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メリー・シュガーの夢の星  作者: 小津 岬
─5─ 夜空のかなたに
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第31話 もう一度のウェイク(前) 2/2

 しかし。

 肝心のヨルが、いない。

「あいつときたら、いつまで逃げまわっているんだ!?」

 ウェイクは捜索対象を切りかえて、またまた町を駆けることになった。

 あやしいお店にもくまなく顔をだし、

「ああ、ヨルム! あの子ったら、近ごろ遊びにきてくれないの」

「そうよ、つかまえたらすぐ送りつけてちょうだい。蝶々の柄をした紅いレースのリボンでぐるぐる巻きにして……」

 とあやしいお返事をもらい、気力を削られながら彼を探す。


 からぶりつづきでさまよううちに、17時の鐘が鳴った。

 見あげた冬空は冷たく暮れ、メリーがいなくなってからもうすぐ丸一日……

 心がぎゅっと絞られ、思わず立ちどまる。

 すると、肩にのっていたレインが、彼の首すじをしっぽでたたいた。


(ウェイクくん、おやすみしないと倒れちゃうよ! いったんみんなのところに帰ろう)


「すまない、レイン。

 俺はメリーを救いだすまで歩みつづける。とめないでくれ、どうか前進させてくれ……!」


 かっこよく宣言して、街灯にひっかかってもがくウェイク。

 ヨル捜索隊のメンバー・クロウハイムが現場を発見し、彼を優雅に連行した。

 ひらひらの前髪をなびかせて、ため息をひとつ。

「鎮まれ鎮まれ、かしこいレインの忠告を聞きたまえ!

 どんなに激しい愛だって、本人が燃えつきてはおしまいだろう?」



 そうして戻った捜査本部(調査局の事務所)に、ヨルが、いた。

「いいメロディーだね、ルシア。

 君が考えたの? 僕これ好き! ほらフォレスタ、照れてないで歌ってごらん?」


 謎の美青年は、ぽかんとするみんなのまん中で、華やかなおしゃれを決めて笑っていた。膝にのせたフクロウをくすぐりながら、ドアへふりむいて肩をすくめる。

「ウェイク、遅刻だよ。大事な時になにしてたの」


「お、お、お前ぇ……!」

 目を見開いたウェイクは、わなわな震えながら一歩踏みだした。

「お前は、どこに、行って、いた」

「恋のお散歩。ちょっと道をはずれたから、スリリングで熱かった」

 けろりとして答えられ、ウェイクはその場にへたりこんだ。

 駆け寄ったのは、姉を探している赤毛のマリオンだ。


「いろいろ言いたいのはすっごくわかる!

 けどね、あやしい道化師はちゃんと手伝ってくれるって。お姉ちゃんも詩人もメリーも、彼が助けてくれるわ!」


 彼女は大きな緑色の目をかがやかせた。

 所長さんが進みでて、みんなをぐるりと見わたした。

「よし、すぐに準備をはじめよう。

 町じゅうにお知らせして、魔法の歌を覚えてもらうんだ。ルシア、君が歌の先生だよ」

「はい!」

「ステファンくんは、イザベルさんに連絡を。時計塔でしたくを手伝ってくれ」

「はい、まかせてください!」


 ふたりがはつらつと動きだし、みんなもあとにつづく。

 ウェイクは、取り残されたようにドアの脇に立っていた。長椅子に座るヨルが、とがった歯をのぞかせて笑った。

「どうしたの、ネジが切れちゃった? 巻いてあげてもいいよ?」

 愛想たっぷりの言動とうらはらに、瞳の赤がスッと薄くなったように見えた。




 夜空は晴れて、星がまたたく。

 これから、クロックベルに4回目の鐘が鳴る。


「出発は、真夜中のほんの少し手前。今日と明日の境界、どちらにもふれない浮遊の一瞬に」

 それがヨルの申しでた条件。今夜だけ特別に、深夜の鐘を打つことになった。


 みんなは夢の中であの歌をうたう。

 歌声をのせた鐘の力で、彼はすみれの星をめざす。

 用意はすっかりととのった。あとはその時を待つだけ!


 最後の確認は、ウェイクとルシアが受け持った。

 イザベルと打ちあわせを終え、時計塔から出てきたふたりを、ヨルがふらりと出迎えた。

「それじゃあ、僕飛ぶから」

 ルシアが彼の手をとり、ひたむきに見つめる。

「がんばってね、ヨルくん。みんな一緒についてるよ」

 青年はちらっと舌を出して笑った。

「ひとりで平気だよぉ。……がんばったら、ごほうびくれる?」

「うん、あやしくないものならなんでもあげる!」

「あやしいものならなんでも? わぁ、すっごく楽しみ!」


 つないだ手をご機嫌でふりまわすヨル。

 妙に素直な彼を前にして、ウェイクの気持ちは、もつれた毛糸みたいにもやもやした。

 ルシアから彼を引きはがし、眉をひそめて尋ねる。

「大丈夫なのか、ヨル」


「なんで、なにが?

 僕だってメリーが心配だよ。先につかまった子も赤毛のそばかす美人だっていうし、やる気しか出ないよ!」


 ヨルは甘い顔立ちをキリッとさせ、胸を張る。

 口をひらきかけたウェイクは、言葉を飲みこみ、彼の肩をたたいた。

「カート・アスター氏を置いてこないでくれよ。3人のことを、どうか頼んだぞ」




 町はひっそり静まった。

 起きているのは、時計塔とその番人。それから、飛びたつ時を待つ夜の翼だけ――?


