第31話 もう一度のウェイク(前) 1/2
シープランドのクロックベルは、時計塔と鐘の町。
メリー・シュガーのいない町。
高台のお部屋もからっぽのまま。ふしぎなこんぺいとう少女は、どこにいってしまったの――?
「ここよ、私はここにいるの! ……けれど、ここってどこ!?」
メリーは、キラキラの光と一緒になって、くるくるまわっていた。
まるで、思いっきりまぜたカップに落っこちた、ちっちゃな角砂糖の気分。ティータイムだと微笑ましいくるくるは、体感すると意外に激しかった。
「ああいけない、みつあみが崩れちゃう。とびっきりの勝負リボンをつけてきたのにっ」
まぶしすぎてあたりも見えず、あわあわしているうちに旅は終点へ。
ふわっと身体が浮いたと思ったら、やわらかい地面におりたった。
到着をお祝いしたいけれど、髪の毛もドレスもよれよれで、メリーはすっかり千鳥足。
「うう、こんな冒険が待っているなんて。もっと動きやすいおめかしをしたらよかったかしら……」
なんとか顔をあげたとたん、よれよれがどこかに飛んでいった。
「まあ、なんてかわいい町なの!」
そこは、すべすべの砂糖細工みたいな世界だった。
どこまでも広がる雲の平原は、七色のパステルカラー。
小道のあちこちに可憐な花が咲き、なめらかなミルク色をしたすてきなお家が、たくさん並んでいる。
見あげた空は、やわらかでやさしい紫色。
ずっと醒めない夢のような色。
「……わかったわ。ここは、すみれの星ね」
少女の表情がきゅっと引き締まった。
ついさっき、クロックベルの高台でひらいた観測会を思い出す。
みんなと休憩にいこうとした時、知らない誰かの声が聞こえた。遠い夜空から響いた、たどたどしい子どもみたいな声が。
“メリー、シュガー?”
「メリー・シュガーは、私よ。あなたは、だあれ?」
そう答えた瞬間、目の前が光に満ちて、くるくる旅行のはじまりはじまり──
乙女探偵はクールに人さし指をふる。
「声と光、これは明らかにつながっています。
エクレアの背中にかかったチョコレートと同じくらいはっきりしてるの。
つまり、私を呼んだのは、カートさんたちをさらった誰かさん!」
彼女は両手を広げ、あたりに呼びかけた。
「おまねきいただいてとってもうれしいわ。
さあ、姿を見せて、楽しくおしゃべりしましょう。こちらのお宅にいらっしゃるのかしら?」
お家のひとつをノックしかけて、おかしなことに気づく。
ドアも窓も、形を彫り入れてあるだけの、見せかけの作りものだ。よく見ると、すべての建物が “お家みたいな大きな置物”。
「これはぜんぶ飾りなの? せっかくすてきな町なのに!」
びっくりして町並みを見わたしたとき。
彼女を呼んだ、あの声がした。
『ごめん、ね』
メリーはハッとふりむく。
淡色の景色の中に、ひときわ繊細な光がまたたいていた。
宙をただよいゆっくり近づいてくる。光のまん中でかがやいているのは、こんぺいとうひとつぶほどの、白っぽい小石だった。
──まさか、この子が人をさらったの?
そう思ってもちっとも怖くなくって、メリーは自然と両手を差しのべる。
光はその上にとどまって、ささやいた。
『僕たち、町が、ほしかった』
チカチカまたたく小さな声。少女は、そのかがやきを瞳に映して、そうっと尋ねた。
「あなたは、お星さま……?」
『なりたかった。
みんなが暮らす、楽しい星に、なりたかった』
彼がしょんぼり答えたとき。
空のむこうから、もっと強い光が飛んでくるのが見えた。ひとつじゃなくって2つ、3つ…… 4つも!
『勝手に呼んだね、リトル!』
『話しちゃだめ、教えちゃだめだよ!』
しかられた小さなかけらが、ビクッとはねる。メリーも一緒に飛びあがった。
「あ、あちらのみなさんはちょっと怖いかも! ごあいさつはあとでっ」
彼女は、リトルと呼ばれた小石を手でつつみ、あわてて駆けだした。
頭の中でなにかがつながっていく。星になれなかったかけら、魔法と夢、さらわれたふたり――
「あなたたち、大きなお悩みがあるのね。
お話を聞かせて、リトル。まずはじょうずに逃げきってから! かくれんぼにおすすめの場所は……?」
『ごめん、ね』
「ないの!?
