第33話 おやすみ、メリー・シュガー 2/2
冬の寒さがやわらいだ、その日。
クロックベルの町には、朝から透きとおる青空が広がった。
役場の大きな屋根をお日さまがぽかぽかさせる。
光あふれる講堂に、町じゅうの人、町の外からきた人も、どんどんあつまっていた。
みんなにかこまれているのは、絵に描いたようにお似合いのふたり!
「ソフィーさん、おめでとう!」
「アスタルさん、おかえりなさい。無事でよかったねえ」
今日は、待ちに待ったふたりの婚約パーティー。頬を染めたソフィーが、キラキラの笑顔で答える。
「ありがとう、みなさん。
こんなにたくさんお祝いしていただいて、私たちとても幸せです」
彼女は、縫製店のみんながつくった、月光のようなドレスをまとっていた。
リボンの刺繍をほどこした純白の靴が、足もとを清楚にかざる。淡い金髪を華やかに編みこんだ姿は、目が覚めるような美しさ……
詩人のカートことアスタルも、上品な三つ揃いでパリッと決めて、握手をするのに忙しい。
「はじめまして、おめでとう!」
「あたたかく迎えていただいて、本当に感謝します。クロックベルはすばらしい町ですね」
と、にこやかに祝福をうける。
養蜂組合の同僚から贈られた、みつばちモチーフのカフスボタンが、緊張ぎみの彼を微笑ましく見せた。
寄り添うふたりは、時おり心をこめて視線をかわす。そのたびに、見とれた人々からため息がもれた。
メリー・シュガーも、もちろんうっとり夢ごこち。
「ああソフィーさん、なんてきれいなのかしら! アスタルさんもとってもすてき、これこそ運命の恋人だわ」
少女の青い瞳は、すっかりうるうるキラキラ。ぎゅっと握りあわせた両手も、輪っかのみつあみも、感激に震えている。
となりに立つウェイクがさりげなく尋ねた。
「君もやはり、このような式に憧れるのか?」
「もちろんです。
たったひとりの相手、ずっとつづく真実の愛…… 夢よ。乙女の最高の夢よ。そうよね、ルシア」
上気した顔をむけられたルシアは、にっこり笑ってうなずいた。
「うん、本当にすてき! 私たちもいつか、ソフィーさんみたいになりたいね」
それから彼女は、少しむずむずして考える。
私の大切なお友だち、メリー・シュガー。
あなたはもう、運命の相手にめぐりあっているかもしれないよ……?
にぎやかな講堂が、ふっと静まった。青年が片膝をつき、愛する人を見つめる。
「ソフィーさん。あなたとみなさんのおかげで、私は夢の外に帰ることができました」
明るい茶色の瞳が、さわやかな熱意でかがやく。
「そして今、心から願っています。
あなたとともに、新しい夢とはるかな星を見たい。
このはちみつを…… ではなくて、はちみつ色にかがやく誓いの指輪を、どうか受けとってください!」
「はい!」
ソフィーは、いっぱいの思いをこめて左手を差しのべた。
アスタルがその手をとる。令嬢のたおやかな指に、繊細な金色のリングがぴったりおさまった。
「おめでとう、おめでとう……」
拍手と歓声、それから祝福の鐘が響きわたって、町によろこびを告げた。
鐘を鳴らし終えた塔の番人・イザベルは、息をついて青空を見あげた。
白いハトの群れが花びらみたいに飛んでいく。
ふと、まだ誰も聴いたことのないメロディーが頭をよぎり、彼女はひみつをたたえた笑顔でふりむいた。
恋人を見守っていたステファンは、同じように微笑み返した。
「とてもいい日です。すてきな予感がしますね」
「ええ! この鐘と、みなさんと一緒に、また新しい歌をつくれそうです」
「これからクロックベルは、時計塔と魔法の町になりますよ。
さあ、僕たちもお祝いにいきましょう。自転車でひとっとびです!」
いそいそと先に立つステファン。
階段をおりながら、彼は必死に考えていた。胸に抱いている言葉を、いつ、どんな顔で伝えたらいいか。
(次は、僕たちの番ですね。
次は僕たちの番にしましょう!
次は僕たちの番になる、といいな……
あれっ、ええっと、なんだったかな? ウェイクさんとあれだけ練習したのに!)
