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メリー・シュガーの夢の星  作者: 小津 岬
─3─ 時計塔のひみつ
38/66

第19話 琥珀の鐘(前) 2/2

 17時の鐘が町に響く。

 マーシャル縫製店の令嬢・ソフィーは、レースを編む手をとめて、暮れていく空をながめた。

 数枚の葉っぱが風に舞う。夏が終わってしまった、とぼんやり思った。

 そこにノックの音がして、明るい声がかかった。


「お嬢さま、ドレスが仕上がりました。どうぞご試着なさってください」

「ええ、今いくわ」

 答えてから立ちあがるまで、わずかな間が空く。ドアの先に縫い子が笑顔を見せた。

「さあさあ、お早く! みんなうずうずしていますよ」

 背中を押されるようにして階下へおりると、待ちかまえていた職人たちが令嬢をつかまえた。

「ソフィーお嬢さま、私たちの最高傑作をどうぞ!」


 鏡の前に導かれた身に、しっとりした輝きがふりかかる。

 それは、月の光を織りあげたような、透明な黄色を帯びたシルクのドレスだった。

 襟ぐりは開きすぎず、繊細なラインを描いて首もとに沿う。

 小さな袖は、ほんの少し肩にかぶさる上品な形。ほかに飾りはなくて、たっぷり揺れるスカートを引きたてていた。


 となりからのぞきこんだデザイナーが陶酔する。

「純白の長手袋をあわせて、首飾りはピンクトパーズを……

 なんてお似合いなのでしょう。パーティーでは、お嬢さまが誰よりも輝きますよ!」


 ソフィーは職人たちへ笑顔をむけた。

「とてもすばらしいドレスだわ。みんな、本当にありがとう」

 うれしそうな彼らを見て、胸が痛む。

 窓辺に置いてきた編みかけのレースの中に隠れてしまいたかった。



 マーシャル縫製店は、シープランドの一流商工連盟に名をつらねている。

 もうすぐ、その懇親パーティーが開かれることになっていた。

 なかなか会えない人とのおしゃべり。音楽にダンスに、おいしいお料理……

 ソフィーも幼いころから出席している、年に一度のお楽しみ。


 けれど数日前、事情が変わった。

 夕食を終えた、くつろぎの時間。ソフィーが奏でるピアノを聴きながら、父がこんなことを言った。


「お前もそろそろ、人生というワルツのパートナーをさがさなくてはね」


 ソフィーは盛大に指を滑らせてふりむいた。

「それは、お父さまのご冗談の秋の新作?」

「いやいや真実まことさ!

 愛する娘のために婚約者を選ぼう、というのだよ。ピアノを弾く肖像画を用意してもいいなあ」

 おしゃれヒゲをなでて考えこむ父。娘はぱちぱちまばたきして笑顔をつくった。


「私、まだまだレディーになれません。今も鍵盤に雪崩をおこしてしまったわ!」

「それに巻きこまれたい青年なら、星の数ほどいるだろうね」

 お父さんは大まじめ。

 おしとやかに梨を味わっていた母も、指揮者みたいにフォークをふるった。

「そうです、その中からいちばん明るい星をさがすのよ。誠実で頼もしくて見目うるわしい、ピカピカのお相手を!」


 一流店の息子が集まるパーティーは、婚約者さがしの手はじめにちょうどいい。

 なので、今年のドレスは大勝負のつもりで作ってほしい……

 マーシャル夫妻は、ひそかに職人たちへお願いしていて、最高の一着ができあがったのだった。




 月光のシルクをまとったソフィーは、ひとりになって鏡を見つめる。

 豊かな金色の髪。たまご型の輪郭に肌は白く、ぱっちりした飴色あめいろの瞳がかがやく。

 そこから強い視線が返ってきた。


 “美しいのはドレスだけね。弱虫ソフィー、どうして彼のことを隠しているの?”


 夢の青年と出会って、もう一年以上たつ。

 会うたびに惹かれていくのがわかるのに、メリーたちにあれだけ協力してもらっているのに、どうしても両親に打ち明けられずにいた。

 もうひとりのソフィーが目を光らせる。


 “心の底で、あなたはこう思ってる。

 現実の彼には、もう恋人が…… いいえ、奥さまだっているかもしれない。

 だから、ふたりだけの夢に閉じこめておきたいんでしょう?

 本当は彼を助けたくなんかないんだわ!”