お家は入れなくて、まわりは見晴らしがよくって、ふかふかの雲が走りづらい…… あああどうしよう、助けてウェイク!」
青年の名前をさけぶと、輪っかのみつあみがあわただしくはねた。
ウェイク・エルゼンも走っていた。
観測会の翌日、冬曇りのクロックベル。みんなは手わけして情報を集めまわっていた。
大通りのカフェから路地の犬小屋まで、あらゆるドアをたたき、事情を話すウェイク。
「聞きこみ調査にご協力を。
昨夜、高台で事件が起きた。メリー・シュガーという少女が誘拐された」
「おや、それは大変だ!」
「犯人はおそらく、すみれ色の星だ」
「えっ……?」
雲ゆきがあやしくなっても、ウェイクのシリアスムードは揺るがない。
「その星は、すでに2名をさらっている非常に危険な相手だ。
俺たちは彼らの救出作戦を計画している。どんなものでもいい、星まで行ける方法を思いついたら、魔法史調査局まで連絡をくれ」
青年は爪の先まで大まじめ、灰色の目が完全に据わっている。
半信半疑だった人も、最後にはこう答えた。
「は、はい。お星さまのことをものすごく真剣に考えます!」
「ありがとう、よろしく頼む」
マントをひるがえした調査員は、また次のドアをたたく……
そんなこんなで、彼は朝早くから出ずっぱり。メリーが心配なあまり、時間も空腹もすっかり忘れていた。
少し期待していたけれど、彼女は夢の中にも現れず、ウェイクの焦りは募るばかり。
「すみれの星でなにかが起きたんだ。一刻もはやく助けなければ……!」
疾風のように駆ける彼を、女性の声が引きとめた。
「ウェイクさん! よかった、あなたを探していたんです」
縫製店のご令嬢・ソフィーが、コートも羽織らずやってくる。
瞳をかがやかせ、頬を紅潮させて、握りしめていた手紙を差しだした。
「大きな手がかりが届きましたわ。カートさんがどのような方なのか、ようやくわかったんです」
「ついに情報が? やりましたね、ソフィーさん!」
ウェイクは高揚して便箋をひらいた。うすい黄色の紙に、ていねいな字がつづられている。
“ミス・ソフィー・マーシャル
尋ね人の似顔絵を見て、本当に驚きました!
あなたが探している青年を、私たちも探しています。
彼はよき同僚でしたが、出張先で姿を消してしまいました。もう1年半になります……”
同僚という言葉に目をとめたウェイクは、差出人をたしかめた。
「 “シープランド養蜂組合、開発部門 一同”。
なるほど。彼は、みつばちを育てる場所をさがして、たくさんの土地を訪れていたのか」
つづきを読んだ彼に、衝撃が走る。
“あなたに大事なことをお知らせします。
カート・アスターは、彼の本当の名前ではありません。
私たちの同僚は、アスタル・カートウッドくんといいます”
「2つの名を持っている、だと……!?」
偽名といえば?
──陰謀だ!
目を光らせたウェイクを、ソフィーがあわててなだめる。
「カートさんを黒く染めないでください! その答えは、こちらにありますの」
彼女はうすい冊子を取りだした。タイトルは、“養蜂機関紙 ハチのたわむれ”。
終わりのページをひらくと、投稿コーナーに小さな詩がのっていた。
朝はれんげの歌 蜂のはばたき
夜はすみれの声 星のささやき
私を眠らせ、揺り起こす
めぐる夢は明日の甘さに
──カート・アスター
ごくたまに現れる、この詩人。正体は誰なのか、同僚たちは首をかしげつつ楽しみにしていたという。
ソフィーの尋ね人広告を見て、謎がとけた。
「おい、この似顔絵、アスタルくんにそっくりじゃないか!」
「カート・アスター氏、だって? あの詩人と同じ名だ!」
彼らは蜂みたいに沸きたって、ソフィーへ手紙を書いた…… というわけだった。
冊子を支えるソフィーの手に、力がこもる。
「これはペンネームだったんです。
彼はすみれの星を見つけて、詩を書きました。そして、オートマン博士へのお手紙も、詩人の名前で出してしまったんです!」
天体観測も詩も、くらべられないほど大好きな、彼の大切な夢。
新しい星に出会えたよろこびが、ふたつをまぜこぜにした……
その時のカートを思うと、ソフィーの胸はあたたかい気持ちでいっぱいになった。
カート・アスターの詩は、すぐにみんなに知らされて、急いで時計塔へ運びこまれた。
「イザベルさん、魔法をつくろう!」
元気よく言ったのは、歌が大好きな少女・ルシア。
鐘の点検を終え、聞きこみにくわわる準備をしていた番人は、アメジストの目を丸くした。
「魔法を、つくる?」
「うん。私ね、カートさんの言葉にメロディーをつけるよ。
その歌を鐘の音にのせてほしいの。ブルームーンの夜、私たちを助けてくれた時みたいに」
ルシアは、仲よしのお人形・ルイーゼを抱いて、たったひとりの魔法つかいを見つめる。
少女を見あげたイザベルの表情に、キラキラの決心が広がった。
「ええ、やりましょう。
すみれの星にぴったりの歌を、鐘の魔法に。彼なら星まで飛べます!」
そう、あの青年なら。
月の歌で月までいけた、すてきであやしい気まぐれな夜の化身── ヨルだったら、きっと飛べる!




