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メリー・シュガーの夢の星  作者: 小津 岬
─5─ 夜空のかなたに
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第33話 おやすみ、メリー・シュガー 1/2

 みんなでたどりついた、遠い夜空のすみれの星。

 そこに待っていたのは、星になれなかったかけらたちと、永遠の眠りに落ちた青年だった。

 彼の白いゆりかごに、美しいご令嬢が寄り添っている。涙に濡れた瞳に、愛しい人の姿を映して……



 ふたつのお悩みをかかえ、メリー・シュガーは大はりきり!

 ヨルからもらったお花の冠を、いちばんかわいく見える角度にかぶりなおせば、乙女の気合いがどんどんみなぎる。


「はじめましょう、甘い呪文ですてきな夢を! ねえリトル、レシピの最初のひとさじ、なんだと思う?」


『願い。誰かを、よろこばせたい気持ち』

 小さな光が元気よく答える。

 すると、とがったかけらが彼の横に並んだ。ちょっととまどって、揺れながら尋ねる。


『僕たちは、まちがったやり方で人を困らせた。そんな身勝手な願いを、どうしてすくってくれるの?』


 メリーがにっこりして彼らを見あげた。


「私ね、スプーンが大好きなすくいたがり屋さんなの。

 まずはじめに、強い願いをひとさじ。

 それから、すこやかな夜空の眠りも必要ね。どこでも誰でもキラキラ照らす、明るい未来を散りばめて……」


 彼女はてくてく歩きまわり、あれこれレシピを練っていく。

 見守るみんなもすっかりわくわく。

 けれど、仲間を見わたしたメリーは、ひとりの青年に目をとめてハッとなった。

「ウェイク……!」



 ウェイク・エルゼンのまわりだけに、寂しい風が吹いている。

 取り残されたようなせつない表情。かすかにはためくマント。身体の前にかかげた両手は、幻のお鍋を持つ形をして固まっていた。


 そう、ここには、お鍋がない。


 彼の出番も、ない。


 メリーは急いで歩み寄った。

「ああウェイク、そんな、どうしたらいいのかしら!」

「いいんだ、気にしないでくれ。

 俺たちは今、すみれの星という大きな魔法の中にいる。スプーンさえあれば、君はお菓子をつくれる。そうだろう?」


 彼はとってもクールに微笑んだ。

 ……けれど、灰色の瞳は悲痛にうるんでいる。


 “この冒険の、最後のさいごに、君を手伝えないなんて!”



 声なき叫びがみんなの心を打ったとき。

 淡い空から、チリンチリンと軽快な音がふってきた。クロックベルでおなじみの、やさしい声も一緒に。


「ミス・メリー・シュガー、お届けものですよ」


「まあステファン、イザベルさんも!」

 メリーは笑顔で飛びあがった。

 自転車にのった郵便青年が、ゆったりとペダルをこぎ、うす紫の空をやってくる。

 荷台に座ったイザベルは、大きなお鍋とお砂糖のビンを抱いていた。

 みんな(ふたりの愛を見せつけられたクロウハイムを除く)の歓声にむかえられて、彼らは森におりたった。


 イザベルがメリーに駆け寄る。

「すみません、お鍋えらびに手間どってしまいました。きっと役に立つと思いまして」

 人形のように整った顔が、彼女だけが読みとれる予感にかがやいている。澄んだアメジストの瞳には、本人も気づかない謎が、まだまだひそんでいるみたいだった。



 やっぱりあなたは、時計塔のひみつの宝石。すてきな魔法つかいさん……

 メリーはいっぱいの親しみをこめて微笑み、お鍋を受けとった。

「本当にありがとう、イザベルさん。

 ウェイク、お手伝いをお願いね! ほら、ちゃんとミトンまで用意してくれてる」


「よし、まかせてくれ! 君の助手として、一世一代の鍋まわしをしてみせる」

 頬を紅潮させて進みでた彼。

 すると、横からしなやかな手が伸びてきた。

「なんだ?」

 と顔をむけたウェイクは、金色の目をぱちぱちさせるヨルにつきあたった。黒髪の青年は、なにか言われるより先に口をとがらせた。


「僕もやる。持つところ2つあるもん」


 ふたりのあいだに無言の会話がかわされる。やがて、ウェイクが表情をゆるめ、唇のはしをあげた。

「ああ、そうしよう。お前と鍋をわけあう日がくるとは思わなかった」

「最初で最後、じゃないかもよ?」

 ヨルはとがった歯をのぞかせ、いたずらっぽく答える。ひとつのお鍋を持った彼らは、仲よくメリーへふりむいた。





 同じころ、スプーンとお鍋のはるか上空で……

 黄金の流れ星のような、とても大きなライオンが、悠々と天を駆けていた。

 背中にのっているのは、星々にも負けずかがやく、ふたりの王子さま!


