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メリー・シュガーの夢の星  作者: 小津 岬
─4─ 竜と海のドラゴニア
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第26話 仮面の下には誰の顔?(後) 2/2

 ネックレス捜索隊が駆けつけたとき、舞踏場はおやすみの時間をむかえていた。

 楽団が心地よいセレナーデをかなで、お客さまはシャンパンやワインをかたむける。メリーは、きらきらゆらめく広間を見わたした。


「わあ、仮面をつけたままの人がいっぱい! マリオンはどこにいるのかしら……」


「みなさん、なにか手がかりがあったでしょうか?」

 心配顔のクリスティーヌが速足でやってきた。つま先で伸びあがったメリーが、こっそり告げる。

「あのね、ネックレスはここにあるの。怪盗少女がお客さまの中にまぎれているんです」

「まあ、なんということ!」

 姫君は思わず声をあげ、あわてて口もとを押さえた。



 エルフ王子・ジェシオがあたりを見まわして尋ねる。

「姉上。俺たちがいないあいだに、変わったことはありませんでしたか」

「ええと、ハーティスお兄さまが白旗をあげたくらいかしら…… つい先ほど撃沈され、今はあのように」

 クリスティーヌがすみっこに置かれたついたてを示す。

 椅子に横たわる長い脚がのぞいていて、苦しげな寝言が聞こえた。


「ああ、床が、天井が…… 世界が、まわ、る……」


 姫君たちにどれだけくるくるされたのだろう、想像したウェイクが青ざめた。

「次期国王がたおれるとは、怪盗出没をうわまわる大事件じゃないか。メリー、彼を安らかにしてやれないだろうか?」


「そうね、ハーティスさまのために穏やかな夢を! ええっと、スプーンはお借りできるかしら」


 黒猫少女がきょろきょろする。ジェシオがすばやく手をあげ、トレーを運ぶ召使いを呼びとめた。

「君、ミス・シュガーに最高のスプーンを」

「はい、かしこまりました!」

 飛んできた召使いの腕には、折りたたまれた美しい布がかかっていた。真新しいテーブルクロスだ。

 王子がふと動きをとめる。それに気づいたメリーは、彼を見あげた。

「どうしたの、ジェシオさま」

「いえ、たいしたことでは……」


 あいまいに首をかしげるジェシオ。けれど少女は、力をこめて言った。

「どうか聞かせてください。

 ささやかなものに心をむけられる。それがあなたに備わった素質なんだわ」

「俺に備わった……?」

「そうです! 国のみんなを守ってくれる、やさしい王族の力」

 メリーは明るく言いきった。



 ジェシオの端正な顔に、驚きと喜びが走る。

 やがて彼は慎重に話しだした。

「宴の最中にクロスを取り替えるのか、と思ったもので。広く汚れてしまったのか?」

 尋ねられた召使いが首をふる。

「いいえ、おかしなことに、一枚なくなってしまったんです。あちらのテーブルなのですが……」


 視線をむけたのは、金襴織きんらんおりの布をかけたテーブルの列。ひとつだけ木目があらわになっていて、グラスや水差しがじかに置いてあった。

 よく見ると、きちんと整えなくてはいけないカトラリーも、花を盛ったカゴも、ちょっとずつバラバラにずれている。

 とっても器用な誰かが、「えいっ!」とクロスを引きぬいたみたいに。



「これは、もしかして……」

 ジェシオの目がかがやき、もう一度あたりを見た。

 会場にはダンスの熱気が残っている。暑くなったご婦人方は、ファーやケープを腕にかけたり、席に置いたり。

 楽しいおしゃべりに夢中で、パッと盗られても気づかなさそう──


 豪華すぎるテーブルクロス、ひとさじ。

 お客さまのケープを拝借して、ふたさじ。

 宝石で飾った仮面をくわえれば……


 即席のご令嬢のできあがり!