 眠れない者が、ひとりだけいた。

 黒っぽいマントに帽子姿、紫のマフラーをしっかり巻いて、急いで坂をのぼっていく。

 ウェイク・エルゼンだ。


 本当は、自分が星へ行きたかった。


 けれど言いだせなかった。

 そんな大役にはどう考えてもヨルがぴったりだし、みんなもそう思っているとわかっていたから。

 それでも足はとまらない。

 せわしないブーツの音にあわせ、ポケットにいれた小さなスプーンが踊る。

 消えたメリーが残した銀色のかがやき。彼は、時おりそれを握ってあたためた。



 そびえたつ塔が間近にせまる。

 息を切らして文字盤を見あげると、大きな針が、とてもゆっくりと動いた。

「いけない、時間が!」

 24時まで、あとお砂糖ひとつぶのすき間しかない。マントをひるがえし、駆けだしたウェイク。


 次の瞬間、彼ははるか高い時計塔の上でつんのめった。


「こ、これは……!?」

 あわてて顔をあげると、とげとげの装飾の奥に、すらりとしたシルエットがたたずんでいる。

 ゆるく腕組みをしたヨルが、彼を見つめていた。

 夢の中だけにあらわれるシャンパン色の瞳で。

 表情を消した端整な顔は、よくできすぎたあまり心を入れ忘れた人形みたいだった。

 仮面は静かに言う。


「君とはじめて会ったのも、ここだった」


 ああそうだ、とウェイクは思い出す。

 ソフィーに相談をうけたメリーが、こんぺいとうをつくった。それを使い、ふたりで謎の青年と対面したのだった。

 あの時のヨルは、令嬢を誘惑する悪い夢でしかなかった。


 今はどうだろう?

 俺は、この男のことを何ひとつ知らないままじゃないか。変わったのか、変わっていないのか、そもそも正体がなんなのか──



 ウェイクの動揺をよそに、ヨルは金色の目をふせる。

「かわいいかわいいメリー・シュガー。

 甘くてふしぎなこんぺいとう。ほしがるのは、ひとりだけじゃない」

「…………」

「僕と彼女は、とても近い存在。

 自分を理解してくれる相手をひとりじめできたら、どんなに幸せだろう。どれほど満たされるだろうね?」


 すばやくあがった瞳は、闇をはねかえすように赤かった。

 ウェイクの心臓が冷え、大きく鳴りだす。


「ヨル、どういうことだ。これは夢ではないのか」

「たしかめたらいい。

 ここは塔のてっぺん、クロックベルのどこよりも高いところ。怖くなければ夢、怖ければ現実……」

 細まった目は、淡い金色に戻っている。彼は言葉の外でこう言っていた。


 ──嘘と真実、どちらにもできる。僕が気まぐれにかたむけるスプーンひとつで。



 ウェイクは声をつまらせた。

 ヨルは、いつのまにか片手で砂時計をもてあそんでいた。

 レオール王国の魔法の宝物。小さなライオンのついた黄金の枠と、からっぽのガラスの器が、星あかりを浴びて光る。

 ふいに、長い指がそれをつつみこんだ。

 彼は最後まで笑わなかった。


「これから夢の星へ飛ぶ。

 そこにはメリーがいる。二度と帰らないことだってできる、僕が望んだなら」



「そんなことさせるか、メリーは俺が助ける!」


 ウェイクが叫び、彼につかみかかる。

 すかさずヨルが腕をしならせ、砂時計を夜空へほうり投げた。

ウェイクの視線がそれを追う。

 魔法の時計。あれはとても大切なものだ、メリーが必要としている!


 それだけを思って手を伸ばす。

 彼は、なにもない宙へひと息に踏みだした。


 ずっとずっと下に広がる、月星が照らす町。あまりにも精巧でひそやかで、眠る人々の息吹が感じられて、ウェイクは悟る。

 これは夢じゃない。

 ぞわっ、と恐怖が押し寄せたときだった。


 カーン……!

 と大きな尾をひいて、鐘が歌いはじめた。

 町のあちこちから、眠るみんなの歌が応える。

 にぎやかな合唱にあわせて、力を得た翼がするどく舞いおりた。

 空中の青年をバシッとつかまえ、ぐんぐん上昇する。きらめく星々にむかって!

 ウェイクの目がまん丸になった。


「と、飛んでいる、ごく普通の調査員である俺が!?

 メリー見てくれ、天のこんぺいとうに手が届く。これは飛行機少年キッドがよろこびそうなすさまじい高度……!」


 実況しながら気絶しかける彼。けれど、つかみとった砂時計だけは、しっかり握りしめていた。



 ぐったりと運ばれる姿が遠ざかり、小さくなる。ヨルは腕組みして翼を見送り、つぶやいた。

「ねぇフォレスタ。君とチェスをして、僕はずいぶん弱くなった」

 くちびるの端の笑みは、ちょっとだけ寂しい。

 夢と現実がゆらめく瞳がやさしい色を帯びる。彼は指で拍子をとり、みんなにあわせてメロディーを口ずさんだ。


「夜はすみれの声 星のささやき……」


 歌の魔法が町をつつみ、鐘の音が空へとつながる。

 町から奪われたふしぎな少女、メリー・シュガーのいるところまで、まっすぐに。



(第32話へつづく)


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