第29話 盗まれたきらめき 2/2
まっしろい息も凍りそうな、寒い夜。
どこかの建物の屋上で、キリキリ張りつめたひとりごとが響いた。
「ああ、これも違う、これもダメ。
ふつうの町に、魔法の鏡なんてあるわけないじゃない…… あたし、一体どうしたらいいの!」
床に投げだされた鏡たちが、かがやく星を映している。けれど、彼女が会いたい星は、どこにも見えなかった。
数日後の朝。
クロックベルの町で、今年最後の骨董市がひらかれた。
ずらっと並んだ露店には、絵画にアクセサリー、ティーセットや古着…… すてきなものがなんでも!
にぎわう大通りのはじっこに、キラキラまぶしい一角があった。
「さあさあ鏡、鏡はいかがですか!
どれもとびっきり映ります。運のいいあなた、見えないものまで見えるかもしれませんよ?」
晴れやかな声をあげるのは、行商人に変身したクロウハイム。
ぴったりした帽子から、ひらひらの前髪がこぼれている(ここだけは譲れない)。
そのとなりに、助手に変装した令嬢・ソフィーが座っている。
彼女は緊張した様子であたりを見まわした。
「すごい人出ですわね、クロウハイムさん。緑の目をした赤毛の女の子、見つけられるかしら」
「特徴的な髪は、染めて隠している可能性が高いですね。
少年や老人に化けている、ということも…… あっどうも、いらっしゃいませ」
お客さんがやってきて、クロウハイムは愛想よくむきなおった。
そこに立っていたのは、緑の目をした少女――
みんな知っている歌好きの女の子、ルシアだ。やさしくはにかんで、澄んだ声で尋ねる。
「こんにちは。
とっておきの、ひみつの鏡があるって聞いたんですけれど、これのことですか?」
ルシアは、“非売品” の札がついた、丸い手鏡を指さした。クロウハイムが大げさに手をふる。
「ああ、それはお売りできません!
ものすごく特別な、ひみつの品だからね。申し訳ないね、お嬢さん」
「そうなんだ、残念だなあ……」
ルシアが退場し、次にやってきたのは、小さな男の子を抱っこしたおじいさん。
孫をつれて出動した、魔法史調査局の所長さんだ。
「ほら、ママにあげるプレゼントを選ぼう。どれがいいかね?」
「ひみつのひばいひん!」
男の子が元気よく鏡を指すけれど、やっぱり店主はおことわり。
「ごめんよ坊や、これはひみつだから売り物じゃないんだ。
かわりにこっちはどうかな? ひみつではないが、ひみつに負けないくらいピカピカだろう?」
胸やけしそうな、“ひみつ” のアピール。
これぞクロウハイムの名案、
“魔法の鏡屋さんをひらいて怪盗少女をおびき寄せよう! 作戦” だった。
ねらいどおり、
「ひみつの非売品だってさ」
「特別な鏡? まあ、どんなものかしら……」
と、人々が集まりはじめた。手ごたえを感じ、クロウハイムはひそかに笑う。
「ふふふ、計画どおりだ。
華麗に怪盗をつかまえれば、イザベルさんも私の魅力に気づいてくれるはず……
お通りのみなさま、ご覧ください。恋にだって効くキラキラの鏡が、こちらにございますよ!」
そのころメリー・シュガーは、市場のすみっこで青い目を光らせていた。
今日の彼女は、輪っかもみつあみもなし。
凛々しく束ねた髪をマフラーにしまいこみ、つば広の帽子とシックなコートで、甘さひかえめの装いを決めている。
「クールでかわいい乙女スパイは、ターゲットを見逃さないわ。さあマリオン、いつでもきてちょうだい!」
きょろきょろ視線を飛ばし、状況をしっかりチェック…… するつもりなのだけれど。
「ほかに鏡を置いているお店は?
