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メリー・シュガーの夢の星  作者: 小津 岬
─3─ 時計塔のひみつ
40/66

第20話 琥珀の鐘(後) 2/2

 仕立て屋の令嬢・ソフィーのもとに、突然とどいた手紙。

 その差出人は、いかめしく名高いおじいさん…… 天文学者のオートマン博士だった。


 “ぶしつけなたよりをお許しくださるように。

  あなたが直面する問題について、ヨルム・フォルスという暴れ彗星のような青年から聞きおよんだ。

  ついては、私がアスター氏から受けとった手紙を同封する。わずかでも助けになればと思う。”



 ──カート・アスターの手紙。

 自室のベッドに腰かけていたソフィーは、ハッと居ずまいをただす。はずんだ呼吸を整え、クリーム色の便箋びんせんをひらいた。

 彼の字は、思いがけず元気いっぱいだった。

 

 “大発見です、博士!

  昨日、東の空にまったく新しい星を見ました。信じられないほど美しい、すみれの花の色をして……”


 喜びのあまりとびはねて、踊っているみたいな筆記体。星を追いかける青年の姿が浮かび、ソフィーの頬が自然とゆるむ。

 オートマン博士の手紙に目を戻すと、裏側の走り書きに気がついた。



 “私はかつて、ある女性に憧れながらも心を伝えることができなかった。

  あなたの恋が、過ぎ去った思い出ではなく幸福な日々へとつながるよう、陰ながら願っている。”



 そこには、深い思いやりと淡い後悔が込められていた。

 ソフィーは少しのあいだ目を閉じて、メッセージを受けとめる。

 それから勢いよく立ちあがり、店に駆けおりる。帳簿をめくっていた父が、驚いてふりむいた。

「おや、どうしたんだいソフィー?」

「お父さま。お願いがあります」

 彼女は、二通の手紙を抱きしめて、はっきりと言った。


「私、カート・アスターさんという方を助けたいの。

 夢で出会った、私の大切な人。

 彼は過去をなくして迷っています。どうか、尋ね人の広告を出すお許しをください」




 ところかわって、琥珀とセピアの夢の中。

 道具を忘れた切ないこんぺいとう屋さんが、歯車の上で立ちつくしていた。

 すると、時計塔の番人がサッと手をあげた。

「メリー、これを使ってください!」

 高々とかかげているのは、短いスプーン。

 にぶい金色をして、まん丸のふちの一ヶ所がくちばしみたいにとがった、おもしろい形をしていた。

 メリーがうれしくびっくりする。

「まあ、魔法でつくったの!? さすが魔法つかいの子孫さん」


「名づけまして、 “ポケットに入れっぱなしの術” 。

 これは、時計塔の心臓を潤滑にするためのおさじ。私の小さな相棒です」


 イザベルが胸を張ると、ウェイク犬が不安げに鼻を鳴らした。

「それは助かったが、すこし、機械油の香りが……」

「心配しないで、ウェイク。

 お砂糖がなくたってメリーはシュガー。やってみせます、メア・ディム・ドリム!」


 スプーンを受けとったメリーは、腕をのばして大きく円を描く。

 小鳥のルシアをつかまえている檻が、チカチカまたたき姿をあらわしはじめた。

 だけど、そこから先に進めない。弱々しい光を見据え、夕焼け色の瞳がひらめいた。

 こんぺいとうじゃ足りないんだわ。

 もっと力のある、難しい魔法―― こはくとうの魔法を!


