第28話 フォレスタ、巣をつくる 2/2
雪は夕方まで降りつづいた。
フォレスタは、お日さまに会えずに暗くなった空を飛び、教会に戻ってきた。きっちり片づいた屋根裏部屋は、静かに主を待っている。
彼は、テーブルの上にふたつのおみやげを置いた。
少女たちがヨルのために包んでくれたクッキー。それから、かがやく砂糖菓子がつまった夢の小ビン……
「こはくとう、か。なんだか不思議なものだな」
首をいっぱいかしげてのぞきこむ。
氷のような、宝石のような、透きとおる結晶。うすい緑や黄色が淡く溶けあっている。
とてもきれいだけれど、親しみやすいこんぺいとうと違い、どこかツンとした雰囲気がただよっていた。
じっと見つめていると、さっき耳にした呪文がよみがえってきた。
「今宵、願いをかたどって。
やさしい羽の探しもの、見つけた居場所でやすらぐ寝床。
メア・ディム・ドリム、アンバール・ジェラタム!」
お茶会のあとにはじまった、ひみつの時間。
スプーンをサッとふり抜いたメリーが、すかさず仕上げの材料を加える。
細くてギザギザ、濃い茶色の、竜みたいな植物―― ドラゴニア公国から贈られた海草だ。
彼女が苦労して手に入れた、貴重な品。
けれど、色が冴えないし、なんだか長い。どこまでも長い。とぐろを巻きながら、どんどんお鍋に沈んでいく。
(こ、これでお菓子ができるのか?)
見守るフォレスタが不安になった、次の瞬間。
ルシアがささえているお鍋から、うずまく光が立ちのぼった。
(師匠、危ないっ!)
「大丈夫、ウェイクさんから教えてもらったの! ほら、見て」
彼女は、オムレツを引っくりかえすみたいにお鍋をふるった。
ポーン、と宙にあがったキラキラの光。
天井の近くまで飛んで、パチッとはじけ、結晶の雨がお鍋に降ってきた。
「ホゥ!」
びっくりして声をあげたフォレスタ。メリーがスプーンをゆらゆらさせて言い添える。
「これはね、まだ未完成。最後に必要なのは、あなたの強い気持ちなの」
(理想の巣を知りたい、という心か?)
「ええ。こはくとうと眠る時、ほかのことを忘れちゃうくらい、願いをかけてみて。
目が覚めたら、そこに答えがあるわ」
小ビンを差しだしたメリーは、輪っかのみつあみまでぴしっとしていて、とても頼もしかった。
彼女の面影に勇気づけられたフォレスタは、鳥カゴの跡地にこはくとうを運ぶ。
「よし、早く夢を見るとしよう。
どんな巣をつくるか決めて、マスターが帰る前に完成させなくては!」
フタを開けて、眼を閉じて。
乙女クッキーとおいしい紅茶のおかげで、お腹はいっぱい。彼はすぐに眠りに落ちた。
雲の奥に月を隠し、夜が深まっていく。
南通りの酒場には、一日を終えた大人たちが集まっていた。
あたたかなワインの香り、にぎやかなおしゃべり。ナッツやソーセージのお皿が気前よく飛びかって、明るい笑い声が響く。
「こんばんは、今日はよく降ったね」
「雪かきしていて出遅れたよ! ワインはまだ残っているかな」
「ええ、これからが本番…… あらヨルム、おかわりなら私が取ってくるわよ?」
美女の渦の真ん中で立ちあがったヨルは、飲みほした杯を高くかかげた。
「ごちそうさま、もうじゅうぶん。ヨルム・フォルス博士の恋愛講座、本日はここまで!」
「そんなのだめ、ひさしぶりに会えたのに!」
「誰かと約束があるの? 女の子だったら許さないわ」
不満げな声と、次々伸ばされる手。華麗にかわした青年は、サッとコートを羽織った。
「雪のない夜に、また会えるかもね」
と、幸運な誰かの手をつかまえてキスをして、カウンターにむかう。
おじさんをかきわけて「よいしょ!」と顔を出し、コンコンとテーブルをたたいた。
「マスター、マスター。僕の荷物かえして」
おじいさん店主が苦笑いで棚を開ける。
「おやおや。ありがとう、くらい言ってくれてもいいんじゃないかい、ヨルムくん?」
「それじゃあいっぱいありがとー、マスター。
いつもマスターって呼ばれてるから、自分で言うと変な感じ。またねマスター!」
無事に預けものを受けとった彼は、雪の残る道を足早に歩いていった。
そのころ、フォレスタは夢の中を飛んでいた。
「なるほど、こういうことか」
あたりを見まわし、感心の声をもらす。遠くまで広がる森は、なにもかもこはくとうでできていた。
そして、キラキラの木の上に、ありとあらゆる形の巣が飾ってある。
白木を組みあわせた上品なもの。
毛糸で編みあげたあったかいもの。
王さまのベッドみたいな豪華なものまで……
「これだけあれば、かならず理想の巣が見つかる!」
彼はわくわくして飛びまわり、たくさんの巣に座ってみた。
けれど、どれもこれもしっくりこない。首をひねっていると、晴れた空から声が降ってきた。
“1から、つくる?”
