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メリー・シュガーの夢の星  作者: 小津 岬
─1─ クロックベルのメリー
8/66

第4話 ルシアとルイーゼ 2/2

 にわかに忙しくなったのは、魔法史調査員ウェイク・エルゼンだった。

 メリーに呼び出され、大いそぎで日報を書きあげて、坂道をのぼり、鍋をまわし、坂を駆けおりて、ルシアの家までこんぺいとうを届けた。

 そして、大真面目に怪しい説明をする。


「危険物ではない、メリーの術の一部だ。

 ただしこの件は秘密にしておいてくれ。家族の誰にも言ってはいけない、いいか?」


 ルシアは、緊張しながらしっかり答えた。

「……はい。守ります!」



 翌日、クロックベルの学校──

 教室の一番うしろで、サッと手があがった。

「先生、席をうつっていいですか? 黒板が見えません!」


 元気に言ったのは、すっかり生まれかわったルシア・コーディー。

 彼女の目線は、前の席の男の子よりずっと低くなっていた。

「ルシア、となりにおいでよ」

 友だちが手まねきして、彼女はいそいそと席を替える。ドキドキして相手をのぞきこんだ。


「ねえ、私、変わったかな?」

「えっ、ルシアはずっとルシアじゃない!」

「そう…… そうだね!」

 おんなじ高さで笑う。

 それから一日じゅう、夢のようだった。

 もう誰もからかってこない。私は時計塔じゃない!

 ルシアは、とってもひさしぶりに、日が暮れるまでみんなと遊んだ。



「ママ、ただいま。遅くなっちゃった!」

 きらきらの笑顔でドアを開けたとき。

 ふと、おかしな気持ちが忍び寄った。


 今日の朝、パパとママに会ったかな……?

