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メリー・シュガーの夢の星  作者: 小津 岬
─4─ 竜と海のドラゴニア
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第25話 仮面の下には誰の顔?(前) 1/2

 寒い冬がやってきて、メリー・シュガーは猫になることにした。


「やっぱり、私の道はこれしかないわ。

 本当に決まりの決まり。もうお砂糖ひとさじぶんだって心を動かさない!」

 真剣な告白に、輪っかのみつあみが揺れる。

 しっかり目をあわせたルシアが、息をひそめてうなずいた。


「後戻りはできないよ、メリー。猫でいいんだね?」


「ええ、第一希望は妖精さんだったけれど……

 衣装のしたくが大変そうなんだもの! キラキラにかがやく透明の羽なんて、とてもつくれないわ」

 ため息をついた少女は、恥ずかしそうに肩をすくめた。



 クロックベル町役場主催・第1回冬季おたのしみ仮装パーティーまで、あと少し。仲よしの女の子ふたりは、手芸店でひみつの相談の真っ最中だ。

 ルシアが楽しそうに生地のロールを引きだしていく。

「それじゃあ、必要なのは耳としっぽ。

 毛足が長くって、ふわふわの布がいいね! 何色にしようか、柄入りもあるよ?」


「ぬ、縫いやすい生地ならどんなものでも……

 猫に挫折したら、さすらいのスプーン屋さんくらいしか仮装できるものがないの」


 おしゃれは大好きでも、お裁縫は苦手なメリー。

 変身先にあれこれ悩んでいるうちに、すっかり準備の日にちがなくなってしまった。頼もしいお友だちに導かれ、しみじみとつぶやく。


「私ってば、猫になるだけでてんてこまい。

 王宮の仮面舞踏会に行こうとしたら、準備に何年もかかっちゃいそう!」




 冬の足音が町にたどりつく、少し前。

 妖精か猫か、それとももっとすてきな別の何かになろうか迷っていたこんぺいとう屋のもとに、黄金の手紙が届いた。

 ライオンの国・レオールの王子さまからの、ピカピカの招待状が。


 “親愛なるメリー・シュガーへ!

  わが父王の即位30周年を記念し、仮面舞踏会をひらきます。

  日ごろの感謝をこめて、ぜひ君をまねきたい。

  ひみつの仮装をして、私とワルツを踊ってくれないだろうか?”



「ハーティスさまと、踊る……!」

 かっこいい手書き文字をなぞり、メリーは震えた。王子の文章はつづく。


 “妹も、君とのおしゃべりを心待ちにしています。

  君のおかげで、ドラゴニアの大公どのも出席してくれることになったよ! なんと喜ばしいことだろう。

  みんなで夢のような夜をすごせますように。”



「クリスティーヌさま、大公さま!

 そうだわ、なぞなぞ対決の行方がどうなるか見守らなくっちゃ」


 メリーはわくわくしてきて、机のはじっこにのせたミルクティーを勢いよくかきまぜる。

 お手紙には、おまけのしっぽがついていた。



 “それから、追伸!

  君がきてくれるとなれば、弟にもダンスの腕前を磨いてもらおう。

  舞踏会嫌いの彼も、こんぺいとう探偵のふしぎな力で楽しく踊ることでしょう。”



「ジェシオさまと…… 踊る……!」

 微笑む兄弟王子の幻影が、小さな部屋の天井できらめく。

 見あげる乙女の瞳にたくさんの星が飛び、新たな星座が生まれそう……


 けれど、大きな問題がひとつあった。

 招待状に記された、王宮舞踏会の日づけ。

 それは、クロックベルの仮装パーティーの日と見事にかさなっていた。



 ウェイクに相談しに行くと、調査局の机についていた彼は、冷静に言った。

「町のパーティーは強制ではない。

 君がライオンと踊りたいというなら、俺はとめない。護衛はするが」

 彼は冷静だけれど、激しい胃痛をこらえるみたいな顔をしていた。

 しかも王子さまレターに動揺したのか、インクの壺を勢いよく倒し、書きかけの書類に青い海をつくって、それにも気づかずにメリーを見つめていた。


 メリーは夜遅くまで考えて、考えぬいて、寝坊をして、お昼すぎにあわててお返事を書いた。


 “やさしいハーティスさま

  お誘いとってもうれしいです。

  そして、とってもごめんなさい……

  その日はクロックベルでもパーティーがあるの。私は、町のみんなをお手伝いしようと思います!

    

  ☆追伸☆ 次に会える時まで、ワルツの権利をとっておいてくださいますか!?”




 数日かけて運ばれた、欠席の返事。

 レオールの王子と姫君は、星模様の便箋びんせんをのぞきこんで、しょんぼりと肩を落とした。

 ハーティスが金色の髪をかきあげ、端整な顔を曇らせる。


「まったく残念だな、クリスティーヌ。私は彼女に会いたかったよ……」


「わたくしも、なぞなぞ対決の審判をしてもらいたかったです!