女の子か男の子かはっきりしない、ちょっとたどたどしい声。
フォレスタはハッと警戒した。
「何者だ?」
“これ、素材”
「いや、あの、名前を尋ねたのだが……」
とまどっていると、空中にこはくとうの輝きがあらわれた。ふしぎな結晶は、なつかしの鳥カゴの形をしている。
謎の声が彼をせかした。
“あんまり、時間、ない。
鳥カゴ、足りないとこは? 広いせまい、暑いさむい……”
「そ、そうだな。もう少し、やわらかい方がいい」
すると、鳥カゴが丸くたわんで、カボチャみたいに形を変えた。
彼は、翼を顎にあてて眼をせばめる。
「ううん、すき間は必要ないかもしれない。カゴではなくて、壁がほしいな」
そう言ってみると、こはくとうは卵のような形になった。まるで粘土遊びだ、フォレスタは楽しくなってきた。
「ああ近いぞ、円形がいい!
横に長くしてみよう。いや、それでは長すぎる。そうそう、それくらいでちょうど。厚みはどうしようか……」
羽をふるって、時間を忘れて。
すっかり没頭して――
「できたっ!」
自分の声で目が覚めた。
同時に、パチッと指を鳴らす音がして、テーブルの上のランプがともった。
ドアを開けたヨルが、きょとんとした顔をのぞかせている。
「ただいま、フォレスタ。それは……?」
フクロウは得意げに翼を広げた。
「マスター、できましたよ。あなたのお昼寝用の枕が!」
「まくら?」
青年は目をまん丸にした。
忠実すぎる友だちの前にあるのは、キャンディー包みのような形の、華やかなクッション。
すべすべの生地でできていて、くるりと巻いてあるカバーは、咲きほこるバラの花柄。ただし色調は淡くてシック、ほどよくあやしい。真昼のまどろみにぴったりだ。
夢に描いたものを、現実にもたらしてくれる。
それが、メリー・シュガーのこはくとうの力だった。
フォレスタは、舞いあがって枕を持ちあげてみせる。
「いかがですマスター、理想的ではないでしょうか!」
「うん、いいね、すごくいい。それで、君の巣はどこ?」
「あっ」
鳥が静かに着地して、ふり返る。
小ビンの中は、お砂糖すら残らず、本当のからっぽ。彼はがっかりして翼をさげた。
「すっかり失念していました。せっかくメリー・シュガーが協力してくれたのに」
ヨルは、ドアから半身を出したまま、そっけなくうなずいた。
「そう、じゃあどうする?」
「ううん、ワインの木箱でももらってきましょうか。もちろん、あなたがよければ、ですが……」
「だめ」
ばっさり言ったヨルが、ドアを大きく開けた。
片手に抱えていたものを、ポンとフォレスタへ投げる。ダークグリーンの葉っぱの模様をした、丸いクッション……
受けとめれば、すばらしくふかふかだ。
フクロウがぴょんと飛びあがった。
「マスター、これは!?」
「座ってみたら? 箱よりマシだと思うよ」
鏡の前で身じたくを解きながら、ヨルが何気なく言う。
フォレスタは、おそるおそるクッションに乗ってみた。
真ん中に深いへこみがあって、いい具合に身体がおさまる。いつまでも座っていられる。
特注品としか思えない。夜の羽が感激に震えた。
「ぴったりです、これが一番です! わざわざ私のために、朝帰りもせず……?」
「さあ、どうかな。どっちにしろ、外で遊ぶには寒すぎたよ」
肩をすくめた青年は、さっそく敷物の上に寝ころがった。
夢から生まれた枕がしっかり頭を受けとめてくれて、思わず頬がゆるむ。
あおむけに見る窓は真夜中の黒。
そこにちらつきはじめた雪を、赤い瞳が追いかけた。
「あーあ、また積もりそう。しばらくこもりきりかなぁ」
「われわれの準備は万端ですね、マスター」
ぬくぬくしながら答えたフォレスタ。
彼は、メリーとこはくとうに感謝しながらも、ちょっと疑問に思っていた。
どう考えても、あの天の声はメリーじゃなかった。
ヨルがすてきに演技をしたわけでもないし、魔法つかいのイザベルでもない。
親切だけれど見知らぬ誰かが、そこにいた。
「夢に干渉できる者、というと…… 一体、どこの誰なのでしょうかね、マスター」
そうつぶやいて、そっと青年をうかがう。気まぐれでやさしい主は、もう夢のない眠りに身を沈めていた。
(第28話 おわり)




