第30話 夢の星まで 2/2
「おはよう、ミス・メリー・シュガー!
黄金の国レオールの、ただのふつうの使者が、あなたのもとへ馳せ参じたぞ」
気品あふれる青年が、朗らかな声を響かせて白馬をおりた。
道ゆく人々の注目が集まったところに、輪っかのみつあみ少女が飛びだしてくる。
「ハーティスさま!?
これは願望、幻覚かしら。いいえ、ついに私にも眠りの夢が……」
「メリー、どうか君がこの現実を愛してくれるように。また会うことができて、とても嬉しいよ」
青い瞳がやさしく微笑み、朝の太陽をかすませる。
彼は目もとを隠すマスクをつけていたけれど、自分のかがやきの前にはなんの意味もなかった。
調査局から出てきたウェイクが、驚いて尋ねる。
「これは、王子のような使者さま。
おひとりでクロックベルまで? 一体どうなさったのですか」
「ああ、わが妹……
ではなくて、クリスティーヌ姫がフクロウのお告げをうけてね。
“ネックレスの鏡にこんぺいとうを映せ” と! こうして使いが駆けつけた、というわけだ」
青年は、ビロードの袋におさめた宝物を取りだした。少女に歩み寄り、そっと握らせる。
「心おきなく受けとってくれ。
クリスティーヌもジェシオも、私…… ではなく第一王子も、君の助けになりたいと願っている」
「はっ、はい、あのう。
すてきな白馬の使者さんの手って、真冬でもこんなにあたたかいんですのね……」
ポッと頬を染め、もじもじするメリー。
馬のくつわをとったウェイクは、表情を消して壁と同化した。
そのうしろで、事務所のドアがひらく。目をまん丸にしたマリオンが、戸口に立ちつくしていた。
「魔法の鏡、貸してくれるの? あたし、あなたの王宮をさんざんかきまわしたのよ」
「ああ、その件なのだが……」
ハーティスがキリッとして、メリーたちに緊張が走る。
けれどそれは、たったの一瞬。王子さまはすぐ笑顔になった。
「どうやって侵入できたか、ぜひとも教えてくれ。
賢明なるジェシオ王子が、王宮の警備を見なおそうと躍起になっているのでね!」
王子さまスイッチがはいり、準備はまたたく間にととのった。
夕暮れどきの、高台のてっぺん。時計塔の前の広場にみんなが集まる。
メリーにウェイク、マリオンにソフィー。
レオールの使者・ハーティス王子。
彼の横にはルシアが立ち、所長さんとクロウハイムも待機中……
大事なゲストがもうひとり。
立派な望遠鏡をかかえて駆けつけた、天文学の大先生・オートマン博士!
いかめしいおじいさん博士は、ぴしっとした口ひげを動かし、きびきび説明した。
「さて、みなさん。
レオールの鏡もぴったりはまり、あとは観測するだけです。それぞれの目で、じっくり探していただきたい」
となりのメリーが、元気よくスプーンをかかげた。
「さあ、いよいよはじまりね。
カートさんとミミさんを助けるため、力をあわせましょう!」
ここで時計塔の扉がひらき、美しき番人・イザベルが顔をだした。
「今夜も冷えこみそうです。火を焚いていますので、いつでも暖をとってください」
「それではさっそく、一杯のお茶を、ふたりきりで……」
彼女に恋するクロウハイムが、せき払いしてすばやく寄っていく。
「お茶係は僕です!」
ぐいっとカップを差しだしたのは、イザベルの恋人・ステファンだ。
メガネの奥の目をまたたかせ、おしゃれ青年と火花を散らす。
「さあクロウハイムさん、淹れたてのあつあつです。ひと息にどうぞ」
「悪いが、火傷なら彼女のお茶でしたい。
君は配達で疲れているだろう、はやく平地に帰っておねんねしたまえ!」
「大丈夫です、郵便屋の足はいつでも坂を愛しているんです……!」
激しい攻防をながめたオートマン博士が、メリーに尋ねる。
「ミス・シュガー、あちらの問題にもこんぺいとうを?」
「ええ、2回ほど。
次はあなたの番ですね、博士! なかなかきてくれないから、ちょっと心配だったのよ」
初恋の思い出にとらわれている老人は、少年のようにはにかんだ。
「すまない、どうにも照れくさくてね。
この年で恥ずかしがることなど、もうないと思っていたのだが」
彼がこんぺいとう屋を紹介されたのは、夏の終わりごろ。
たまたま出会ったヨルに、お昼寝の夢をのぞかれてしまったのだった。
その時のことを思いかえし、そわそわと坂の下を見る。
「あの自由すぎる1等星、ヨルム・フォルス氏はどこだね?
会いたいような会いたくないような、複雑な気分だが……」
ウェイクが眉をひそめ、首をひねった。
「それが、数日前から姿が見えないんです。
レオール王国にメッセージを送ったということは、事情を把握しているはずなのですが」
頭の中にあるのは、ヨルが時計塔の鐘をこわがっていた時のことだ。
彼は、魔法がこめられた音を避けて、フラフラ出歩いていた。どうやら、嫌なものから距離をとる、するどい本能があるらしい。
だとすると。
いま町から消えているのも、星さがしの危険性を嗅ぎとっているせいでは……?
