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メリー・シュガーの夢の星  作者: 小津 岬
─4─ 竜と海のドラゴニア
43/66

第22話 竜大公となぞなぞを 1/2

 ふしぎな青色にかがやく、メリーの瞳。

 今日そこに、どこまでも広がる海のきらめきがかさなった。


「わあ、空とくっついてまざっちゃいそう! これがぜんぶお水なの、クリスティーヌさま」

 レースの帽子を押さえてふりむけば、ライオンの国のお姫さまが微笑んでいる。

「本当にはてしないこと! 絵で見るより、ずっと雄大ですわね」


 さわやかな潮風が、ふたりのドレスをやさしく揺らしていく。

 太陽と波の音、たくさんのカモメたち。白い石壁に花々が咲きみだれ、はためく旗には竜の紋章……

 ずっと謎だった東の国・ドラゴニアは、とってもすてきなところだった。

「閉じこもりなんてもったいないわ。ウェイクにも見せたかったなあ」

 メリーは、うっとりしながらも残念な気持ちでため息をついた。



 魔法史調査局の青年は、またもや本部へ出張中。

 どうしても都合がつかなくて、ひと足はやくクロックベルを発っていた。

 見送った時のしょんぼり顔を思い出す。

「すまない、メリー。波うちぎわで君を護衛したかったんだが」


「心配しないで。

 クリスティーヌさまが、おつきの人をたくさんつれてきてくださるんですって。旅のおみやげはなにがいいかしら?」


 笑顔でのぞきこまれたウェイクは思う。

 君が無事なら、なにもいらない──

 けれどやっぱり恥ずかしくって、さびしく微笑みこう答えた。

「良質の塩を頼む。君が戻ったら、おいしいスクランブルエッグをごちそうしよう」



 彼やレオール王室、みんなの不安をよそに、ドラゴニアはあっさりさっくり使者を受けいれた。秋空は隅まで晴れわたり、あやしい刺客の影もない。

 クリスティーヌ姫が、やさしくメリーをうながした。


「さあ、宮殿へまいりましょう。

 大公さまにごあいさつして、国書をお渡しして……

 あなたの探しもの、“竜の海の草” のありかを教えてもらわなくては。わたくしを助けてくださいね、かわいい探偵さん」


 初めての単独公務とあって、姫君は緊張ぎみ。

 ひつじの国の少女は、海を背負って胸をたたいた。

「メリー・シュガーにおまかせです。スプーンもお鍋も、鏡みたいにピカピカにしてきたの!」



 黄金の馬車は、華やかな大通りを進んでいく。

 そこは都の市場になっていて、裾長の古風な衣装をきた人々が集まっていた。誰もが馬車に驚き、声をあげたり手をふったり。

 メリーたちが手をふり返すと、カゴを持った子どもが駆けてきて、いっぱいの花びらを風に散らした。


 メリーは首をかしげる。

「お塩じゃなくって、お花をまいてくれる…… とっても感じがいいわ。聞いていた話とずいぶんちがうみたい」

 むかいに座るクリスティーヌが、広場の石像をながめて考えこんだ。

「閉じこもりなのは、君主だけなのかもしれませんね」


 ドラゴニアの大公さまは、今年交代したばかり。

 若き君主の絵や像は、町のあちこちに飾ってあった。深い茶色をした長い髪と、切れ長の目が印象的な青年だ。

 ほっそりした立ち姿が格好よくて、乙女の心はドキドキする。


 けれどそこには、別のドキドキも隠れていた。

 メリーは眉を寄せて道の先を見つめる。

「ドラゴニア大公、ユージン・ルウさま。いったい、どんな気難し屋さんなのかしら?」




 レオールの宮殿が黄金なら、ドラゴニアの宮殿はエメラルドだった。

 ふたりが通された広間は、目が覚めるようなブルーグリーンのガラスでいろどられている。

 吹き抜けから光がさせば、まるでゆらゆら海の中。

 メリーは思わずくるっとまわった。スカートも袖も色づいて、一度じゃ足りずにもう一回、もっとすてきにあと一回……


「クリスティーヌさま、私お魚になりました!」

「夢は大きく図々しく、どうせなら人魚姫にいたしましょう!」

 つい盛りあがっていると、正面にかかっていた天蓋てんがいがするするとひらいた。中には筋骨たくましい衛兵がひとり立っている。

 メリーは背すじをのばした。


「いよいよご対面ね。シープランドの代表として、しっかりしなくちゃ」

 気を引きしめて大公の登場を待つ。

 やがて、居並ぶ側近のひとりが、うやうやしく頭をさげた。

「大公さまの、おなりでございます」



「あっ、あら。どちらに?」

 クリスティーヌが、あわててメガネをかけて広間を見まわす。けれど大公の姿はどこにもない。

 きょろきょろしていると、メリーが彼女の袖を引っぱった。少女の目はまん丸になって、天蓋の方をむいている。

「あの、もしかして、あちらに……」