あそこにひとつ、こっちにもひとつ。
……バラの絵柄のケーキ皿がひとつ、三日月のストールピンがひとつ。なんでもまぜたくなる大きなスプーンひとつ、あとで買いにいかなきゃ」
アンティークの森は誘惑だらけ。
ついつい目を奪われた少女の肩を、誰かがトンとたたいた。
「は、はいっ! これはよそ見じゃないの、偵察をしていたの!」
あたふたふりかえると、細いメガネをかけた知的な青年が、彼女をまっすぐ見つめていた。
曇りのない、きれいな灰色の瞳……
メリーの心がドキッと揺れる。背すじを伸ばし、お澄ましの早口でごあいさつ。
「まあどうも、こんにちは。
寒さもやわらいでとってもアンティーク日和ね。あなたは新しいメガネをおさがし?」
「メリー、メガネの奥の俺を見てくれ。
なんの変哲もないウェイク・エルゼンだ。それより、あちらがまずいことになったぞ」
名門大学生風に変装したウェイクが、おとりの鏡屋さんの方へ視線を走らせる。
顔をむけたメリーは、びっくり声をあげた。
「わあ、すごい人だかり! お店が埋もれちゃってる!」
作戦決行のために、古い鏡を仕入れてきた、おしゃれ好きのクロウハイム。
そして、その選別を手伝った、高級縫製店のひとり娘・ソフィー……
ふたりのセンスは、抜群すぎた。
「あの鏡屋さん、いい品物がそろってるよ!」
「すごくかわいい手鏡を買ったの。あなたも行ってみたら?」
評判がどんどん広がり、あっというまに大盛況。すてきな鏡をもとめて、次から次へと人が押し寄せる。
「ありがとうございました、はい、いらっしゃいませ!」
「プレゼント用ですか? きれいにお包みしますわ、リボンはこちらの3種類……」
クロウハイムとソフィーは、予想外のなりゆきに焦りつつも、お客さまをほうりだすことができない。
危機を察知したメガネ青年が、スパイ乙女の手をとった。
「これでは怪盗を見落としてしまう。現場へ急行だ!」
「ええ急ぎましょう、マリオンはあの中にいるわ!」
ふたりが駆けだした、まさにそのとき。
人ごみの真ん中で、テーブルにむかってしなやかな手が伸びた。
そして、“非売品” の手鏡をサッとつかみ、一瞬でさらっていった。
「あっ……!」
目撃したのは、近くにいたソフィーだけ。彼女はあわててクロウハイムに告げた。
「あの子がきました。クロウハイムさん、お店をお願いします!」
「えっ、私ひとりでこの混雑をさばけと!?
あっはい、いらっしゃい、セット購入で割引きもいたしますよ……」
お店のにぎわいを背にして、ソフィーは人の輪を抜けだした。
怪盗少女は、スカーフをかぶって、コートをひるがえして路地を駆けていく。
見たことないくらいの速さ、軽やかさ!
けれど、この競走にカート・アスターの運命がかかっている。運動が苦手なご令嬢は、必死に相手を追いかけた。
それでも、みるみるうちに差は広がる。角をまがれば見えなくなってしまう……
ついに走れなくなったソフィー。破れそうな胸を押さえて、せいいっぱい叫んだ。
「待って、マリオン! あなたは、すみれの星を……」
すみれの星を知っているの?
逃げていく背中がビクッとはねて、とまった。
少しだけソフィーの方を見た横顔。
大きな緑の瞳に浮かんでいたのは、焦りと心細さだった。謎にふさがれて、まわりが見えなくなってしまって、どうにもできなくて――
ソフィーはハッと目をひらいた。
「あなたは、誰かを探しているのね。とても大切な人を…… 私と同じように!」
鏡を握ったマリオンが、するどくふりむく。
「同じですって?
やめてよ、あなたのことなんかぜんぜん知らない。あたしにはなにも関係ないわ!」
ここで、様子に気づいたメリーたちが走りこんできた。
「ソフィーさん、大丈夫!?」
「マリオン、もう逃げられないぞ。事情を話してくれ」
ウェイクが落ちついて語りかける。
しかし怪盗少女は、顔をこわばらせ、首を横にふった。
頭をおおったスカーフから、赤い髪がひと房こぼれる。レオールの王宮で会った時の自信も勢いも、すっかりなくなっていた。
メリーは、とても寂しく思った。
得意の変装もできないくらい、追いつめられていたんだわ。
そういえば、誰かの前にあらわれる時、この子はいつもひとりきりだった──
ソフィーが呼吸をととのえ、少女へ手を差しのべた。
「その鏡に、魔法の力はないわ。
あなたに必要な力は、ここに…… メリーやウェイクさんや、みんなのところにあるんじゃないかしら」
相手を見つめ、強い思いをこめる。
「お願いよ、マリオン。
あなたの力も貸してほしいの。私は、私の大切な人を助けたい」
のどかな冬の空の下、彼らは黙ってむきあった。
やがて、怪盗少女の眉が、しゅんとさがった。弱々しいつぶやきが落っこちる。
「……お姉ちゃん」
メリーが青い目を丸くする。
「まあ、あなたにお姉さんが? その方をさがしているの?」
親身に尋ねられたマリオンは、もうひとりぼっちではいられない。子どもみたいに立ちすくんで、声を震わせた。
「あ、あたしのお姉ちゃん、星にさらわれちゃった!」
3人が一斉に飛びあがる。
「ええっ、すみれの星に!?」
「大事件じゃないか!」
「もしかして、カートさんも星の中かしら!?」
怪盗をやめた少女は、その場にしゃがみこみ、顔をおおって泣きだした。
「魔法が足りない、どこにもない。
あたしひとりじゃ、なんにもできないの。お姉ちゃんを助けて、メリー・シュガー!」
(第30話につづく)




