第21話 疑惑と海の草 1/2
メリーのお気に入りの机は、いつでもがんばっている。
小さな天板にのっけているのは、お砂糖つぼにてんびんに、とっておきのガラスびんがいくつか。
それからペンとインク、リボンの切れはし、読みかけの本……
はじっこにかわいいティーカップをささえて、そのほか数えきれないすてきなものがたくさん!
今日は、その上に、地図まで広がっていた。
紙に記された道を、ふしぎな少女の指がたどる。
「こはくとうづくりに足りないのは、“竜の海の草”。
竜といえば、ドラゴニア公国。いったいどんなところなのかしら?」
メリーは小さくつぶやいた。まだ見ぬ場所にキラキラの思いをはせて……
とはいかず、青い瞳には心配の色がくっきり。
以前、ライオンの国の王子さまが、ドラゴニアについてこんなことを言っていた。
“こちらが手を差しだしても、あちらが突っぱねるのだ!”
苦々しく顔をしかめた、それでもかっこいい姿を思いだして、メリーはちょっとうっとりする。
「黄金の王子さまは怒ってもすてき……
じゃなくって、ドラゴニア! ハーティスさまを困らせるくらい、閉じこもりのひみつ主義なのね」
行く手にただよう黒い雲。それでもメリーは、海草を手に入れたい。
夢の恋人たち、ソフィーとカートを助けたいから。
少し前、仕立て屋の令嬢は、両親にひみつを打ち明けた。
夢の中に好きな人がいて、彼は記憶を失っている──
話を聞いた夫妻は引っくりかえったけれど、一回転して着地した。そうして、新聞にこんな広告を出した。
“カート・アスター氏をさがしています。
彼は天文学が趣味で、すみれ色の星の発見者です。お心あたりの方はご連絡ください。
クロックベル マーシャル縫製店、ソフィー”
記事をうけおった新聞社の紳士は、難しい顔をした。
「ううむ、どうも情報が足りませんね。
反応がないかもしれませんので、あまりご期待なさらずに」
しかし、彼の心配とうらはらに、お手紙はぞくぞくやってきた。
“まあ、とっても奇遇ですね!
カート・アスターとは、先日わたしが産んだ男の子の名前です。この子が星のようにきらめき育ちますように!”
“私の名前はカート・アスター。
来年めでたく100歳をむかえます。
天文に明るくはありませんが、お祝いのケーキは星の形にして、すみれの砂糖づけを飾ろうかな……”
全部がぜんぶ、この調子。
だけどソフィーはめげなかった。ていねいなお礼を書き、またお手紙を開けて、読んで、書いて…… と忙しい日々を送っている。
彼女を訪ねた帰り道、メリーはため息をついた。
「幸せなカート・アスターさんがいっぱいいるのはわかったわ。ソフィーさんのカートさんはどこかしら?」
となりを歩くウェイクが考えこむ。
「手がかりを得るまで時間がかかりそうだな。広告のほかに、いい方法はないだろうか」
かたむけた帽子のつばに、あざやかな落ち葉が舞いおりた。灰色の瞳が色づく町を映し、静かにかがやいている。
――ウェイク、なんだか秋が似合うみたい。
メリーの心は、ドキッとしてざわざわ。その勢いで高らかに宣言した。
「やっぱり、私のこはくとうが役に立てると思うの。ドラゴニアに行って、海草を見つけなきゃ!」
すっかりやる気の、かわいいこんぺいとう屋さん。
ウェイクはつい頬をゆるませたけれど、すぐに表情を引きしめた。
「気持ちはわかるが、慎重になった方がいい。
前に君をねらった刺客が、どこかで待ちかまえているかもしれないからな」
「刺客って、サーカスのマリオンのこと? あれから音沙汰もないし、大丈夫じゃないかしら」
はつらつとした赤毛の女の子を思い浮かべ、首をかしげるメリー。するとウェイクは、生真面目な調査員の顔になって声をひそめた。
「春先とは事情が変わっただろう。今の君は、推定・魔法つかいなんだ」
夏の終わりに手に入れた、ふしぎなレシピ。
そのおかげでふたつの事実が明らかになった。
ひとつは、メリーのこんぺいとうが魔法だということ。それから、時計塔の番人が、知らないうちに魔法のタネをまいていたこと……
どうやらこの町には、魔法つかいがふたりいる、みたい。
クロックベル魔法史調査局(所長さんとウェイク)は、これまでのできごとをまとめて、遠い都にある本部へ報告した。
返事はびっくりするほど早く届いた。
“なんということでしょう、現代に魔法つかいがいたとは!
