第28話 フォレスタ、巣をつくる 1/2
「チェックメイトです、マスター!」
フクロウの声が屋根裏部屋に響く。
口笛を吹いてよそ見していたヨルが、
「えっ」
とチェスボードを見つめた。
黒のキングのまわりには、白い包囲網。もう誰も助けられない、さようなら夜の王さま……
青年は赤い目を見開き、黒髪をかきまわした。
「あああ、油断したぁ!
どこからきたの、そのビショップ。夢から落ちてきたの、それとも隠し子がいた!?」
「今までもこれからも二人兄弟です。
ああ、やっと連敗をとめることができました! 空の雪が、白色に力をくれたのかもしれません」
フォレスタは、にこにこして窓を見た。
日曜日の昼さがり、外は降りしきる雪に染まっている。
クロックベルの町は、数日前からひどく冷えこんでいた。お出かけする人もめっきり減って、謎の青年・ヨルもそのひとり。
「女の子にあっためてもらいたいけど、たどりつくまでに凍っちゃうよ」
といって、教会の上に引きこもり、フォレスタ相手に遊びとおしていた。きらびやかに飾った小さな部屋には、本やバイオリン、カードやボードゲームが散らばっている。
その中の、いちばんのお気に入りゲームで負けてしまったヨル。
ショックのあまり、駒をなぎ倒しながら床に崩れおちた。
「黒のお城、陥落。ねぇ知ってる? もう世界に夜はこないんだよ、さようならみんな……」
ぺしゃんこに力つきた背中に、フォレスタがマフラーをかける。
「気晴らしに、お散歩にいかれてはどうでしょう? そのあいだに掃除をしておきますよ」
「やだ。寒いし、白い」
ふせた腕のすきまから、ちらりと赤い瞳がのぞく。ちょっとうるうるしている。
やさしいフクロウは、今朝仕入れたばかりのとっておき情報をプレゼントした。
「南通りの酒場で、ホットワイン飲みくらべ感謝祭を開催中ですよ。
家の中でじっとしているのに飽きた美女たちが集まり、雪も溶けるほどのにぎわいだとか……」
ヨルがすばやくしなやかに起きあがった。
「僕も溶かしてもらってくる。
この前買ったダブルのコートはどこかな、持ち主を置いて酒場に先まわり?」
「ベッドの下に丸まっていますよ、ブラシはこちらに!」
忠実な友だちに手伝ってもらい、ご機嫌でおめかしを決めた美青年。鼻歌まじりにドアを開けようとして、パッとふり返った。
とがった歯を見せて微笑み、宙に手をかかげる。
「退場の前に。本日の勝者へ、お祝いだよ」
パチリと指を鳴らせば、窓辺にさがっていた金色の鳥カゴが、きらめきを残して消え去った。
フクロウは眼を丸くして飛びあがる。
「マスター、私に出ていけとおっしゃるのですか!」
「そうじゃないけど、そうしたい?」
「とんでもありません。
私には、あなたの生活をできるかぎり健全にたもつという大切な使命がっ」
翼をばたばたさせる鳥に、ヨルがウィンクを送った。
「窮屈なものは、もういらない。君のいちばん好きな巣を、ここにつくってごらん」
――主の部屋の中に、最高の巣をつくる。
いきなりミッションを下され、フォレスタはひとりで困りはてた。
巣といえば、彼には苦い記憶がある。
森にいたころ、みんなの夢を奪って、自分の寝床にしてしまったことがあった。
思い出すほどに恥ずかしくなり、首をぐるぐるふる。
「まったく間違ったおこないだった!
うつろな心になやむなら、こうやって掃除でもしていればよかったのだ」
散らばったおもちゃをせっせと片づけ、翼でホコリをはらい、仕事は完了。
残っているのは、難題だけだ。
「さて、どうしよう。
変なものをつくって美観を損ねてはいけないな。マスターは派手好みだが、地味な私には似合わないし……」
ますます困って、石膏の女神像を見あげる。
すると、穏やかな微笑みのむこうに、あるはずのない輪っかのみつあみが揺れた気がした。
「ん?」
“女神さまから、なぞなぞです。
まっしろのお砂糖ひとすくい、スプーンで雪を降らせます。私は一体だあれ?”
おなじみの声まで聞こえてきて、フォレスタはつい答える。
「かわいいこんぺいとう屋さん(自称)」
“ちょっと余計なものがついてるけれど、正解!