 ジェシオは、メリーの手を勢いよくとった。

「変装の材料は、すべてここにあったんだ。

 犯人は、テーブルクロスで偽装したドレスをまとっているんです」


 少女の目が大きくなり、王子の晴れやかな顔を映す。

「それじゃあ、マリオンのドレスは金色なのね!」

「ええ。当てはまる女性を集めましょう!」


 そう告げた彼は、ついたての奥へ走る。横たわっていたハーティスが、弱々しく手をあげた。

「ああ弟よ、私を助けにきてくれたのか……」

「兄上、どうかお許しを」

「えっ」

 彼は兄の手を握り、ついたての外へ引っぱりだした。

 息を吸いこんで、心を決めて、広間じゅうに涼しい声を響かせる。


「わがレオールの国の色、黄金のドレスをまとう淑女のみなさま。

 どうぞこちらへお集まりを。

 全員もれなくワルツのお相手をいたします、兄上と…… おまけに俺が!」



「なんですって、ハーティスさまにジェシオさままで!?」

「おお、これは粋なはからいですな!」

 広間は一斉に沸きたち、盛りあがった。

 けれど、その輪をそっと離れていく姿がある。そばにいた女性が声をかけた。

「あら、あなたのドレスも金色じゃありませんか!

 はやく行かなくては、こんなチャンスめったにありませんわよ」


 美しい黒髪を結いあげた令嬢は、仮面の下から緑の目をきつく光らせた。

「ダンスはもう結構。ここは暑すぎるわ」

 彼女は落ちついた足どりで舞踏場を出ていく。庭へつながる大きな階段まで、あと少しという時。

 しとやかに進む背中に、甘く凛とした声が飛んだ。


「どこに帰るの、マリオン? サーカスの夢の中かしら」




 令嬢の歩みがピタッととまる。

 メリーは、その後ろ姿を見つめてはっきり言った。

「また会えてとっても嬉しいわ。

 けどね、私は赤毛のあなたの方が好き。仮面の下の本当のあなたが」


 ひどくゆっくりした返事が通路に響く。

「……本当のあたし、ですって? あなた、あたしのことなにも知らないじゃない」


「それじゃあ、これから教えて。

 困っているならお手伝いさせて。ほら、ちゃんとスプーンだって借りてきたの。かわいいライオンさんの飾りつき!」


 メリーは王家のスプーンをピッとかかげた。

 いつかルシアが言ってくれたみたいに、マリオンは今こそ夢のこんぺいとうを必要としている。そんな気がした。



 怪盗少女の答えは、あざやかだった。

 バサッ! と大きな音をたて、変装が一瞬で解かれる。テーブルクロスが宙を舞い、メリーに頭からおそいかかった。


「きゃあっ、ぜんぶ金色になっちゃった! こっちは前、うしろ!?」


 布おばけになってもがく彼女を、走ってきたウェイクが抱きとめる。

「メリー、大丈夫だ! この先は衛兵にまかせよう」

「でも、マリオンが……」

 すっぽり顔を出して見まわせば、怪盗少女はバルコニーの手すりの上に立っていた。

 “今から逃げます!” というような、黒いブラウスと細身のズボン姿に変身ずみ。染めた髪まで真っ黒で、簡単に闇に溶けこめそうだ。



 ウェイクが必死に呼びかけた。

「ばかな真似はよせ!

