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メリー・シュガーの夢の星  作者: 小津 岬
─5─ 夜空のかなたに
60/66

第30話 夢の星まで 2/2

「おはよう、ミス・メリー・シュガー!

 黄金の国レオールの、ただのふつうの使者が、あなたのもとへ馳せ参じたぞ」


 気品あふれる青年が、朗らかな声を響かせて白馬をおりた。

 道ゆく人々の注目が集まったところに、輪っかのみつあみ少女が飛びだしてくる。


「ハーティスさま!?

 これは願望、幻覚かしら。いいえ、ついに私にも眠りの夢が……」


「メリー、どうか君がこの現実を愛してくれるように。また会うことができて、とても嬉しいよ」


 青い瞳がやさしく微笑み、朝の太陽をかすませる。

 彼は目もとを隠すマスクをつけていたけれど、自分のかがやきの前にはなんの意味もなかった。



 調査局から出てきたウェイクが、驚いて尋ねる。

「これは、王子のような使者さま。

 おひとりでクロックベルまで? 一体どうなさったのですか」


「ああ、わが妹……

 ではなくて、クリスティーヌ姫がフクロウのお告げをうけてね。

 “ネックレスの鏡にこんぺいとうを映せ” と! こうして使いが駆けつけた、というわけだ」


 青年は、ビロードの袋におさめた宝物を取りだした。少女に歩み寄り、そっと握らせる。

「心おきなく受けとってくれ。

 クリスティーヌもジェシオも、私…… ではなく第一王子も、君の助けになりたいと願っている」


「はっ、はい、あのう。

 すてきな白馬の使者さんの手って、真冬でもこんなにあたたかいんですのね……」

 ポッと頬を染め、もじもじするメリー。

 馬のくつわをとったウェイクは、表情を消して壁と同化した。



 そのうしろで、事務所のドアがひらく。目をまん丸にしたマリオンが、戸口に立ちつくしていた。

「魔法の鏡、貸してくれるの? あたし、あなたの王宮をさんざんかきまわしたのよ」

「ああ、その件なのだが……」

 ハーティスがキリッとして、メリーたちに緊張が走る。

 けれどそれは、たったの一瞬。王子さまはすぐ笑顔になった。


「どうやって侵入できたか、ぜひとも教えてくれ。

 賢明なるジェシオ王子が、王宮の警備を見なおそうと躍起になっているのでね!」




 王子さまスイッチがはいり、準備はまたたく間にととのった。

 夕暮れどきの、高台のてっぺん。時計塔の前の広場にみんなが集まる。

 メリーにウェイク、マリオンにソフィー。

 レオールの使者・ハーティス王子。

 彼の横にはルシアが立ち、所長さんとクロウハイムも待機中……


 大事なゲストがもうひとり。

 立派な望遠鏡をかかえて駆けつけた、天文学の大先生・オートマン博士!