 衛兵だと思っていた屈強な青年が、ゆっくり進み出た。

 まっすぐな茶色の髪に、切れ長の目。額にかがやく銀細工の飾りは、最上級の身分の証……

 彼は顎をあげ、堂々と告げた。


「ようこそ、ライオンとひつじの使者よ。私がドラゴニア大公だ」




「ええっ!?」

 乙女たちは作法をほうりだして飛びあがった。

「ちがうわ、ぜんぜん違う!」

「あのスマートな像は、肖像画は、なんでしたの!?」

 側近のひとりがすかさず答える。


「あちらは、ご即位の前に用意されたものでございます。

 今年のはじめから、ユージンさまは君主として心身をお鍛えになりました」


 たくましき大公が「そのとおり」というように胸を張った。

 小山のような彼の体積は、ウェイク2人ぶんにキッドを乗せたくらいある。メリーはおののいた。

「す、少しがんばりすぎではないかしら……」

 素直な感想をもらすと、がんばり大公がビシッとふりむき、朗々と言った。


「つめばつむほど沈むものは、なにか」


「えっ、つめばつむほど?

 “鍛錬” かしら、いいえ、それじゃあ力が湧きあがっちゃう!」

 メリーがまごついていると、チーン、とがっかりする音が鳴った。

 鐘を持った側近が無情に告げる。

「時間ぎれでございます。正解は “船荷” でした。大公さま、お次をどうぞ」


「のびてはちぢみ、しかし消えずにしたがうものは、なにか」

 問いかける彼の視線は、クリスティーヌへむいている。

 国書を抱きしめたライオン姫は、しゃんと顔をあげて、はっきり答えた。


「 “筋肉” ですわ」



「不正解! 正解は “影” でございます」

 がっかりの鐘が鳴り、大公が得意げに微笑んだ。

「レオールの姫君は、博識で聡明だとうかがっていた。期待していたが、ただの普通の本好きであるようだ」


 びっくりしたクリスティーヌが目を丸くする。

「わたくしの本への愛が、ただの普通ですって……!?」

 言い返そうとしたら天蓋が閉じてしまい、鐘係が頭をさげた。

「残念ながら、本日はここまで。お客人の寝室へご案内いたしましょう」


「待って! なぞなぞに答えられないと、大公さまはお話ししてくれないの?」

 メリーがあわてて尋ねると、相手はにこやかにうなずいた。

「なぞなぞこそ、われらがドラゴニアの伝統。ご滞在中、海と謎解きをぞんぶんにお楽しみください」



 海辺の国は、秋の夜でもあたたかい。

 メリーは寝室のバルコニーに出た。ロマンチックな波の歌を聴きながら、むずかしい顔で首をひねる。

 さっき終わった晩餐会は、海のごちそうがところせましと並び、ほっぺたが落っこちそうだった。

 けれど肝心の大公さまは、はじめにあいさつをしただけで、すぐに引っこんでしまった。


「きっと、なぞなぞをはずしたせいだわ。

 明後日には帰らないといけないから、チャンスはあと1回……」


「0回でけっこうですわ!

 やはり海賊より盗賊、異国よりも本の中。物語をひらいたら、わたくしの英雄が癒してくれますもの」

 クリスティーヌはぷんぷん怒って、お気に入りの本(“脱走せよ! 地獄の血まみれ地下牢” 詳しくは第14話をごらんください)を開いている。


 お部屋に引きかえしたメリーは、彼女の膝もとにしゃがんで、ちょこんと顔を見あげた。

「クリスティーヌさま。今こそこんぺいとう探偵の出番です」

 姫君は、本から目をあげずにつぶやいた。

「ここはなぞなぞとお塩の国。大公さまは、甘いものよりトレーニングがお好きでしょう」


「そんなこと言わないで! 王さまもハーティスさまも、あなたを信じて大役をまかせたんですよ」

 はげまそうとするメリーだけれど、クリスティーヌの眉は、しゅんとさがってしまった。


「不相応な志を抱き、お父さまたちに迷惑をかけてしまいました。

 外の国のあなたにまで…… やはりわたくしは、公務にむいていないのです」

 彼女はすっかりいじけて、逃げるようにベッドへもぐりこんだ。



 ふしぎな少女は眠らない。

 大事なものでぎゅうぎゅうのトランクを引っくりかえし、スプーンとお鍋をかかえてバルコニーへ。

 暗い海に目をやれば、たいまつをともした船がたゆたっていた。

「謎の国には、すてきな材料があふれてる。欲張りすぎは失敗のもと、慎重に選ばなくっちゃ」


 星空を見あげた白い頬は、やる気でポッと染まっている。

 ぐるりと夜景を見まわして、ないしょのレシピを瞳がすくいはじめた。


「エメラルドと黄金、スプーンに2杯。

 波のコーラス、できるだけたくさん。なぞなぞはピリッとひとさじで、味を決めたらメア・ディム・ドリム……」


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