途端にがくりと折れるように男は項垂れる。

「……ごめん……離して……」

「どうしたんですか?」

「…………もう、ダメなんだ……。これ以上は、本当に……耐えられない……」

 苦しそうに言葉を絞り出す。

「一体、何が……」

 問いかけに、立花は横目でこちらを見た。眼差しは弱々しい。

「…………本当、何でこんなに伝わらないんだろ……」

 責めるような物言いをされて口を閉じた。そうすることしかできない自分と、彼は正面から向き合う。

「……俺……本気で坂本君のこと…………」

 熱を帯びた瞳が真っ直ぐこちらを見つめてくる。ようやく立花が言わんとしていることに察しがついた。

 でも、まさか。彼は言っていたではないか。

「……立花さん、彼女がいたって」

「彼女もいたよ」

 淡々と、それでいて問いかけるような声色だった。

「…………男も好きなんですか……?」

 直後、立花は歯を食いしばり、俺の手を力任せに振り払った。荒々しさに思わず怯む。けれど、彼の目に涙が滲んでいることに気付いてそれどころではなくなった。

「立花さん……っ」

「……悪かったな……っ」

 咄嗟に伸ばした手から身を引いて逃れると、立花は足早に去って行く。

 追いかけなければ。そう思うのに、立ち上がったものの、踏み出すことができない。

 何で気付かなかったんだ。思い返せば思い返すほど、そう思わずにはいられない。それほどに彼の振る舞いには思い当たる節があり過ぎた。

 気持ちを打ち明けようとした立花の姿が頭を過ぎる。顔を赤くして恥ずかしがっていたのも、「デート中だから」と冗談を口にしていたのも。いや、冗談だと思っていたのは自分だけで、彼にはそういう意図があったにちがいない。そうでなければ、友人でもない自分がどうしてこんな所にいるんだ。

 力なくその場にしゃがみ込むと、しばらく動くことができなかった。




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