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この目に映るのは  作者: 琢都
17/20

第17話

 花火も無事全て打ち上がり、拍手喝采の中、イベントは幕を閉じた。

 規制退場に従い、観覧エリアから出たものの、最寄り駅までの道程には大勢の人が列を成している状態だった。駅に着いたところで、すぐに電車にも乗れないだろう。大人しく列に並んで待つよりも、隣の駅まで歩こうという流れになった。少し時間はかかるが、歩けない距離でもない。

 路地を抜け、線路沿いの道へと出た。住宅街が近いこともあってか、辺りは夜の静けさに包まれていた。遠くの方から薄っすらと喧騒が聞こえてくる。

 直線に伸びた道を街灯がぽつりぽつりと照らしている。先の方には男女の姿が見えた。自分達と同じく、花火大会の帰りだろうか。仲睦まじく手を繋いでいる。

 隣を歩く立花の手に視線を落とす。

「いやぁ、本当に最高だったなぁ」

 高ぶったものが溢れ出すような声にはっとする。先ほどの光景を思い出しているのか、立花は遠くを眺めていた。

「派手なものがいいってわけじゃないけど、やっぱりあれだけの数が一気に打ち上がると圧巻だね」

「距離も近くて、迫力もありましたしね」

「うん。本当に良いもの観たなぁ。これはさすがに、大輔に何かしてやらないといけないな」

「俺もお礼をしたいです。何がいいですかね」

「そうだなー……やっぱり飯でも奢るかな。焼肉食いたいって言ってたし。坂本君も一緒にさ」

「是非」

 電車が傍らを通り過ぎて行った。静けさを取り戻すと、立花は再び話しを始めた。

 フィナーレに連続で打ち上がった花火が一番好きだったらしく、火花が尾を引くようにゆっくりと垂れて落ちていくその余韻が良いのだと言う。

 力説してくれるものの、自分はその間ずっと彼の横顔を眺めていた。ぼんやりとしか残っていない記憶を頼りに、何とか相槌を返した。

「それにしても、まさか坂本君とこうやって一緒に観れるとはね」

 きらきらと表情を輝かせたまま、立花は独り言のように告げた。夢見心地で遠くを見据える姿を見て、ぽつりと呟く。

「……『メッセージを送る相手を間違えてないか』って言われましたけど」

 隣の男は勢いよく噴き出した。

「まだそれ引きずってるの?」

 唇を真一文字に引き結べば、相手の笑みはさらに柔らかく、深くなる。

「坂本君とだったから、楽しかったんだよ」

 こちらを覗き込み、穏やかな声音で宥められた。

 すると突然、すっと心の奥底でわだかまっていたものが霧散していった。

 欲しかったものを手に入れたような気分だった。高揚感と満たされるような感覚が湧き上がり、足を動かすことも忘れてしまった。

 立ち止まった自分を、立花は不思議そうに振り返った。

「どうした?」

「…………俺も……立花さんと一緒だったんで、すごく楽しかったです」

 気持ちを伝えたいと思うあまり、真顔で見つめてしまったせいだろうか。相手の笑顔が固まってしまった。

「久瀬さんからチケットを譲ってもらった時、すぐに立花さんの顔が浮かびました。誘う口実ができたって喜んだくらいです」

「………………」

「立花さんの楽しそうな顔を見てると、俺も嬉しくて、誘って良かったって思いました。…………待ち合わせ場所に女性といるのを見た時は、どうしようかと思いましたけど……」

 声をかけることもせず、遠巻きに眺めていた自分を思い出し、嗤ってしまう。けれど立花はそんな様子も静かに見つめ続けている。

 真摯に耳を傾けてくれる姿に、俺は意を決した。

「…………花火を見上げながら『綺麗だな』って呟いてる立花さん、すごく綺麗でした」

 顔だけでなく全身がじわりと熱く、火照っていくのを感じる。今夜も相変わらずの熱帯夜だけど、それだけではないはずだ。

 相手もまた、懸命な眼差しでこちらを見つめてくる。

「今更だっていうのは、十分わかってます。でも、もし、まだ間に合うのなら、俺と付き合ってもらえませんか?」

 好きです。

 振り絞るように告げた。男の顔がくしゃりと崩れる。

「…………どうなってんだよ……。……嘘だろ…………」

 吐息混じりに呟きながら、その場に蹲ってしまった。自分も傍に歩み寄り、街灯の光の下、一緒にしゃがみ込む。

「……こんな、都合の良いこと……あっていいのかよ…………」

「告白の返事もしないで、狡いことばかりして本当にすみませんでした。……俺、本当に鈍くて……こんなにも鈍くて狡い人間だなんて思ってもなかったです」

 懺悔するように吐露すると、立花は腕に埋めていた顔をちらりと上げた。潤んだ瞳を覗き込み、尋ねてみる。

「愛想が尽きましたか?」

「………………」

 相手は再び顔を埋めてしまった。けれど、すぐにくぐもった声で「それがもう狡いんだよ」と責められた。

「……そんな訳ないだろ……。……こっちはずっと……未練、タラタラで…………」

 鼻をすすっている彼を見て、忘れられない記憶が蘇る。

「……立花さんの誕生日に偶然会った時、『おめでとうございます』って声をかけたら、泣き出したことがありましたよね」

「…………今、そんな恥ずかしい話するなよ…………」

 男は身を守るように体を縮こませた。意地悪を言うつもりは毛頭ないと、続けて弁明する。

「立花さんのそういう無垢なところも好きですって伝えたかったんです。俺にとっては大切な思い出です」

 誤解を生まぬよう誠意を尽くしたつもりだったが、相手は苦しそうに呻く。

「…………坂本君は、俺をどうしたいの……?」

 今にも力尽きてしまいそうな声音だった。何と答えようかと迷い、ふと、先ほど見かけた男女を思い出した。

 楽しそうに、それでいて親密そうに手を繋いでいた姿が過ぎる。

「…………どうしたいというか……、強いて言うなら、立花さんと手を繋ぎたいです」

 呻き声が止まった。顔を上げ、赤く充血した目が瞬きもせずにこちらを見つめてくる。半開きの口は少し間抜けで、そこがまた可愛らしかった。

「………………」

「ダメですか?」

「………………っ」

 歯を食いしばり、俯いた途端、大粒の涙が零れ落ちていく。握り締めた手の甲を濡らすのを見て、拭うように自分の手を重ねた。さらに強張ってしまったその手の緊張を解こうと、親指で優しく撫でる。

 しばらくの間そうしていると、相手はおもむろに俺の手を握ってくれた。熱のこもったその手をしっかりと握り返せば、立花は再び顔を上げた。

「…………よろしく、お願いします……」

 涙で濡れた頬を緩ませ、ぎこちなく彼は告げた。

「こちらこそ、よろしくお願いします」

 かしこまった挨拶を交わす俺達に、傍らを通りかかった男性が訝しげな視線を投げて行った。




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