 いかめしいおじいさん博士は、ぴしっとした口ひげを動かし、きびきび説明した。


「さて、みなさん。

 レオールの鏡もぴったりはまり、あとは観測するだけです。それぞれの目で、じっくり探していただきたい」


 となりのメリーが、元気よくスプーンをかかげた。

「さあ、いよいよはじまりね。

 カートさんとミミさんを助けるため、力をあわせましょう!」



 ここで時計塔の扉がひらき、美しき番人・イザベルが顔をだした。

「今夜も冷えこみそうです。火を焚いていますので、いつでも暖をとってください」

「それではさっそく、一杯のお茶を、ふたりきりで……」

 彼女に恋するクロウハイムが、せき払いしてすばやく寄っていく。


「お茶係は僕です!」

 ぐいっとカップを差しだしたのは、イザベルの恋人・ステファンだ。

 メガネの奥の目をまたたかせ、おしゃれ青年と火花を散らす。

「さあクロウハイムさん、淹れたてのあつあつです。ひと息にどうぞ」


「悪いが、火傷なら彼女のお茶でしたい。

 君は配達で疲れているだろう、はやく平地に帰っておねんねしたまえ!」

「大丈夫です、郵便屋の足はいつでも坂を愛しているんです……!」




 激しい攻防をながめたオートマン博士が、メリーに尋ねる。

「ミス・シュガー、あちらの問題にもこんぺいとうを?」

「ええ、2回ほど。

 次はあなたの番ですね、博士! なかなかきてくれないから、ちょっと心配だったのよ」


 初恋の思い出にとらわれている老人は、少年のようにはにかんだ。

「すまない、どうにも照れくさくてね。

 この年で恥ずかしがることなど、もうないと思っていたのだが」


 彼がこんぺいとう屋を紹介されたのは、夏の終わりごろ。

 たまたま出会ったヨルに、お昼寝の夢をのぞかれてしまったのだった。

 その時のことを思いかえし、そわそわと坂の下を見る。


「あの自由すぎる1等星、ヨルム・フォルス氏はどこだね?

 会いたいような会いたくないような、複雑な気分だが……」



 ウェイクが眉をひそめ、首をひねった。

「それが、数日前から姿が見えないんです。

 レオール王国にメッセージを送ったということは、事情を把握しているはずなのですが」


 頭の中にあるのは、ヨルが時計塔の鐘をこわがっていた時のことだ。

 彼は、魔法がこめられた音を避けて、フラフラ出歩いていた。どうやら、嫌なものから距離をとる、するどい本能があるらしい。


 だとすると。

 いま町から消えているのも、星さがしの危険性を嗅ぎとっているせいでは……?



 じっと考えこむウェイクに、メリーが明るく言った。

「ヨルのことだから、なにを着てくるか迷っているのかもしれないわ。主役は遅れて登場、なんて華やかにね!」


「そうだな。大事な時に隠し玉とは、いかにもあいつらしい」

 彼は苦笑いを返したけれど、心のすみっこにもやもやが残った。




 やがて、クロックベルに夜空がおりた。

 すみれの星はどこにもない。オートマン博士が、落ちついてみんなに語りかけた。

「どうやら、われわれに見つからないように隠れているらしい。

 魔法の望遠鏡でさがしてみよう。お話ししたとおり、ご協力をお願いします」

「ええ、まかせて!」

 メリーが進みでて、望遠鏡の前に立った博士の手を握る。

 彼女の片手をウェイクが握って、さらに彼の手をルシアが……


 星に持っていかれないように、できるだけつながって重たくなろう!


 というのが、みんなで考えた安全対策だった。

 博士はレンズをのぞき、少しずつ望遠鏡の角度を調節しはじめた。

 メリーがちらっとふり返り、ウェイクにささやく。

「いよいよ会えるんだわ、すみれの星」

「ああ、いま目の前にある。大きな魔法、大きな秘密が」

 青年は、少女の手をぎゅっと握った。





 同じころ。

 町の入口に、元気のいい人影が駆けこんできた。

「あー、遅れた遅れた! 飛行機ならひとっとびなのにさっ」

 あわてて坂をのぼるのは、別の町に住む工房少年・キッド。

 彼は、今日の午後、メリーからのお手紙を受けとっていた。


 “今晩、謎と魔法の星さがしをします。

  お空と仲よしの、未来の飛行機王さま…… あなたの力を、私たちに貸して!”


「あとちょっと待ってくれよ、すみれの星。僕がかっこよく見つけてやるからな」

 マフラーをなびかせトンネルを抜けた、そのとき。


 突然、あたりがパァッとかがやいた。



「わっ、なんだ!?」

 びっくりして立ちどまる。

 ハッと上をむけば、淡い紫に染まった空を、キラキラの光がのぼっていく。

 くるくる描かれる輪っかは、こんぺいとう少女のみつあみにそっくり!


