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メリー・シュガーの夢の星  作者: 小津 岬
─5─ 夜空のかなたに
55/66

第28話 フォレスタ、巣をつくる 1/2

「チェックメイトです、マスター!」


 フクロウの声が屋根裏部屋に響く。

 口笛を吹いてよそ見していたヨルが、

「えっ」

 とチェスボードを見つめた。

 黒のキングのまわりには、白い包囲網。もう誰も助けられない、さようなら夜の王さま……


 青年は赤い目を見開き、黒髪をかきまわした。

「あああ、油断したぁ!

 どこからきたの、そのビショップ。夢から落ちてきたの、それとも隠し子がいた!?」


「今までもこれからも二人兄弟です。

 ああ、やっと連敗をとめることができました! 空の雪が、白色に力をくれたのかもしれません」


 フォレスタは、にこにこして窓を見た。

 日曜日の昼さがり、外は降りしきる雪に染まっている。

 クロックベルの町は、数日前からひどく冷えこんでいた。お出かけする人もめっきり減って、謎の青年・ヨルもそのひとり。


「女の子にあっためてもらいたいけど、たどりつくまでに凍っちゃうよ」

 といって、教会の上に引きこもり、フォレスタ相手に遊びとおしていた。きらびやかに飾った小さな部屋には、本やバイオリン、カードやボードゲームが散らばっている。



 その中の、いちばんのお気に入りゲームで負けてしまったヨル。

 ショックのあまり、駒をなぎ倒しながら床に崩れおちた。


「黒のお城、陥落。ねぇ知ってる? もう世界に夜はこないんだよ、さようならみんな……」


 ぺしゃんこに力つきた背中に、フォレスタがマフラーをかける。

「気晴らしに、お散歩にいかれてはどうでしょう? そのあいだに掃除をしておきますよ」

「やだ。寒いし、白い」

 ふせた腕のすきまから、ちらりと赤い瞳がのぞく。ちょっとうるうるしている。

 やさしいフクロウは、今朝仕入れたばかりのとっておき情報をプレゼントした。


「南通りの酒場で、ホットワイン飲みくらべ感謝祭を開催中ですよ。

 家の中でじっとしているのに飽きた美女たちが集まり、雪も溶けるほどのにぎわいだとか……」


 ヨルがすばやくしなやかに起きあがった。


「僕も溶かしてもらってくる。

 この前買ったダブルのコートはどこかな、持ち主を置いて酒場に先まわり?」

「ベッドの下に丸まっていますよ、ブラシはこちらに!」



 忠実な友だちに手伝ってもらい、ご機嫌でおめかしを決めた美青年。鼻歌まじりにドアを開けようとして、パッとふり返った。

 とがった歯を見せて微笑み、宙に手をかかげる。


「退場の前に。本日の勝者へ、お祝いだよ」


 パチリと指を鳴らせば、窓辺にさがっていた金色の鳥カゴが、きらめきを残して消え去った。

 フクロウは眼を丸くして飛びあがる。


「マスター、私に出ていけとおっしゃるのですか!」

「そうじゃないけど、そうしたい?」

「とんでもありません。

 私には、あなたの生活をできるかぎり健全にたもつという大切な使命がっ」

 翼をばたばたさせる鳥に、ヨルがウィンクを送った。


「窮屈なものは、もういらない。君のいちばん好きな巣を、ここにつくってごらん」




 ――主の部屋の中に、最高の巣をつくる。


 いきなりミッションを下され、フォレスタはひとりで困りはてた。

 巣といえば、彼には苦い記憶がある。

 森にいたころ、みんなの夢を奪って、自分の寝床にしてしまったことがあった。

 思い出すほどに恥ずかしくなり、首をぐるぐるふる。


「まったく間違ったおこないだった!

 うつろな心になやむなら、こうやって掃除でもしていればよかったのだ」

 散らばったおもちゃをせっせと片づけ、翼でホコリをはらい、仕事は完了。

 残っているのは、難題だけだ。



「さて、どうしよう。

 変なものをつくって美観を損ねてはいけないな。マスターは派手好みだが、地味な私には似合わないし……」


 ますます困って、石膏せっこうの女神像を見あげる。

 すると、穏やかな微笑みのむこうに、あるはずのない輪っかのみつあみが揺れた気がした。


「ん?」


 “女神さまから、なぞなぞです。

  まっしろのお砂糖ひとすくい、スプーンで雪を降らせます。私は一体だあれ?”


 おなじみの声まで聞こえてきて、フォレスタはつい答える。

「かわいいこんぺいとう屋さん(自称)」


 “ちょっと余計なものがついてるけれど、正解!

