第26話 仮面の下には誰の顔?(後) 1/2
“かわいい孫娘、クリスティーヌ。
夢みる心を持つあなたへ、鏡のネックレスを贈りましょう。
今は見えない物語も、時がくれば映しだせるように……”
「おばあさまは、そう言ってネックレスを託してくださいました。
わたくしはなんて浅はかなのでしょう。思いのこもった品を、仮装のために使うなんて……」
占い師の扮装をしたクリスティーヌは、瞳をうるませて首をふった。
ライオンの国の舞踏会は、お宝盗難事件に早がわり。
ひかえの間に案内されたメリーとウェイクは、青ざめたお姫さまにむかえられたところだ。
黒猫メリーが彼女の肩をさする。
「大丈夫、ネックレスは私とウェイクが取り戻します。
怪盗がどんな仮面をつけていたって、ぜったいに逃がさないわ!」
今夜の祝宴は、ドラゴニア大公をまねいた記念すべき催し。
騒ぎが表に出れば、ふたつの国に不名誉がふりかかってしまう…… ということで、ひっそりすばやく事件を解決しなくてはいけなかった。
姫君のうしろで小さくなっていた兵士が、しょんぼりと話しはじめる。
「クリスティーヌさまが踊っているあいだ、私がメガネとネックレスをお預かりしていました。
すると小姓がやってきて、こうささやくのです」
“大変だよ、ひみつの緊急招集の号令が出たよ。みんなどんどん裏庭に集まってる!”
そんなばかな、と彼は思ったけれど、小姓の男の子はとっても口がうまかった。
はやくはやくと煽りたて、
「かわりに持っててあげるから」
と預かりものを奪ったという。
騙されたと気づいて駆け戻ったとき、少年はすでに姿を消していた。
皇太后さまの思い出のネックレスと、ついでにメガネも持ち去って──
犬耳をたてて考えこんでいたウェイクが、少女にむきなおる。
「メリー、以前に君が贈られた時計も、もともとはレオールの皇太后さまの持ちものだったな」
「ええ、ハーティスさまからいただいた砂時計ね」
彼女は、お砂糖細工みたいなライオンがくっついた、繊細な砂時計を思い浮かべる。ウェイクはひとつうなずいてつづけた。
「あの時計には不思議な力がある。
魔法の砂で満たされたおかげで、幽霊剣士の時間を巻き戻せただろう? もしかしたら、鏡のネックレスにも……」
つづきを読みとって、メリーは息をのんだ。
「なにかの魔法が隠れているかもしれないのね!」
「ああ、おそらく犯人はそれを知っていたんだろう。不審な小姓の特徴は?」
尋ねられた兵士は、弱りきって頭をかいた。
「それが、この宮廷にはありふれた姿でして。
覚えているのは、大きな緑色の目をしていたというくらいです」
「緑の目?」
メリーとウェイクは、同時に顔を見あわせた。
緑の瞳をかがやかせた、おしゃべりと変装が上手な子といえば……
サーカスの夜にこんぺいとうを騙しとった、謎の赤毛の女の子!
「きっとマリオンだわ。魔法をさがして、宮廷にまで忍びこむなんて!」
黒猫少女が飛びあがったとき。
扉がサッとひらき、するどく涼やかな声が滑りこんだ。
「姉上、メガネを発見しました。大胆にも、通路の女神像の顔にかけてあったそうです」
「あっ、ジェシオさま!」
ときめきとともにふりむけば、すらりとした王子さまが立っている。
まっすぐな金の髪を長くおろし、
とげとげの葉っぱの冠をかぶり、
草木の刺繍で埋めつくされた美しいローブをひきずって……
すてきだけれど、正体不明。
乙女の笑顔は困惑で固まった。
「ジェシオさま、その、それは……?」
クリスティーヌがおごそかに答える。
「エルフ(属性:柊)ですわ。
弟のために書庫を引っくりかえし、ぴったりの伝承を見つけましたの。冬の中で春の花を守りつづけた、薄氷の柊のエルフの物語を!」
「はくひょうの、ひいらぎの、エルフ」
メリーはゆっくりつぶやいてみる。
助けを求めてウェイクを見ると、彼もすごくぼんやりした表情をしていた。
ぼやぼやの猫と犬を前に、ジェシオががっくりうなだれる。
「姉上の好みはわかりづらすぎます!
