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メリー・シュガーの夢の星  作者: 小津 岬
─5─ 夜空のかなたに
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第32話 もう一度のウェイク(後) 2/2

 クロックベルの捜索隊は、つみあがった雲をどんどんはらっていく。

 ちっちゃなレインも一緒になって、パステルカラーの綿を「よいしょ」とどけて。

 ミルク色のお家や小道が次々とあらわれ、やがて、パァッと空間がひらけた。

 ルシアが目を丸くする。


「わあ、きれいな公園!」


 そこは、すてきな花園にかこまれた美しい広場だった。白くてすべすべの彫刻が、舞い踊る妖精たちをかたどる。

 その一角に、細長い雲のふくらみがあった。

 ちょうど気楽に横になれる大きさで、やりすぎなくらい不自然にもこもこしている……


「ベンチだ」

 ウェイクがおごそかに宣言し、メリーもうなずいた。


「どう見ても隠蔽されたベンチね。おやすみするのにぴったり、ここがあやしいわ!」



「よーし、あたしが調べる」

 疑惑の雲に飛びついたマリオンが、すぐに顔をかがやかせた。

「いたーっ、お姉ちゃん!」

 雲のお布団がめくれた下に、みごとな赤毛のお姉さんが、長々と横たわっている。

 彼女は気持ちよさそうに伸びをして、寝がえりをうった。


「うーんみてみて、かっこいい男の子があんなにたくさん!

 貴族のご子息から地方農家の隠れた美男子まで、私たちのお城計画を手伝ってくれるんだって。ふふ、ふふふ……」


 すごく しあわせそうな ねごと。

 妹の目から感動の涙が引っこんだ。


「お姉ちゃん起きて、はやく。みんな見てるし聞いてるから、はやく」

 冷静に揺さぶられた姉・ミミは、バネみたいに跳ねおきた。

「あっマリオン、おはよう! 大ニュースよ、理想男子がすぐそこに……」


 指さした先に立っていたのは、所長さんとオートマン博士という、理想の(?)おじいさんコンビ。

「はじめまして、ミミさん。無事でよかったよ!」

「よくすみれの星を発見しましたな。君は、天文学向きのいい目をお持ちだ」


「…………」

 笑顔で固まったミミの肩を、妹がポンとたたく。

「これがあたしたちの現実。地道にがんばろうよ、お姉ちゃん」

「……うん」

 ふたりの決心は、ちょっと苦いような、それなりに甘いような? とにかく、これでひとつめのハッピーエンド!




「ミミさん、おかえりなさい!

 さあ、あとはカートさんだけね。ほかにあやしい雲はないかしら?」

 メリーは大きな瞳で公園を見まわす。

 さがしものに飽きたヨルが、お花畑でフクロウとたわむれている。

 そのむこうに視線をやると、つやつやにかがやく森があった。

 陶器でつくったみたいになめらかな枝葉。淡い色彩がやさしくかさなり、響きあう。


 目を奪われかけたメリーは、ハッと目をこらした。

「あら、あれは?」

 木々の奥に、まさしく不審な雲のかたまりがもくもくしている。

彼女は飛びあがって駆けだした。


「カートさんはあそこだわ。ソフィーさん、みんな、ついてきて!」




 そして、最後の雲が晴れていく──

 カート・アスターは、木の枝につるしたブランコに座り、穏やかに眠っていた。

 真っ白いゆりかごのようなブランコ。月星の装飾と、こぼれるくらいの花々がいろどる。

 となりには、メリーと一緒にさらわれた、魔法の望遠鏡が据えてあった。


 ソフィーが張りつめた表情で歩みより、青年を見つめる。

 安らかに閉じたまぶた。引きしまった顎の上に、品のある唇がゆるやかな線を描く。

 赤銅色の髪は、いつも夢で会っていたときと同じように、さっぱりと整っていた。

 偶然めぐりあい、恋をして、探しもとめた相手。

 彼女は、よろこびと不安を抱いて呼びかけた。


「カートさん。アスタル・カートウッドさん……」

 震える指が彼の肩にふれた、そのとき。



『だめ!』



 するどい声と、強い光があたりを照らした。

 空の上からギラギラの光が飛んでくる。

 中心にいるのは、4つのかけら。つるんと丸かったり、平べったかったり、どれも違う形をしている。


 見あげたみんなの心に、少しの怖さが広がった。

 けれど、誰ひとりその場を動かない。ソフィーとカートを守るように、ブランコの前に立っていた。

 メリーがとことこ進みでて、まぶしそうにスプーンをかかげた。


「もう、なにをしたって隠しきれないわ。

 こんなにたくさんの仲間が、カートさんを助けたいって思ってる。私たち、どんなにもこもこにされたって諦めないもの」


『…………』


 少女は表情をやわらげた。

「あらためまして、ごあいさつ。

 私はメリー・シュガー。お砂糖とスプーンで甘い夢をつくる、こんぺいとう屋さんよ」



 ひとつの光がスッと進みでる。

 彼はするどく細く、とがった形をして、ひんやりした声を持っていた。


『カートを返すことはできない。彼は、この星の住人だ』


 メリーは首をかしげ、やさしく尋ねる。

「あのね、ここは、本当のお星さまかしら?

