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メリー・シュガーの夢の星  作者: 小津 岬
─1─ クロックベルのメリー
4/66

第2話 ウェイクの薬はちょっと苦い 2/2

 もし使いたくなければ、お散歩の時のおやつにして――


 メリーはそう言っていた。

 ウェイクは、自分の住みか(安全な平地の平屋)に帰って、粗末なベッドに腰かけている。

 今夜の月は明るくて、窓に透かしたこんぺいとうは本当に星みたいだった。


「フタをはずして、枕もとに置くだけでいいの。そしたらあなたは、夢の中で“目が覚める”」

 彼女のてきぱきした声がよみがえる。

 つづく自分の声には、とまどいと怯えの影があった。

「夢で起きて、俺はどうなるんだ?」


「いつもよりずっと自由に動けるわ。見えなかったことも見えてくる。なんにも怖くないの、大丈夫よ」

 メリーは真剣にうけあった。

 しかし、出会ってたった数日の、謎の少女を信じられるものか。


「そうだ。怪しい儀式で毒物に変化しているかもしれないじゃないか」

 小ビンをにらんだウェイクは、フタを開けて用心深くにおいを嗅ぐ。

お砂糖の香りしかしない。

「……異常なし、か」

 彼は憮然としてつぶやいた。

「よし、俺は寝る。安心のあまりうっかりフタを閉め忘れて、寝る!」

 自分に言い聞かせ、こんぺいとうを窓辺に置いて、さっさとベッドにもぐりこんだ。




 気がつくと、彼はクロックベルの町を歩いていた。

 いつもの石畳の道、ならぶ建物。

 毎日見る風景に、自分のブーツの音。ややせっかちな聞きなれたリズム……

 が、いきなりとぎれた。

 道が消えたからだ。


「あ」

 ヒュッ、という短い浮遊感。

 そしてウェイク・エルゼンは落下する。


「うわああぁーっ!?」

 真っ逆さまになって彼は叫んだ。

 そうだ、これがいつもの夢。町も空も消えて、すがりつくものはどこにもない!


 全身を這いあがる冷たいくすぐったさ。

 はぎとられた帽子が暗闇にただよって、どんどん引き離されていく。

 帽子は浮いて、では俺は?

 墜落だ。

 もうダメだ!


 ぎゅっと目を閉じた時。

 視界に青い光がまたたいて、身体がぐぐっと浮きあがった。



「……あれ?」

 目を開けると、あたり一面が星の空だった。

 落下はつづいているけれど、海のクラゲのような、緊張感のないスピードに変わっている。

 ドキドキして下を見れば、夜に染まるふかふかの雲があった。


「わたあめ…… 所長の頭みたいだな、ぜひメガネを乗せたい」

 口に出すと、彼は一気に落ちついた。

 なりゆきを思い出して夜空を見まわす。

「俺は起きたぞ、メリー。あそこに落ちればいいのか?」


「さあ、あの雲は誰を待っているのでしょう。あなたは一体だあれ?」

 答えにならない返事をしたのは、頭の上にうかぶ巨大な三日月だ。ウェイクは思わず笑った。

「ウェイク・エルゼンだ、今まさに落ちている」

「落ちているのは、本当に、今かしら」

「当然だ……」

と言いかけて、彼は口をとめた。


「いや、わからないな。いつも落ちているけれど、落ちる自分を外から見たことがない……」

 マントをたなびかせ、空中で腕組みをする。

 そして、ハッと顔をあげた。

「これは俺じゃないのかもしれない。メリー、鏡をくれないか!」

「いいわ。どこに?」

 笑みをふくんだ声は、さっきより遠くてぼやけている。

 時間がない。ウェイクは急いで言った。


「この夜空に!」


 そう返した、一瞬あと。

 彼は光のふりそそぐベッドで目を開いた。窓に緑が揺れて、鳥が朝を歌っていた。




 それからしばらくたった、ある日。

 坂道をくだっていたメリー・シュガーは、石壁にくっついた大きなキノコを見つけた。

「まあ、あんなに育って。すっかり秋ね」


 だけどそれは、マントにくるまってうずくまる魔法史調査員だった。

「ウェイク、どうしたの!?」

 びっくりして走り寄ると、青年は顔面蒼白で彼女を見つめた。冷や汗、ふるえ、動悸、息ぎれ。

 メリーは息を飲む。

 こんぺいとう、失敗だったんだわ!


