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メリー・シュガーの夢の星  作者: 小津 岬
─5─ 夜空のかなたに
58/66

第29話 盗まれたきらめき 2/2

 まっしろい息も凍りそうな、寒い夜。

 どこかの建物の屋上で、キリキリ張りつめたひとりごとが響いた。


「ああ、これも違う、これもダメ。

 ふつうの町に、魔法の鏡なんてあるわけないじゃない…… あたし、一体どうしたらいいの!」


 床に投げだされた鏡たちが、かがやく星を映している。けれど、彼女が会いたい星は、どこにも見えなかった。




 数日後の朝。

 クロックベルの町で、今年最後の骨董こっとう市がひらかれた。

 ずらっと並んだ露店には、絵画にアクセサリー、ティーセットや古着…… すてきなものがなんでも!

 にぎわう大通りのはじっこに、キラキラまぶしい一角があった。


「さあさあ鏡、鏡はいかがですか!

 どれもとびっきり映ります。運のいいあなた、見えないものまで見えるかもしれませんよ?」


 晴れやかな声をあげるのは、行商人に変身したクロウハイム。

 ぴったりした帽子から、ひらひらの前髪がこぼれている(ここだけは譲れない)。



 そのとなりに、助手に変装した令嬢・ソフィーが座っている。

 彼女は緊張した様子であたりを見まわした。

「すごい人出ですわね、クロウハイムさん。緑の目をした赤毛の女の子、見つけられるかしら」


「特徴的な髪は、染めて隠している可能性が高いですね。

 少年や老人に化けている、ということも…… あっどうも、いらっしゃいませ」


 お客さんがやってきて、クロウハイムは愛想よくむきなおった。

 そこに立っていたのは、緑の目をした少女――

 みんな知っている歌好きの女の子、ルシアだ。やさしくはにかんで、澄んだ声で尋ねる。


「こんにちは。

 とっておきの、ひみつの鏡があるって聞いたんですけれど、これのことですか?」


 ルシアは、“非売品” の札がついた、丸い手鏡を指さした。クロウハイムが大げさに手をふる。


「ああ、それはお売りできません!

 ものすごく特別な、ひみつの品だからね。申し訳ないね、お嬢さん」

「そうなんだ、残念だなあ……」



 ルシアが退場し、次にやってきたのは、小さな男の子を抱っこしたおじいさん。

 孫をつれて出動した、魔法史調査局の所長さんだ。


「ほら、ママにあげるプレゼントを選ぼう。どれがいいかね?」

「ひみつのひばいひん!」

 男の子が元気よく鏡を指すけれど、やっぱり店主はおことわり。


「ごめんよ坊や、これはひみつだから売り物じゃないんだ。

 かわりにこっちはどうかな? ひみつではないが、ひみつに負けないくらいピカピカだろう?」


 胸やけしそうな、“ひみつ” のアピール。

 これぞクロウハイムの名案、

 “魔法の鏡屋さんをひらいて怪盗少女をおびき寄せよう! 作戦” だった。

 ねらいどおり、

「ひみつの非売品だってさ」

「特別な鏡? まあ、どんなものかしら……」

 と、人々が集まりはじめた。手ごたえを感じ、クロウハイムはひそかに笑う。


「ふふふ、計画どおりだ。

 華麗に怪盗をつかまえれば、イザベルさんも私の魅力に気づいてくれるはず……

 お通りのみなさま、ご覧ください。恋にだって効くキラキラの鏡が、こちらにございますよ!」




 そのころメリー・シュガーは、市場のすみっこで青い目を光らせていた。

 今日の彼女は、輪っかもみつあみもなし。

 凛々しく束ねた髪をマフラーにしまいこみ、つば広の帽子とシックなコートで、甘さひかえめの装いを決めている。


「クールでかわいい乙女スパイは、ターゲットを見逃さないわ。さあマリオン、いつでもきてちょうだい!」


 きょろきょろ視線を飛ばし、状況をしっかりチェック…… するつもりなのだけれど。


「ほかに鏡を置いているお店は?

