第33話 おやすみ、メリー・シュガー 1/2
みんなでたどりついた、遠い夜空のすみれの星。
そこに待っていたのは、星になれなかったかけらたちと、永遠の眠りに落ちた青年だった。
彼の白いゆりかごに、美しいご令嬢が寄り添っている。涙に濡れた瞳に、愛しい人の姿を映して……
ふたつのお悩みをかかえ、メリー・シュガーは大はりきり!
ヨルからもらったお花の冠を、いちばんかわいく見える角度にかぶりなおせば、乙女の気合いがどんどんみなぎる。
「はじめましょう、甘い呪文ですてきな夢を! ねえリトル、レシピの最初のひとさじ、なんだと思う?」
『願い。誰かを、よろこばせたい気持ち』
小さな光が元気よく答える。
すると、とがったかけらが彼の横に並んだ。ちょっととまどって、揺れながら尋ねる。
『僕たちは、まちがったやり方で人を困らせた。そんな身勝手な願いを、どうしてすくってくれるの?』
メリーがにっこりして彼らを見あげた。
「私ね、スプーンが大好きなすくいたがり屋さんなの。
まずはじめに、強い願いをひとさじ。
それから、すこやかな夜空の眠りも必要ね。どこでも誰でもキラキラ照らす、明るい未来を散りばめて……」
彼女はてくてく歩きまわり、あれこれレシピを練っていく。
見守るみんなもすっかりわくわく。
けれど、仲間を見わたしたメリーは、ひとりの青年に目をとめてハッとなった。
「ウェイク……!」
ウェイク・エルゼンのまわりだけに、寂しい風が吹いている。
取り残されたようなせつない表情。かすかにはためくマント。身体の前にかかげた両手は、幻のお鍋を持つ形をして固まっていた。
そう、ここには、お鍋がない。
彼の出番も、ない。
メリーは急いで歩み寄った。
「ああウェイク、そんな、どうしたらいいのかしら!」
「いいんだ、気にしないでくれ。
俺たちは今、すみれの星という大きな魔法の中にいる。スプーンさえあれば、君はお菓子をつくれる。そうだろう?」
彼はとってもクールに微笑んだ。
……けれど、灰色の瞳は悲痛にうるんでいる。
“この冒険の、最後のさいごに、君を手伝えないなんて!”
声なき叫びがみんなの心を打ったとき。
淡い空から、チリンチリンと軽快な音がふってきた。クロックベルでおなじみの、やさしい声も一緒に。
「ミス・メリー・シュガー、お届けものですよ」
「まあステファン、イザベルさんも!」
メリーは笑顔で飛びあがった。
自転車にのった郵便青年が、ゆったりとペダルをこぎ、うす紫の空をやってくる。
荷台に座ったイザベルは、大きなお鍋とお砂糖のビンを抱いていた。
みんな(ふたりの愛を見せつけられたクロウハイムを除く)の歓声にむかえられて、彼らは森におりたった。
イザベルがメリーに駆け寄る。
「すみません、お鍋えらびに手間どってしまいました。きっと役に立つと思いまして」
人形のように整った顔が、彼女だけが読みとれる予感にかがやいている。澄んだアメジストの瞳には、本人も気づかない謎が、まだまだひそんでいるみたいだった。
やっぱりあなたは、時計塔のひみつの宝石。すてきな魔法つかいさん……
メリーはいっぱいの親しみをこめて微笑み、お鍋を受けとった。
「本当にありがとう、イザベルさん。
ウェイク、お手伝いをお願いね! ほら、ちゃんとミトンまで用意してくれてる」
「よし、まかせてくれ! 君の助手として、一世一代の鍋まわしをしてみせる」
頬を紅潮させて進みでた彼。
すると、横からしなやかな手が伸びてきた。
「なんだ?」
と顔をむけたウェイクは、金色の目をぱちぱちさせるヨルにつきあたった。黒髪の青年は、なにか言われるより先に口をとがらせた。
「僕もやる。持つところ2つあるもん」
ふたりのあいだに無言の会話がかわされる。やがて、ウェイクが表情をゆるめ、唇のはしをあげた。
「ああ、そうしよう。お前と鍋をわけあう日がくるとは思わなかった」
「最初で最後、じゃないかもよ?」
ヨルはとがった歯をのぞかせ、いたずらっぽく答える。ひとつのお鍋を持った彼らは、仲よくメリーへふりむいた。
同じころ、スプーンとお鍋のはるか上空で……
黄金の流れ星のような、とても大きなライオンが、悠々と天を駆けていた。
背中にのっているのは、星々にも負けずかがやく、ふたりの王子さま!