そしてあなたは、かしこいがんばり屋さん。
困ったときは、ゆっくりお話ししましょう。すてきな甘いものと一緒にね”
「しかし、マスターの許可なく誰かに頼ることはできない」
“あら、おやつが待っているのよ。手づくり。お味も真心もとびっきりよ”
女神像メリーは、強かった。
「ホ、ホゥ……」
気弱に鳴いたフクロウは、そっとお腹を見おろす。
掃除に熱中してすっかりペコペコだ。彼は、鳴り響く15時の鐘に引っぱられるようにして、空へ飛びたった。
雪のベールのむこうに明かりが見えてくる。
メリーのお家は、高台の細長い建物の3階。サッと舞いおりていくと、ほっそり背の高い少女が顔をだし、窓を開けた。
「フォレスタくん、待ってたよ!」
笑顔をかがやかせるのは、彼の歌の先生・ルシアだ。
(これは師匠、あなたもいらっしゃるとは)
窓枠におりたフォレスタは、エプロン姿のルシアを見あげる。彼女は優しくはにかんで、やわらかい布を広げた。
「雪の中を飛んで、寒かったよね。羽をふいたら、お茶にしよう」
(はい、それではお邪魔します)
羽毛のおかげで寒さは平気なフォレスタだけれど、ちょっと震えるふりをして、少女の腕におさまった。
仕切りの奥のキッチンから、メリーが意味深な笑みをのぞかせた。
「ふふ、ルシアの前ではとっても素直……」
(師匠には敬意をはらうものですよ、メリー・シュガー)
フクロウらしく、キリッと澄ましたフォレスタ。
けれど、少女たちの力作・バタークリームサンドクッキーを食べると、たちまちひよこみたいな顔になった。
クッキーはサクサクほろほろ、香ばしく。
存在感のあるクリームは、ドライチェリーをまぜこんで、甘酸っぱいピンク色。
すてきなおやつを楽しみつつ、フォレスタは事情を説明した。
「ぴったりくる巣がわからない…… ううん、インテリアのお悩みだね」
通訳のルシアが声をあげる。
彼女は、ひみつの歌のレッスンのおかげで、フクロウの言いたいことがわかるようになっていた。
メリーがうっとりと首をかしげる。
「理想のお部屋、理想のベッド。
考えるだけでわくわくするわ。ねえルシア、あなたが小鳥さんなら、どんな巣にしたい?」
「ええっとね、土台はミモザとラベンダーのリース。
パッチワークのハギレをたくさん敷いて、レースのリボンでまわりを飾るの」
「わあ、かわいい! こんぺいとう鳥もお邪魔していいかしら」
「きてきて、小鳥になってもお茶会しよう!」
きゃっきゃと盛りあがる女の子たちを、フォレスタがとめる。
(すみません。その方向性だと、師匠にはぴったりですが、私には乙女すぎるようです)
メリーがわれに返ってうなずいた。
「そうでした、あなたの巣を探さないと。
素材から決めていきましょう! 植物だったら、どんなものがお好みかしら?」
(……それもわからない、自分がなにを好きなのか。その結果のふるまいを、あなたはよく知っているはずだ)
自分の望む夢がわからない。
だけど、夢は見たい。
それなら、すでにあるものを集めてしまえ──
苦しまぎれの行動は、寂しい気持ちを強くしただけだった。
フクロウがうつむく。こんぺいとう少女は、青い目でやさしく微笑んだ。
「大丈夫よ、フォレスタ。
今のあなたは、奪うんじゃなくて、与えるために羽ばたいているもの。誰かの役に立とうとして、ずっと忙しかったでしょう……
なによりも、ヨルのお世話で」
(ああマスター、私はいつも心配だ!
あの方は “敷物があるから平気” と、真冬なのに床で昼寝をする。
しかも “ベッドの枕を床で使うのは嫌” といって、寝返りをうつたび痛そうに顔をしかめて私をひやひやさせる……)
翼で顔をおおって嘆くフクロウを、ルシアがいたわりをこめてなでた。
「さすが、謎のヨルくん。謎のこだわりがあるんだね」
「彼と一緒に暮らしたら、誰でも自分を見うしなうかもしれないわ」
メリーがしみじみつぶやくと、フォレスタは首を横にふった。
(いいや、けっしてマスターのせいではない。
夢や望みがわからないというのは、私自身の、昔からの問題だ)
真剣な様子に、女の子たちは秘密めいた微笑みをかわす。
いつの間にか、メリーは銀色のスプーンを手にしていた。
「それじゃあ、さっそくつくりましょう。あなたにぴったりの、すてきな甘いもの」
(私のために、こんぺいとうを?)
フォレスタがまばたきする。
どこからかお鍋を取りだしたルシアが、うれしさをいっぱいにして言った。
「今日はね、“こはくとう”。メリーの新しいお菓子、完成したんだよ!」