「ちがうわ、私……!」

 思わず鏡にふれる。そこには、苦しげな顔をした自分が映るだけだった。

 うつむいて立ちつくしていると、試着室のドアがそっとたたかれた。

「失礼します、郵便屋さんがいらしてますよ。お嬢さまご本人へのお渡しだそうです」



 ソフィーは急いでガウンをはおり、扉を開けた。

「ステファンさん、こんにちは。お待たせしてしまって」

 華やかな装いを見て、自転車をひいた青年が目を丸くする。

「これからおでかけですか? とんだお邪魔をしました」

「いいえ、試着なんです。今年のパーティーのために、店の者が作ってくれました」

 令嬢は明るく微笑んだ。

 けれど、郵便屋・ステファンの繊細な耳は、その声にひそむ影を逃さなかった。

 封筒を渡しながら、ひかえめに尋ねる。

「なんだか、お悩みのようですね」


 一瞬迷って、ソフィーはうなずいた。

「パーティーの前に、やらなくてはいけないことがあるんです。なのに勇気が足りなくて」

「なるほど、そうですか……」

 考えこんだステファンは、やがて顔をあげた。

「イザベルさんが、相談に乗ってくれるかもしれません」


 意外な名前を聞き、ソフィーの眉があがる。

「時計塔の番人さんが?」

「はい、ミス・シュガーも一度助けてもらったと言っていました。

 あの人はとても聞き上手だそうで…… あっ、そうだ!」


 ひらめいた彼は、メガネの奥の目をかがやかせた。

「僕がイザベルさんのご都合をうかがってきます。日どりがあえば、訪ねていかれるといいですよ」


 謎めいた美しい番人が、親身に耳をかむけてくれる…… そんな場面を思い描き、ソフィーの胸は躍った。

 それからハッとわれに返る。

「でもステファンさん、お仕事が」

「大丈夫、こちらが最後の配達です。

 それに、その、僕もちょっと坂をのぼりたいものですから。お気になさらず!」


 彼は顔を赤くして自転車に飛びのり、ものすごいスピードで走りさってしまった。

 取り残されたソフィーは、ドアを閉めてため息をつく。


「私ときたら、誰かに甘えてばかり。

 みんなの手をわずらわせないで、はやく打ち明けてしまえばいいんだわ。そうよ、私には心に決めたお星さまが……!」


 決意した彼女の横で、ひょいとドアが開く。顔を出した父が感動の声をあげた。

「おおこれは、わが家に月の女神が降りたったぞ! すさまじくきれいだよソフィー、父さんもまったく鼻が高い」


「ありがとうお父さま。私ね、実は……」

 なんとか切りだそうとするソフィー。

 しかし父はうきうきするあまり耳が閉じていた。笑顔が輝きヒゲがはねる。


「おや、その手紙は運命の相手からの招待状かね?

 彼もお前に会うのが待ちきれないとみえる。パーティーが楽しみだな、今夜にでもひらいてほしいくらいだ! なんてね、ははは!」

「…………」

 娘はぎこちなく微笑むと、縫い子たちにドレスを返し、すごすご部屋に戻った。




 そのころ、町の高台で。

 メリー・シュガーは、暗い道をてくてく歩き、時計塔までやってきた。

「イザベルさん、こんばんは。こんぺいとう屋のメリーです」

 ランタン片手に、呼び鈴のヒモをひっぱる。

 しばらくして、美しい番人が扉を開けた。

「ようこそメリー、おひさしぶりですね」

 微笑んで頭をさげると、古めかしいローブから闇のような黒髪がこぼれ、つやつやと明かりを映した。

 この方、ヨルより夜らしいかも、とメリーは思う。


「いきなり訪ねてごめんなさい。

 イザベルさん、こはくとうってごぞんじ? 古いレシピを試しているんだけれど、うまくいかないの」


 革張りの本を差しだされたイザベルは、興味深げに目を開いた。

「これはどうされたんです?」

「森のお城で、幽霊剣士さんにもらったの。

 どうしても読みとれないところがあって…… よかったら、少し見ていただけないかしら」


 少女がレシピをひらいた、そのとき。

 鐘の音が大きく響いた。


「あら、今が17時? さっき鳴ったかと思った」

 きょとんと塔を見あげるメリー。

 すると、ひらいたレシピのページから、まばゆい光が湧きあがった。輪っかのみつあみが飛びはねる。

「きゃあっ、なあに!?」

「メリー、それを閉じて!」

 イザベルが伸ばした手は、強い光に押し返されてしまう。

 レシピが宙に浮き、けたたましく羽ばたいた。

 風をうけたかがやきは一気にふくらんで、時計塔をすっぽり包みこんでしまった。



 やや遅れて、ステファンの自転車が坂をのぼってきた。

「こんばんは、郵便屋です」

 息を切らして呼び鈴のヒモを引く。けれど、いつまでたっても返事がない。

 彼は、黒々とそびえたつ時計塔を不安そうに見あげた。

「どうしたんだろう、急なご用事かな」

 扉に視線を戻すと、心臓がドキリと鳴った。閉まっているように見えたが、少しだけずれている。


「イザベルさん……?」

 ごくりとのどを鳴らし、扉を押す。ぬけがらの塔に、重くきしむ音が反響した。


  (第20話につづく)

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