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メリー・シュガーの夢の星  作者: 小津 岬
─3─ 時計塔のひみつ
39/66

第20話 琥珀の鐘(後) 1/2

 お星さまがいっぺんに落っこちたような、ものすごい光。

 それから、一転した静けさがメリーをつつんだ。


「ああ、なにが起きたのメリー・シュガー。

 夜と朝がケンカして、世界がひっくりかえったの……?」

 彼女は、顔をおおった両手をこわごわひらいて、様子をたしかめた。


 そこは、セピアとミルクで彩られた、見たこともない場所。

 大きな歯車があちこちたくさん、複雑に組みあわさっている。

 そのどれもが、つやつやの琥珀色をして、眠っているように動きをとめていた。


 メリーのとなりにイザベルが歩み出た。

「塔の時計とは、つくりが違いますね。なにか別のしくみのようですが……」

 美しい番人はローブの腕を組み、ふしぎな空間を見まわす。メリーが彼女の袖をひいた。

「びっくりしないでね、イザベルさん。

 私たち、誰かの夢の中にいるみたい。塔でおやすみの鳩の夢かしら」


 そう言って首をかしげる少女は、メリーだけどメリーじゃない。

 トレードマークのみつあみはほどけて、ドレスの上へゆるやかに広がっている。

 ぱちぱちまたたく瞳は、まるで夕焼けを映したよう──


 イザベルは、しみじみと微笑んだ。

「あなたは、どこにいてもすてきな女の子ですね」

「そんな、そうかしら。そうかも」

 メリーがもじもじ照れていると、うしろから凛々しい声がした。


「よし、歯車の迷路を抜けたぞ。調査員らしい好タイムだ!」


「まあ、ウェイク!? あなたもここへ……」

 パッとふりむくメリー。

 その目の前に、一匹の犬が飛びだしてきた。



 とんがりふさふさ耳を立てた、かしこそうな牧羊犬コリー

 白と灰色の首まわりに、黒っぽいミニマントをつけて、なじみの青年の声で言う。

「メリー、それにイザベルさんも!

 一体どうしたんだ、町じゅうが異変におそわれてしまったのか?」


 しっぽを元気にふるウェイク。

 呆然とかがみこんだメリーが、震える手で背中をなでる。ふわふわむくむく、あたたかい。少女の胸がときめいた。

「こ、これは。魅惑の手ざわり……」

 あごの下をわしゃわしゃされたウェイク犬は、心地よさに眼を細めてメリーを見た。


「そうか、ここは夢の中か。

 俺は、ルシアと一緒に塔に入ったはずなんだ。ちょうど鐘が鳴って、無性にひつじを追いかけたくなったと思ったら、このとおりだ」


 メリーの目がまん丸くひらく。

「大変、ルシアまでここに?

 私はね、塔の前でレシピをひらいたら、ふしぎな光があふれて…… あなたたちを巻きこんじゃったんだわ、時間をまぜこぜにして!」


 彼女があわてふためいた、そのとき。

 琥珀の歯車の彼方から、小鳥のさえずりが響いてきた。



 やさしく澄みきった声を聞いたとたん、メリーは飛びあがった。

「あれは、ルシアの歌! 助けにいかなくっちゃ、ええっと、どっちかしら」

「よし、この犬耳にまかせてくれ。行こう!」

 ウェイクがさっそうと進み、メリーもそれにつづく。


 けれど、時計塔の番人は、宙を見あげて考えこんでいた。かすかなさえずりにじっと耳をかたむける。

 メリーがそっと手をとった。

「どうしたの、イザベルさん」


 彼女はハッとわれに返り、きれいな眉をさげた。

「……すみません。この騒動、私のせいかもしれません」

「ええっ?」

 ひとりと一匹が驚くと、イザベルは彼らを見つめ、細い声で歌を口ずさみはじめた。



 メリーたちにはわからない、遠い昔の言葉。

 けれど、ゆったりした切ない旋律はたしかに心へ届く。いつしかそれは、小鳥の歌とぴったりかさなり――


 秘密の番人が、悲しそうに首をふった。

「これは、私の一族に伝わる歌。 “失われた魔法にささぐ歌” です」


  くだけた光 飛び散った

  なくしたものを歌で送ろう 

  逃げてしまった 小鳥と犬と

  サラサラの砂にお別れを……



 

