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メリー・シュガーの夢の星  作者: 小津 岬
─5─ 夜空のかなたに
54/66

第27話 いとしのアメジスト! 2/2

 ヨハン・クロウハイムは、自慢の前髪を風になびかせながら、長い坂をくだろうとしていた。

 すると、こんぺいとう少女がぴょこっと顔をだし、彼を呼びとめた。


「こんにちは、視察官さん! とってもいいお天気ね」


「やあ、ふしぎなお砂糖のお嬢さん。

 申しわけないが、どんなに甘くお願いされても、今回の決定は引っくりかえせないよ」


 おしゃれな青年は、気どったしぐさで指をふり、メリーの帽子をちょんとつついた。

 少女のかがやく瞳が彼を見つめる。

「今日の研究はいかが? 魔法の砂は降ってきたかしら」

「それはひみつさ、私とイザベルのね。

 砂時計が完成したら盛大にお披露目しよう! それではこれで……」


「ふふふ、そんなことおっしゃらず、もう少しおしゃべりしようではありませんか」

 メリーは、渋い靴音を響かせて彼に並んだ(ダンディーカフェの余韻がなかなか抜けない)。

「ひとつお聞きしたいの。

 あなたはお悩みがないって言っていたけれど、今は違うんじゃないかしら?」



 青年は微笑みをたもち、足をとめる。

「どういうことだい、ミス・シュガー」


「あなたはイザベルさんに恋をしてる。

 けれど彼女には、すてきでやさしい恋人がいる。どうしたらいいか、困っているんじゃないかと思ったの」


「悩むだって、この私が? あの郵便屋くんに気おくれして?」

 メガネをかけた自転車青年の、ぽやぽやした顔が浮かぶ。

 高らかに笑い飛ばそうとしたクロウハイムは、急になにかに気づいて、弱々しく身をかがめた。


「いや、実はまったくそのとおりなんだ。

 彼女の心を射とめる魔法がわからなくてね、すっかり八方ふさがりだよ……」


 メリーがにっこり笑顔を咲かせ、元気よく手を差しのべた。

「恋の相談ごとは、メリー・シュガーにおまかせよ。

 ちっちゃな夢のお星さま、あなたにおひとつおすそわけします」




 こうして視察官さまは、メリーのお部屋に招待された。

 けれど彼は、銀のスプーンがおどっても、キラキラのもやもやが宙に舞っても、眉ひとつ動かさない。

 リボンをかけた小ビンを渡されたら、上品な笑みでお世辞をかえすだけ。


「お菓子づくりが好きな女の子は、なんとも魅力的だね。

 そうだろう、エルゼンくん? 堅物の君が助手をつとめたくなるくらいだからな」


 お鍋をささえるウェイクの背中を軽やかにたたき、ステッキを揺らして部屋を出ていった。

 ウェイクが疲れたように肩をまわし、星柄のミトンをはずす。

「あの人とは、どうもソリがあわない。

 メア・ディム・ドリムを前にして、なぜ平気な顔をしていられるんだ?」


「……なにか別のことが心を占めているから、じゃないかしら」


 ぽつりとつぶやいたメリーが、スプーンをまっすぐかかげた。

 銀色のへこみの中で、さかさま映しの少女が首をかしげる。


「クロウハイムさんは、ふしぎなものへの興味がうすいはず。

 いくらイザベルさんのことが好きでも、魔法の研究だけにこだわるのはおかしいわ。お外のデートに誘ったっていいのに!」



 とたんにサスペンスの香りがただよい、ウェイクはハッと息をのんだ。

 クロウハイムのこんぺいとうは、深い紫色を基調にして、カラフルなシュガーチップをたっぷり含んでいた。メリーが結んだリボンも、燃えるように真っ赤で、光をはねかえすキンキンのラメ入り──


