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この目に映るのは  作者: 琢都
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第5話

「この間は、本っ当にすみませんでした!」

 閉店後の隠れ家に現われた立花は、開口一番そう謝罪した。珍しく仕事を終えて、その足でやって来たらしい。一週間前には同じようなスーツを着崩していたが、今日はしっかりと着こなしていた。誠心誠意を尽すように、ビジネスマンは深々と頭を下げる。少々呆気にとられていると、久瀬が答えた。

「とりあえず頭を上げろ。坂本君が引いてる」

 許しを得て、男は顔を上げた。弱り果てた双眸がこちらを見て「坂本君にも迷惑かけて、本当にごめんね」と重ねて詫びる。

「いえ。俺は何も」

 どちらかというと、俺が事のきっかけを作ってしまったという意識が強い。

「あの後、大丈夫でしたか?」

「あー……うん、一応。ここで休んでちょっとラクにはなったんだけど、でも結局家までは帰れなくて。俊介のとこに泊まらせてもらったんだよね」

 相手はぎこちなく笑ってみせる。悪さが見つかってしまった子供みたいだ。

 久瀬も口にしていたが、やはり潰れるほど呑むことがしばしばあるようだった。実際その姿を目の当たりにした身としては、彼のためにも正直に言っておくべきかもしれない。

「ああいう酔い方は体にも良くないですし、気を付けた方がいいですよ」

 まさか諫められるとは露程も思っていなかっただろう。立花は瞠目したが、しおらしく頷いた。

「……はい。気を付けます……」

「へぇー。坂本君の言葉は素直に聞くんだなぁー。俺と俊介の話はこれっぽっちも聞かないくせになぁー」

「うるさい」

「はい、はい。まぁ、座れよ。コーヒーくらいならまだ出せるから」

 噛み付いてくる立花を久瀬はカウンターの席へと誘った。アイスコーヒーを淹れ、そのまま手渡す。

「それよりだ。坂本君と出掛けるって話、あれどうする?」

「い、きなりかよっ。……でも、それって……本当にいいの……?」

 彼の目がおずおずとこちらに向いた。酷く酔っていたし、覚えているかどうか怪しかったが、記憶に残っているようだ。

「はい。俺はいいですけど」

「…………そっか」

 微笑んではいる。それなのに吐露した言葉からも、逸らされた視線からも感情が読み取れない。愛想良く装っている姿に引っかかるものを感じる。

 もしかして、久瀬や早乙女が勝手に話を進めているだけなのか。

 ふと浮かんだ疑念を余所に、久瀬は「映画でも観に行ってくれば」と呑気に告げる。

「ほら。好きなシリーズの最新作、公開しただろ」

 彼が口にしたのはアクションホラー映画だった。世界中で人気を誇るサバイバルホラーゲームが原作の実写映画で、シリーズの四作目が先日公開されたばかりだった。自分も好きな作品で、最新作も観に行く予定にしていた。

「それ、俺も観たいと思ってました」

「本当に?」

 俺の相槌に、立花の表情が目に見えて明るくなる。今し方感じた疑念はただの思い違いなのか。

「じゃぁ、決まりだ。望は今週の日曜、空いてるのか?」

「空いてる、けど……」

「坂本君は?」

「俺は仕事じゃないですか」

「あぁ、仕事の後だよ。何か予定ある?」

「いえ。無いです」

「よしっ、決まり。今週の日曜は休みね。で、望と映画観に行ってきて」

 「えっ」と驚きの声が立花とシンクロした。

「大輔、それは流石に」

「日曜はそこまで忙しくないし、俺一人でも大丈夫だから」

 久瀬にそう言われて、何も言えなくなってしまうのは立花も同じようだ。しばし思案した彼と顔を見合わせ、「そう言うのなら……」と互いに頷いた。

「あと、連絡先も交換しておいたら?」

「えっ! 連絡先!?」

 立花が声を上げて立ち上がった。驚愕している姿に、こちらもまた驚いた。

「知っておいた方がいいだろ」

 さも当然と言ったように久瀬は笑う。確かにそれを知らないと不便だと自分も思う。何か不都合なことでもあるのだろうか。

「そ、そう、だよな……。うん。ごめん……」

 落ち着きを取り戻し、男は静かに着席した。そしておずおずとスマートフォンを取り出す。

 連絡先の交換を終えても、相手は画面を見つめたままぼんやりとしていた。そんな様子を訝しく思っていると、また久瀬が問い掛けてくる。

「映画観る前にさ、どこかで昼も食べて行ったら? 望に良いもの驕ってもらいな」

 それくらいのことをしてもらえと、俺をそそのかしてくる。

「別に、そこまでしてもらわなくても」

 立花の意識はなおもスマートフォンに向いたままだった。見かねた久瀬がひょいとそれを取り上げる。

「おいっ、返せよ!」

「返してやるから、坂本君に昼、驕ってやれ」

「言われなくても驕るっつの」

 ひったくるように取り返し、立花はこちらを振り向いた。

「坂本君、何かリクエストある? 店、探しておくよ」

「いや。そこまでしてもらうわけには」

「映画に付き合ってくれるお礼ってことでさ。ね?」

 爽やかに微笑んでみせるものの、どことなく乞うような声音だった。付き合わせていると負い目を感じているのだろうか。だとしたら、厚意を無下にするわけにもいかない。

「……わかりました。じゃぁ、お言葉に甘えて」

「ありがとう」

 笑顔が華やいだ。見るからに嬉しそうな姿を見ていると、何か、持て余しているような気になる。彼と噛み合っていないような、そんな違和感を覚えるのだ。

 ふと視線を上げた先で久瀬と目が合った。彼はのほほんと告げる。

「天気、良くなるといいねぇ」




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