第23話 ブルームーン・ティー 1/2
秋の寒さは足が速くて、みんなを驚かせるのが大好き。
クロックベルの町が急に冷えこんだ、ある晩。ルシア・コーディーは、チクッとしたのどの痛みで目を覚ました。
(あっ、カゼをひいちゃった)
どきりとして、うすくまぶたを開ける。
カーテンのすき間から差しこむ月光は、染みるような青さでひんやりしていた。枕もとに座るお人形・ルイーゼの姿が浮かびあがる。
ルシアは手を伸ばし、彼女の巻き毛をなでた。ふさふさでサラサラの心地よい手ざわりに、ちょっとした不安がやわらぐ。
布団をしっかりかきあわせ、祈りながら目を閉じた。
(朝までに治りますように……)
その翌朝。
コーディー家に、少女のかすれた叫びが響いた。
「どうした、ルシア!」
「なにがあったの!?」
両親があわてふためいて駆けつける。ルシアは緑色の目をまん丸にして、ふたりにすがりついた。
「パパ、ママ。ルイーゼが……!」
のどの痛みで言葉がとぎれ、必死にベッドを指さす。
窓から差す光が、枕もとのクッションを── からっぽのクッションを、静かにあたためていた。
いつでも一緒の大切な家族は、忽然と姿を消してしまった。
ルシアは熱まであったけれど、だるさも忘れて外に飛び出そうとした。
「ルイーゼを探さなきゃ!」
小さい父が彼女を引きとめ、真剣に見あげる。
「今日はうんと寒くなるよ。こじらせちゃいけない、パパたちにまかせなさい」
娘をなだめて寝かしつけると、コーディー夫妻はダイニングルームで緊急会議をひらいた。
秋の朝はすっかりサスペンス、夫が丸くて平和な顔を引きしめる。
「窓もドアも、ぜんぶしっかり閉じていた。ということは、ものすごく器用な泥棒かもしれないね」
「メリーに相談できたらよかったんだけれど…… ドラゴニアから戻るのは、もう少し先なんですって」
心配のあまり、苦労して刺繍を入れたエプロンをもみくちゃにする妻。
夫はその肩をぽんぽんたたき、カバンを抱えて立ちあがった。
「よし、僕らでルイーゼを見つけ出そう。
同じような被害がないか、役場で聞いてくる。ルシアを頼んだよ」
午後のあいだ、ルシアは混乱と悲しさでぐるぐるしながら、眠ったり起きたりをくり返した。
病気のときにいつも見る、とりとめのない夢が頭をめぐる。
くだけては光るかけらの真ん中で、旅行中のはずのふしぎな少女がスプーンをふるっていた。
「ああダメ、うまくくっつかないわ!
待っていてねルシア。あとちょっと、ひとさじのがんばりであなたに安らぎを。えいっ」
ぱたぱた走って、飛びあがって。輪っかのみつあみをはねさせたメリーは、やがて輝きにまぎれて見えなくなってしまった。
(メリー、会いたいなあ。
ルイーゼは大丈夫かな、暗いところでさびしがってない? はやく起きて、むかえにいかなくっちゃ……)
気持ちとは反対に、どうしても身体が動かなくて、訪れる会話を夢うつつに聞く。
「今のところ、泥棒の話はないみたいだ。今日は早めに帰るからね」
これは、お昼に戻ってきた父の声。
それから少しして、学校がえりの友だちが次々と……
「これ、みんなからルシアに。おみまいです」
「おだいじにって伝えてください!」
「まあ、ありがとう。あの子は少し熱が出ているの。みんなも気をつけてね」
やさしく答えていた母の返事に、いきなり困惑がまざった。
「あら、あなたは……? ええっと、ルシアと同じ学年だったかしら」
「僕、おみまいだよ。あの子の顔を見せて、マダム?」
涼しげで甘い、少年の声。
ルシアはハッとして目を開けた。
窓の外には夕暮れが迫り、遠くにカラスが舞っている。こんな時刻にぴったりの、あやしいお客さまといえば……
ふらつきながら廊下に出ると、玄関にいた母が途方に暮れてふりむいた。
「ルシア! あの、お友だちなんだけれど……」
「とびっきり仲よし、そうだよね?」
と、しなやかな手があがり、黒髪の美少年がにっこり笑いかけてきた。
ふんだんにタックを入れたレースつきのシャツと、粋なチェックのジャケットでおめかしして。
ルシアは、出ない声を出してびっくりした。
(ヨルくん、どうしたの!)
