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この目に映るのは  作者: 琢都
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第18話

 仕事終わり、久瀬とともに焼肉屋へやって来た。立花と早乙女も合流する予定で、二人の到着を個室でしばし待つ。

 十分ほどしてドアが開き、立花が姿を見せた。後ろに早乙女も立っていたが、俺を見るなり、踵を返してしまった。顔を見るのも嫌らしいと立花から聞いていたが、想像以上の反応だった。それでも立花と久瀬が両サイドに回って彼を捕まえてしまうと、部屋へと引きずり込んでくれた。

「で、俺と俊介を呼んだってことは何かあるんだろ?」

 久瀬にはこの食事会の名目を「チケットのお礼」だと伝えていたものの、 何かを感じ取っているようだ。期待に満ちた眼差しで、俺と、隣に座る立花を交互に見つめてくる。

「とりあえず乾杯するまで待てよ」

 立花に宥められつつも、ドリンクが届くまで相手は終始そわそわと落ち着きがなかった。そんな姿を目にしていると、自然と肩の力も抜けていく。

 運ばれてきたグラスを手に、久瀬の号令で乾杯した。目の前に座る早乙女にもグラスを差し出したところ、無言ながらも合わせてくれた。

 ウーロン茶を喉へと流し込む。自分でも気付かぬ内に喉が乾いていたらしい。やけにおいしく感じられて、そのまま三分の一ほど飲み進めてしまった。

 グラスを置いて小さく息を吐く。隣を見遣れば、立花は小さく頷いた。

「実は、今日こうやって場を設けてもらったのは、お二人に伝えたいことがあるんです」

「そうか、そうか。おめでとう」

「……まだ言ってないんですけど」

 久瀬が我が子を見守るような温かさで祝福の言葉を口にする。何を報告するつもりなのか、もはや察しがついているようだが、せめて人の話は最後まで聞いて欲しい。張っていた気がみるみる小さく萎んでいく。

