第3話 夜の時計塔 1/2
色とりどりの落ち葉が舞う、大通りの午後。
にぎわいを見せるショーウインドウのひとつに、輪っかのみつあみの後ろ姿が張りついていた。
そのとなりへ、黒っぽいマントがスッと滑りこむ。
「なにを入手するつもりだ、メリー」
「きゃあっ!?
ああウェイク、おひさしぶり。ちょっと寒くなってきたけど、お散歩にはいいお天気ね」
少女ににっこりされると、調査員の青年は、顔を隠すように帽子をさげた。
「散歩ではなく任務中だ。
魔法の形跡がないか見まわっていて…… ここにいた。今日の目的はなんだ?」
ウェイクは、相手を見すかそうと灰色の目を細くする。
メリーはへっちゃらで肩をすくめて、お店に向きなおった。
「ただのお買いもの! ほら、もう冬のドレスが出てる。どれもすてき、夢みたい……」
「君がいうと意味深だな」
つられたウェイクも、ぴかぴかのガラスをのぞいてみる。そのとたん、うめき声をあげた。
「うぐっ……!?」
フリルとレースとビーズの、輝く波。
そこは乙女の夢の海、魔法よりはるかに未知の世界。彼の思考は停止した。
すっかり困惑してメリーを見る。
「君がこれを着るのか? あのごちゃごちゃの机と、積んだトランクの部屋で?」
「これはパーティー用よ、ウェイク。
招待してもらえれば、どこへでも着て…… いきたいけど、高価でとても買えないわ。私のお目当てはあっち」
メリーは、ほっそりした手を店の奥へむける。
そこには、切り売りのリボンがずらっとならんでいた。糸巻きからペロッと出た端っこが、鮮やかになびいてお客を呼ぶ。
「こんぺいとうのビンに結ぶの。リボンも冬じたくしなきゃ」
メリーが真剣に目を走らせ、ウェイクは眉をあげた。
「君の魔法は、リボンの色まで関係するのか」
「ええ。私のこんぺいとうは、どこまでも心をこめるの」
“魔法”と言わせようとしたけれど、うまくかわされてしまった。ウェイクはもう諦めた。
そういえば、この前もらったこんぺいとうのビンは、まだ窓辺に飾ってある。
「俺にくれたのは、青いリボンだったな」
「そうよ、“落っこちない空のためのブルー”」
「そんな名前の色があるのか!?」
ウェイクがすっとんきょうな声をあげ、道ゆく人がくすくす笑う。
回転扉に手をかけたメリーが、楽しげに人さし指を立てた。
「お勉強どころね、ウェイク。知っておいて損はないわ、どうぞご一緒に!」
お店に入った二人は、棚の前で決戦みたいに向かいあった。
メリーの両手が、灰色のリボンを一本ずつ引きだす。
「さあウェイク。どっちが冬らしいと思う?」
「まったく同じ色、同じ太さに見えるんだが」
「毛の長さがちがうの。これはベルベット、光の具合で表情が変わるでしょ?」
ウェイクは、ふたごのリボンではなく、真剣に説明する彼女に視線をそそいでいた。
自分の夢を思い出し、静かに尋ねる。
「これも、誰かを助けるかもしれないのか」
「ええ。ほんのちょっとね」
メリーがちらっと微笑む。
ウェイクは、しばらく考えてから右のリボンを(勘で)選んだ。
ところで、お店のどこにも“落っこちない空のためのブルー”という色はなかった。
からかわれた、とわかれば怒って帰ってもいい。けれどウェイクは、支払いがすむまで、なんとなくメリーの後ろにくっついていた。
店のおじさんが、
「はい、お嬢さん。どうもありがとう」
と、愛想よく包みを渡す。
魔女の取り引き相手か――
ウェイクは、調査員の目に戻って店主をさぐる。しかし、おじさんは特別メリーを知っているようでもなく、にこやかでなごやかだった。
勘定台を離れながら、ウェイクはつぶやいた。
「現実の硬貨だったな」
メリーがじろりとふり返る。
「なにで払うと思ったの?」
「こんぺいとう、もしくは星のくず……」
「詐欺魔法とおっしゃりたいのかしら。もし使えたって、使いません!」
彼女がつんと顔をあげた、その時。