あっまだです、まだ推定ですよ! 本部まできて、詳しい話を聞かせてください☆”
「いつもの堅苦しくて長ったらしい文章はどこにいったんだ!?
終わりに星、いや、こんぺいとうまでついているぞ。これは偽造だ、陰謀だ!」
激しくうろたえるウェイク。
所長さんは、リスのレインにクルミをあげながら、のんびり笑顔を返した。
「本部長さんも、わくわくしているんだろうね。
また魔法の時代がくるかもしれないなんて、わしも楽しみだよ」
ということで、メリーは魔法の階段をひとつあがったところ。
そんな彼女を守ろうと、ウェイクの使命感も一段高くなっていた。秋の並木道で足をとめ、まっすぐ少女を見つめる。
「俺は明日から町を離れないといけない。どうか気をつけてくれ、メリー」
「わかったわ、クロックベルのまわりで海草をさがしてみる。
でもね、あの元気なマリオンと閉じこもりの国は、あんまり結びつかないなあ……」
メリーがかわいらしく口をとがらせると、ウェイクは苦笑した。
「君は人がいいな。悪いやつほどなりすましがうまいんだぞ」
「まあ、それじゃあ、私のお友だちはみんなお芝居がヘタになっちゃう! あなたも役者さんになれないわね、ウェイク」
いたずらっぽく笑ったメリー。けれど、彼を見あげてハッとした。
青年の笑顔が消えている。
硬い表情をしたウェイクは、影をまとって風に吹かれ、石みたいに黙りこんでいた。
「どうしたの、大丈夫?」
と尋ねた、そのとき。
道の先から涼しげな美声が飛んできた。
「やぁメリー、ばればれの密会で仲よし自慢? 僕もまぜて!」
ふたりがふりむくと、ベルベットのマントをはためかせたヨルが、楽しそうに手をふっていた。
取りまきの女性たちが彼を引きとめる。
「あらヨルム、まだ会ったばかりじゃない」
「もっとおしゃべりしましょうよ!」
甘くねだられても、謎の青年は平気ではねつける。冷たくて透明な氷の微笑みを浮かべて。
「だめだよ。君たちは、もうおしまい」
ウェイクが息をつき、やれやれと首をふる。
「あいつこそ町一番の役者だな。
どうするメリー、台風の目がスキップしながらやってくるが、避難するか?」
冗談まじりの微笑みは、少しぎこちない。話がそれてホッとしているみたいだった。
はせる思いは、竜の国から青年の疑惑へ。
机についていたメリーは、大きな地図をちっちゃくたたんだ。
「いつものウェイクは、ぜんぶ演技でした…… なんて、まさかそんなことないわよね」
笑い飛ばそうとして、またまた思い出す。出会って少したったころに、彼が口にした言葉を。
“俺は檻に入っていた。今は聞かないでくれ”
「ううう、疑惑……」
メリーは小さな足をばたつかせた。もやもやの気持ちが彼女を包んでいく。
彼の裏側に、思いもしない一面があったとしたら……?
少女は勢いよく首をふり、輪っかのみつあみを揺らした。
「ううん、そんなことない!
私の知ってるウェイクが本当のウェイク。
やさしくって一生懸命で、ちょっと不器用で高いところが苦手で、コーヒー党だけど紅茶を出せばおいしそうに飲んでくれて、かわいい動物が好き……」
指を折りながら、彼の姿をはっきりさせようとする。でも、数えあげればあげるほど、心がキリキリしてきた。
本当なの、メリー・シュガー。
そのウェイクは、ほんとに本当?
ついに両手をおろし、イスに沈んでため息をつく。
「……海草と一緒に、ウェイクの真相もさがそうっと。ああ、保護対象の私が、調査員を調査するなんて!」




