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メリー・シュガーの夢の星  作者: 小津 岬
─5─ 夜空のかなたに
57/66

第29話 盗まれたきらめき 1/2

 1年のおしまいも近づいた、ある冬の日。

 魔法史調査局のドアが、いきおいよく開いた。


「ウェイク、事件だぞ。となり町に泥棒が出た!」


 毛皮つきマントをたなびかせるのは、おしゃれ青年ヨハン・クロウハイム。

 書類にペンを走らせていたウェイクは、吹きこむ風からリスのカゴをかばった。


「かっこいいポーズを決めなくていいから、はやく閉めてくれ。レインが寒がってかわいそうだ。

 それに、窃盗事件は警察の管轄だろう?」


「ただの盗みならね。しかし、この一連の事件、ねらわれたものが問題なんだよ」

 ひらひらの前髪をかきあげるクロウハイム。

 彼はもう、 “本部の視察官さま” じゃない。

 新しい肩書きは、クロックベル魔法史調査局所属・ふつうの調査員その2……

 つまり、ウェイクの同僚になったのだった。



 少し前に、仕事で町へやってきた彼。

 “魔法を利用して成りあがる!”

 という野望をメリーにくだかれ、時計塔の番人に恋をして、その恋がみごとに破れた。


「あの人、散々だったのになかなか帰らないわねえ」

「失恋がよっぽどショックだったんだろう。傷が癒えたら、都に戻るんじゃないかな」

 みんなそんなふうに話していたけれど、彼は、いつまでもいつまでも、いた。

 実は、とってもすばやく転勤願いを出していたのだ。


 そんなわけで、燃える青年は今日も元気に片想い中。

「まじめにはたらく姿を見せれば、イザベルさんの気持ちも動くかもしれない!」

 と、あちこち出かけて魔法のかけらあつめに励んでいる。



「私はとびっきりの情報をつかんだぞ、誰よりも迅速、正確に。

 聞こえますか、イザベルさん。ヨハン・クロウハイムは時計のように勤勉ですよ。君の愛する時計塔にもまさりますよ!」


「わかったわかった、すごいすごい、鎮まれ鎮まれ」

 ウェイクがペンをふって呪文をとなえる。

 メリーのきらきらの「メア・ディム・ドリム!」のようにはいかず、インクのちっちゃな染みが書類にはねた。



「それで、一体なにが盗まれたんだ? スプーンか鍋か、すてきなリボンのひと巻きか」


「ああ、標的は “鏡” だ。目抜き通りの店の商品が、根こそぎ消えたらしい」

 クロウハイムが急にキリッとする。恋さえからまなければ、頼れる優秀な調査員だ。


「そこでだ、ウェイク。

 君の日報の中に、レオール王国の舞踏会の記録があっただろう? お姫さまの宝物、鏡のネックレスがねらわれた…… と」



 ウェイクはハッとペンを置いた。

「もしや、犯人はあの怪盗少女か?」

「そうとも!

 目撃者の証言は、マリオンという少女の特徴と一致している。私がきちんと記録を読んでいて助かっただろう」


 ふんぞり返るクロウハイムを放置して、ウェイクが突風のように事務所を飛びだした。

 置いてけぼりの同僚があわてて引きとめる。

「おいおい、お礼もなしか? 現場にいくなら準備を……」


「いや、高台にいく!

