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戦国ブロマンス  作者: 夏目 碧央
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縁談

 ある日、羅山が剣介を呼び出した。

「剣介、お前に縁談がある。」

「ははっ。はい?」

一度は返事をしたものの、その内容をよく理解した後、思わず素っ頓狂な声を上げてしまった剣介である。

「縁談・・・とは、結婚の話でございますか?」

「そうだ。」

縁談の相手は、家老の娘である。奈津なつという名で、歳は十四である。剣介よりも一回りも年下だ。

「どうする?この話、進めるか?」

羅山が聞く。

「私めには勿体ないお話でございます。喜んでお受け致します。」

剣介は迷うことなく、そう答えた。

 相手がどんな娘だろうが、この話を受けない手は無い。家老の娘と結婚すれば、剣介は家老の親戚になれるのだ。しかも、家老の青木俊成には息子がいない。もしかしたら、将来家老になれるかもしれないのだ。それは、森尾家始まって以来の大出世のチャンスである。剣介の父、佐介もさぞ喜ぶであろう。というわけで、剣介がこの縁談を断るはずがないのである。

 翌日、剣介は家老の家を尋ねた。早速縁談の返事をしに行ったのである。

「おお、剣介、良く参った。」

家老の俊成は駆け寄るようにして剣介を迎えた。

「縁談を受けてくれるというのは本当かね?」

「ははっ。謹んでお受け致します。この度は、ありがたいお話をいただきまして、恐悦至極に存じます。」

剣介は頭を下げた。しかし、まだ十四の娘にそれほど躍起になって縁談を進めるというのも、妙な話である。もしや、奈津という娘には何か問題でもあるのではないか。そんな剣介の疑問に対する答えが、次の瞬間俊成の口から飛び出した。

「奈津は、あ、おぬしの嫁になる娘じゃが、あやつは少々お転婆な娘でな。親のわしが言うのもなんじゃが、器量は悪くないのだ。だが、どうも淑やかさに欠ける。それに、気が強いというか・・・あ、いや、それほど心配せんでくれよ。わはははは。」

俊成がごまかすように笑ったので、剣介もつられて

「わはははは。」

と笑った。正直に言えば、剣介も心配だった。だが、出世の為だから仕方がない。しかし、この場に奈津がいないというのも剣介にとっては腑に落ちない点だった。奈津にとっても、会った事の無い男との縁談話が進んでいるのだ。気になってしかるべきだ。それなのに。

「あの、奈津どのは・・・。」

剣介がおずおずと尋ねると、

「あー、家に居るには居るのじゃが・・・。来いと言っても聞かぬものでな。いや、面目ない。」

と行って、俊成は片手を頭の後ろにやる。剣介はますます不安になった。しかし、天下の御家老も、実の娘にかかりゃ形無しだ。割とありがちである。


 剣介が仕事に戻ろうと、俊成の元を去り、屋敷の廊下を歩いていると、

「きゃー、奈津様!お気をつけくださいませ!」

「危のうございます!きゃー!」

何やら中庭の方が騒がしい。剣介が駆けつけてみると、大きな木を囲んで、女中達が上を見上げている。剣介も上を見上げると、木々の間から赤い袴が見えた。

「どうしたのですか?」

剣介が女中の一人に声を掛けると、その女中は剣介を振り返り、ハッとした。すると、周りにも伝染したように、他の女中達も一斉に剣介を見た。そして、凍り付く。

「今、奈津様と言いましたか?奈津どのが木登りをしているのですか?」

剣介が聞くと、

「ええ、まあ。おホホホ。」

「うふふふふ。」

と、女中達はおかしな笑いを始める。剣介はまた上を見上げた。ずいぶん高いところに赤い袴が見えた。なるほど、あんな所まで上って行ってしまうとは、確かにお転婆娘のようだ。

「ああ、怖い。奈津さまー、下りてきてくださいまし!」

女中の一人がそう言うと、奈津は下を見て、

「分かったわよ。」

と言った。そして下り始める。だが、途中で足を滑らせた。

「あっ!」

「きゃっ!」

女中達が短い悲鳴を上げる。剣介は女中達の前へ出て、落ちてくる奈津を抱き留めた。ボスっと剣介の腕に収まった奈津は、まん丸眼で剣介を見上げた。

「あー、良かったわ。」

「びっくりしたわ。」

女中達が胸をなで下ろす。剣介は奈津を下ろした。

「だ、誰?あんた。」

奈津が言う。

「森尾剣介でござる。」

剣介が答えると、奈津はじーっと剣介の顔を見た。名は聞き及んでいるのだ。顔を見た後は、つま先から頭のてっぺんまで、ジロジロと眺め回した。

「あー、縁談の話は聞いておられるか?」

剣介は決まり悪くなり、頭をかきながらそう言った。だが奈津は、

「ふん!」

と言ってそっぽを向いてしまった。これは・・・だいぶ手を焼きそうな嫁である。


 城に戻った剣介に、待ち構えていたかのように峰子が駆け寄った。そして、剣介が歩くのに合わせて自分も一緒に歩きながら、小声でしゃべる。

「あんた、御家老の娘さんとの縁談、お受けするんですって?」

「ええ、まあ。」

「あの子、顔は可愛いんだけど、性格がきついのよねー。それにお転婆だって言うし。」

それは既に剣介の知るところとなっているのである。

「でも、まだあの娘は十四ですよね。俺じゃあ政略結婚にもならないのに、そんなに早く嫁に出さなくても良さそうなもんだけど。」

剣介が、思わず疑問を呟いた。まだ、色々と納得出来ないのである。

「そりゃあんた、そんなお転婆で気の強い娘が行き遅れたら大変だし。それに、剣介ちゃんに嫁がせたかったんじゃないの?あんたは今が男盛りで、放って置いたらあちこちから縁談が来て、先に取られちゃうでしょ。だから急いでるのよ、きっと。」

「そ、そうかなあ。」

「嫁なんて、あんなもんでもいいんじゃない?私は妾でいいからさ、剣介ちゃん。」

峰子はそう言って、剣介の腕を突っつく。

「め、妾って、何を言ってるんですか、もう。」

剣介は逃げるように走り出した。

「可愛いわねー、剣介ちゃん!」

峰子の声が聞こえても、聞こえない振りをして走り続ける剣介であった。


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