「……メリー!?」

 キッドは飛びあがり、風のように走りだした。

 息をきらしててっぺんにつくと、塔の前は静まりかえっていた。町を見おろす広場に、ウェイクが立ちつくしている。

 少年は、呆然とする人々をかきわけて、彼の肩を揺さぶった。

「ウェイクさん、メリーはどこ!? ここでなにがあったんだよ!」




 観測会は、途中までうまくいっていた。

 魔法の望遠鏡は、かくれんぼしたすみれの星を、ちゃんとつかまえてくれた。

 じんわり紫に光る、惑わされそうな美しさ。2人を連れさってしまった、危ない星のかがやき──


 度胸たっぷりのマリオンが、望遠鏡にくっついて声をあげた。

「お姉ちゃん、そこにいるんでしょ!

 今おりてくれば、新鮮な王子さまに会えるわ。ワルツを踊ってお姫さま抱っこもしてくれるって。大チャンスよ!」


 ソフィーも、とらわれた青年へ呼びかける。

「カートさん、私はここです。

 聞こえていたら、どうか答えてください。この先の夢の中でも……」



 けれど星は、なんの変化もなくまたたきつづけた。

 いったん休憩しよう、となって、みんなが時計塔にむかったとき。

 ウェイクのとなりを歩いていたメリーが、急にふり返った。

 何歩か戻って、ふしぎそうに空を見あげる。ぼんやりと夢みるように、こう言った。


「私はメリー・シュガーよ。あなたは、だあれ?」



 ウェイクにゾクッと直感が走った。

「メリー、応えてはいけない!」

 手を伸ばした瞬間、空が光った。

 闇が隠していた高台の景色が、いっぺんにあらわれる。どこまでも広がるミニチュアの町並み……


 そうだった。

 ここは、とてもとても高い場所。

 どうしても克服できない、自分の奥深くに息づく恐怖心。それはウェイクの動きをほんの少し遅くした。


 彼の手は届かなかった。


 少女の後ろ姿がキラキラかがやく。

 そばにあった望遠鏡も、まるごとぜんぶ、あたたかな光に変わる。

 すべては、お砂糖ひとつぶよりちっちゃな一瞬のできごと。ウェイクがまばたきしたとき、光は暗い空に消えてしまっていた。




「メリー……」

 キッドにつかまれたウェイクが、かすれた声を震わせた。

「俺は、守れなかった」

 みんな言葉をうしない、凍りついている。

 冷たく重い空気を割ったのは、遅れてきた少年だった。


「それじゃあ、取り戻そうぜ!

 メリーいれて3人、あと、すげー望遠鏡も。

 僕は星まで飛んでってやるからな。目つぶっていいからついてこいよ、ウェイクさん!」


 バシッと背中をたたかれたウェイクが、ちょっとだけ飛ぶ。

 ハーティス王子も凛々しく声をあげた。

「私も君たちとともに行こう。

 仲間を集め、新たな知恵を出しあえば、かならず道はひらける!」



 みんながふたたび力を取り戻し、わいわい会議がはじまった。

 盛りあがりを離れたルシアは、うつむいて両手を握りしめているウェイクに、そっとふれた。


「メリーのところにいこうね、一緒に」

 真剣な顔と、お祈りみたいに澄んだ声。

 青年は、やっとぎこちなくうなずいた。歩きだそうとして、足もとになにかを見つける。


 それは、銀色のかわいいスプーンだった。

 拾いあげると、昨日かわした会話が耳によみがえった。甘くて凛とした、心からの言葉が。



 “もしもあなたがいなくなってしまったら、私は見つけるまで探すもの。

  世界じゅうぜんぶの夢を引っくりかえしたって……”



「……迎えにいく。なにがあっても」

 ウェイクは少女の落としものを握りしめる。

 決意を浮かべた灰色の瞳に、冴えざえした夜が映りこんでいた。



(第31話につづく)

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