「ごめん、ごめん。でも、ずーーっと見守ってきたからさぁ。もう俺達の方が嬉しくて……なぁ、俊介」

「……俺を巻き込むな……」

 仏頂面の早乙女は、眉間にさらに深く皺を寄せる。

「ほら、ほら。祝いの席なんだからさ。そんな顔するなって」

 久瀬が絡むように相手の肩へと腕を回した。逃れるように明後日の方を向き、男は無言でグラスを呷る。

 これ以上、久瀬が面倒臭くなる前に、二人を見据えて再び姿勢を正した。

「俺、立花さんと付き合うことになりました。久瀬さんと早乙女さんには色々と助けていただいて、本当に感謝しています。ありがとうございました」

 眦を下げ、上機嫌で久瀬が微笑む一方、早乙女は馬鹿にするように鼻で嗤った。

 好意的な反応が返ってくるとは思っていない。それでも彼には世話になったので、どうしても自分の口からちゃんと伝えておきたかった。

「早乙女さんには、あの日はっきり言ってもらったおかげで、自分がどれだけのことをしていたのか気付くことができました」

「………………」

「それに、早乙女さんにお膳立てしてもらわなければ、立花さんとは今も店員とお客さんのままだったかもしれません」

「………………」

「ほらぁ、なっ。坂本君なら大丈夫だって言っただろ」

 フォローするように久瀬が言葉を添えた。不愉快極まりないと露骨に顔を顰めた早乙女は言葉もなくじっと睨んでくる。

「坂本君、どうしても俊介にお礼が言いたいって、俺に相談してくれたんだよ」

 立花が事情を打ち明けても、相手は口を噤んだままだった。ただ、静かに視線だけを逸らす。

 タイミングを計ったように、部屋のドアがノックとともに開いた。注文した品が次々と届き、とりあえず食べようかとトングを手にした。

「立花さん、ちゃんと食べてますか?」

「食べてる、食べてる。坂本君こそ、ちゃんと食べなよ」

 立花の取り皿に肉を乗せれば、彼もまた俺の皿に肉を乗せてくれる。

 そんなやりとりを何度か繰り返していたせいか、漏れるような笑い声が聞こえてきた。見れば、久瀬がニヤニヤといやらしい笑みを浮かべている。

「何だよ」

 立花が突っかかっていくと、相手は目を細めた。

「いやぁ。いつになくしおらしいなぁーって思って」

「煩い」

「いつもみたいにガツガツ食えばいいのに」

 早乙女まで乗りかかってきた。

「お前ら……っ、本当に煩いな。ちょっとは大人しく食えないのかよ」

 声を押し殺し、乱暴に言葉を吐き捨てる。それだけでは収まらないようで、網の上に乗せたばかりの肉をやたらにひっくり返す。

「坂本君。ほら、どんどん食べて」

 焼けて食べ頃になったものを次から次へと俺の皿へと乗せてくれる。一向に止まる気配がないため、咄嗟に腕を掴んでしまった。

「もう十分ですよ」

 責めたつもりはないのだが、決まりが悪いのか、こちらを向いてくれない。

 あまりからかうのはやめて欲しい。久瀬と早乙女に視線を送ると、久瀬は申し訳なさそうに頭を掻いた。

「ごめん、ごめん。冗談だよ。これでも本当に良かったなぁって思ってるから」

 隣で何食わぬ顔で酒を呷っている男をちらりと見遣る。それから久瀬は穏やかな声音で続けた。

「さっき坂本君も言ってたけど、泣きじゃくってる望を見かねて、俊介が『坂本君を貸してやってくれ』って言ったの、あれは本当に良いアシストだったなぁって俺も思うよ」

 全てはそこから始まった。そう回顧する相手に、早乙女は溜め息混じりにぼやく。

「もういい加減、コイツの付き添いで店に行くのも面倒だったからな」

 早乙女が立花に向かって視線を投げた。非難するように「お前っ」と叫ぶ立花を見つめながら、何かが引っかかる。

 こちらの顔色を読んだのか、久瀬が話を始めた。

「最初はさ、俺がちゃんと店をやれてるか、心配して来てくれてたんだよ。時々俊介も連れてね」

「大輔っ」

「それが坂本君に会った途端、一目惚れしちゃって。坂本君が撮った写真を見た時なんて『イケメンは撮る写真までイケメンだ』って訳わかんないこと言い始めたりしてね」

「ちょっと……!」

「坂本君目当てなんだから一人で来ればいいのに、『一人だと挙動不審になって怪しまれるから』って、俊介に頼み込んで毎回ついてきてもらってたんだよ」

「もぉ………………」

 隣の彼は両手で顔を覆ってしまった。耳朶がほんのりと赤く染まっている。

 久瀬のことだ。多少脚色している可能性があるものの、立花の反応を見る限りあながち間違ってもいないようだ。

 彼の手を取って、赤く火照っているであろう顔を覗き込んでみたい。その口から真意を訊きたい。

 意地の悪い衝動が頭をもたげる。人前だと自分を叱咤し、グラスを掴むと勢いよく呷った。

 すると、こちらをじっと早乙女が睨めつけていることに気がついた。

「お前さぁ、本気なの?」

 何のことかと聞き返す前に、相手はなおも尋ねてくる。

「女に飽きて、ちょっと面白そうだから食ってやろうとか、そういうのじゃないの?」

「おい。さすがに言い過ぎだぞ」

 すかさず久瀬が厳しい口調で咎めた。けれど意に介した様子もなく、肉を口へと放り込む。

「昔いただろ。そういう奴が」

「今は関係ないだろ……」

 それ以上話すなと言わんばかりに立花まで割って入ってきた。俺と目が合うと、「昔ね」とだけ口にした。

 口元は微笑んでいても、目を伏せたその横顔は手を差し伸べたくなるほど心許ない。彼にとって苦い経験であることは十二分に窺い知れた。

 早乙女から反感を買っているとは言え、ここまで言われる筋合いはない。ただ、彼が厳しく当たるのも、人一倍立花を思い遣っているからなのだろう。

 だったら、なおさら。

 奮い立つように、早乙女と真っ正面から対峙する。

「俺は、立花さんの一途で、相手のことをちゃんと見て理解してくれるところに惹かれました」

 一旦言葉を切り、隣を見ると立花もまた横目にこちらの様子を窺っていた。

「それにさっきの久瀬さんの話も、そういう臆病なところも立花さんらしくて、もっと好きになりました」

 最後の言葉は彼に向かって告げた。

 相手はぽかんと口を半開きにしたまま、瞬きすら忘れてしまったようだ。瞳はみるみる潤んでいき、頬も赤く火照っていく。

 すると突然、久瀬が声高に叫んだ。

「よしっ! 今日は俺の奢りだ! じゃんじゃん呑んで、どんどん食え!」

 強引に早乙女と肩を組むと、グラスを高々と掲げた。まだそれほど呑んでいないというのに、面倒臭いスイッチが入ってしまったらしい。

 早乙女は何も言わず、ポーカーフェイスのまま酒を飲み干し、無言で呼び出しのベルを押した。

 不意に手を握られた。テーブルの下へ目を遣れば、立花の手が重なっていた。そこから辿るように彼の顔を見るものの、俯いていて表情が窺えない。

「…………ありがとう…………」

 久瀬が勢いよく網に肉を乗せていき、その音に掻き消されてしまいそうだった。

 ぎゅっと握り締めてきたその熱と強さを返すように、指を絡めて握り返した。




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