 リトルが言っていたわ。あなたたちは、みんなが暮らせる星になりたかったけれど、なれなかったって」


 ウェイクもとなりに並び、落ちついて光を見あげた。頭の中で推理の道がひらけていく。

「この場所は、君たちがつくった魔法の中だな。

 諦めきれない願いを叶えるために、自分たちのやり方で星になろうとした……」




 はてしない空のすみっこで寄り添う、ちっぽけなかけらたち。

 彼らは時間をかけて魔法をあつめ、星をつくった。

 美しい見せかけばかりの、にせものの星。

 どこでもないからっぽの場所は、不安定にまたたき、夜空にまぎれてしまう。ずいぶん長いあいだ、誰の目にもとまらなかった。


 だけど、ある日、ついに。

 望遠鏡をとおして、はるか遠くの青年が彼らを見つけた。


「すみれ色の星だ。信じられない、なんてきれいなんだろう!」


 彼はとっても感激して、何度もこっちを見てくれた。

 その熱意、瞳のきらめき! はじめてのことに、かけらたちは沸きたった。

『ねえ見て、この星の詩まで書いてる! あの人なら、ここで暮らしてくれるかもしれない』

『ひとりが住めば、2人目もきてくれるよ。

 3人、4人、もっともっとたくさん。僕らの夢が本当になるんだ……!』




「そして君たちは、カートさんを呼び寄せたんだ」

 ウェイクの話にみんなが聞き入っていると、唐突にヨルがくわわった。

「望みどおり愛してもらいたくて。そういうことだよね」

 謎の青年は、ウェイクにキリッと顔をむけた。

 とてもシリアスな表情だけれど、きららかなお花の冠を頭にのっけている。


「世界って広いね、僕より欲しがりの寂しがり屋がいるなんて」


「自覚があったとはうれしい驚きだ。それより、まじめな場面だから花冠を脱いだらどうだ」

「大事な証言者を見つけてあげたんだよ? 怖くないから出ておいで、リトル」

 微笑んだヨルは、ちょんと冠をつついた。ベルフラワーの中から、小さな光があらわれる。

 彼は仲間の前まで飛んでいき、たどたどしく語りかけた。


『もう、おしまいに、しよう。カートくんの星は、ここじゃ、ない』



 みんなは、むかいあうかけらたちを見守った。

 公園を照らすギラギラの光が、だんだん弱くなっていく。そして、とがったかけらが、ぽつりと声を落とした。


『……リトルの言うとおりだ。

 ぜんぶ終わりにしよう。僕たちは、にせものの星にすらなれなかった』


「それはちがうわ。あなたたちの夢、メリー・シュガーが甘く叶えます!」

 ふしぎな少女が、凛として宣言する。金色の髪をふわっとなびかせ、小さな光に微笑みかけた。


「そのために呼んでくれたのよね、リトル。

 カートさんも、お友だちも、どちらも助けたくって。あなたのお悩み、よくわかったわ」



 キッドが両手を広げ、明るく言った。

「それじゃあ、こんぺいとうの始まりだ!

 はやくカートさんを起こそうぜ。とびっきりの魔法を見のがしちゃ、かわいそうだろ?」

 みんなが活気づいて、口々にカートへ呼びかける。けれど彼の目はひらかない。

 とがったかけらが、苦しそうに切りだした。


『問題があるんだ。僕たちは、カートを起こせない』

「えっ?」 

『彼は、ここにきてからずっと眠ったまま。何度も目覚めさせようとした。けれど……』


「どうしてよ! うちのお姉ちゃんなんか、3秒もしないで飛びおきたじゃない」

 マリオンがこぶしをふりまわすと、かけらたちは気まずそうに沈みこんだ。


『ごめん。彼は、時間がたちすぎてしまったみたい』


 ソフィーが音もなく崩れおちた。カートのそばに座りこみ、凍りついて光を見あげる。

 その瞳から、透明な涙がひとつこぼれた。




「いや、まだ道はある!」

 勇ましく声をあげたのは、ウェイク・エルゼンだ。レオール王国の砂時計を高々とかかげている。

 メリーがパッと顔をかがやかせた。


「そうだわ!

 魔法の砂で満たせば、カートさんの時間を巻きもどせる。

 さすがするどい調査員さん、そこまで推理して持ってきてくれたのね!」


「ちがうんだメリー、これは単なるなりゆきで偶発的に俺が所持することになっただけで、つまりその、ヨルのおかげなんだ」

 早口の小声の正直な告白。

 メリーはにっこり笑い、となりで知らんぷりしていた青年の手をとった。

「ありがとう、ヨル。私の大切なお友だち」


「お友だち? もっと愛してくれたってかまわないよ?」

 あやしい微笑を近づけるヨル。

 その言葉は、いつだって半分は嘘。のこりは本当。

 メリーは、彼の手をぎゅっと握って、そっと離す。ヨルはそれを引きとめず、花の冠を彼女にかぶせて送りだした。


「かわいいかわいいメリー・シュガー。僕に、みんなに、奇跡を見せて」


「ええ、まかせて。

 とびっきりすてきなこんぺいとうをつくって、砂時計も満たして…… ふたつの願い、キラキラにかがやかせるわ!」


 銀のスプーンがすみれの空に踊る。きらめく魔法の前奏は、最後の楽章を軽やかにひらいた。



(最終話へつづく)


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