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メリー・シュガーの夢の星  作者: 小津 岬
─4─ 竜と海のドラゴニア
44/66

第22話 竜大公となぞなぞを 2/2

 一日の公務を終えたドラゴニア大公は、自室でごほうびの鍛錬にはげんでいた。

「97、98、99……」

 延々と腕立てふせをしながら思うのは、異国のお客さまのこと。

 ふんわりしたライオンの姫君と、輪っかのみつあみの少女。どちらもすてきな乙女だけれど、なぞなぞは苦手らしい。


 くすりと笑いを漏らしてから、表情を引きしめる。

「申しわけないが、伝統は守らねば。このままお見送りすることになるだろうな」

 誇らしいような、物足りないような、ふしぎな気持ちだった。


 仕上げの柔軟体操をしていると、ついたてのむこうで召使いの声がした。

「ユージンさま、お客人より晩餐会のお礼が届いております」

「ふむ?」

と顔を出すと、テーブルの上にガラスの小ビンがのっている。つまみあげた拍子に、まっしろいお砂糖の星が音をたてた。

 ビンの口には変わったリボンが結んである。

 真ん中から半分はエメラルドグリーンで、もう半分は黄色。それをちょうちょ結びにしてあり、二色が華やかに交差していた。


 大公は、細い目をいっそう細くして笑った。

「読めたぞ。

 “ふたつの国で手をつなぎましょう” と言いたいのだな。なんともかわいらしいなぞなぞだ」



 こんぺいとうにはカードが添えられていた。ライオンの紋章が入っていて、となりにもこもこのひつじを描き足してある。

 そのひつじが、なにかしゃべっていた。ふきだしの中に細かい字……


 “目を閉じないと見えないもの、なあに”


「夢!」

 大公はすぐに答え、ふたつ折りのカードをひらく。


 “正解です!

  それじゃあ、目を閉じて、フタを開けて見えるもの、なあに?”



「ぬっ……」

 今度は即答とはいかず、彼は太い首をひねった。

 そうっとビンを開けてみる。

 つやつやとかがやきを帯びた、ふしぎなお菓子。甘いお砂糖と、なじみ深い潮の香りがほのかに立ちのぼった。

 大公は顔をしかめた。

「答えを知りたくばフタを開けて眠れ、と?

 若輩とはいえ、私はなぞなぞ大国ドラゴニアの主。みずから考え、正解を導きだしてみせる!」


 ベッドに座りこみ、こんぺいとうをにらむ。ランプの油が切れてからも、闇の中で考えつづけて――

 ドサッ!

 と、山が崩れるみたいに眠りに落ちてしまった。




 目を覚ましたとき、闇は猛烈な風をまとっていた。

 ゴウゴウうなる暗い空。真横から水しぶきが吹きつけ、床がぐらっとかたむいた。

「う、うわっ!」

 よろめいた大公はハッとする。

 ここは大きな船の上だ。しかも身体がやけに軽く、帆柱につかまった手は細く──

「これは、即位前のヒョロヒョロの私ではないか。

 鍛錬の結晶はどこに行ってしまったのだ、こんな身体では国を守れぬ!」



 愕然としているところに、かよわい悲鳴が聞こえてきた。

「だれか、誰か助けて!」

 上下に揺れる船のへりに、お姫さまが必死につかまっている。大公は、転びかけながら彼女のもとへ進んだ。

「クリスティーヌ姫、ご無事か!」


「大公さま! なんだか幅がせまくなられましたわね」

 彼女は、水滴だらけのメガネをぬぐってきょとんとした。どういうわけか勇ましい賊の扮装をしている。

 ほっそり大公が戸惑い、まばたきした。

「その格好は海賊か? これはあなたの船なのか」

「い、いえ、これは盗賊で、わたくしの趣味で。寝る前に読んだので、夢に……」

 お姫さまがうろたえていると、嵐のむこうから凛とした声が響いた。


「目を閉じたら夢の中。フタを開けたら見えるもの、なあに」


 ふたりが空を見あげると、青黒い雲のむこうから、白くてふわふわの雲がやってくる。

 それは、空飛ぶちっちゃなひつじだった。

 うす紫のリボンを首に飾り、ベルのかわりに銀色のスプーンをさげている。

 クリスティーヌがあわてて手をふった。

「メリー、メリー! これはあなたのこんぺいとうですね」


 船のそばまできたひつじは、もこもこの首をかたむけた。

「メリー・コンペイトゥ?