二人の耳に、ひそひそ話の切れはしが届いた。
「まあ、マーシャルさんのお嬢さまが?」
ならんだ生地を飛びこえて、ご婦人たちの心配な声。
「そう。すっかり寝こんでしまったんですって」
「お医者さまが呼ばれたそうだけど、よくならないみたい……」
メリーとウェイクは、ハッと顔を見あわせた。
ソフィー・マーシャル。
高級仕立て屋のご令嬢。
メリーとウェイクが初めて会った、あの日。二人がつくったこんぺいとうを受けとった、美しい客人だった。
マーシャル縫製店は、町一番の大通りに堂々とたっている。
そのつくりは、豪華にして上品。ドレスを着てパーティーに出かけるような女性たちが、職人相手に楽しく相談している。
ウェイクは、入口で思いっきり二の足を踏んだ。
「い、いきなり入っていいのか? 予約が必要じゃないのか」
「予約をしたお客のふりをしましょう。それらしくエスコートしてね!」
そういいつつ彼を引っぱって、きらびやかな店内をつき進むメリー。
異常に気づいた支配人が、すかさずやってくる。
メリーは、紳士の「いらっしゃいませ」を封じこめて、ひと息に言った。
「私、メリー・シュガーです。ソフィーさんのお見舞いにきました!」
「…………」
支配人が、目を開いて動きをとめた。
これはぜったいに追い払われる。ウェイクは彼女の後ろで青ざめた。
だけど、驚くことに、紳士はていねいに頭をさげた。
「もしもいらしたらお通しするように、お嬢さまからうかがっておりました。こちらへどうぞ、ミス・メリー・シュガー」
ソフィー・マーシャルは、やっとベッドに起きあがったところだった。
「ああメリー、きてくれたのね!」
差しのべる手も、むりやり微笑んだ頬も、血の気がうせてしまっている。メリーはその手を握ってあたためた。
「ソフィーさん、夢でなにがあったの」
「それが、あの方……」
話しだそうとした令嬢は、ドアの横に立って背をむけている青年に気づいた。
メリーのおまけで中に通されたウェイクだけど、若い女性の部屋にずかずか踏みこめる彼ではない。
メリーが令嬢にうなずいた。
「ウェイクは私のお友だち。なんでも協力してくれる、信頼できる人よ」
「そういうことなら、ぜひ聞いていただきたいわ。お気になさらずどうぞ、ウェイクさん」
ソフィーは、事情を知らない彼にむかって語りはじめた。
「はじまりは、今年の春でした。
私の夢に、知らない男の方が何度も現れて…… その方がどなたか知りたくて、ミス・シュガーに相談を」
顔色はよくないけれど、口調はしっかりしている。
俺はあの時の鍋まわし役だ、とは言わず、ウェイクはつづきをうながした。
「それで、男性の素性はわかったのですか?」
「お名前を尋ねました。
そしたら彼は、“自分のことを忘れてしまった。探すのを手伝ってほしい”と言ったんです」
ソフィーの頬に、ようやく赤みがさす。
こんぺいとうの助けで会話をかわした二人。夢で会っては色々な場所にいき、記憶のかけらを集めていたという。
「だけど、メリー。彼が変わってしまったの!」
「変わった?」
メリーの青い目が大きくなる。
少女を見つめ返したソフィーは、美しいまつげを濡らしていた。
「夢の中で、まったく別の人が待っていたんです。
“おいでよ、記憶を探そう”って。私はことわりました。だけどその人、とても優しく誘ってきて。毎晩、毎晩……」
「苦しいのね。このままだと、つれていかれそうで」
メリーが、そっと令嬢の肩にふれた。
それから凛として言う。
「大丈夫よ、ソフィー。もつれた夢は、私とウェイクがほどきます。
飛びいりの新人について、覚えていることを教えて」
するとソフィーは、大きな窓へゆっくりふりむいた。
「……時計塔」
秋風がレースのカーテンを揺らす。
令嬢は、遠くを眺めてささやいた。
「その人は、時計塔の上にたって私を誘うんです…… 夢のような微笑みを浮かべて」