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メリー・シュガーの夢の星  作者: 小津 岬
─4─ 竜と海のドラゴニア
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第25話 仮面の下には誰の顔?(前) 2/2

 目が覚めるような青空が、あざやかな夕焼けをつれてきた。

 クロックベルのパーティーは、ついに開幕。ランプをともした講堂に、町の人が次々集まってくる。


「やあこんばんは、いい夜だね!」

「ええ、本当に。みんながなりたいものになったら、こんなに楽しいのね」

 パン屋さんが花屋に、お母さんが船乗りに、よい子が魔王さまに…… おしゃべりと笑いがあふれる会場の一角で、黒猫メリーが張りきっていた。


「かぼちゃのプディングはいかが?

 お腹ペコペコの方、ベーコンと玉ねぎのスープをどうぞ。じゃがいもとパセリの焼きたてパンもこちらに!」


 針で指をつっつくこと数十回、やっと完成した耳としっぽを揺らし、お皿を運んで行ったりきたり。

 輪っかのみつあみは今夜おやすみ。ゆるく波打つ金色の髪を黒いドレスの上に広げ、首もとのピンクのリボンをアクセントにして、なかなか乙女な仕上がりだ。



 そこに、羽かざりでいっぱいのケープをまとったルシアが、軽やかに飛んできた。

「メリー、ウェイクさんのご到着だよ」

「ああ、ウェイク! あなたを待っていたの……」

 ふりむいたメリーが動きをとめる。

 案内されてきたのは、犬だった。


「これは奇遇だな。君が猫を選ぶとは」

 青年はぱちぱちまばたきした。瞳の色にあわせた灰色の犬耳が、暗い茶の髪によく映えている。

 黒猫少女は驚愕した。

「私の耳より上手にできてる……! とても、とっても似合っているわ、ウェイク。本当に」


「ありがとう。君もすてきな猫具合だ」

 彼の笑顔は、暖炉だんろの火に照らされて、めずらしく甘さを帯びる。

 あまりにもしっくりくる犬耳のおかげでロマンチックとはいかなかったけれど、メリーの心はぽかぽかした。



 ふたりを嬉しそうに眺めていたルシアが、メリーの肩にふれる。

「たくさんお手伝いしてくれて、ありがとう。ここからはゆっくり楽しんでね」

「それじゃあ、お言葉に甘えて……」

 メリーはそわそわと席をさがす。ちょっとうす暗いすみっこに、人気ひとけのないテーブルを見つけた。

「あそこが空いてる! 一緒に座りましょう」

と、笑顔でウェイクを引っぱっていく。


 その先に、激しくキラキラした道化師が待っていた。



「こんばんは、こんにちは、おはよう、その他?

 お気に召すままごあいさつ、かわいいペットに愛玩の乾杯を!」

 華々しくグラスをかかげたヨルが、道化服に包まれた脚を優雅に組んだ。ウェイクとメリーはおそろいの真顔になる。

「出たな……」

「ええ……」

 謎の青年はおかまいなし、彼らの装いを見てため息をつく。


「そうだよね、動物路線が正解だよねぇ。

 フォレスタの言うとおりフクロウになればよかった。この格好だと、女の子がぜんぜん寄ってこないよ」


 彼はピエロの衣装を憂鬱そうにつまんだ。

 襟と袖は胸やけを起こしそうなくらいひらひらで、身ごろはぴったり引き締まっている。

 なでつけた黒髪がひとすじほどけ、赤い瞳に影がさした。白い頬には涙のペイントがキラリ――

 つまり、果てしなく、あやしい。

 いつも彼を取り巻いている女性たちも、ドキドキしつつ見守ることしかできないみたいだった。



 ウェイクが苦々しくつぶやいた。

「気合を入れすぎなんだ、お前は。なごやかな催しに危険区域をつくるな」

「ねぇウェイク犬、君ひとつ忘れものしてるよ? なぞなぞピエロタイム発動、はい答えて」


「な、なに?