 メリーに危険がおよぶかもしれない。すまないが、レインの昼食クルミの仕度を頼む!」

 青年は、黒っぽいマントをなびかせ、石畳を駆けていった。


 反対側の道から、所長さんがのんびり歩いてくる。

 ほかほかベーグルでふくらんだ紙袋をかかえて、きょとんと部下を見送った。

「ウェイクはどうしたんだね? みんなでお昼にしようと思ったんだが……」

 クロウハイムは上品に肩をすくめた。

「こんぺいとうへの愛で、火がついたようです。あれも一種の魔法ですね」




 それからすぐあとのこと。

 高台のてっぺんの、こんぺいとう屋さんのドアが、とっても弱々しくたたかれた。


「はぁい、ふにゃふにゃのノックをするのはだあれ? 油が切れかけのランプさんかしら……」

 ぴょこっと顔をのぞかせたメリー・シュガー。

 戸口にもたれてぜいぜい言っている青年を見て、目を丸くした。


「まあ、ウェイク! お顔が青リンゴ色だわ、どうしたの?」


 彼は、もみくちゃにした帽子を、震える手で差しだした。

「か、風で飛ばされ、ふり返って…… 坂の上、見晴らしがよすぎて……」


「なんて事故なの、中でおやすみして。

 ここはすごく平らだし、ぴゅーっと吹くのはケトルだけよ。ねえ、ソフィーさん!」



 ウェイクを引っぱりこみながら、先客に顔をむける。

 優雅に立ちあがったのは、縫製店のご令嬢だ。


「ええ、メリーのお部屋はどこよりも安心ですわ。こちらにおかけになって」


 やさしくイスをすすめる彼女の胸もとで、ネックレスが揺れた。

 繊細な鎖の先に、紫色のガラスでできた、すてきなカメオがさがっている。

 そこには青年の横顔が刻まれていた。

 秀でた額に細い鼻筋、熱意を秘めた穏やかな瞳…… ソフィーが夢の中で出会った、大切な人の肖像だ。


 令嬢は、嬉しそうにカメオにふれた。

「ウェイクさん、何度でもお礼を言わせてください。こはくとうをつくってくださって、本当にありがとう!」



 夢に描いたものを現実にもたらしてくれる、魔法のこはくとう。

 ソフィーは、メリーとウェイク(鍋係)のおかげで、過去を失った青年の肖像を手に入れた。

 そして、カメオをもとにした似顔絵をつけて、ふたたび尋ね人の広告を出していた。


 “さがしています

  カート・アスター氏

  彼は、天文学を愛する、すみれ色の星の発見者です”……


 ウェイクが青白い顔で微笑む。

「俺も新聞を見ましたよ。あの似顔絵は、よく目を引く。きっと朗報が入るでしょう」

 メリーがあたたかいお茶を出しながらのぞきこんだ。

「ウェイク、あなたのニュースはなあに? とっても急いできたみたいだけど……」

「そうだメリー、君が危ないんだ!」

 しゃっきりしたウェイクは、となり町に怪盗マリオンがあらわれたことを話した。




 事件のあらましを聞いたメリーは、びっくりしつつ、かわいらしく首をかしげた。

「マリオンは、ふつうの鏡をたくさん持っていっちゃったの? 魔法の鏡がほしかったんじゃないのかしら」


「言われてみれば、おかしいな…… 手あたりしだい鏡を集めて、なにをしようとしているんだろう?」

 ウェイクが腕組みすれば、メリーも難しい顔になる。

「そこがわからないわね。

 たとえば、ヨルだったら、ぜんぶ並べて自分を映してよろこびそうだけれど」


 “わぁ、みてみて、僕がいっぱい!

  これだけ僕がいれば、町じゅうの女の子が寂しがらなくってすむよねぇ”

 はしゃいだ声とともに、黒髪の美青年の笑顔が浮かぶ。

 ウェイクは、きらびやかな幻影を帽子であおいで打ち消した。


「ある意味では危険だが、平和な使い道だな。

 しかし、あの少女の目的は、そんなお遊びではなさそうだ」



 ふたりの会話を聞いていたソフィーが、そっと尋ねた。

「ねえ、メリー。レオール王家の宝物には、すべてに魔法の力があるのかしら」

「ええっと、たぶん、皇太后さまの残したものだけに。皇太后さまは、宮廷につかえた星占い師のお家柄なんですって」


「星と、鏡…… もしかしたら!」

 ひらめいた彼女は、バッグから大判の冊子を取りだした。


 “シープランド天文学会報 きらめきだより 12月号”


 飾り文字のかわいいタイトルの下に、ファンシーな星座のイラストが踊っている。メリーは瞳をかがやかせた。

「まあ、ソフィーさん! カートさんのために、星のお勉強をしていたの」

「ええ、少しでも役に立てば、と思って。ここを見てくれるかしら」


 彼女が広げたのは、

  “図説! よくわかる反射望遠鏡” というページ。

 大きな筒の横側に、小さな筒がくっついた絵が描いてある。



「ふむふむ、これでお星さまを観察するのね」

 メリーがわかったのは、そこまで。

 こまかい説明はパッと見ただけで難しくて、少女は眉をさげた。


「うう、かわいい表紙からの不意うち。なかなかやるわね、天文学会さん」


 となりからのぞきこんだウェイクが、指で文章をたどる。

「よし、解読しよう。

 “この望遠鏡の中には、2枚の鏡が設置されており”…… ん、鏡だって?」

 ふたりは、ハッと顔をあげる。

 ソフィーが両手を握りあわせてうなずいた。


「怪盗の女の子は、望遠鏡をつくりたいのではないかしら。魔法の鏡を使った、魔法の望遠鏡を」



 そうだとすると、マリオンが探しているものは?

 ふつうの鏡では映しだせない、ふしぎな星――


「まさか…… カートさんが見つけた、すみれの星!?」



 輪っかのみつあみがはねあがったとき。

 コツコツコツ、と気どったノックの音がした。ウェイクがドアを開けると、クロウハイムが愛想よく笑顔を見せた。


「お嬢さんたち、こんにちは。

 すまないが同僚を回収させてもらうよ、怪盗捕獲作戦にとりかからなくては。さあ出動だ!」

 と、ウェイクのマントをつかんで身を返す。


「待って、つれていかないで! いま、謎ときがいいところなのっ」


 メリーが駆け寄り、負けじとウェイクを引っぱった。

 おしとやかな令嬢も、華奢な腕で加勢する。

 綱ひきの綱になった青年は、伸びたりちぢんだりしながら呪文をとなえた。


「鎮まれ鎮まれ、みんな鎮まってくれ。

 クロウハイム、作戦があるなら彼女たちに協力してもらおう。お前のことだから名案なんだろう?」



「いかにも、まさしく!」

 クロウハイムがパッと両手を広げる。

 解放されたウェイクは、メリーとソフィーと一緒に、仲よく尻餅をついた。


「わざわざご着席いただき、心より感謝を。

 それでは聞いてくれたまえ、寸分の隙もない完璧な筋だてを。前口上として、私がつくった愛の鐘の詩をひとつ……」


 元気な同僚は、身ぶり手ぶりも華やかに、すっかり演説気分。

 床の上の3人は、ちょっと不安な顔を見あわせ、燃える調査員の美声に耳をかたむけた。


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