第4話 ルシアとルイーゼ 1/2
「メリー、君は錬金術をつかえないか?」
訪ねてきたウェイクが、いきなり言った。
縫いものをしていたメリーは、針の先で指をつっついてしまった。
「痛っ!
……黄金がほしいの、ウェイク? 金色のこんぺいとうならつくれるけど」
「いや、人体を小さくできないかと思ったんだ。具体的には、身長をちぢめてほしい」
身を乗り出す彼は、真剣そのもの。
メリーは、お世辞にも長身とはいえないウェイクをまじまじ見つめた。
「……あなたって、ときどき不思議。小さくなって、なにをしたいの?」
「ちぢみたいのは俺じゃない。町役場のコーディーさんを知っているか」
「ええ、お顔はわかるけれど……」
ミスター・コーディーは丸くて小柄。
ピンポン玉みたいに駆けまわる姿が思い浮かんで、メリーの頭が疑問でうまる。
彼女は針仕事の手をとめて、ウェイクに向きなおった。冬のブラウスにレースがつくのは、まだ先になりそうだ。
「意外だわ、あのおじさまが小さくなりたいなんて」
「いや、彼の娘さんが悩んでいるらしいんだ。その…… 不名誉なあだ名をつけられて」
「不名誉なあだ名?」
「ああ、ええっと……」
ウェイクは、頭をかいて、ひとつせき払いをして、おごそかに言った。
「“時計塔”」
「ルシア、お友だちがいらしたわよ」
「えっ?」
庭を眺めていたルシア・コーディーは、びっくりしてふり返った。
肩でそろえた茶色の髪が元気に広がったけれど、顔立ちのおとなしさはぬぐえない。母にむかって緑色の目をぱちぱちさせた。
「ううん、今日は約束してないよ」
“今日は”といっても、このところずっとそんな感じ。
学校からまっすぐ帰って、どこにもいかない。一番の理由は、男の子たちに出くわしたくないからだった。
町でうっかり行きあえば、
「おい、時計塔が歩いてるぞ!」
「サボってないで鐘鳴らせよ」
と、からかいの笑いが響く。
ルシアが逃げようとすれば、友だちが反撃を──
「ちょっとあんたたち、やめなさいよ」
「先生に言うからね!」
嬉しいけれど、いっそう注目が集まって、ルシアは背中を丸めるしかできない。そして、どれだけ背中を丸めても、その場の誰よりも大きい……
本当をいうと、女の子らしい女の子たちと一緒にいるのも、ちょっとつらかった。
そんなところに、突然のお客さま?
「どうしても会いたいって。
メリー・シュガーってお名前で、学年は、ルシアの少し上かしらねえ」
母がのんびりとドアの方を見た。
「シュガー先輩……?」
やっぱり覚えがない。
首を横にふろうとした彼女は、ベッドに目をむけた。
「どうしようかな、ルイーゼ?」
特等席のクッションに、もうひとりの家族がすわっている。
大好きなルイーゼ、私の大切なお人形。
迷ったときは、必ずこの子に聞いてみる。きらめくガラス玉の瞳をじっと見つめてから、ルシアは決めた。
「いま行くね、ママ」
立ちあがったとたん、ルシアはにょきっと伸びて、母を悠々と見おろした。
また背が高くなった気がする……
彼女は細いため息をつき、玄関へむかった。
ウェイクから話を聞いてなければ、メリーも驚いてしまったかもしれない。
ルシア・コーディーは、彼女より頭ひとつぶん(以上)大きかった。十四才の女の子ながら、青年のウェイクにも迫るくらい。
けれどルシアは、とてもひかえめな子だった。
輪っかのみつあみの謎の客人から事情を聞くと、
「パパってば、よその人まで巻きこんじゃって……」
とささやき、顔を赤くする。
かわいらしく飾られた部屋で、メリーは穏やかに言った。
「あなたの悩みごと、なにかお手伝いできないかしら」
「ありがとう。でも、身長はどうしようもないよね」
しょんぼりしたルシアは、お茶のカップから視線をあげた。
「そこの柱を見て、メリー。いっぱい印があるでしょう?」
「あら、ええ」
「私の成長の記録。
あんまり伸びるから、一昨年からつけてないの。そしたら、背もとまってくれるんじゃないかなって」
その願いも儚く、やっぱり彼女は伸びている。小柄な両親の背は、早々に追いこしてしまった。
「パパもママも、気にすることないって言ってくれるけど……
拾った子がカカシみたいになるなんて、びっくりしちゃったと思うの」
「ちょっと失礼、“拾った子”ですって?」
メリーが手をあげて聞き返す。ルシアは自然な調子でうなずいた。
「私、小さいときにもらわれてきたの。
このお家にこられて、すごく幸せ。身長なんかで悩んでちゃいけないね、ねえルイーゼ?」
少女は眉をさげて微笑み、ベッドに目をむけた。
つられてふりむいたメリーを、巻き毛のお人形がにっこり見返してきた。
「まあかわいい! あなたのお友だち?」
「ルイーゼはね、私のお姉さんみたいな子。
お家にきたころ、寂しくないようにってパパがつれてきてくれたの。それからずっと一緒」
そのお人形は、古びていても大切にされているのが伝わってきた。
栗色のカールした髪、ふっくらした頬。
ぱっちりひらいた瞳は鮮やかな青緑色で、ひらひらのドレスによく映えている。これぞ女の子、といった感じだ。
彼女を見つめたルシアは、ささやきをこぼした。
「……ルイーゼみたいになれたらよかったなあ」
輪っかのみつあみが、すかさず揺れる。
悩める女の子を見あげたメリーは、キリッとして言いきった。
「そういうことなら、ルシア。小さくなりましょう」
「えっ、できるの!?」
つい立ちあがって、大きくなるルシア。
メリーは強気な笑顔で答えた。
「できますとも! なにを隠そう、私はさすらいの錬金術師さん……」