 ええと、尻尾ならちゃんとついているし…… いつもの帽子だろうか」

「残念はずれ、大まちがい!」

 高らかに告げた道化師が、中身の入ったグラスをほうり投げる。次の瞬間、それはジャラッと鎖をつけた革の輪っかに姿を変えた。

 首輪だ。


「ウェイク、逃げて!」

 メリーにかばわれた青年が、一目散に駆けだす。

「ほらほら仮装は完璧に。待ってよ、魔法史調査局の犬!」

 ヨルピエロはかがやく笑顔でウェイクを追う。せわしないポルカの演奏がはじまり、メリーは苦笑いした。


「これはこれで平和かしら。

 ハーティスさまたちも、舞踏会をいっぱい楽しんでいますように……」




 そのころ。

 黄金の宮殿の舞踏会は、いよいよ盛りあがりをむかえていた。

 広間にきらめくたくさんのシャンデリア。宮廷楽団はワルツを奏で、王侯貴族や召使いたちが行き来すれば、あたりは大きな万華鏡。

 そこにひときわ大きな姿が現れ、人の波を割った。


「久しいな、クリスティーヌ姫。約束どおり、私はやってきたぞ!」


 明るく呼びかけるのは、仮面をつけていてもばればれの、竜の国・ドラゴニアの大公だ。

 今日の彼は、波の衣装をまとった海の神さま。

 たくましい体格のおかげで不必要に強そうで、レオールの衛兵たちに余計な警戒が走った。


 ふんわりと応じるクリスティーヌが、あたりの緊張を解く。

「お待ちしておりましたわ、大公さま。

 今宵はわたくしたちの大事な夜、決戦のときですわね」


 彼女は、透きとおった袖を持つ濃紺のドレスを着て、オパールやムーンストーンで髪を飾っている。大きな丸い鏡をはめこんだネックレスがまばゆい光をはなった。


「占い師か。あなたらしく、夢のある扮装だ」

 大公は彼女を見おろして微笑み、うやうやしく片手を差しのべた。クリスティーヌがきょとんとする。

「手相の鑑定をお望みかしら?」

 青年君主はおかしそうに噴きだした。

「それもいいが、せっかくの祝宴だ。ぜひとも一曲、ダンスをお願いしたい」


「あ、あら、そうでした! 今夜は舞踏会ですものね、少しお待ちを……」

 彼女はあわあわとメガネをはずし、ついでに重たいネックレスもはずし、そばに控えていた衛兵に預けた。



 大公にむきなおり、照れ笑いで仮面をつける。

「わたくしときたら、ジェシオにうるさく言っておいて、自分がダンスを忘れるなんて」

「そういえば、弟君の姿が見えないようだが。体調を崩されたのか?」


 気づかいをこめて尋ねられると、クリスティーヌはばつが悪そうに首をふった。


「いいえ……

 わたくしが仮装を用意したのですが、恥ずかしがって引っこんでしまいました! 軍服に着替えてくるそうですけれど、あの様子ではダンスも見学ですわ」


 正直な嘆きを聞いた大公は、朗らかな笑い声をあげた。

「なんと残念な! それでは、彼の分もわれわれが踊るとしよう」

 ライオンと竜の、はじめてのワルツがはじまる。ふたりがゆったりまわりだすと、自然と拍手が起こった。

「おお、これは歴史的な瞬間だな」

 ネックレスを守る衛兵も、思わず笑みを浮かべる。

 その背後に影が忍び寄っていることに、誰も気がつかなかった。





「ヨル、そこにいるの? お外は寒いでしょう」

 黒猫メリーは、講堂の裏口をそっと開けた。

 小さな中庭に立った道化師は、黙って星空を見あげている。

 夕方より風が強まり、暗い雲の流れが速い。メリーはスカートを押さえて進み出た。


「パーティーは無事におひらき、大成功ね。あなたも楽しんでくれた?」

「さぁ。楽しくなるのはこれからかなぁ」

「えっ?」

 少女がはじかれたように青年を見る。

 ゆっくりとむきなおる赤い瞳。そこに金色のベールがゆらめいていた。


「聞こえないの? かわいそうなライオンが、星をさがして泣いてるよ……」


 ヨルは踊るように身をかがめ、メリーの手をすくいとった。

 微笑みはやさしく、上目づかいのまなざしは射るように強い。

「行っておいで、メリー・シュガー。

 ふたつのパーティーが生んだ夢、寂しい道化がひとつにしてあげる」



 そのとき。

 かたわらのドアが勢いよく開き、血相を変えたウェイクが飛びだしてきた。

「メリー、どうしたんだ!」

 あわてて伸ばされた手を、ヨルがすばやくかっさらう。メリーとウェイクは、月と星の下、道化を介してつながれた。


「あーあ、君ってほんとに忠犬!」

 呆れた笑いを合図にして七色の光がはじける。

 ウェイクは、あれこれ考える間もなくメリーを引き寄せ抱きしめた。

 どんな輝きにもさらわれないように、ぎゅっと。



 光のあとに闇がやってきた。

 固く閉じたまぶたを、少女のささやきがひらく。

「……ウェイク。ウェイク」

「あ、ああ、すまない!」

 彼は急いで身体を離した。けれどメリーはぴたっとくっつき、必死に言った。

「そうじゃないの。私たち、踊らなきゃ!」

「えっ」


 犬耳つきの頭をあげたとたん、宝石で飾った仮面が鼻先をかすめた。あたり一面、美しい衣装の海……

 ふたりは、黄金の舞踏場の真ん中に立っていた。

 とっさに音楽に乗ったけれど、すれ違う王侯貴族の視線がつきささる。ウェイクの頬を冷や汗が伝った。

 

「ヨルめ、やってくれたな!

 なぜテーブルの下やカーテンの裏など、極力目立たない場所に導いてくれないんだ!?」


「たぶんヨルだからよ!

 ここに溶けこむには、金箔きんぱく大さじ10くらい足りないみたい…… あっ!」

 ドレスと一緒にしっぽをひるがえらせたメリーが、急に動きをとめた。

 カクテルを運ぶ召使いをかきわけ、ひとりの衛兵がまっすぐむかってくる。ウェイクは少女の前に立って覚悟を決めた。


 ──メリーにだけは首輪をつけさせない。俺が2匹ぶんの罪を背負ってみせる……!

 キッと表情を引き締めた青年の肩を、大きな手がつかんだ。

 かぶとの下から野太い声がささやく。



「ダンス中に失礼します。

 そちらの黒猫令嬢は、シープランドのミス・シュガーとお見受けしますが」


「……ん?」

 ウェイクは目を見開く。よくよく見ると、その兵士はものすごくしょんぼりして、落ちこんでいた。

 事件の香りを嗅ぎつけ、メリーの腕をたたく。

「なんだか様子がおかしいぞ。出てきてくれ、こんぺいとう探偵」


「こんばんは、ライオンの兵士さん……」

 ちょこんと顔をのぞかせた少女。その前に兵士が膝をつき、今にも泣きそうな顔で見あげた。


「ああ、メリー・シュガーさま!

 どうか私を、レオール王室をお助けください。この舞踏会に怪盗がまぎれこみ……

 クリスティーヌ姫の大切なネックレスを、まんまと持ち去られてしまったのです!」



  (第26話につづく)


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