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メリー・シュガーの夢の星  作者: 小津 岬
─4─ 竜と海のドラゴニア
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第26話 仮面の下には誰の顔?(後) 1/2

 “かわいい孫娘、クリスティーヌ。

  夢みる心を持つあなたへ、鏡のネックレスを贈りましょう。

  今は見えない物語も、時がくれば映しだせるように……”



「おばあさまは、そう言ってネックレスを託してくださいました。

 わたくしはなんて浅はかなのでしょう。思いのこもった品を、仮装のために使うなんて……」


 占い師の扮装をしたクリスティーヌは、瞳をうるませて首をふった。

 ライオンの国の舞踏会は、お宝盗難事件に早がわり。

 ひかえの間に案内されたメリーとウェイクは、青ざめたお姫さまにむかえられたところだ。

 黒猫メリーが彼女の肩をさする。


「大丈夫、ネックレスは私とウェイクが取り戻します。

 怪盗がどんな仮面をつけていたって、ぜったいに逃がさないわ!」



 今夜の祝宴は、ドラゴニア大公をまねいた記念すべき催し。

 騒ぎが表に出れば、ふたつの国に不名誉がふりかかってしまう…… ということで、ひっそりすばやく事件を解決しなくてはいけなかった。

 姫君のうしろで小さくなっていた兵士が、しょんぼりと話しはじめる。


「クリスティーヌさまが踊っているあいだ、私がメガネとネックレスをお預かりしていました。

 すると小姓がやってきて、こうささやくのです」


 “大変だよ、ひみつの緊急招集の号令が出たよ。みんなどんどん裏庭に集まってる!”


 そんなばかな、と彼は思ったけれど、小姓の男の子はとっても口がうまかった。

 はやくはやくと煽りたて、

「かわりに持っててあげるから」

と預かりものを奪ったという。

 騙されたと気づいて駆け戻ったとき、少年はすでに姿を消していた。

 皇太后さまの思い出のネックレスと、ついでにメガネも持ち去って──



 犬耳をたてて考えこんでいたウェイクが、少女にむきなおる。

「メリー、以前に君が贈られた時計も、もともとはレオールの皇太后さまの持ちものだったな」

「ええ、ハーティスさまからいただいた砂時計ね」


 彼女は、お砂糖細工みたいなライオンがくっついた、繊細な砂時計を思い浮かべる。ウェイクはひとつうなずいてつづけた。


「あの時計には不思議な力がある。

 魔法の砂で満たされたおかげで、幽霊剣士の時間を巻き戻せただろう? もしかしたら、鏡のネックレスにも……」


 つづきを読みとって、メリーは息をのんだ。

「なにかの魔法が隠れているかもしれないのね!」

「ああ、おそらく犯人はそれを知っていたんだろう。不審な小姓の特徴は?」

 尋ねられた兵士は、弱りきって頭をかいた。

「それが、この宮廷にはありふれた姿でして。

 覚えているのは、大きな緑色の目をしていたというくらいです」



「緑の目?」

 メリーとウェイクは、同時に顔を見あわせた。

 緑の瞳をかがやかせた、おしゃべりと変装が上手な子といえば……


 サーカスの夜にこんぺいとうを騙しとった、謎の赤毛の女の子!


「きっとマリオンだわ。魔法をさがして、宮廷にまで忍びこむなんて!」

 黒猫少女が飛びあがったとき。

 扉がサッとひらき、するどく涼やかな声が滑りこんだ。



「姉上、メガネを発見しました。大胆にも、通路の女神像の顔にかけてあったそうです」



「あっ、ジェシオさま!」

 ときめきとともにふりむけば、すらりとした王子さまが立っている。

 まっすぐな金の髪を長くおろし、

 とげとげの葉っぱの冠をかぶり、

 草木の刺繍ししゅうで埋めつくされた美しいローブをひきずって……


 すてきだけれど、正体不明。

 乙女の笑顔は困惑で固まった。

「ジェシオさま、その、それは……?」


 クリスティーヌがおごそかに答える。

「エルフ(属性:ひいらぎ)ですわ。

 弟のために書庫を引っくりかえし、ぴったりの伝承を見つけましたの。冬の中で春の花を守りつづけた、薄氷の柊のエルフの物語を!」


「はくひょうの、ひいらぎの、エルフ」

 メリーはゆっくりつぶやいてみる。

 助けを求めてウェイクを見ると、彼もすごくぼんやりした表情をしていた。

 ぼやぼやの猫と犬を前に、ジェシオががっくりうなだれる。

「姉上の好みはわかりづらすぎます!