パーティーは、午後のやわらかな太陽につつまれて、つつがなく終わった。
蝶ネクタイでおめかししたキッド少年が、町の入口で大きく伸びをした。
「あー、いい式だったな!
それにしても、ヨルのやつ、どこ消えたんだろ? せっかくのお祝いに顔出さないなんてさ」
「ヨルくんもフォレスタくんも、昨日まで町にいたのにね」
ルシアが心配そうに言い、ウェイクがうなずく。
「ああ、一日じゅう事務所にいりびたっていた。
パーティーになにを着ていくべきか、クロウハイムと騒々しく話していたが……」
メリーが眉をひそめ、首をかしげた。
「いざとなって、遠慮したのかもしれないわね。いちばん最初は、ソフィーさんたちを邪魔していたから」
キッドは、気を取りなおして明るく笑った。
「あいつも大人になったってことかな、明日には子どもになってそうだけど。
それじゃあみんな、またな。僕もちょくちょくのぞきにくるからさ、魔法の望遠鏡!」
少年は、町の高台にむかって元気に手をかざした。
メリーと一緒に星へいき、一緒に帰ってきた望遠鏡。
今それは、時計塔の前の広場で、いつでも誰かを待っている。
レンズと鏡をとおして、小さな町や広い空、見えない未来をながめたなら……?
その夜、眠りの夢が彼方につながる。
遠い夜空のすみれの星まで。
そこは、みんなの夢の星。
やさしい色彩につつまれ、誰もが自由に時をすごせる。
ミルク色の町や公園を駆けまわったり。綿雲でなにかをつくってみたり。あるいは、静かな森で考えごとにふけったり……
楽しみをさがして、悲しみに寄り添って、また明日にむかう。
かけらたちのこぼれた願いは、そんな場所へと生まれ変わった。
そして、彼らは、忙しい。
『みんながくるよ、次々くるよ! 新しいお家はできた?』
『ええ、中までばっちり! このバルコニー、お花が足りないかしら』
『こっちの道も広げた方がいいかもしれない。リトル、君はどう思う?』
やることだらけで、とってもわくわくして、目がまわりそう。
リトルは、仲間と一緒にあちこち飛びまわる。
メリーのこはくとうのお手伝いだって、これからが本番! さあ、ほかには、どんな夢をつくれるかな……?
キラキラしながら考えていると、澄ました声が彼を呼んだ。
「リトル?」
かけらはあわてて宙にとまった。
森の奥を見ると、眠りの夢を持たない青年が、つややかな木に寄りかかって立っている。
リトルはふわりと近づいた。
『ヨル。きてくれたの』
「今夜は特別だよ、友だちが夢を貸してくれたから」
気どって微笑みかけた瞳が、ふっと真剣な色に変わる。なにかを迷っているようだった。
小さなかけらは、またたいて彼を待つ。
やがて、ひそやかな光を頬にうけ、ヨルがささやいた。はじめて言葉を口にするみたいに、そうっと。
「手に入れたいものがある。僕の願いを、かなえて」
パーティーのあとも、メリーはみんなとおしゃべりを楽しんだ。そのうちに日が暮れ、暗くなる坂道をウェイクと歩く。
「こんぺいとうに、こはくとう……
魔法のレシピは、まだまだあるわ。次はどのお菓子に挑戦しようかしら?」
「鍋係としては、キャラメルが気になっている。
すみれの星の報告が済めば、本部も解読を手伝ってくれるだろう。君も俺も忙しくなるな」
わくわくする話題だけれど、いろいろな気持ちがぶつかって、どちらも静かな口調だった。
あっというまに、細長い3階建ての建物の前につく。ウェイクはつつましく階段の下で立ちどまり、手をあげた。
「それでは、俺はここで」
「ええ、送ってくれてありがとう。また明日ね!」
出口にむかいかけたウェイクが、首をまわして彼女を見あげた。
「メリー?」
あらゆるポケットをはたいてカギをさがしていたメリーは、くるっとふり返る。
「なあに?」
はにかんだ頬と、大きな青い瞳。
青年はまぶしそうにまばたきした。少し帽子をあげて、夜のお別れのあいさつ。
「おやすみ。また明日」
彼は今度こそ身を返した。