 あそこにひとつ、こっちにもひとつ。

 ……バラの絵柄のケーキ皿がひとつ、三日月のストールピンがひとつ。なんでもまぜたくなる大きなスプーンひとつ、あとで買いにいかなきゃ」


 アンティークの森は誘惑だらけ。

 ついつい目を奪われた少女の肩を、誰かがトンとたたいた。



「は、はいっ! これはよそ見じゃないの、偵察をしていたの!」


 あたふたふりかえると、細いメガネをかけた知的な青年が、彼女をまっすぐ見つめていた。

 曇りのない、きれいな灰色の瞳……

 メリーの心がドキッと揺れる。背すじを伸ばし、お澄ましの早口でごあいさつ。


「まあどうも、こんにちは。

 寒さもやわらいでとってもアンティーク日和ね。あなたは新しいメガネをおさがし?」


「メリー、メガネの奥の俺を見てくれ。

 なんの変哲もないウェイク・エルゼンだ。それより、あちらがまずいことになったぞ」


 名門大学生風に変装したウェイクが、おとりの鏡屋さんの方へ視線を走らせる。

 顔をむけたメリーは、びっくり声をあげた。

「わあ、すごい人だかり! お店が埋もれちゃってる!」




 作戦決行のために、古い鏡を仕入れてきた、おしゃれ好きのクロウハイム。

 そして、その選別を手伝った、高級縫製店のひとり娘・ソフィー……


 ふたりのセンスは、抜群すぎた。


「あの鏡屋さん、いい品物がそろってるよ!」

「すごくかわいい手鏡を買ったの。あなたも行ってみたら?」


 評判がどんどん広がり、あっというまに大盛況。すてきな鏡をもとめて、次から次へと人が押し寄せる。


「ありがとうございました、はい、いらっしゃいませ!」

「プレゼント用ですか? きれいにお包みしますわ、リボンはこちらの3種類……」


 クロウハイムとソフィーは、予想外のなりゆきに焦りつつも、お客さまをほうりだすことができない。

 危機を察知したメガネ青年が、スパイ乙女の手をとった。

「これでは怪盗を見落としてしまう。現場へ急行だ!」

「ええ急ぎましょう、マリオンはあの中にいるわ!」




 ふたりが駆けだした、まさにそのとき。

 人ごみの真ん中で、テーブルにむかってしなやかな手が伸びた。


 そして、“非売品” の手鏡をサッとつかみ、一瞬でさらっていった。


「あっ……!」

 目撃したのは、近くにいたソフィーだけ。彼女はあわててクロウハイムに告げた。

「あの子がきました。クロウハイムさん、お店をお願いします!」


「えっ、私ひとりでこの混雑をさばけと!?

 あっはい、いらっしゃい、セット購入で割引きもいたしますよ……」




 お店のにぎわいを背にして、ソフィーは人の輪を抜けだした。

 怪盗少女は、スカーフをかぶって、コートをひるがえして路地を駆けていく。

 見たことないくらいの速さ、軽やかさ!

 けれど、この競走にカート・アスターの運命がかかっている。運動が苦手なご令嬢は、必死に相手を追いかけた。


 それでも、みるみるうちに差は広がる。角をまがれば見えなくなってしまう……

 ついに走れなくなったソフィー。破れそうな胸を押さえて、せいいっぱい叫んだ。


「待って、マリオン! あなたは、すみれの星を……」


 すみれの星を知っているの?



 逃げていく背中がビクッとはねて、とまった。

 少しだけソフィーの方を見た横顔。

 大きな緑の瞳に浮かんでいたのは、焦りと心細さだった。謎にふさがれて、まわりが見えなくなってしまって、どうにもできなくて――


 ソフィーはハッと目をひらいた。

「あなたは、誰かを探しているのね。とても大切な人を…… 私と同じように!」

 鏡を握ったマリオンが、するどくふりむく。


「同じですって?

 やめてよ、あなたのことなんかぜんぜん知らない。あたしにはなにも関係ないわ!」



 ここで、様子に気づいたメリーたちが走りこんできた。

「ソフィーさん、大丈夫!?」

「マリオン、もう逃げられないぞ。事情を話してくれ」

 ウェイクが落ちついて語りかける。


 しかし怪盗少女は、顔をこわばらせ、首を横にふった。

 頭をおおったスカーフから、赤い髪がひと房こぼれる。レオールの王宮で会った時の自信も勢いも、すっかりなくなっていた。

 メリーは、とても寂しく思った。


 得意の変装もできないくらい、追いつめられていたんだわ。

 そういえば、誰かの前にあらわれる時、この子はいつもひとりきりだった──



 ソフィーが呼吸をととのえ、少女へ手を差しのべた。

「その鏡に、魔法の力はないわ。

 あなたに必要な力は、ここに…… メリーやウェイクさんや、みんなのところにあるんじゃないかしら」


 相手を見つめ、強い思いをこめる。

「お願いよ、マリオン。

 あなたの力も貸してほしいの。私は、私の大切な人を助けたい」



 のどかな冬の空の下、彼らは黙ってむきあった。

 やがて、怪盗少女の眉が、しゅんとさがった。弱々しいつぶやきが落っこちる。


「……お姉ちゃん」


 メリーが青い目を丸くする。

「まあ、あなたにお姉さんが? その方をさがしているの?」

 親身に尋ねられたマリオンは、もうひとりぼっちではいられない。子どもみたいに立ちすくんで、声を震わせた。


「あ、あたしのお姉ちゃん、星にさらわれちゃった!」


 3人が一斉に飛びあがる。

「ええっ、すみれの星に!?」

「大事件じゃないか!」

「もしかして、カートさんも星の中かしら!?」


 怪盗をやめた少女は、その場にしゃがみこみ、顔をおおって泣きだした。

「魔法が足りない、どこにもない。

 あたしひとりじゃ、なんにもできないの。お姉ちゃんを助けて、メリー・シュガー!」



(第30話につづく)


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