第21話 疑惑と海の草 2/2
「ウェイクさんを調べたくて、僕のとこに?
会いにきてくれてうれしいけどさー、あの人のこと、ほとんど知らないんだよな」
キッド少年は、困り顔をごしごしぬぐった。
飛行船工房は今日も大忙し。職人たちの勇ましいかけ声が響き、メリーは肩をすぼめて小さくなる。
「そっちはね、ふたつめの問題。いちばんは、海草のありかに心あたりがないかと思って」
「“竜の海の草” か…… ごめん、聞いたことないや」
気まずそうに髪をかきまわすキッド。
メリーがしょんぼりうつむくと、あわてて彼女をのぞきこんだ。
「まあほら、僕、飛行船にくっついてあっちこっち飛ぶからさ。海草見つけたらかたっぱしから君に送るよ。約束だ!」
輪っかのみつあみがはねて、少女の顔がかがやく。
「まあ、さすが未来の飛行機王さま!」
「もっとほめていいぜ。ロバート・キッド・スカイラーの心は空より広い!」
「きゃあ、すて、き…… はあ……」
「力尽きるなよ!?
もー、疑惑のウェイクさんのせいで、君がこんなに弱っちゃうなんて」
少年が途方に暮れる。
木箱にちょこんと腰かけたメリーは、両手でほっぺたをささえた。
「キッド、あなたは彼のことをどう思う?」
「んーそうだな、一回こっきりの印象だけど……」
顎に手をあてて、ウェイク・エルゼンの姿を思い出す。黒っぽいマントと帽子をつけた、灰色の目の青年──
「うん、なんか、薄かった! たたき伸ばした板金みたいで、骨組みにはむいてない感じ」
「ありがとう、とっても工員らしいご意見だわ。それから?」
「真面目そうで、調査員だなーって思ったよ。
あのでたらめなヨルとはぜんぜん違う…… けど、ちょっと影っぽいとこはあったかもな」
正直に伝えると、メリーはため息をついてうなずいた。
「影って、つまり、そういうことかしら」
すると、キッドがサッと片膝をつき、少女の瞳をのぞきこんだ。
「らしくないぜ、メリー・シュガー。
ウェイクさんの過去が気になるなら、聞いてみたらいいじゃないか。それか、自分用のこんぺいとうをつくるとか?」
明るく提案されたメリーは、気弱に答える。
「私、夢を見ないの……」
「えーっと、でもさ、僕らにとってのこんぺいとうが、君にもあるはずだろ。困ったときにはなんでも頼ってみなって!」
ススだらけの顔と、空色のまなざし。
それがびっくりするほど頼もしくて、まぶしくて、メリーは自然と微笑んだ。
「キッド、なんだかお兄さんになったみたい」
少年は穏やかに頬をゆるませる。
「翼が生えたからな。君のせいで」
「あら、君のおかげ、じゃなくて?」
メリーはいたずらっぽく首をかしげ、やっと調子が戻った様子。ホッとしたキッドは、彼女の手を元気よくとった。
「おかげおかげ、すっごくおかげ。できたての設計図見てくれよ、僕の空の女神さま!」
くしゃっと笑った顔は、やっぱりどこまでも男の子。楽しい気持ちが湧いてきて、メリーはこう思った。
大好きなみんなと一緒にいること。それが私のこんぺいとう……
そのころ、ライオンの国・レオールで。
王さまの執務室から、お怒りの波動が漏れだしていた。
「ぬうう、ドラゴニアの大公め。またも国書を送りかえしてくるとは、なんと無礼な!」
地鳴りのようなひとりごとが廊下を揺らす。
その片すみに優雅な立ち姿があった。たてがみのような金色の髪と、青く深い瞳。
第一王子・ハーティスだ。
ただし、いつも凛々しい眉が、しゅんとさがっている。
「ああ、昨日より激しく荒れておられる…… しかしこの報告書を渡さねば」
彼は、分厚い書類を子どもみたいに抱きしめた。
このところ王さまは不機嫌つづき。怯える大臣たちを助けたくて、代役を買って出たのだ。決心して顔をあげる。
「臣下のため、民のため。私は嵐に飛びこもう!」
扉に手をかけたとき。
もうひとつの手が伸びて、たおやかに彼をとめた。
「お兄さま、わたくしが嵐を晴らしましょう」
やさしく微笑むのは、淡いピンクのドレスが似合う、メガネのお姫さま。
ハーティスは表情をやわらげる。
「クリスティーヌ。どうしたんだ、父上にお願いごとか?」
「はい。わたくし、ドラゴニアへまいります」
思いもよらない告白に、兄が言葉をうしなった。クリスティーヌは語る。
「お父さまは、竜の国と歩み寄りたくて困っていらっしゃるわ。
わたくしが使者になれば、あちらも迎えないわけにはいきません。なごやかにお話をして、ふたつの国をつなぎたいのです」
ハーティスは心から感じ入って彼女を見つめた。
「なんと勇敢な…… 私はお前の兄であることを誇りに思うよ」
たたえられたお姫さまは、いたずらがばれたみたいに笑う。
「半分は、自分のためです。