  そしてあなたは、かしこいがんばり屋さん。

  困ったときは、ゆっくりお話ししましょう。すてきな甘いものと一緒にね”


「しかし、マスターの許可なく誰かに頼ることはできない」


 “あら、おやつが待っているのよ。手づくり。お味も真心もとびっきりよ”


 女神像メリーは、強かった。

「ホ、ホゥ……」

 気弱に鳴いたフクロウは、そっとお腹を見おろす。

 掃除に熱中してすっかりペコペコだ。彼は、鳴り響く15時の鐘に引っぱられるようにして、空へ飛びたった。




 雪のベールのむこうに明かりが見えてくる。

 メリーのお家は、高台の細長い建物の3階。サッと舞いおりていくと、ほっそり背の高い少女が顔をだし、窓を開けた。


「フォレスタくん、待ってたよ!」


 笑顔をかがやかせるのは、彼の歌の先生・ルシアだ。

(これは師匠、あなたもいらっしゃるとは)

 窓枠におりたフォレスタは、エプロン姿のルシアを見あげる。彼女は優しくはにかんで、やわらかい布を広げた。


「雪の中を飛んで、寒かったよね。羽をふいたら、お茶にしよう」


(はい、それではお邪魔します)


 羽毛のおかげで寒さは平気なフォレスタだけれど、ちょっと震えるふりをして、少女の腕におさまった。

 仕切りの奥のキッチンから、メリーが意味深な笑みをのぞかせた。

「ふふ、ルシアの前ではとっても素直……」


(師匠には敬意をはらうものですよ、メリー・シュガー)


 フクロウらしく、キリッと澄ましたフォレスタ。

 けれど、少女たちの力作・バタークリームサンドクッキーを食べると、たちまちひよこみたいな顔になった。

 クッキーはサクサクほろほろ、香ばしく。

 存在感のあるクリームは、ドライチェリーをまぜこんで、甘酸っぱいピンク色。

 すてきなおやつを楽しみつつ、フォレスタは事情を説明した。




「ぴったりくる巣がわからない…… ううん、インテリアのお悩みだね」

 通訳のルシアが声をあげる。

 彼女は、ひみつの歌のレッスンのおかげで、フクロウの言いたいことがわかるようになっていた。

 メリーがうっとりと首をかしげる。


「理想のお部屋、理想のベッド。

 考えるだけでわくわくするわ。ねえルシア、あなたが小鳥さんなら、どんな巣にしたい?」


「ええっとね、土台はミモザとラベンダーのリース。

 パッチワークのハギレをたくさん敷いて、レースのリボンでまわりを飾るの」


「わあ、かわいい! こんぺいとう鳥もお邪魔していいかしら」

「きてきて、小鳥になってもお茶会しよう!」



 きゃっきゃと盛りあがる女の子たちを、フォレスタがとめる。

(すみません。その方向性だと、師匠にはぴったりですが、私には乙女すぎるようです)


 メリーがわれに返ってうなずいた。

「そうでした、あなたの巣を探さないと。

 素材から決めていきましょう! 植物だったら、どんなものがお好みかしら?」


(……それもわからない、自分がなにを好きなのか。その結果のふるまいを、あなたはよく知っているはずだ)



 自分の望む夢がわからない。

 だけど、夢は見たい。

 それなら、すでにあるものを集めてしまえ──


 苦しまぎれの行動は、寂しい気持ちを強くしただけだった。

 フクロウがうつむく。こんぺいとう少女は、青い目でやさしく微笑んだ。


「大丈夫よ、フォレスタ。

 今のあなたは、奪うんじゃなくて、与えるために羽ばたいているもの。誰かの役に立とうとして、ずっと忙しかったでしょう……

 なによりも、ヨルのお世話で」



(ああマスター、私はいつも心配だ!

 あの方は “敷物があるから平気” と、真冬なのに床で昼寝をする。

 しかも “ベッドの枕を床で使うのは嫌” といって、寝返りをうつたび痛そうに顔をしかめて私をひやひやさせる……)


 翼で顔をおおって嘆くフクロウを、ルシアがいたわりをこめてなでた。

「さすが、謎のヨルくん。謎のこだわりがあるんだね」

「彼と一緒に暮らしたら、誰でも自分を見うしなうかもしれないわ」

 メリーがしみじみつぶやくと、フォレスタは首を横にふった。


(いいや、けっしてマスターのせいではない。

 夢や望みがわからないというのは、私自身の、昔からの問題だ)



 真剣な様子に、女の子たちは秘密めいた微笑みをかわす。

 いつの間にか、メリーは銀色のスプーンを手にしていた。

「それじゃあ、さっそくつくりましょう。あなたにぴったりの、すてきな甘いもの」


(私のために、こんぺいとうを?)

 フォレスタがまばたきする。

 どこからかお鍋を取りだしたルシアが、うれしさをいっぱいにして言った。


「今日はね、“こはくとう”。メリーの新しいお菓子、完成したんだよ!」


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