「それはもちろん、君を救いに。黄昏どきのおはよう、ルシア」
じっと見つめてくる赤い瞳は、夕焼けに隠された最後の色みたいで、とってもすてきで妖しかった。
ものすごくきらびやかな男の子が、娘を訪ねてきた――
ピンポン玉みたいに飛んで帰ってきたルシアの父は、そう聞いて血の気をうしなった。
「そ、それは。その子を部屋に入れたのかい!?」
「ルシアが仲よしだっていうから……」
夫妻がおろおろしていると、問題の部屋のドアが開いた。
あやしい美少年が娘の手を引いて登場したので、父は卒倒しかけた。謎のお友だちは、ルシアを見あげて甘えるように言う。
「それじゃあ、今夜。約束だからね」
「なんの約束だい、娘は具合が悪いんだよ!」
我慢できなくなった父が詰め寄ると、ルシアがのどを押さえ、切れぎれに説明した。
「あのね。ヨルくんが、ルイーゼ、を……」
「さらった犯人!?」
娘かわいさに先走る推理。容疑者が「ひどいなぁ」とつぶやき、大人びたしぐさで髪をかきあげた。
「いなくなったお人形、今夜僕が見つけてあげる。そういう約束」
「なんだって、君が……?」
「それじゃあ、あなたは探偵見習いかしら」
半信半疑の夫妻に、きらきらのウィンクを飛ばすヨル。
「安心して、パパ、ママ。僕はメリー・シュガーじゃないけど、甘さなら自信があるから」
それからルシアの手にサッとキスをして、
「熱いね」
とささやきを残し去った。
ぜったいに決闘を申しこむ、と騒ぐ父親の声を聞きながら、ヨル少年はコーディー家を離れていく。
夕陽をあびる庭木がグッとしなり、彼の肩にフクロウが舞いおりた。友だち(兼従者、保護者)のフォレスタだ。
「おおむねお行儀よくなさいましたね、マスター」
「だって、君が窓のむこうからすごい眼でにらんでるんだもん。
せっかく二人きりになれたのに…… 本当にあの子が好きなんだね、フォレスタ?」
ヨルはからかうようにフクロウの頬をくすぐる。鳥は、照れかくしの生真面目な顔で答えた。
「彼女は私の師匠なので。体調も人形のゆくえも、どちらも心配です」
少年が不満そうに首をかしげる。
「お人形ひとつ、なくしたら買えばいいのに。僕がプレゼントしようかなぁ、そしたらまたお部屋に入れるし」
「受けとらないでしょうね、ルイーゼ以外は。誰にでもかけがえのないものがありますよ」
フォレスタは優しさをこめて言ったけれど、主は肩をすくめただけだった。慣れっこの鳥はかまわず話を進める。
「昨夜は、ひと月のうち2度目の満月がめぐる、ブルームーンの日でしたね。
私が森にいたころ、青い月夜にはいつもと違うことが起きました。つぼみが開いては閉じ、キノコたちの秘密の会話が聞こえ……」
少し思い出にひたり、頭を切りかえる。
「彼女は、夜中に目を覚ましたとき、人形に月光がふりかかっていたと証言しましたね」
主が細い顎に手をあて、考えこむ。
「青は魔法の夜。
月からの光は、月までとどく道。さぁ、人形はどこへ行くでしょう?」
夕焼けに染まる石畳のはじっこで、足がとまった。彼は、すねたような表情をフクロウにむける。
「それで? 僕はあの人にお願いしなきゃいけないのかなぁ」
「こんぺいとう屋が不在なら、代役は彼女しかいないでしょう。さあ早く、17時の鐘が鳴ってしまいます!」
フォレスタはばさばさ羽ばたき少年をせかす。
ヨルがしぶしぶ歩き出すと、通りがかった馬車からあでやかな女性が声をかけた。
「あら坊や、疲れちゃったのね。送りましょうか、お家はどこ?」
「あなたのいるところ、かな」
笑顔で吸い寄せられていくヨル。
フォレスタがすかさず羽を広げ、クワァッと威嚇の鳴き声を発する。びっくりした馬が超特急で走り去った。
乗りそびれた少年が苦笑する。
「ああ、僕は君の思いのまま。誰かに操られるのってこんな気持ちなんだ」
「われわれは友人ですよ、マスター」
「あるいは鏡あわせの下僕。カゴに入れられたのは、君だけじゃなかったかもね」
ひとりと1羽は、人影の減っていく町並みを抜けて、長い坂をのぼりはじめる。
遠くそびえたつ時計塔と、そこにいる番人── 魔法つかいの末裔を目指して。