 会う人会う人に説明を求められ、俺はすっかり伝承解説員に……」



 クリスティーヌが柊のエルフについてさらなる解説をしようとしたとき、廊下から小間使いの声がした。

「クリスティーヌさま、どちらですか? 王さまが心配していらっしゃいますよ……」


 ジェシオがすばやく姉をうながす。

「さあ、会場へお戻りください。あとは俺たちにおまかせを」

「ごめんなさい、メリー。

 ミスター・エルゼンも、こんな形でお会いすることになってしまって、本当に申し訳ありませんわ!」

 頭をさげたお姫さまは、あたふたと退出していった。



 捜査再開となって、ジェシオが兵士にうなずく。

「君は犯人の顔を見ているな。

 エルゼンくんと組んで、宮殿の西側を探してくれ。メリー・シュガー、あなたは俺と一緒に東側を」


 てきぱきと告げる青い瞳は、とっても理知的。

 けれど、少女と視線があうと、その奥底にあたたかい光がともった。かすかに声音がやわらぐ。


「あなたがきてくれて、とても心強い。星の導きですね」


「は、はい。

 あやしい道化師の導きで、耳つきこんぺいとうはエルフのもとへ……

 気合いを入れて妖精さんになっていたら、いちばんぴったりだったんですけれど……」


 頬を染めて立ちあがる黒猫。

 そのうしろで、胃のあたりを押さえた忠犬が、兵士と並び部屋を出ていった。




 黒猫とエルフは、たくさんの部屋を駆けぬけた。

 召使いでひしめく衣装部屋から調理場、衛兵の詰所まですみずみと…… けれど、どこもかしこも異常なし。

 最後の可能性は、大きく張りだしたバルコニー。

 厚いカーテンをめくれば、ダークブルーの冬空に星がきらめいた。


 しっぽを揺らしたメリーが、植木鉢の裏をのぞきながら言う。

「ハーティスさまは、一度マリオンに会ったことがあるんです。協力していただけないかしら」


 ジェシオは捜索の手をとめて首をふった。

「残念ながら、兄上は試練に耐えておられます。いま抜けだすわけにはいきません」



 月の神に扮した第一王子は、5人のきら星と無限ワルツを踊っている――

 そう聞いたメリーは、目の前の問題をわきにどけて、ふしぎそうにジェシオを見た。マイナーすぎる仮装をしていても、彼の魅力はあふれんばかり。


「あなたは会場にいなくていいの? すてきなご令嬢が寂しがっているんじゃないかしら」


 王子さまは困ったようにまばたきした。

「いえ、その…… 人目の多い所は、あまり得意ではなくて」

 と、首をかしげたのにあわせて、サラサラの髪が衣装にこぼれる。

 ハーティスの招待状に書いてあったとおり、彼はとても “舞踏会嫌い” らしい。

 メリーは信じられない気持ちで本音をこぼす。

「なんてもったいないの。国家の損失だわ」


 するとジェシオは、異国の乙女に明るい微笑みをむけた。

「そうでもないのです。

 俺のまわりには驚くほど人が集まりませんし、あの場にいても、監視役がひとり増えるだけですよ」



 優雅な笑顔に反した、あまりにも寂しい言葉。メリーは胸をつまらせる。

「そんな、そんなことって……」

「あります」

 ジェシオは、いじけることもなく穏やかに言った。

 バルコニーを冷たい夜風が吹きぬける。あおられた髪と衣装が舞いあがって、彼を本物のエルフみたいに見せた。


「自分でもわかるんです。

 兄上はそこにいるだけで周囲を照らし、姉上は人の心をなごやかにする…… そういう力、王族の素質を、俺は持っていませんから」


 冬の精霊ははるかな月を瞳に映していた。手が届かないぶん、それはいっそうまぶしく輝く。

 メリーが言葉をかけようとしたとき、ジェシオは表情を引き締め、身をひるがえした。

「こちらに犯人はいないようだ。西側に行ってみましょう」




 広い廊下に出ると、ちょうどウェイクたちが角を曲がってきた。兵士が手をあげる。

「ジェシオさま、空振りです! 足跡も証拠も、なにも見つかりませんでした」

「そうか、こちらもだ。出口は固めてあるが、一体どこに隠れているのか……」

 王子は眉を寄せてあたりを見まわす。

 そのとなりで、たくさん走ってきたメリーの頭がぐるぐるまわりだした。


「どこにもいなくって、外には出られなくって。

 マリオンったらどうしたの、煙になって消えてしまったの?」


 混乱した彼女の前に、ウェイクがそっとかがみこんだ。

「落ちつこう、メリー。

 彼女は魔法をさがしているが、魔法を使うことはできない。かならず宮殿にいる」

 生真面目な言葉は、メリーに幻のスプーンを手わたした。

 心に広げたお砂糖をなぞって、あの春の日にやってきたお客さまを描きだす。


 “あなたになぞなぞをプレゼント、あたしは一体誰でしょう?”


 そんなセリフとともに現れた、陽気で華やかで、とっても身軽な女の子。メリーは思わず笑みをもらし、不安で沈んだ様子の兵士に顔をむけた。


「あのね、私もあなたとおんなじ。この前の春、すっかりマリオンに騙されちゃったの」

「えっ、そうなのですか!」


「ええ、サーカスの空中ブランコ乗りだって言われて。

 マリオンの変身は、本当に魔法みたい。あの子だったら何にでもなれるわ。堂々として、自信にあふれて……」



「それはまるで、王族のようだ」


 ジェシオが、ちょっと羨ましそうにひとりごとをもらした。

 これを聞きつけてウェイクの犬耳が動く。

「王侯貴族のような怪盗少女、か。

 逃げも隠れもしないで、高みから事件を眺めていそうだな。

 ……ん? 逃げない、隠れない、つまりどこにもいかない……?」


 彼が首をかしげた瞬間。

 4人のあいだに、パチッとひらめきの火花が散った。目をかがやかせたメリーが、きらきらの声をあげた。


「そうよ、マリオンなら何にでもなれる。

 優雅なワルツを踊りこなす、貴族のご令嬢にだって! 会場へ急ぎましょう、彼女はあそこにいるわ!」


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