 どうしても思い出せない。

 家の中は、不思議なくらい静まり返っている。少し怖くなって、コートも脱がずにキッチンへむかった。

「ママ……?」

 すると、母がテラスから駆けこんできた。ルシアが尋ねる前に、取り乱した様子で言う。


「ああ、ルイーゼ・・・・! ルシアに会わなかった? どこにもいないのよ!」

「えっ!」

 ルシアは、ハッとなって窓を見る。

 ガラスに映った自分は、小柄でかわいい、栗色の巻き毛の女の子―― あの大切なお人形そっくりだった。


 びっくりしていると、のんびり屋のはずの母が、あわあわとエプロンをはずした。

「きっと迷ってしまったんだわ。探しにいかなくちゃ」

「ママ、ルシアは私。ここにいるよ」

 必死に腕をとっても、相手の耳には届かない。彼女はもどかしくなって声をあげた。


「ねえ、私ふつうの女の子になったんだよ。ルシアよりルイーゼの方がいいじゃない!」


 玄関からドアの音がした。丸っこい父が、転がるようにやってくる。

「パパ! 私はここに……」

「だめだ、近所にもいなかったよ。町の外かもしれない、行こう!」

 父は、まるで知らない人みたいに、硬くはりつめた顔をしていた。

 いつもよりずっと大きくなって、娘の両肩を押さえる。


「ルイーゼ、いい子でお留守番するんだ。きっとルシアをつれて帰るからね」

 とんでもないことが起きている。ルシアはすっかり青ざめた。

 両親が家を走り出る。


「おおい、ルシアー! 帰っておいで、パパはお前を見あげていないと落ちつかないんだ!」

「かわいいルシア、もう一度ママに見あげさせて……」


 追いかけようとしても、小さな身体の足は、とても遅かった。

「待って、いかないで。ママ、パパ!」

 二人の声は遠く、遠く離れていく。永遠に戻れないところまで……

 ルシアはぞっとなって叫んだ。

「そんなの嫌。お願い、私をもとに戻して!」



「さっき、コーディーさん一家を見かけたよ。

 ルシアも楽しそうにおしゃべりしていた。うまくいったな、メリー」

 日曜日の午後。

 メリーを訪ねたウェイクは、満足そうに報告した。


「よかったわ。“反転”が大さじ3じゃ多すぎたかも、って心配だったの」

 ごちゃごちゃの机で書きものをしていたメリーが、レシピに大きな丸をつける。

「これで、あの子の悩みも解決ね……」

という彼女は、あまり嬉しそうじゃない。

 ちょっと口をとがらせた横顔を、ウェイクがじっと見つめた。


「……もしかして、寂しいのか?」

「そんなことないわ」

「そういえば、君に同年代の友だちはいないようだな」

「私、見た目よりずーっと大人なの」


 つんと澄ました彼女は、ペンをインクにひたそうとしたけれど、となりのこんぺいとうのビンにつっこんでしまった。

「あああっ!」

「動揺している。図星か」

「……ルシアはすてきな子、自分で思っているよりずっとね。

 錬金術師よりふさわしいお友だちが、これからたくさんできるでしょう」


 ウェイクが「おや」と眉をあげる。

「いじけるなんて、君らしくないな。

 メリー・シュガーはこんぺいとう屋だろう、職を変えたのか?」

「どっちもたいして違わないわ」


 ぽつりとつぶやいたメリーは、イスの下の足をぶらぶらふりはじめた。

 魔女もすねることがある、とウェイクは心のメモ帳に書きとめる。この情報がなんの役に立つのかはまったくわからなかった。



 それから彼は考える。

 この女の子のそばに、家族はいないようだ。

 それじゃあ、どれだけの親しい人がいるんだろう?

 ふと浮かんできたのは、この前の令嬢たぶらかしコウモリ男の顔だった。

「……いや、あれはなしだ」

 ウェイクは、腹立たしいくらいの美青年を頭の外に押しやる。


 メリーの友人は、暫定ひとり(俺)。

 そう思うと、ノートに顔を伏せるメリーは、つよがりの言葉とうらはらに幼く見えた。


 こういう場合、どうやってなぐさめたらいいんだ?

 あのヨルという男ならうまくやるだろうが、残念ながら俺は骨の髄までウェイク・エルゼン……

 彼が気をもんだ、その時。



「メリー、こんにちは……」

 細い声がして、ノックが響く。

 小さな音だったけれど、イスの上のメリーはピリッと飛びあがった。


 ウェイクがホッと笑顔になって、すばやくドアに歩み寄る。取っ手をまわしながらメリーにふり返った。

「それじゃあミス・シュガー、ごゆっくり」

 灰色の両目をパチッとつぶったのは、ウィンクのつもりらしかった。


 開いたドアのむこうで、背の高い女の子がびっくりする。

「あっ、ウェイクさん!」

「やあ、ルシア。

 俺は調査に寄っただけでもう帰るから、退屈中のこんぺいとう術師の相手をしてやってくれ。頼んだぞ」

 やけに早口で言い終えた彼は、風のように消え去った。


 ぽかんとしていたルシアは、やがて笑顔になってメリーを見た。

「メリー、お勉強してるの? 忙しいかな」

 問いかけて首をかしげる姿に、どこか小鳥めいた魅力がある。ちょっとしたことで軽やかに飛んでいってしまいそうな――


 メリーは小鳥を逃がしたくなかった。

「いいえ、ぜんぜん! どうぞ入って、お茶にしましょうっ」

 勢いよくノートを閉じて、ものすごい速さでイスを飛びおりる。ルシアが嬉しそうに部屋へ入った。


「それじゃあ、これ、お菓子を持ってきたの。

 クロックベルで一番おいしいチョコレート屋さんの……」

と、大きな手さげをかきまわす。

 かきまわしながら、顔をしかめる。

「チョコレート屋、さん、の…… あれっ、おかしいなあ。底に入れたはずなのに」


 すてきなものがつまっているバッグでは、色々なものが迷子になるらしい。ケトルを火にかけたメリーが笑顔をむけた。

「恥ずかしがり屋の逃げ上手には困っちゃうわね。探しものは、私もしょっちゅう」

「わあ、おそろい!」

 声をあげて笑ったルシアへ、メリーがしみじみ言う。


「あなたが元気になって、嬉しいわ」

 ルシアは照れてはにかむ。

「うん、もう小さくなりたいなんて言わないよ。

 けどね、メリーがくれた夢の、いいところ…… なかなか忘れられないかも」


「あら、すぐ忘れちゃうわよ。あなたには、もっといいことがたくさん起きるもの」

「そうかな?」

「そうですとも。いくらでもたくさん、食べきれないくらい。

 そしてあなたはこう言うの、“もっともっと持ってきてちょうだい”!」


 メリーがおどけてスプーンをふる。

 すると、時計塔の鐘が鳴り響いた。日曜日だけに打つ15時の合図、いつもより明るく聴こえるみたい。


 窓に目をやったルシアは、にっこり笑ってふりむいた。

「メリーがいうと、そんな気がする!

 こんど時計塔ってからかわれたら、鐘の歌をうたって返してみるね」



    (第4話 おわり)

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