会う人会う人に説明を求められ、俺はすっかり伝承解説員に……」
クリスティーヌが柊のエルフについてさらなる解説をしようとしたとき、廊下から小間使いの声がした。
「クリスティーヌさま、どちらですか? 王さまが心配していらっしゃいますよ……」
ジェシオがすばやく姉をうながす。
「さあ、会場へお戻りください。あとは俺たちにおまかせを」
「ごめんなさい、メリー。
ミスター・エルゼンも、こんな形でお会いすることになってしまって、本当に申し訳ありませんわ!」
頭をさげたお姫さまは、あたふたと退出していった。
捜査再開となって、ジェシオが兵士にうなずく。
「君は犯人の顔を見ているな。
エルゼンくんと組んで、宮殿の西側を探してくれ。メリー・シュガー、あなたは俺と一緒に東側を」
てきぱきと告げる青い瞳は、とっても理知的。
けれど、少女と視線があうと、その奥底にあたたかい光がともった。かすかに声音がやわらぐ。
「あなたがきてくれて、とても心強い。星の導きですね」
「は、はい。
あやしい道化師の導きで、耳つきこんぺいとうはエルフのもとへ……
気合いを入れて妖精さんになっていたら、いちばんぴったりだったんですけれど……」
頬を染めて立ちあがる黒猫。
そのうしろで、胃のあたりを押さえた忠犬が、兵士と並び部屋を出ていった。
黒猫とエルフは、たくさんの部屋を駆けぬけた。
召使いでひしめく衣装部屋から調理場、衛兵の詰所まですみずみと…… けれど、どこもかしこも異常なし。
最後の可能性は、大きく張りだしたバルコニー。
厚いカーテンをめくれば、ダークブルーの冬空に星がきらめいた。
しっぽを揺らしたメリーが、植木鉢の裏をのぞきながら言う。
「ハーティスさまは、一度マリオンに会ったことがあるんです。協力していただけないかしら」
ジェシオは捜索の手をとめて首をふった。
「残念ながら、兄上は試練に耐えておられます。いま抜けだすわけにはいきません」
月の神に扮した第一王子は、5人のきら星と無限ワルツを踊っている――
そう聞いたメリーは、目の前の問題をわきにどけて、ふしぎそうにジェシオを見た。マイナーすぎる仮装をしていても、彼の魅力はあふれんばかり。
「あなたは会場にいなくていいの? すてきなご令嬢が寂しがっているんじゃないかしら」
王子さまは困ったようにまばたきした。
「いえ、その…… 人目の多い所は、あまり得意ではなくて」
と、首をかしげたのにあわせて、サラサラの髪が衣装にこぼれる。
ハーティスの招待状に書いてあったとおり、彼はとても “舞踏会嫌い” らしい。
メリーは信じられない気持ちで本音をこぼす。
「なんてもったいないの。国家の損失だわ」
するとジェシオは、異国の乙女に明るい微笑みをむけた。
「そうでもないのです。
俺のまわりには驚くほど人が集まりませんし、あの場にいても、監視役がひとり増えるだけですよ」
優雅な笑顔に反した、あまりにも寂しい言葉。メリーは胸をつまらせる。
「そんな、そんなことって……」
「あります」
ジェシオは、いじけることもなく穏やかに言った。
バルコニーを冷たい夜風が吹きぬける。あおられた髪と衣装が舞いあがって、彼を本物のエルフみたいに見せた。
「自分でもわかるんです。
兄上はそこにいるだけで周囲を照らし、姉上は人の心をなごやかにする…… そういう力、王族の素質を、俺は持っていませんから」
冬の精霊ははるかな月を瞳に映していた。手が届かないぶん、それはいっそうまぶしく輝く。
メリーが言葉をかけようとしたとき、ジェシオは表情を引き締め、身をひるがえした。
「こちらに犯人はいないようだ。西側に行ってみましょう」
広い廊下に出ると、ちょうどウェイクたちが角を曲がってきた。兵士が手をあげる。
「ジェシオさま、空振りです! 足跡も証拠も、なにも見つかりませんでした」
「そうか、こちらもだ。出口は固めてあるが、一体どこに隠れているのか……」
王子は眉を寄せてあたりを見まわす。
そのとなりで、たくさん走ってきたメリーの頭がぐるぐるまわりだした。
「どこにもいなくって、外には出られなくって。
マリオンったらどうしたの、煙になって消えてしまったの?」
混乱した彼女の前に、ウェイクがそっとかがみこんだ。
「落ちつこう、メリー。
彼女は魔法をさがしているが、魔法を使うことはできない。かならず宮殿にいる」
生真面目な言葉は、メリーに幻のスプーンを手わたした。
心に広げたお砂糖をなぞって、あの春の日にやってきたお客さまを描きだす。
“あなたになぞなぞをプレゼント、あたしは一体誰でしょう?”
そんなセリフとともに現れた、陽気で華やかで、とっても身軽な女の子。メリーは思わず笑みをもらし、不安で沈んだ様子の兵士に顔をむけた。
「あのね、私もあなたとおんなじ。この前の春、すっかりマリオンに騙されちゃったの」
「えっ、そうなのですか!」
「ええ、サーカスの空中ブランコ乗りだって言われて。
マリオンの変身は、本当に魔法みたい。あの子だったら何にでもなれるわ。堂々として、自信にあふれて……」
「それはまるで、王族のようだ」
ジェシオが、ちょっと羨ましそうにひとりごとをもらした。
これを聞きつけてウェイクの犬耳が動く。
「王侯貴族のような怪盗少女、か。
逃げも隠れもしないで、高みから事件を眺めていそうだな。
……ん? 逃げない、隠れない、つまりどこにもいかない……?」
彼が首をかしげた瞬間。
4人のあいだに、パチッとひらめきの火花が散った。目をかがやかせたメリーが、きらきらの声をあげた。
「そうよ、マリオンなら何にでもなれる。
優雅なワルツを踊りこなす、貴族のご令嬢にだって! 会場へ急ぎましょう、彼女はあそこにいるわ!」