「ああ、やっとすみれの星が見えてきた!
クロックベルからレオール王国へ戻り、さらに天空まで。夢といっても距離があるものだな、ジェシオ」
ハーティス王子がかっこいい焦り顔をきらめかせる。
宿で眠りについた彼は、弟たちにも力になってもらおうと思い、夢をつうじて呼びかけてみた。
そのこころみは大成功! 無事に合流した兄弟は、舞いおりたライオンの助けを借り、旅路を急いでいる。
「おやジェシオ、なんだかそわそわしているな。メリーに会えるのがよほど楽しみとみえる」
ハーティスが明るく笑った。いつも冷静な弟は、つやつやした顔で言った。
「それもありますが、兄上。その、お気づきになりませんか」
「ん?」
「このライオンは…… 父上に似ています!」
「えっ、なんだって!?」
ハーティスはライオンの顔をのぞきこんだ。
たてがみにかこまれた厳格な面立ちは、立派なおひげをたくわえた父王にそっくり。彼は青い目を丸くした。
「おお、確かに父上だ! お、おぶってもらうのは初めてだな」
「こんな機会めったにありません。遠慮せず、今のうちになでておきましょう!」
ふたりでふかふかの背中をなでまわしていると、別の声が追いかけてきた。
「お兄さま、ジェシオ。ようやく追いつけましたわ」
メガネのお姫さま・クリスティーヌが、華奢な手をふる。
彼女がのっているのは、きらびやかなうろこを持つ、エメラルド色の竜── 海の国・ドラゴニアの象徴だ。
その青年大公が、たくましい手で姫君をささえていた。
「ハーティスどの、夢への招待を心より感謝しよう! これでひつじの国の少女を助けられるのだな、クリスティーヌ姫」
「はい!
……ところで大公さま。わたくし、どうしてライオンではなくてこちらにのっているんでしょう!?」
大公がなぞなぞに答える前に、竜がスピードをあげ、びゅーんと消えていった。びっくり顔のお姫さまを見送った王子たちは、しみじみうなずいた。
「そういうことだな」
「そういうことです。われわれも急ぎましょう!」
パステルカラーの雲にかこまれた、淡い陶器の森。
ウェイクとヨルがお鍋をまわして、お砂糖をサラサラ揺らす。
メリーはふたりのあいだに立ち、甘く凛とした声で呪文をとなえはじめた。
「メア・ディム・ドリム、メア・ディム・ドリム……」
銀のスプーンが軽やかに踊って、きらめく粉が軌道を描く。
それはあたりに広がり、みんなの心をくすぐって、またお鍋の上へ。考えぬいたレシピはばっちり、いよいよその時がやってきた!
「今宵ひろがる、夢のひみつ。
すみれの空にかがやくものは、甘い星座につながる奇跡。
眠れる町に訪れて……
目覚めの時と、みんなの笑顔!」
ふしぎな少女は、ぴょんとジャンプして、スプーンの手をいっぱいにふりあげた。
その瞬間、お鍋から数えきれないくらいのこんぺいとうがはじけた。世界中の色をひとつずつ集めたみたいに、次から次へと。
みんな目をかがやかせ、
「わあっ!」
と声をあげる。
令嬢ソフィーは、カート・アスターのそばにひざまずき、空へのぼっていくこんぺいとうを見あげていた。
黄金の砂時計を、お守りのように握りしめる。
ライオンと竜が舞いあらわれ、お砂糖の星々を引きつれていく。もっともっと高く、広いところ、かぎりない世界へ。
そのとき。
砂時計のガラスの器に、小さな粒がひとつ、落っこちた。
ハッと手の中を見る。
ひとつぶ、またひとつぶ。呼吸をするように光る、色とりどりの魔法の砂がたまっていく。心臓が激しく鳴りはじめた。
ブランコに座るカートの寝顔。とても穏やかで、しあわせそうだ。
夢の外に戻ったら、これほど安らかでいられないかもしれない。この眠りを妨げてはいけない……
そんな気が、少しだけした。
しかしソフィーの胸には、迷いの中でも光をはなつ確かな想いがあった。
彼女は青年を見つめ、はっきりと告げた。
「カートさん。私は、もう一度あなたと出会います」
そして強く願い、強く信じながら、時計をさかさまにした。
魔法の砂が落ちてゆく。
かがやくもの、時間を、その形にあらわして。
とめることができない、はかりしれない流れ。すべての時はきらめき進み、すべての人々にふれ、透明に還る――