じっと考えこむウェイクに、メリーが明るく言った。
「ヨルのことだから、なにを着てくるか迷っているのかもしれないわ。主役は遅れて登場、なんて華やかにね!」
「そうだな。大事な時に隠し玉とは、いかにもあいつらしい」
彼は苦笑いを返したけれど、心のすみっこにもやもやが残った。
やがて、クロックベルに夜空がおりた。
すみれの星はどこにもない。オートマン博士が、落ちついてみんなに語りかけた。
「どうやら、われわれに見つからないように隠れているらしい。
魔法の望遠鏡でさがしてみよう。お話ししたとおり、ご協力をお願いします」
「ええ、まかせて!」
メリーが進みでて、望遠鏡の前に立った博士の手を握る。
彼女の片手をウェイクが握って、さらに彼の手をルシアが……
星に持っていかれないように、できるだけつながって重たくなろう!
というのが、みんなで考えた安全対策だった。
博士はレンズをのぞき、少しずつ望遠鏡の角度を調節しはじめた。
メリーがちらっとふり返り、ウェイクにささやく。
「いよいよ会えるんだわ、すみれの星」
「ああ、いま目の前にある。大きな魔法、大きな秘密が」
青年は、少女の手をぎゅっと握った。
同じころ。
町の入口に、元気のいい人影が駆けこんできた。
「あー、遅れた遅れた! 飛行機ならひとっとびなのにさっ」
あわてて坂をのぼるのは、別の町に住む工房少年・キッド。
彼は、今日の午後、メリーからのお手紙を受けとっていた。
“今晩、謎と魔法の星さがしをします。
お空と仲よしの、未来の飛行機王さま…… あなたの力を、私たちに貸して!”
「あとちょっと待ってくれよ、すみれの星。僕がかっこよく見つけてやるからな」
マフラーをなびかせトンネルを抜けた、そのとき。
突然、あたりがパァッとかがやいた。
「わっ、なんだ!?」
びっくりして立ちどまる。
ハッと上をむけば、淡い紫に染まった空を、キラキラの光がのぼっていく。
くるくる描かれる輪っかは、こんぺいとう少女のみつあみにそっくり!
「……メリー!?」
キッドは飛びあがり、風のように走りだした。
息をきらしててっぺんにつくと、塔の前は静まりかえっていた。町を見おろす広場に、ウェイクが立ちつくしている。
少年は、呆然とする人々をかきわけて、彼の肩を揺さぶった。
「ウェイクさん、メリーはどこ!? ここでなにがあったんだよ!」
観測会は、途中までうまくいっていた。
魔法の望遠鏡は、かくれんぼしたすみれの星を、ちゃんとつかまえてくれた。
じんわり紫に光る、惑わされそうな美しさ。2人を連れさってしまった、危ない星のかがやき──
度胸たっぷりのマリオンが、望遠鏡にくっついて声をあげた。
「お姉ちゃん、そこにいるんでしょ!
今おりてくれば、新鮮な王子さまに会えるわ。ワルツを踊ってお姫さま抱っこもしてくれるって。大チャンスよ!」
ソフィーも、とらわれた青年へ呼びかける。
「カートさん、私はここです。
聞こえていたら、どうか答えてください。この先の夢の中でも……」
けれど星は、なんの変化もなくまたたきつづけた。
いったん休憩しよう、となって、みんなが時計塔にむかったとき。
ウェイクのとなりを歩いていたメリーが、急にふり返った。
何歩か戻って、ふしぎそうに空を見あげる。ぼんやりと夢みるように、こう言った。
「私はメリー・シュガーよ。あなたは、だあれ?」
ウェイクにゾクッと直感が走った。
「メリー、応えてはいけない!」
手を伸ばした瞬間、空が光った。
闇が隠していた高台の景色が、いっぺんにあらわれる。どこまでも広がるミニチュアの町並み……
そうだった。
ここは、とてもとても高い場所。
どうしても克服できない、自分の奥深くに息づく恐怖心。それはウェイクの動きをほんの少し遅くした。
彼の手は届かなかった。
少女の後ろ姿がキラキラかがやく。
そばにあった望遠鏡も、まるごとぜんぶ、あたたかな光に変わる。
すべては、お砂糖ひとつぶよりちっちゃな一瞬のできごと。ウェイクがまばたきしたとき、光は暗い空に消えてしまっていた。
「メリー……」
キッドにつかまれたウェイクが、かすれた声を震わせた。
「俺は、守れなかった」
みんな言葉をうしない、凍りついている。
冷たく重い空気を割ったのは、遅れてきた少年だった。
「それじゃあ、取り戻そうぜ!
メリーいれて3人、あと、すげー望遠鏡も。
僕は星まで飛んでってやるからな。目つぶっていいからついてこいよ、ウェイクさん!」
バシッと背中をたたかれたウェイクが、ちょっとだけ飛ぶ。
ハーティス王子も凛々しく声をあげた。
「私も君たちとともに行こう。
仲間を集め、新たな知恵を出しあえば、かならず道はひらける!」
みんながふたたび力を取り戻し、わいわい会議がはじまった。
盛りあがりを離れたルシアは、うつむいて両手を握りしめているウェイクに、そっとふれた。
「メリーのところにいこうね、一緒に」
真剣な顔と、お祈りみたいに澄んだ声。
青年は、やっとぎこちなくうなずいた。歩きだそうとして、足もとになにかを見つける。
それは、銀色のかわいいスプーンだった。
拾いあげると、昨日かわした会話が耳によみがえった。甘くて凛とした、心からの言葉が。
“もしもあなたがいなくなってしまったら、私は見つけるまで探すもの。
世界じゅうぜんぶの夢を引っくりかえしたって……”
「……迎えにいく。なにがあっても」
ウェイクは少女の落としものを握りしめる。
決意を浮かべた灰色の瞳に、冴えざえした夜が映りこんでいた。
(第31話につづく)