几帳面なリズムで、宵闇の坂をうつむいてくだる。頭の上に満天の星が広がり、彼の心にあわせてきらめいた。
君は、いつかの夢でレシピをさがしていた。
俺のための魔法、高い場所が怖くなくなるこんぺいとうのレシピを。
だがあの夜、俺は塔から飛べた。
見つからなかった最後のひとさじは俺の中にあった。
君への想いだったんだ、メリー。
明日、きっと言おう。明日かならず、いちばんに。
メリーは、ごちゃごちゃの机の上で、魔法のレシピを閉じた。
ソフィーのためにこんぺいとうをつくった日からはじまって、今日までのできごとをひとつずつ思い返す。
「本当に、いろんなことがあったわ」
足をぶらぶらさせ、ランプの明かりの影をながめ、満足のため息をつく。
「それに、これからも、すてきなことがたくさんあるの! さあ、もう寝る時間ね」
ほどいた髪にブラシをかけて、あたたかいベッドへもぐりこむ。
じきに、すやすやと寝息が聞こえてきた。
小さなお部屋の四角い闇。清らかな星あかりが運んできたのは、あやしさ抜きの、とびっきりやさしい声……
“おやすみ、メリー・シュガー”
そして少女は目を覚ます。
そこは青い夜空の雲の上。ふれそうなほど近くに浮かぶ三日月は、うすく桃色がかっている。
彼女はびっくりして目をまたたかせた。
「あら、誰かの夢にお邪魔しちゃったのかしら? こんぺいとうはつくっていないんだけれど……」
きょろきょろしながら雲を歩いていく。
そのはじっこに、足を宙に投げだして、ひとりの青年が座っていた。
黒っぽいマントを風に遊ばせて、帽子を膝において、星を見あげている。
メリーはホッとした。
「ウェイク、あなたの夢だったのね」
彼がふりむいた。
ドキッ、と心がはねる。
すっきりした面立ち、生真面目な表情。思慮深い灰色の瞳と、つやのある茶色の髪。
まちがいなく、いつものウェイクだ。
なのに、初めて出会ったような胸の高鳴りと、ずっと前から知っていたような懐かしさが、両側から輪っかのみつあみを引っぱった。
「こ、これはなに。どうして、どうしたの?」
とまどってその場で揺れていると、ウェイクが手を差しのべた。
その瞬間メリーは気づく。
これは、誰かの夢じゃない。
私だけが見ている夢。
“おやすみ、メリー・シュガー。いい夢を”
小さなかけらが遠くでまたたき、夜の翼が光をよぎる。
ささやかな魔法の贈りもの。
たった一度の眠りの夢は、本当の心を映すピカピカの鏡──
たとえようのない幸福な気持ちが、キラキラの涙に変わって、じわりと広がっていく。
メリー・シュガーは、青年に導かれ、ちょこんと腰をおろした。
ここはふたりのための夜空。少女はちょっと目じりをぬぐって、口をひらいた。
「あのね。明日、いちばんにあなたへ会いにいくわ」
「ああ。俺も君をさがすだろう」
メリーの中のウェイクは、なんだかしゃべり方までロマンチック。
ドキドキが大きくなって、顔をあわせられなくて、彼女はつないだ手をぎゅっと握った。
つっかえながら、ひとことずつ話す。
「照れないでいうから、照れないで聞いてね。
たくさんのありがとうと、これからもよろしくねって。それから、それから……」
「それから?」
自然な動作でのぞきこまれ、やわらかな微笑みが近づく。
問いかける瞳はどんな星よりもかがやき、少女をとらえる。
夢と謎、やすらぎとときめき。甘くてふしぎな魔法。彼女を惹きつけつづけるすべてがそこにあった。
だから、明日。
メリーはきっと伝えられる。
あのね、ウェイク。
私はあなたが大好き。
夢の中でも夢の外でも―― いつだって、どこでも、いつまでも!
(゜*☆メリー・シュガーの夢の星 おしまい☆*゜)
最後までお読みいただき、本当にありがとうございました!
またどこかでお会いできたら嬉しいです。
☆連載中に目をとめて下さった方へ☆
更新の度にとてもはげまされ、無事に完結できました! かさねてお礼申し上げます。