 けれど、無理は言えませんわね。町の人々を大切にしたいなんて、優しいメリーらしいですわ」

 メガネのお姫さまは眉をさげて微笑んだ。

 それでもやっぱり寂しくて、兄とおそろいのため息をつく。



「兄上、姉上。そこまで気を落とさなくとも、次の機会がありますよ」


 落ちつき払って話すのは、末っ子のジェシオ王子だ。

 王家の3きょうだいは、ひさしぶりに水入らずでくつろいでいるところ。テーブルにもたれかかったハーティスが、いじけたように弟を見あげる。


「特別な機会だったろう。仮面舞踏会なんて、そうそう開かないじゃないか」

「すねたって彼女はこられませんし、俺がワルツに駆りだされることもありません。諦めてください」

 てきぱきとお茶を淹れた彼は、ぶどうのタルトを配る。兄姉が並んで口をとがらせた。


「お前は老成しすぎだぞ、ジェシオ!

 今度の舞踏会でも、ダンスを避けて引っこんでいるつもりか?」


「ロマンが足りていませんわね。

 あなただって、本当はメリーと踊りたかったのではなくて? あんなにかわいい乙女なんですもの」


 なにを言われても、ジェシオ王子は澄まし顔。長い首をふり、馬のしっぽみたいな金髪を揺らした。

「おふたりとも、わかっているでしょう。

 みなが注目しているのは、俺ではなくて兄上のダンスの相手ですよ!」



 次期国王・ハーティスの妃の座は、あいかわらず空席のまま。

 栄冠をめぐって争う姫君たちが、舞踏会で頂上決戦をむかえようとしていた。

 待ち受けるものを思いだしたハーティスは、さわやかな笑顔を引きつらせる。

「……私は一晩に何百曲踊ればよいのだろう。この身が粉になるかもしれない」

「俺は代わりませんからね。がんばってケリをつけてください」

 ジェシオが無情に宣告し、兄はがっくりうなだれた。



 クリスティーヌは黙っていられず、頬をふくらませて弟を見据えた。

「ジェシオったら、もっと催しを楽しみましょう。

 あなた、仮装の衣装も “そこそこの適当で” と注文したでしょう。なにをつくっていいやらと、衣装係が泣いていましたわ」


「ひとり分くらい楽をしてもらおうと思ったのですが……

 ああ、姉上は占い師になるそうですね? ずいぶん凝ったドレスを頼んだと小耳にはさみましたよ」

 弟に微笑みかけられ、クリスティーヌの顔が明るく輝いた。


「そう、そうなの!

 おばあさまからいただいた、大きな鏡のネックレスがあるでしょう? あれを身につけて、ドラゴニア大公さまのなぞなぞを見通してさしあげるのです!」


「それは力が入っていますね!

 衣装をさらに豪華にしてもらってはいかがです? 大公も楽しみにされているでしょうし……」

「ちょっと待ちなさいごまかさないで、今わたくしの話はしていません」

 正気に戻った彼女は、弟と真正面から視線をかわした。



 ジェシオは、兄によく似た彫りの深い顔立ちをしている。

 けれどずっと線が細くて繊細で、太陽のようなハーティスとくらべると、物思いに沈む三日月を思わせる。

 そのナイーブな部分を隠すためなのか、彼は人前での言動がするどくなりがちだった。


 以前の舞踏会で、貴族の娘たちがこんなひそひそ話をしていた。

「あなた、ジェシオさまをお誘いしないの? あんなに会いたがっていたじゃない」

「え、ええ。夢にまで見た、あのお方…… だめ、とても話しかけられない!」


 顔を真っ赤にした令嬢は、クリスティーヌが呼びとめる前に逃げだしてしまった。

 ひょいと弟を見れば、王座のとなりに直立して腕を組んでいる。

 華やかな祝宴をにらむ横顔は、冷静沈着そのもの。まるで軍隊の式典に参列しているようだった。



 ――このままでは、弟が観賞用限定王子になってしまう。


 つねづね危機感を持っていたクリスティーヌは、ここぞとばかりに立ちあがった。

「いいですか、わたくしがとびっきりの衣装を用意します。

 だからお願い、ダンスを望む令嬢に応えてあげて。せめてひとりくらいは、あなたからお誘いして踊ってちょうだい」


 彼女は弟の手をとって訴える。

 もう一方の手を、兄ハーティスも握る。彼の目は期待にかがやいていた。

「そうだともジェシオ、思いきり着飾ってくれ。そして私よりも多く姫君の人気を集めてくれ!」


「できませんよ!?

 どうか俺のことはかまわず、安らかな影の中に沈ませてください!」

 彼は途方に暮れて声をあげる。けれど、兄姉はすでに同盟を結んでいた。

「だめだ。今回ばかりは」

「だめですわ。観念するのです」



 両脇からがっちり捕まえられたジェシオは、パーティーの日どりがかさなった不運を、ひたすら恨めしく思った。


 メリー・シュガーがきてくれたら、ふたりの気がそれたのに!

 姉上が準備する衣装だって? 俺はどんな謎生物になってしまうんだろう。

 初めてまねいた竜の国の一団までやってくる。レオール王室は、無事に舞踏会を終えられるだろうか……



 不安が不安を呼び、なんだかとんでもないことが起こりそうな気配までただよって──


 その予感は、現実になってしまった。

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