まだ見ぬ国に、わたくしを待っている方がいるかもしれませんもの。たったひとりの運命の相手……」
夢みるように言って、嬉しそうに兄を見あげた。
「いっそお兄さまも、真実の恋人をさがしてはいかがでしょう! そうしたら、お父さまの悩みをもうひとつ減らせますわ」
次期国王・ハーティスの縁組は、あいかわらず揉めている。
ようやく最近、あの国からお姫さまを迎えましょう、というところまで決まり、本人もひと安心していた。
しかし、相手国で内乱が起きる。
5人の姫君姉妹たちが、すてきな王子さまをめぐっておしとやかな戦いをはじめてしまったのだ。
磨かれる美貌、教養、ダンスに器楽にお針の腕前。宮廷教師をうばいあっての果てなき競争……
板ばさみの父王から、疲れはてたお願いがとどく。
“わが王家崩壊の危機です。どうか収拾がつくまでお待ちください”
そんなこんなで、ライオンの王さまは待ちぼうけ。
「相手国を滅ぼしてどうするのだ、ハーティス。戦乱の世ではないのだぞ!」
と、息子のキラキラ具合をうらみ、ご機嫌ななめの日々を送っていた。
がんじがらめの王子さまは、妹にほろ苦い笑顔を返した。
「真実の恋か。私には少し難しいようだ」
「そんなことありませんわ。この物語をお読みください、とっても参考になりましてよ」
クリスティーヌは、抱いていた本をポンと渡し、軽やかに執務室へ入っていった。
「すっかり行動的になったな。私よりずっと王位に近いよ」
兄は感嘆してつぶやき、託された本を開く。
きっと炎のように情熱的な恋物語だろう。私の鈍感な心を明るく照らし、揺り動かしてくれるかもしれない――
照れた笑みを浮かべた彼の目に、たくましい太字のタイトルが飛びこんできた。
“大海賊が盗る! ~激突、吹きすさぶ青い血潮~”
「……ん?」
笑顔のまま首をかしげると、王さまの部屋からうきうきした声が響いた。
「わたくし、海賊が攻めてきたって大歓迎……
ではなくて、大丈夫ですわ。
あのかわいいこんぺいとう探偵さん、メリー・シュガー嬢をおともに、ドラゴニアへ出陣です!」
ひつじの国に、まばゆい秋の夕暮れがやってきた。
魔法史調査局員・ウェイクは、黄金に染まる街道を歩いている。本部への出張を終え、もうすぐ町にたどりつく……
「おや?」
彼は帽子を押しあげた。
前の方の脇道に、とことこ急ぎ足の小さな影が見える。輪っかのみつあみに揺れるリボンを確認、ウェイクは笑顔で手をあげた。
「メリー、ただいま! そしておかえり、海草をさがしにいったのか」
そばに歩み寄ると、少女の青い瞳がまっすぐ見あげてきた。
「帰ってきたわ。あなたをさがしに」
「俺を?」
きょとんとした彼へ、メリーが切実にうったえる。
「過去になにがあったか、教えてほしいの。前にちょっと聞いたこと。檻に入っていたって……」
ウェイクは、細い針でチクッとされたみたいに顔をゆがめた。
「その疑念は、このあいだの会話のせいか」
「ええ」
小さく答えたメリーは、ドキドキしながら待った。
やがて、細いため息が風に乗る。ウェイクは彼女を見つめて口をひらいた。
「隠していたのは、檻の方じゃない」
「えっ?」
「たしかに以前、収監されたことがある。
しかしそれは冤罪で、すぐに釈放された。都の食堂で食い逃げの罪をきせられたんだ。その経験が俺を陰謀論へとかたむけた」
乙女の心も表情も、ぱあっと明るくなった。
「なんだ、そうだったの!
私ったら、よくないことばかり考えて…… それじゃあ、あなたが隠していたことって?」
「ああ……」
観念した青年は、すっと息を吸いこんで、呪文みたいにとなえた。
「 “あなたも役者さんになれないわね、ウェイク” 」
大真面目だけれど、ちょっと棒読み。
メリーの瞳がまん丸くなって、セリフを言い終えた彼を映した。
「……あなた、役者さんになりたかったのね!」
「どうしても棒読みが直せなくてな。
大根すぎるので役者より農家になった方がいい、と子ども劇団を追放されたんだ。捨てた夢だ、笑ってくれ」
「まさか、笑うなんて!
ぜひ見てみたいわ、あなたのお芝居。こんぺいとう抜きの夢の外で」
メリーは今日いちばんの笑顔をかがやかせた。
ぎゅっと手を握られた青年は、恥ずかしそうに微笑みを返した。それから、少女の荷物をさっと持ちあげる。
「俺の過去が暴かれて、舞台に幕だ。家までお送りしよう、主演探偵ミス・シュガー」
「ご親切に、さすが相棒役のミスター・エルゼン。探偵といえば、海草がぜんぜん見つからなくって……」
ふたりはすっかり元どおり、仲よくおしゃべりして町を目指す。
かわいいこんぺいとう探偵のもとに、ライオン姫からのお手紙がとどくのは、その数日後のことだった。
(第21話 おわり)