「ごめんなさい、ウェイク。私が余計なことを……」

 メリーの唇も震えて、言葉が出ない。

 すると、ウェイクの冷えきった指が、少女の手にふれた。

「な、謎は、とけた」

「えっ?」


「鏡に映ったんだ。

 落ちていたのは、昔の俺。せいぜい二、三才の、かわいいウェイクくんだ」

 少しおどけて微笑むと、頬に血の気が戻ってきた。

 そして彼は話しだす。

「原因は幼いころにある。そう考えて、故郷に手紙で尋ねてみた」

「お返事には、なんて?」

 メリーが身を乗り出すと、ウェイクは少し後ろめたそうに前置きした。


「俺は覚えていなかったんだが……

 祖父の父親、つまりひいじいさんが、小さい俺をとてもかわいがってくれたそうだ」

「それで、そのひいおじいさまが?」

「とんでもなく背が高かったらしい。そこの杉の木みたいに」

 二人は、そろって木を見あげて、また顔をあわせる。


「ひいじいさんは、ヒマさえあれば俺の子守をした。彼の得意技が、これだ」

 ウェイクは、幻の子どもを両手で支え、腕を伸ばして上に下に動かした。

 メリーが目を丸くする。

「高いたかーい……」

「高すぎた。

 当時のウェイクくんは喜んでいたそうだが、成長して変わってしまったんだと思う。無意識にしまわれた思い出が、夢の源だったんだ」


 両親からの手紙には、

「あんなによくしてもらったのに! 小さすぎると、忘れてしまうものだね」

と書いてあったという。

 ウェイクは、ばつの悪そうな、寂しそうな、すっきりしたような、複雑な表情をしていた。



「わかってしまえば、もう夢は怖くない。現実でも平気になったかと思ったんだが……」

 こわばって笑うウェイクの後ろ、石壁のむこうには、ミニチュアみたいな町が広がっていた。

 メリーが彼を壁から引きはがす。

「あなたはじゅうぶんがんばったわ。ウェイク・エルゼンはクロックベルの誇りです」


 どうやら、夢の恐怖とはまた別の理由があるようだ。

 それがわかるのはずっと先になるかも、と彼女は思う。

「さあ、町へおりましょう。それとも他に用事が?」

「君に会いたかっただけだ」


 いいタイミングで秋風が吹いた。

 なかなかロマンチックだったけれど、ウェイクはきわめて事務的にムードをぶち壊した。

「仕事で、だ。確認事項があるからな。やっぱりあれは魔法なんだろう?」

「翌朝のこんぺいとうを見たでしょう? それが答えよ」

 少女は、スカートをひるがえして歩きはじめる。調査員があわててとなりに並ぶ。


「すっかり崩れて、砂糖に戻っていた。しかも色まで抜けて…… 一晩であんなふうに変わるものか!」

「そういうつくり方なの。

 もうただのお砂糖だから、ミルクにでもコーヒーにでも、好きに使ってくださってけっこうです」


「“もう”とはなんだ、あの夜まではどういう物質だったんだ。今日こそ説明するんだ、メリー・シュガー」

「私はかわいいこんぺいとう屋さん。それ以上でも、以下でもないわ……」

 二人は、一緒に長い道をおりていった。



 その夜。

 ウェイクはこんな夢を見た。

 彼はゆっくり夜空を落ちてゆき、ふかふかの雲が受けとめる。

 そこに、一人の少女がドレスを広げてすわっていた。

「追憶、愛情ふたさじ……」

 膝に置いたノートになにかを書きこんでいる。歩み寄るウェイクに気づいても、ペンはとまらない。


「これはね、あなたのレシピ」

 そう言って顔をあげる。


 メリーだけれど、メリーではない。

 輪っかのみつあみはほどいておろして、金色の波のよう。

 ちょっと笑った大きな瞳は、ブルーではなくて夕焼けのバラ色をしていた。

 ウェイクは素直な微笑みを返す。

「俺のためにか」


「そうよ。追憶、愛情、忘却。

 成長と、呼び覚ますもの…… ううん、まだ足りてない。恐怖心はどこからくるの、どうやって消せるの?」


 考えこむ彼女のそばに、ウェイクはそっと腰をおろす。

 答えは出なくたってよかった。ただ、そこにいられたら。

 さらさらつづられる文字の音を聞いていると、夢の中でもう一度眠れそうな気がした。



    (第2話 おわり)

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