「ああ、やっとすみれの星が見えてきた!

 クロックベルからレオール王国へ戻り、さらに天空まで。夢といっても距離があるものだな、ジェシオ」


 ハーティス王子がかっこいい焦り顔をきらめかせる。

 宿で眠りについた彼は、弟たちにも力になってもらおうと思い、夢をつうじて呼びかけてみた。

 そのこころみは大成功! 無事に合流した兄弟は、舞いおりたライオンの助けを借り、旅路を急いでいる。


「おやジェシオ、なんだかそわそわしているな。メリーに会えるのがよほど楽しみとみえる」

 ハーティスが明るく笑った。いつも冷静な弟は、つやつやした顔で言った。

「それもありますが、兄上。その、お気づきになりませんか」

「ん?」

「このライオンは…… 父上に似ています!」

「えっ、なんだって!?」


 ハーティスはライオンの顔をのぞきこんだ。

 たてがみにかこまれた厳格な面立ちは、立派なおひげをたくわえた父王にそっくり。彼は青い目を丸くした。


「おお、確かに父上だ! お、おぶってもらうのは初めてだな」

「こんな機会めったにありません。遠慮せず、今のうちになでておきましょう!」



 ふたりでふかふかの背中をなでまわしていると、別の声が追いかけてきた。

「お兄さま、ジェシオ。ようやく追いつけましたわ」

 メガネのお姫さま・クリスティーヌが、華奢な手をふる。

 彼女がのっているのは、きらびやかなうろこを持つ、エメラルド色の竜── 海の国・ドラゴニアの象徴だ。

 その青年大公が、たくましい手で姫君をささえていた。


「ハーティスどの、夢への招待を心より感謝しよう! これでひつじの国の少女を助けられるのだな、クリスティーヌ姫」


「はい!

 ……ところで大公さま。わたくし、どうしてライオンではなくてこちらにのっているんでしょう!?」


 大公がなぞなぞに答える前に、竜がスピードをあげ、びゅーんと消えていった。びっくり顔のお姫さまを見送った王子たちは、しみじみうなずいた。

「そういうことだな」

「そういうことです。われわれも急ぎましょう!」




 パステルカラーの雲にかこまれた、淡い陶器の森。

 ウェイクとヨルがお鍋をまわして、お砂糖をサラサラ揺らす。

 メリーはふたりのあいだに立ち、甘く凛とした声で呪文をとなえはじめた。

「メア・ディム・ドリム、メア・ディム・ドリム……」


 銀のスプーンが軽やかに踊って、きらめく粉が軌道を描く。

 それはあたりに広がり、みんなの心をくすぐって、またお鍋の上へ。考えぬいたレシピはばっちり、いよいよその時がやってきた!



「今宵ひろがる、夢のひみつ。

 すみれの空にかがやくものは、甘い星座につながる奇跡。

 眠れる町に訪れて……

 目覚めの時と、みんなの笑顔!」



 ふしぎな少女は、ぴょんとジャンプして、スプーンの手をいっぱいにふりあげた。

 その瞬間、お鍋から数えきれないくらいのこんぺいとうがはじけた。世界中の色をひとつずつ集めたみたいに、次から次へと。


 みんな目をかがやかせ、

「わあっ!」

と声をあげる。

 令嬢ソフィーは、カート・アスターのそばにひざまずき、空へのぼっていくこんぺいとうを見あげていた。

 黄金の砂時計を、お守りのように握りしめる。

 ライオンと竜が舞いあらわれ、お砂糖の星々を引きつれていく。もっともっと高く、広いところ、かぎりない世界へ。



 そのとき。


 砂時計のガラスの器に、小さな粒がひとつ、落っこちた。

 ハッと手の中を見る。

 ひとつぶ、またひとつぶ。呼吸をするように光る、色とりどりの魔法の砂がたまっていく。心臓が激しく鳴りはじめた。

 ブランコに座るカートの寝顔。とても穏やかで、しあわせそうだ。

 夢の外に戻ったら、これほど安らかでいられないかもしれない。この眠りを妨げてはいけない……

 そんな気が、少しだけした。


 しかしソフィーの胸には、迷いの中でも光をはなつ確かな想いがあった。

 彼女は青年を見つめ、はっきりと告げた。


「カートさん。私は、もう一度あなたと出会います」


 そして強く願い、強く信じながら、時計をさかさまにした。




 魔法の砂が落ちてゆく。

 かがやくもの、時間を、その形にあらわして。


 とめることができない、はかりしれない流れ。すべての時はきらめき進み、すべての人々にふれ、透明に還る――


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