 乙女の気合いは空回り、頭は真っ白。メリーはあわてて呪文を思い出そうとした。

「マ、マリナス・ドリム・アンバール……? ええっと、アンバール、ああだめ、ここにはレシピがないわ!」

 すっかり混乱した彼女を、青年の声が導いた。


「メリー、一緒に唱えよう。君ならできる!」


 ハッと下を見れば、はつらつとした牧羊犬が寄り添っている。

 どんな姿になっても、彼のまなざしは変わらない。メリーの心をどきどきさせて、ふしぎと穏やかにして、力をくれる。

「そうねウェイク、あなたとなら、きっと!」

 ぴっとかかげたおさじを見つめ、ふたりは声をあわせた。


『マリナス・ドリム・アンバール・ジェラタム』


 大きな魔法につつまれて呪文が完成する。

 見えない檻はパチッとはじけ、まばゆい宝石そっくりの、すてきなお菓子に生まれかわった。

 あたり一面、きらめく色彩の雨。

 小鳥になっていた女の子が、ふんわり舞いおりてきた。いちばんの友だちを見つけて笑顔がはじける。

「メリー!」


「ああルシア、よかった!」

 駆け寄ったふたりはしっかり抱きあった。

 その瞬間、夢が薄れていく。

 もとの場所に帰る直前、ウェイクはこはくとうへ手を伸ばした。甘い結晶は、かすめた指先で気まぐれにはねて、ついにつかまらなかった。




 クロックベルの町が、青い夜に染まるころ。

 郵便屋ステファンは、時計塔の長すぎる階段の真ん中で力尽きていた。

 白い手が伸びてきて、彼をやさしく揺り起こす。

「大丈夫ですか、郵便屋さん。ステファンさん」

「う、うう……?」

 彼は、ゆらゆらするまぶたをこじ開けた。


 すぐ近くに、すみれ色の星がまたたいている。それが探していた彼女の瞳だと気づき、あわてて飛びおきた。

「イザベルさん、無事だったんですね!」

「すみません、半分居留守にしてしまって。ここにいながら、ここにいなかったのです」

 彼女は申し訳なさそうに肩をちぢめ、夕方からのできごとを話した。鐘と伝承と、魔法と夢のことを。

 そうして、悲しげに首をふる。

「あなたに謝らなくてはいけません。一族のことを隠して、嘘をつきました」


 ふかぶかと頭をさげられ、青年はあわてふためいた。

「そんな、嘘だなんて。お家の大事なひみつなんですから、当たり前ですよ」

 イザベルは、少し眉をさげて微笑む。

「私は、知ってほしかったのかもしれません。

 失われた魔法や、過ぎてしまった日々の記憶を…… あなたは、誰よりも早く気づいてくれましたね」


 ふたりは階段に座って見つめあう。

 ランプの明かりが影絵をつくり、ステファンは、どこか別の夜からつづく夢の中にいるような気がした。

「イザベルさん。その歌を、聴かせてくれませんか」

 番人が静かにうなずく。塔の中をはるかなメロディーがのぼりはじめた。




 そのころメリーたちは、ひと足先に下界を目指していた。

「魔法つかいの喪失の歌、か……」

 暗い坂をくだるウェイクは、ランタンをかかげてつぶやく。少女2名を家に送るまで、任務は終わらない。

 となりを歩くメリーが、思案顔で輪っかのみつあみを揺らす。

「ヨルが鐘の音に怯えていたわけも、はっきりしたわね」


 失うことは、悲しいこと。

 欲しがりの寂しがり屋が、なによりも嫌うこと。

 メリーは大きな月を見あげる。ヨルの整った顔が浮かび、心細そうなささやきが聞こえた。


 “みんな、いなくならないで。どこにもいかないで……”



 風は少し冷えていて、ほんとうの言葉をさらっていく。

 ルシアが、友だちをはげますように手を握った。

「メリー、スプーンを貸してくれてありがとう。

 とってもよく混ざるね、パパもママもぐるぐるしてたよ! メリーはスプーン鑑定士さんにもなれる、って」


 嬉しそうにのぞきこまれて、メリーが「ふふふ」と照れる。じんわり元気が湧いてきた。

「さあ、鐘のひみつもわかったし、呪文も完璧! さっきの夢をカギにして、謎の材料をつきとめようっと」

 戻ってきたレシピを夜空にかかげる。

 ルシアも目を輝かせた。

「きれいだったね、こはくとう。どんな夢を見せてくれるのかな?」

 きゃっきゃと盛りあがる少女たち。

 すると、考えに沈んでいたウェイクがするどく顔をあげた。


「わかったぞ!

 琥珀ができるまでには、長い時間がかかる。そして、時間をかけて伝わった思い出は、魔法のもとになる。

 とすると、最後の材料は “伝承” じゃないか?

 呪文につづけて、イザベルさんの歌をうたってみたらどうだろう!」


 少女たちがぱたっと立ちどまり、感嘆する。

「まあ、ウェイク……!」

「すごい、ウェイクさん。きっとそうだよ!」

 きらきらした視線を浴び、青年は「ふふふ」と照れた。

 俺は犬になって鼻が冴えたらしい。今日いちにち、たくさんの謎を解いてしまった……




 歌をうたい終えたイザベルは、はたと顔をあげた。

「海草です」

「えっ、海草の歌もあるんですか?」

 うっとり聴き入っていたステファンが、驚いて彼女を見る。イザベルもびっくりして顔をむけた。


「あら、いいえ、メリーの魔法のレシピのことです!

 こはくとうの最後の材料は、 “竜の海の草” と読めたんですよ。明日、あらためてお知らせにいきましょう」


 彼女が華やかに笑うと、古い夢想が遠のいていく。郵便屋さんはわれに返り、用事を思い出した。

「実は、縫製店のソフィーさんがお悩みなんです。あなたに相談にのってもらえたら、と思ったんですが」

「まあ、マーシャル家のお嬢さんが?」


 イザベルは言葉をきって窓へむいた。

 穏やかな町の空気に、ちりちり鳴る鈴のようなものがまざる。勇気に震える心の音──

 番人はやさしく微笑んだ。

「私を信頼して、紹介してくださったのですね。今回は、あちらで解決されたかもしれません」


 そう気づかわれたステファンの耳には、まだ彼女の歌が響いていた。

 それは、気弱な青年に少しだけ魔法をかける。彼はいつもより笑顔をかがやかせ、ありのままの気持ちを口にした。


「それならよかった!

 僕はいいんです。ちょっと坂をのぼって、伝言をつたえて…… あなたに会えたら、それだけで」



   (第20話 おわり)

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