 どこのどなたかしら、私はかわいいなぞなぞひつじさん…… さあクリスティーヌさま、大公さま、おふたり一緒に考えてください!」



「大公さま、お得意のなぞなぞですわ」

 クリスティーヌにうながされて、大公がキッと宙をにらんだ。

 けれど、嵐が吹きかかったとたんにしおしお萎れてしまう。

「いかん、筋肉が減って力が足りぬ…… ここは読書家のあなたにおまかせしたい」

「まあ、なんて虫のいいこと! わたくしにはわかりません、“ただの普通の本好き” ですもの」

「すまなかった、撤回するので挽回してくれ!」


 わあわあ言いあっていた、そのとき。

 暗い空に、ピリッ! とかみなりが走った。



「きゃっ!」

と飛びあがったクリスティーヌが、足を滑らせる。

「姫、危ない!」

 彼はやせた腕で彼女を受けとめた。懸命にこらえて、なんとか支えきると、心に自信の灯がともった。

 大嫌いだった軟弱な自分。

 だが、この姿でも守れるものがあるではないか。


 力を取りもどし、荒れ狂う空を見あげる。

 雲間にまたたく光はどこかやわらかで、油切れのランプに似ていた。

「姫、そんなに怖がらなくてよい。ずいぶんまろやかな雷だ」

 彼の腕の中で、クリスティーヌがおずおず顔をあげる。

「いわれてみれば、そうですわ…… メリーひつじさんはどこかしら?」

 遠くを見わたした彼女が、急にすっとんきょうな声を出した。


「大公さま。海はつぎはぎでできているんですの?」

「われらの海をハリボテと申すか」

「いいえ、けれどあそこに継ぎ目が。あれはなんでしょうか」

 クリスティーヌは海の彼方に手を差しのべた。

 水平線の上に、不自然な黒い波線が横たわっている。大公が目をせばめてつぶやいた。

「あれは…… まるで、ぴったり閉じた貝の口のような……」


 ふたりは同時にひらめいた。

 クリスティーヌが身を乗り出す。

「ここは、大きな貝がらの中。

 フタをひらいたら、なにが見えるでしょう。太陽、砂浜、それとも本当の海かしら?」



 大公は、彼女を見つめて動きをとめた。

 期待に満ちた微笑みが間近にある。やさしげな水色の瞳が、驚くほど明るく輝いて、その光は彼だけにそそがれていた。

「謎の答えは」

「はい!」

「答えは……」

「はい?」

 ドラゴニアの君主さまは、それきり口をつぐんだ。

 謎がとけたら、夢も終わってしまうから。



 しばらく視線をかわし、クリスティーヌがそうっと尋ねる。

「わたくしが考えましょうか」

「…………」

 彼が固まっていると、ひつじの審判が響いた。

「残念、時間ぎれです!」


 嵐が去って雲が割れ、貝がらの波線がひらいていく。パァッとあふれた光をあびて、クリスティーヌが飛びあがった。

「あっわかった、わかりましたわ! 待ってメリー、正解は……」

 まぶしさは増し、音が溶ける。

 あたりが真っ白になって、あたたかくなって、


 大公は、いつもの部屋で “朝” をむかえた。




 それから少しあと。

 彼は、宮殿でいちばん美しい庭園で、お客さまとお茶をしていた。

「降参だよ、メリー・シュガー。

 夢がひらけば朝がくる。貝は単なる引っかけだ。私としたことが、すっかり動揺してしまった」


 楽しそうに言うと、輪っかのみつあみの女の子は、カップにさざなみをたてて彼を見あげた。

「それじゃあ、国書を受けとってくださいますか!」

「ああ、つつしんでいただくとも。

 君の望みである “竜の海の草” は、もうすぐ旬をむかえる。採れたてを山ほどお送りしよう」


 そこへパタパタと軽やかな足音がして、クリスティーヌがやってきた。

「失礼いたしました、とんだお寝坊ですわ!」

 あわてて礼をする彼女を、大公が手で制した。

「気にするな、あなたもお疲れだろう。思いがけない冒険だったようだから」

 微笑んで目配せされたメリーは、ばつが悪そうに肩をすくめた。



 昨夜彼女は、本を抱いて眠るお姫さまに、こうささやいて小ビンを渡した。

「ふふふ、これで心おどる冒険の夢を見られますよ。とびっきりの癒しが待っていますよ」

「冒険といえば盗賊シェリダン、わたくしの英雄…… 最上の癒し……」

 寝ぼけたクリスティーヌは神速でフタを開け、嵐の海に乗りだすことになった。


 こんぺいとう少女が、申しわけなさそうに姫君の手をとる。

「ごめんなさい、クリスティーヌさま。盗賊さんを隠し味にしたかったんだけれど、レシピにすき間がなかったの」

「いいえ、よいのです!

 あなたは、わたくしの弱気を正してくれたのですから。貝がらの嵐も楽しかったですわ。最後の最後で、なぞなぞも解けましたし」


 満足そうな彼女を見て、大公が声をあげた。

「おっと、私と一緒に時間ぎれだったではないか。メリーには負けたが、あなたには勝ったままだぞ」

「あら、せめて引き分けにしてくださいませ。少しは謎ときを手伝ったのですから……」

「それは発言の撤回で帳消しだ」



 雲行きがあやしくなり、ひつじの国の使者が割って入る。

「おふたりとも、せっかく国がつながったのよ。仲よくしましょう!」

「ええ、つながりましたわ。つまり、これで終わりではないということ」

 クリスティーヌが立ちあがり、びしっと言った。


「大公さま、お次はわたくしの国へいらしてください。王宮舞踏会で勝負いたしましょう!」


「ああ、レオールの王侯がたにお目にかけよう、ドラゴニアの伝統の力を!」

 大公と姫君はすっかりその気になっている。置いてけぼりのメリーは天をあおいだ。

「なぞなぞ対決を、舞踏会で?

 ああどうしましょうハーティスさま、まだまだ波乱が待ってるみたい!」


 竜の国の青空に、ライオン王子の困り笑顔が浮かんでくる。エメラルドの風が駆けぬけて、いっぱいの花々をざわっと揺らした。



  (第22話 おわり)


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