 ここは巨大な宮殿の2階、クロックベルの平均的な建物のおよそ3.5階に相当……」


「計算がお上手ね。調査員より事務員になったら?」

 皮肉に笑ったマリオンは、ひと息に夜空へ飛びたった。


「あっ」

 小さく声をもらした青年から、サーッと血の気がひいていく。

「だめ、見ちゃだめ、忘れましょうウェイク!」

 メリーは、ぐらりとかたむいた彼に、あわてて布をかぶせた。




 軽々と着地したマリオンは、風のように庭園を駆けていく。

「いたか?」

「いや、あっちかもしれない!」

 見当はずれの方角から衛兵の声が響く。逃げきれるわ、とにんまり笑った、そのとき。


 カシャン、と乾いた音をたてて、目の前になにかが落ちてきた。

 鎖のついた革の輪っか── 首輪が。

「な、なに!?」

 危険を感じて足をとめた怪盗少女。うしろの暗がりから冷たいささやきが問いかけてきた。


「満たされた瞬間にカラになるもの、なぁんだ?」



 マリオンはハッとふりむく。

 誰もいなかった庭のすみに、しなやかなピエロがたたずんでいた。言葉をうしなった少女へやさしく微笑む。


「時間ぎれ。答えは、 “欲望” 」


 長い指がパチッと鳴る。

 その瞬間、マリオンの髪をまとめていたピンが、ひとりでにはじけ飛んだ。パサリとほどけた髪の中から、隠していたネックレスがこぼれ落ちる。

「あっ……!」

 彼女は手を伸ばしたけれど、遅かった。

 地面すれすれに飛んできたフクロウがお宝をさらい、宮殿へと一直線。

 翼を見送ったピエロが、大きく優雅に礼をする。


「今宵の道化芝居、タネも仕掛けも大成功でございます。おやすみ、泥棒猫さん。僕楽しかったよ?」

 最後に人懐っこく笑い、彼は影に消えた。



 われに返ったマリオンは、悔しそうに髪をかきあげ、宮殿をにらみすえた。

「邪魔してくれたわね、メリー・シュガーと事務員もどき……

 それからえーっと、今のあれ、あいつ何者よ!? 美少女怪盗よりはるかにあやしいじゃない!」


「あれっ、なんだか騒がしいな」

「人影があるぞ、行こう!」

 ひとりごとを聞きつけた兵士が近づいてくる。

 怪盗少女は、かっこいい捨て台詞を残すヒマもなく、あわてて逃げだした。




 鏡のネックレスは、無事に姫君のもとに帰ってきた。

 舞踏会はとどこおりなく、華やかにつづいている。フロアの真ん中では、クリスティーヌと大公が楽しそうに踊っていた。


 その会場のすみで、ふらふらになった第一王子が、こんぺいとう探偵に歩み寄った。

「ああ、メリー・シュガー!

 君はまたしても王家を救ってくれたのだな。感謝をこめて、お礼に一曲……」


「ハーティスさま、お疲れ笑顔もこんなにすてき……

 じゃなくって、とっても踊りたいけれど、今はおやすみしてください!」


 メリーは彼をイスへ押し戻した。

 となりの席には、マリオンの華麗な飛びおり術を目撃してしまったウェイクが、テーブルクロスにくるまって崩れている。


「ふたりが復活したら、一件落着ね。

 マリオンは逃がしちゃったけれど…… きっとまた会えるわ。あの子が求める、魔法のそばで」



 息をついた彼女の前に、そうっと手が差しのべられた。

 顔をあげれば、エルフの王子さまがじっと彼女を見つめている。

「兄上にかわって、俺がお相手を。受けてくださいますか、メリー・シュガー」

 ちょっと緊張している、ナイーブなまなざし。

 ふしぎな少女は、にっこり笑顔で手をかさねた。


「お星さまみたいに光栄です、ジェシオさま! 舞踏会、ちょっとだけお好きになったかしら?」


 王子さまは恥ずかしそうにはにかんだ。

「そうかもしれません。あなたと踊ることができて、俺は嬉しい」

 きらめく舞台を満たす甘いワルツ。

 ふたりは仲よく笑みをかわし、楽しそうにまわりはじめた。



「うう、メリー、どうした。なにが起きているんだ……」

 異変を察知したウェイクが、重たい頭をあげようとする。

 ちゃっかり場にまざっていたヨルピエロが、犬青年を押さえつけた。

「まだ寝てた方がいいよ、ほんとだよ。さかさまの道化も、たまには正しいこと言うからね?」


 彼は、王家秘蔵のヴィンテージワインをかたむけ、すっかりご満悦。ふたつめのパーティーがもう少しつづくといいな、と静かに微笑んだ。



  (第26話 おわり)


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