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メリー・シュガーの夢の星  作者: 小津 岬
─1─ クロックベルのメリー
9/66

第5話 眠れない森 1/2

 冷たい冬の雨は、町を無口にさせる。

 その日は、17時の鐘も重たく響いて、道ゆく人々は傘の下でうつむいていた。


 ゆっくり沈んだ流れを、せかせか進む青年がいる。

「ああメリー、どこにいるんだ!」

 ウェイクは必死にあたりを見まわした。

 お店は早々とドアを閉め、濡れた石畳にわずかな明かりがこぼれる。うす暗い雨の通りに、輪っかのみつあみの姿はなかった。


 しかたなく軒先に避難して、マントの下に声をかける。

「おい、大丈夫か。生存確認……」

「君、なにしてるの?」

 唐突に呼びかけられ、彼はハッとふりむいた。



「あ、やっぱり君だった!」

 カフェのドアにもたれて喜ぶのは、黒髪の美青年。

 かつて、令嬢の夢を引っかきまわした奇妙な男、ヨルだ。


「な、なぜお前がここに? 俺は間違いなく覚醒しているぞ!」

「そうだね。

 で、どうしたのウェイク。心臓とおしゃべりして楽しい?」

 ヨルは、小粋な手つきでカップを口に運ぶ。

 熱く甘くしたワインの香りがただよってきた。

 よくよく見れば、夢の中では金色だった瞳が、赤ワイン色に変わっている。現実におりたった彼は、夢よりも妖しげだった。


 ……なんでこいつと会話しなきゃならないんだ?

 ちょっと嫌そうな顔をしたウェイク。

 けれど、この相手から逃げきる自信はない。おとなしく事情を話すことにした。

「俺の心臓は順調だが、こっちが問題なんだ」


 マントをめくると、上着のポケットがふくらんでいる。彼は、そうっと指で押しさげた。

 そこには、小さな生き物がころんと丸まっていた。


 ヨルの赤い目が、興味いっぱいに開く。

「リス? かわいいね」

「森で拾ったんだ、冬眠しそこねたらしい。食べるなよ」

「食べないよぉ! ……リスっておいしい?」

 おもしろがって笑った口もとに、とがった歯が見え隠れ。

 ウェイクは最大限に警戒してマントを閉め、いちおう聞いてみた。


「メリーを見なかったか? こいつを助けてもらおうとしたが、留守だったんだ」

「んんん」

 ヨルは、ワインを飲みつつ首を横にふる。

「そうか。じゃあな」

 これにて終了。ウェイクは安心して背をむけた。



 ところが、ヨルは黙らなかった。

「ねえねえ、メリーを探すより、僕に頼めば?」

「なんだって?」

「急いだ方がいいよ。小さな身体には、寒さがこたえるから」

 飲みほしたカップを、ぽいっと放りなげるヨル。

 ウェイクが声をあげる前に、カップは輝くランタンに姿を変えた。あまりに短い一瞬、鮮やかすぎて、魔法だと疑う隙もないくらい。


「さぁウェイク隊長、現場に急行であります! 北と南と、どっちの森?」

 得意げに明かりをかかげる青年を見つめ、ウェイクは迷った。

 この男、信じていいのか――

 だけど、ちらっとのぞいたリスは、さっきよりぐったりしょんぼりしている。

 つらそうなのに、つぶらな眼はぱっちり開いて、不安げに視線をさまよわせていた。


「……わかった、お前の力を貸してくれ。こっちだ」

 意を決して、雨の中へと歩きだす。

 マントのフードをかぶったヨルが横につき、真剣にささやいた。

「ねえ、ウェイク」

「なんだ」

「そのリス、女の子だね……!」

 やっぱりダメかもしれない。ウェイクは早足になって森をめざした。



「いけない、もうこんな時間! おいとましなくっちゃ」

 メリーは、広げていた編みもの道具をあわててまとめた。

 むかいにすわっていたルシアが、それをとめる。

「ママがね、ご飯を食べていってほしいって。パイをかぶせた熱々のシチューは好き?」

「食べたことはないけれど…… それは…… なんてすてきな響き……」


 毛糸の玉を抱いて立ちつくすメリー。

 もだえそうなくらい香ばしい匂いが、絶好のタイミングでただよってきて、彼女を押し戻した。

 ルシアの母が、ドアからにっこり顔を出した。

「さあ、できたわよ。たっぷりめしあがれ」


 輪っかのみつあみが、揺れに揺れる。

「け、けど、そんなに遅くまで迷惑じゃ……」

「泊まっていけばいいよ。ほら、ルイーゼもそうしてって言ってる!」

 ルシアが、仲よしのお人形と目をあわせて笑った。

 メリーは彼女に手を引かれ、ふらふら歩いていく。ルシアの父も、ほがらかに彼女をむかえた。


「ようこそ、ミス・シュガー! こっちの席にどうぞ」

 あたたかな食卓に、メリーのためのイスが引かれる。青い目がくらくら輝いた。

 私は夢を見ないけれど。

 夢ごこちって、きっとこういうこと……




 そのころ、男二人は町のはずれの森にいた。

「――寒い。本当に、ここに原因があるのか?」

 雨にうたれて、ウェイクだけが震えている。


「その子、たぶん不眠症。森のどこかに、夢を落としちゃったんじゃないかな」

 フードをおろしたヨルは、ランタンをぐるりとめぐらせた。

 赤い瞳が光をはねかえし、警告のランプにも見える。ウェイクは早く家に帰りたくなって、あちこち視線を走らせた。


 たちまち鋭い声をあげ、サッと手を伸ばした。

「ヨル、なにかいるぞ!」

 複雑に重なった、切り絵のような木々。

 その枝の上に、もやもやと輝く光が――

 メリーがこんぺいとうをつくる時に見せる、しあげの光に似たものが乗っかっている。


 それは巣だった。

 巣のぬしは、光の中心に、黒いシルエットになってたたずんでいた。

 ヨルがランタンを揺らす。

「あっ、わかった! あのフクロウが、森の夢を奪って……」

 言葉の終わりを待たずに、鳥が翼をひらいた。


 ヨルの小さな声が落ちる。

「これ、ちょっとまずい、かも」

「なにっ!?」

 ウェイクが身がまえたのと同時に、フクロウが巣から飛びたった。

 その瞬間。

 森の“床”が、消えた。



「いっ……」

 ウェイクの身体が、真っ暗闇に浮きあがる。

 夢で何度も味わった、あの浮遊感だ。彼の頭はフル回転した。

「こっ怖、いや怖くない!

 俺の謎なら、メリーにといてもらったじゃないか。そうだろうひいじいさん、どんなに高くても夢なら平気だ!」


 となりに浮いたヨルが、きょとんとしてつっこむ。

「これ、半分現実だよ?」

「ふむなるほど、ということは半分の怖さああぁーっ!?」

 ウェイクは、絶叫しながら果てしない森を落っこちていった。


 おかしそうに笑ったヨルは、ふわりと身をひるがえす。

「ごめん、僕飛べるから。

 わぁ、もう見えなくなっちゃった。どこまで落ちるのかな、追っかけてみようかな」


 わくわくに気をとられた彼の背後に、フクロウの影が迫っていた。

 空を切った翼が、雨のリズムを乱す。

「あれっ……?」

 やっとふり返った青年へむけて、巨大なかぎ爪が音もなくくり出された。

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