「さっきのこんぺいとうは、妙にギラギラしていたな。

 レシピは “切なさ、苦しさ、やがてくる幸せ” だと言っていたが、もしかして……」


 ウェイクが身を乗りだす。少女は、真剣な表情でぱちりとまばたきした。

「ええ、かくし味をひとさじ。

 希望じゃなくって “野望” なんて、はじめて入れたわ」




 その夜。

 クロウハイムは、こんぺいとうをとなりに置き、宿の一室で眠りについた。

 目を覚ますと、景色はくるりとさまがわり。

 純白の柱がたくさんならぶ、とびっきりおしゃれな聖堂の真ん中で、彼は感激にふるえた。

「おお、なんとすばらしい…… 大魔法の神殿、私が思い描いたとおりだ!」

 ここはよく知っている場所── 頭の中にいつでも広がっている、秘密の願望だった。


 白くかがやく廊下の先から、小さな声がした。

「クロウハイムさん。どこにいるのですか?」

「おやおや、夢の中くらいヨハンと呼んでくれ」

 彼は上機嫌で足を進め、祭壇を見あげた。


 みずみずしい花を敷きつめた玉座に、お人形のような魔法つかいが座っている。やぼったいローブ姿ではなく、シルクとシフォンを何枚もかさねた神秘的なドレスをまとって。

 イザベルは、とまどって聖堂を見まわした。

「塔も時計もありません。みんなはどこですか、一体どうしたのでしょう」


「田舎町のことなどもう忘れて。

 君のために、王都にこの神殿を建てます。よみがえった魔法つかいをたたえ、誰もがひざまずくでしょう。

 一緒にきてくれたら、地位と栄光、望むものすべてをあげるよ」



 彼のささやきは、うっとりするくらい優しい。

 手をとられるままに立ちあがったイザベルは、自分の服装に気づいて目を丸くした。

「結婚式、でしょうか?」

 青年がたまらず噴きだす。

「そうしてもいい、君が望むなら! さあ、理想の愛を与えれば、私にしたがってくれますか」


 イザベルはますます困り、ゆるやかに首をふる。

「いいえ、私は……」

 クロウハイムが、つないだ手に力をこめてさえぎった。


「答えるんだ。君になにをささげればこの夢は実現する?」


 まなざしがギラギラと強まった。

 イザベルはとっさに身を引こうとする。その細い肩に、すかさず腕がまわされた。

「けっして逃がしはしない。

 君はどんな宝石よりも価値がある…… 利用する値打ちが!」




 隠れた心がひらかれた、そのとき。


 聖堂の入口の方から、チリンチリンとのどかな音が聞こえた。

 ペダルが鳴り、タイヤが軽快にまわる気配。

 カタン、と段差をのりこえて、自転車がやってくる……


 イザベルの顔がパァッと晴れた。

 アメジストの視線は、目の前の青年を通りこし、ずっとずっと先へ。つややかな唇がほころび、愛情いっぱいに名前を呼んだ。


「ステファンさん!」



 その瞬間、クロウハイムの腕の中で紫の花びらがはじけた。

「な、なんだ!? イザベル、どこだ!」

 抱きしめようとした魔法つかいの姿は、すでに消えている。青年は取り乱して叫んだ。


「メリー・シュガー!

 悩みを解決だなんて嘘をついたな。これは君のつくったこんぺいとう芝居だ、私は見抜いたぞ……!」


 少女のお返事のかわりに、ここにあるはずのない時計塔の鐘が歌いはじめる。それはいくつもかさなって、野心家の夢をおおって、そうっとフタをした。





 次の日の朝。

 メリーはがんばって早起きして、熱い紅茶とカリカリのトーストでお腹をあたためた。

 それからもこもこに厚着をすると、7時の鐘が鳴る前に時計塔へむかった。


「おはよう、メリー。こちらは異常なしだ」

 高台のてっぺんには、すでにウェイクが待っていた。

 ぐるぐる巻きにしたマフラーで視界の半分を隠してきたので、それほどダメージを受けていない。

 彼のとなりで、自転車を引いたステファンが心配そうに頭をさげた。


「どういうことでしょう、ミス・シュガー。クロウハイムさんが、なにかたくらんでいると聞いたのですが」


「ええ、昨日ウェイクと話したとおりだったわ。

 あの人はね、イザベルさんを人気あつめに使って、強い力を手に入れようとしているの。恋なんてしていなかったのよ」



 メリーが息を白くして説明すると、塔の上で鐘が鳴りはじめた。

 最後のひとつに耳を澄ませ、3人はうなずきあう。

「それじゃあ、イザベルさんにお話ししにいきましょう! ……あら?」

 ばたばたと足音がして、彼女はふりむいた。

 すごい速さで坂をのぼってくるのは、毛皮のマントをなびかせた野心家・クロウハイムだ。


「ああ君たち、そこをどいてくれ!」


 ウェイクが前に出てせきとめる。

「どうしたんだ、視察官。もくろみがばれたので実力行使か?」

「ばかを言うな、私は彼女に会わなくてはいけないんだ」

 クロウハイムは、必死な顔を隠しもしない。

 日ごろのおしゃれっぷりもどこへやら、髪も服装も乱れきっている。



「……なんだか、様子がおかしいみたい」

 メリーがステファンにささやいたとき、塔の扉がひらいた。

 番人がびっくりして歩み出る。

「みなさんおそろいで、どうされたのですか?」


 クロウハイムの動きはすばやかった。

 サッと片膝をつき、イザベルへ手を差しのべる。もう一方の手をわが胸にあて、思いきり声を張った。


「いとしのアメジスト、君こそは私の夢。

 どんな望みも色あせる、かがやく恋の夢だ。どうかプロポーズを受けてくれ!」


「えっ……」

 イザベルも、メリーたちも、そのへんを歩いていたハトたちも、みんな凍った。




 少し前のこと。

 夜明けとともに飛び起きたクロウハイムは、ベッドに転がってじたばたした。

「ま、まだだ。まだ方法はある!

 あの魔法つかいを手なずけて、私は神殿の長官に。たくさんの人にちやほやされ、栄光の、日々を、送り……」


 威勢のいい言葉がしぼんでいく。

 もう遅かった。

 夢の終わりに見た、イザベルのまぶしい笑顔。それは彼の心をすみまで照らし、野望の影をすっかり取りさってしまった。


 積年の願いを投げうって求めるのは、彼女の愛だけ――

 彼は、今こそ燃えていた。



 固まった空気をほどいたのは、郵便屋さんの悲鳴だった。

「ぜ、ぜったいだめです! イザベルさん、乗ってくださいっ」

 彼は、ぽかんとしている恋人の手をとり、すばやく荷台に座らせた。急いでペダルを踏み、高台の道を逃げていく。

 片思い青年に変身した視察官が、ふたりを追って駆けだした。


「待つんだイザベル、君の口から答えを聞かせてくれ。たとえノーと言われても私は諦めない……!」



 塔の前に残されたメリーが、渋くつぶやく。

「ごめんなさい、イザベルさん、ステファン。失敗だったわ……」

 ウェイクが少女の肩をたたいた。

「そんなことはない、君はみごとに陰謀を阻止したじゃないか。国の平和が守られたんだ」


 彼は満足げに自転車を見送る。

 黒髪をなびかせたイザベルは、ステファンにしっかり抱きついていた。こうして見ると、郵便屋さんの背中はけっこう広くてかっこいい。

 ウェイクは、メリーにいたずらっぽく微笑んだ。


「魔法つかいの恋人は、なかなか頼もしいぞ。

 この先どんなことがあっても、ぜったいになんとかしてくれる。俺はそう思うが、どうだろうか?」



(第27話 おわり)


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