「それじゃあ、イザベルさんのご先祖さまは、魔法つかいだったの! なんだかとっても納得だわ」

 メリーは、彼女の話を聞きながら、ちっちゃな歯車を飛びこえた。

 今はルシアの救出が最優先。きれぎれのメロディーを追いかけながら、ウェイクがふり返る。

「そういえば、魔道剣士のブラッカー氏は、あなたによく似ていたな。

 三百年前の人物だが、つながりはあるだろうか」


 イザベルは、急ぎ足で首をひねった。

「どこかで通じているかもしれません。

 私の家系にははっきりした記録がないのです。そのかわり、小さな歌がいくつも伝わっていて……」


 彼女は、塔の鐘を鳴らすとき、よくそれを歌ったという。

 そうしながら夢みていた。

 はるかな魔法の日々が音に乗り、どこか知らないところで響いているかもしれない、と。


 メリーが考え深く言う。

「思い出の歌も、お家のことも、大切なひみつだったのね。魔法つかいの、時をこえた約束ごと」

「はい、私こそは伝承の守人……

 と言えたらよかったのですが。そんなに格好よい事情ではありませんよ」

 人形のような整った顔が、情けなく笑った。


「家族の中で、こう話しているんです。

 記録を残せないということは、悪事をはたらく魔法つかいだった可能性もある。

 たたけば紫色のホコリが立つかもしれない、代々うらみをかっているかもしれない、ああそれは怖いですねあまり公にしないでおきましょう、そうしましょう……!」



「か、考えすぎじゃないかしら! ねえウェイク」

 少女に呼ばれた名犬が脚をとめ、真面目に答える。


「正直にいうと、俺は彼女を疑っていた」


「ああ、やっぱり私は闇の末裔まつえい……」

 イザベルがずーんと肩を落とし、メリーがそれを揺さぶった。

「納得しちゃだめ!

 ねえウェイク、イザベルさんにどんな疑惑があるっていうの?」


「彼女が悪人だ、というわけではない」

 魔法史調査犬は、きっちり前置きしてからメリーを見あげた。


「カギになるのは、歌を乗せていた鐘だ。

 郵便屋ステファンが、 “音が変わった” と相談にきたことがあっただろう。

 鐘の音は、本当に変質していたんだ。これで君の謎もとける」


「私の、謎?」

 メリーが目を丸くした。

 それにあわせて、小鳥の声がいっそう大きくなった。



「続きはあとにしよう。あそこだ!」

 ウェイクがサッと駆けだし、ふたりはあとを追う。

 横たわる歯車の上に、あざやかな緑色の小鳥が見えた。宙に浮かぶティースプーンにとまって、一生懸命歌っている。


「ああなんてかわいい、じゃなくって、もう大丈夫よルシア!」

 髪をなびかせ突進するメリーを、ウェイクの前脚がとめた。

「待て、なにかに阻まれているぞ!」


 彼らはそろって目をこらす。

 すると、するどい直線のつらなりが、きらっと光をはじいた。

 ルシアは、大きく削った水晶みたいな、透明な檻に閉じこめられていた。

「あれは、魔法の鳥かご……?」

 メリーがつぶやいて、ウェイクが慎重にうなずく。

「おそらく、レシピに込められた魔法が共鳴したんだろう。彼女が育てた、鐘の夢と」

 彼は、つんととがった鼻先をイザベルへむけた。


「ここは、あなたが鐘を鳴らしながら見ていた夢想の中であり、魔法の中でもあるんだ」



 番人は、両手で頬を押さえて絶望した。

「私は、闇の一族の思い出にルシアさんを閉じこめてしまったんですね! ああ、どうやって救えるのでしょう」

 うろたえて手を伸ばすけれど、高い檻にはとても届かない。


 小さな鳥はこちらに気づかず、ひたすら同じメロディーをくりかえしている。のどが疲れたのか、だんだん悲しげな調子になってきた。

 メリーが勇ましく前に出た。

「大丈夫よ、イザベルさん。

 魔法の中なら、こんぺいとうだってつくり放題! どんな困りごとも夢のお菓子で」


 言葉がとぎれる。

 元気にあげた片手を、無言でながめるメリー。それから、ぽつり。


「スプーンが」


「ない」

 名犬ウェイクがあとを引きとり、少女がうなずく。ふたりの頭の上で、小鳥が「ぴぃ?」っと音をはずした。

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